1スレ目>>230~>>237


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 『数十年前のことだ。
 ある一人の偉大なウサミン星人が、母なるウサミン星へ膨大な量のデータを持ち帰ってきた。
 それは、この惑星において娯楽と呼ばれるものだった。
 
 ……そう。テクノロジーではなく、カルチャーだ。
 
 ウサミン星は銀河系有数の超科学を有しながらも、
 ひとりひとりの人格を肯定し尊重する文化に欠けていたのだ。
 確固たる自我と個性を持つべきなどという主張は精神疾患であるとさえ言われた。
 結果、極端な管理社会……君達の言葉で言うところのディストピアが形成されていた。
 
 この太陽系第三番惑星の調査結果が公表されるや、大きなセンセーションが巻き起こった。
 人はもっと自由であるべきだ、抑圧から解放されるべきだという論調も強まった。
 この地球に比べればまだ未熟かもしれないが、ウサミン星独自の文化の萌芽が生まれた。
 
 しかしその結果、ウサミン星の治安は悪化の一途を辿り、犯罪も激増した。
 ウサミン中央政府を打倒せんとする反政府運動も起こり、辺境の小国や地方領地では戦争が相次いだ。
 さらには他星を侵略するためウサミン星を去った者達もいた。
 それらの動きを抑え込むべく政府は弾圧を強化し、多くの犠牲者が出てしまった。
 
 自由とは、何者にも抑圧されず心が解き放たれていることだ。
 必然、無軌道に走り道を踏み外す者が現れるのも自明のことだったのだ。
 我々ウサミン星人は自由の素晴らしさを知りながら、その恐ろしさに思いが至らなかった。
 
 そして、人々の負の感情、マイナスエネルギーから生まれる魔物――
 『カース』をも生み出すまでに至った。
 
 私はウサミン星を救うため、かの偉大なるウサミン星人が愛した地球へやってきた。
 勝