1スレ目>>418~>>432


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「私、人が殺せるんです」
 
――開口一番、目の前に座っている女性が物騒なことを呟いた。
 
―――――ここは『プロダクション』。
 
――能力者の支援、その他諸々などを行うことを目的として設立された組織である。
 
――……と、いっても立ちあがったばかりの新興組織で
 
――ちゃんと理念通りに機能しているとはまだまだ言いがたい。
 
――そんな我ら『プロダクション』だが、
 
――そもそも今のところ、俺が直接スカウトしてくるか、
 
――もしくは社長が連れてくるなりしないと、能力者はここへは辿り着けない。
 
――……はずなのだが、
 
――どうやってか、彼女は自力でここまで、
 
――まるで馴染みの店に顔を見せるような気楽さで、突然ふらっとやってきて、
 
――唖然とする我々に一言、こう言った。
 
―――――「ここなら悩みを聞いてもらえるんですよね?」と。
 
 
ピィ「えぇ、っと……、人が殺せる、というのは?」
 
楓「……」
 
楓「何か、壊れても問題の無いものはありますか?」
 
ピィ「この、もうインクの出なくなったペンなら……」
 
楓「それを、ここに置いてもらえますか」
 
――彼女は、トントンと、テーブルの真中を指さした。
 
ピィ「……わかりました」
 
――得心の行かないまま、言われた通りペンをテーブルに置く。
 
――置いた。
 
―――――真っ二つになった。
 
――真ん中から綺麗に真っ二つになった。
 
――真っ二つになったペンががさらに真っ二つになり、真っ四つになった。
 
――真っ四つが、今度は縦に真っ二つになり、真っ八つになった。
 
――最後に、真っ八つになったペンがみじん切りにされ、見事に『ペンだった物』になった。
 
―――――ペンだ。
 
――決して頑丈ではないが、それなりに硬いものだ。
 
――そのペンが、切れ目も綺麗に小さなサイコロみたいになってしまった。
 
――1秒掛かったかどうかだ。
 
――その短い間に、ペンがゴミに……
 
――インクが切れてたから既にゴミと呼んでもよかったが……
 
――ゴミになってしまった。
 
――何より、楓さんはその間、一切手を触れていない。
 
――身じろぎ一つしていない。
 
――これが……。
 
――今のが……。
 
 
ピィ「今のが貴女の能力……」
 
楓「はい」
 
――無意識に俺は、生唾を飲み込んでいた。
 
楓「理屈はわかりませんが、物が切れます」
 
楓「手足を動かすように簡単です」
 
楓「小さな物が切れます、大きな物も切れます。」
 
楓「柔らかい物が切れます、硬い物も切れます。」
 
楓「近くの物が切れます、遠くの物も切れます、」
 
楓「私の意思にそって切れます。」
 
楓「生き物も切れます、蚊を切った事があります」
 
楓「恐らく人も切れます」
 
楓「―――人を殺せます」
 
ピィ「なる……、ほど……」
 
――馬鹿みたいな返事しかできなかった。
 
 
ピィ「それ、で……」
 
ピィ「それで、人を殺したいと思ったことはありますか?」
 
――何を馬鹿みたいな事を聞いているんだろう。
 
――正直……、
 
――どうしていいかわからない。
 
――率直に言って怖い。
 
――この人の機嫌を損ねたら、俺は死ぬかもしれないのだ。
 
――楓さんの眉根に少し皺が寄る。
 
―――――ああ、怒らせてしまった。
 
楓「……そりゃあ、ムッとした時とかは、ちょっとだけ思いますよ?」
 
楓「でも、本当にちょっとだけですよ?」
 
――子供が拗ねるような口調だった。
 
ピィ「ぷっ、ふふっ……」
 
――……その可愛らしい仕草に、何だか肩の力が抜けてしてしまった。
 
――なるほど、この人は人を殺せるような人じゃないんだ。
 
――馬鹿みたいだ。
 
――俺は何を怯えていたんだろう。
 
――そもそもこの人はここに相談しにやってきたのだ。
 
――まったく、変に緊張する必要なんか無かったのに。
 
 
楓「私、何かおかしなことを言いましたか?」
 
ピィ「いえ……、すいません、失礼しました」
 
ピィ「ごほん……、それでは、本題に入りますが」
 
ピィ「今日楓さんがここにいらっしゃったのは、その能力についての悩みを解決したい……」
 
ピィ「ということでよろしいですか?」
 
楓「はい」
 
ピィ「楓さんは、『あの日』以降、能力に目覚めたタイプですよね?」
 
楓「その通りです」
 
ピィ「……なるほど」
 
――能力について、悩みを抱えている人のほとんどは、
 
――突然その力に発現した人である。
 
――考えてみれば当然だ。
 
――『あの日』までは、我々と同じ、至って普通の生活を営んでいた人たちなんだから。
 
――そんな普通の人達が、突然、自分の意思に関係なく、普通から外れる……、
 
――いや、外されるのだ。
 
――その苦痛は、いかほどのものであろうか。
 
――何度も考えたことがある。
 
――もし、ある日突然、俺に何か常軌を逸した異能が備わったとしたら。
 
――俺は今、どうしていたのだろうか……。
 
―――――考えた所で仕方がない。
 
――今の俺は、今の俺にできることをするだけだ。
 
 
ピィ「具体的に、今どんな悩みをお持ちなのかお聞きしてもよろしいですか……?」
 
楓「……」
 
楓「人を殺すということは、本来簡単なことでは無いと思います」
 
楓「特に私は女性ですから、力もあまりありません」
 
楓「素手では話にならないでしょうし」
 
楓「刃物を使っても、急所を的確に突く必要があります」
 
楓「拳銃でもあれば、別でしょうが」
 
楓「こんなご時世でも、この国ではそうそう手に入る物ではありませんよね」
 
楓「でも、私はそんな物に頼らなくても、人を殺せます」
 
楓「―――殺せてしまうんです」
 
楓「刃物や銃に頼るより、よっぽど簡単で、確実なんです」
 
楓「さっきお見せした通り、一瞬で終わります」
 
楓「手を動かす必要も、声を発する必要もありません」
 
楓「私の意思一つで発動します」
 
楓「そして何より、……強力です」
 
 
楓「自身気になって、どこまでできるのか試した事があります」
 
楓「能力者の争いで廃墟になったビルに、この力を試しました」
 
楓「信じられますか?」
 
楓「ビルが真っ二つになって、崩れてしまったんですよ」
 
楓「以来、恐ろしくなってしまって、それ以上のことは試していません」
 
楓「……さっき言いましたよね?」
 
楓「この力で人を殺そうとしたことがあるか? と」
 
楓「もし……」
 
楓「もし、本当はそんな気なんて無かったとしても」
 
楓「ほんの僅か、殺意を抱いてしまった相手に」
 
楓「そんな状況でも、この能力を使うことだけは、絶対にない……」
 
楓「無いんです」
 
楓「そう、言い切れる自信が」
 
楓「怖いんです」
 
楓「息をするように、簡単にこの恐ろしい能力が使えてしまうことが」
 
楓「悲しいんです」
 
楓「さっきのあなたのように、私の能力を知った目の前の人の怯える姿が」
 
 
―――――甘かった。
 
――俺の仕事が、何だって?
 
――能力者の支援?
 
――安全で健全な能力の使用法の提案と指導?
 
――それによる社会貢献や能力者への偏見の払拭?
 
――それ以前の問題じゃないか。
 
――普通ではない力を扱える。
 
――それだけのことで、こんなに悩んでる人がいるのに。
 
――俺はこの人に何ができる?
 
――何て言葉をかけてあげればいいんだ?
 
――俺は……。
 
 
藍子「お茶のおかわりはいりますか?」
 
楓「あ、それじゃあもらおうかしら……」
 
ピィ「あぁ、藍子……。俺にもくれるか?」
 
藍子「はいっ」
 
――絶妙なタイミングで藍子がお茶を汲みに来てくれた。
 
――……少し、落ち着いた。
 
――相変わらず、独特の魅力を持った娘だ。
 
――彼女の優しい佇まいは、一緒にいるだけで心が安らぐ。
 
――おかげで、冷静な思考ができるだけの余裕が生まれた。
 
――そのおかげで思い出した。
 
――そう、そういえば、と、ふと目を隣にやる。
 
――最初からずっといたが、緊張してるのか未だに一言も発していないので、すっかり存在を忘れてた。
 
――この『プロダクション』のカウンセラーを任された少女。
 
藍子「美玲ちゃんも、よかったら」
 
美玲「い……、いらない……」
 
――早坂美玲。
 
――彼女の意見も聞いてみようか。
 
 
美玲「無理ッ!」
 
ピィ「えぇー……」
 
――即断された。
 
美玲「ウ、ウチには、ハードルが高すぎるというか、なんというか、いや、だって……」
 
――今後、こういう仕事もあるだろうと同席させてみたはいいが、
 
――完全にビビってしまったようだ。
 
――それも仕方ない。
 
――元より人見知りの気があるようだし、
 
――なにより俺だってビビってる。
 
――美玲は何か、よく聞き取れないが、
 
――ハードルが高いとかなんとか言っている。
 
――俺もそう思う。
 
――初仕事にしては、超弩級だ。
 
――だが、そんなことを言い訳にするわけにはいかない。
 
――何故なら、これが俺の仕事だからだ。
 
――そして、美玲には、そのフォローをしてもらう必要があるから。
 
藍子「美玲ちゃん、頑張ってっ!」
 
――……そして、藍子には、更にそのフォローをしてもらう必要がありそうだ。
 
 
晶葉「おーい、私にもお茶をくれないかー」
 
藍子「あっ、ごめんね!」
 
――こっちの事など気にもとめず、いつの間にか来ていた晶葉がお茶をねだった。
 
―――――思えばここも随分賑やかになったものだ。
 
――あの日、外に能力者をスカウトをしに出かけた時、
 
――何となく、……可愛かったのでつい、……声を掛けた藍子。
 
――結果的に能力者では無かったが、『プロダクション』について饒舌に語っていたら、
 
藍子『それ、素敵ですね!』
 
藍子『私も何かお手伝いさせてもらえないでしょうか?』
 
――と、妙に興味を持たれてしまい、今はここでお手伝いとして時々来てもらっている。
 
――不思議な魅力を持つ娘で、時間を忘れてついつい話し込んでしまい。
 
――今日中に誰かスカウトしてこなければクビ、だというのに成果もあげられないまま、
 
――夜遅くまで16歳の少女と世間話に花を咲かせてしまった。
 
 
――とりあえず藍子を連れて、『この娘の癒しオーラが半端ないので、能力者のメンタルケアとしてどうでしょう?』
 
――みたいな言い訳を考えて『プロダクション』に帰ってみると、
 
――はなからそうするつもりだったのかは知らないが、
 
――既に、社長が『ここのカウンセラーにする』と連れてきた美玲がいたのだった。
 
――まさかのダブルブッキングである。
 
――その時終始ケラケラと笑っていた、社長や美玲と一緒にいた少女、
 
――なんでも塩見周子というらしいが……、
 
――妙に彼女のことが気に掛かったことを、今でも思い出す。
 
――18歳だと聞いたが、どうもそうは思えないほど落ち着いていて、
 
――彼女も何らかの能力者なのだろうか、と眺めていると、突然こちらに意味深な笑顔を向けてきたり、
 
――何かひっかかるものが、ずっとあるのだが、
 
――もっとよく知りたいと思っても、なかなかエンカウント率が低い上、
 
――彼女自身、焦らし上手らしく、モヤモヤが日々募るばかりだ。
 
 
晶葉「ここに来るメリットは藍子がいることとお茶が美味しいことくらいだな」
 
――ふてぶてしくそんなことを言うのは、天才少女池袋晶葉。
 
―――――藍子をスカウトした日。
 
――本来なら、近所の能力者をまとめたリストを見ていた俺が、
 
――気に入った、と、スカウトしに行く予定だった少女だ。
 
――……結局、その次の日に彼女の家に訪問しに行ったのだが。
 
――断られた。
 
――曰く、興味が無い、時間も無い、素性が知れなくて怪しい。
 
――にべもない。
 
――しかし、俺は頼み込んだ。
 
――決して怪しい者ではない、ウチに所属することによる拘束も無い、
 
――何だったらたまに来てくれさえすれば所属しなくてもいい。
 
――余計怪しまれた。
 
 
――最早脈ナシ、と諦めて帰ろうとした時、ふと彼女の作ったロボが目に入った。
 
――純粋にかっこいいと思った。
 
――別に彼女の気を引くつもりなど無かった。
 
――『こいつ、かっこいいな』と、称賛の言葉がつい口から漏れた。
 
――そこから晶葉の態度が変わった。
 
――『お前は話のわかる奴だ』と。
 
――そうして晶葉には『本当に、なんとなく気が向いた時で構わない』という条件でウチに来てもらえることになった。
 
――世の中諦めない心というのは肝心だ。
 
――……しかし、同時に、おまけもついてきた。
 
――『う ひ ひ』
 
――棟方愛海だ。
 
――晶葉の友人である彼女を拒める理由は無かった。
 
――しかし無能力者である。
 
――藍子のような魅力もない。
 
――更には女の子にセクハラを働く。
 
――何の役にもたたない。
 
――俺はそんな彼女を、
 
――『あのね、大きさじゃないんだよ』
 
―――――師匠と呼び慕うことになるのだ。
 
 
楓「ふふっ……」
 
――彼女たちとの出会いを思い出して感傷に浸っていた俺を、楓さんの笑い声が呼び戻した。
 
――そうだった、兎にも角にも、楓さんの悩みを解決するのが今一番重要なことだった。
 
楓「ここは賑やかですね」
 
楓「すごく、温かい場所……」
 
――しかし、俺がどうこうするまでもなく楓さんの表情は穏やかだった。
 
楓「私、ここにいてもいいですか?」
 
楓「ここだったら、きっと私……」
 
ピィ「……! えぇ、もちろん」
 
――ああ、どうやら俺一人で焦る必要なんて無かったらしい。
 
――俺にはもう、こんなにも頼れる仲間がいるのだ。
 
ピィ「我々は……」
 
ピィ「『プロダクション』は貴女を歓迎します」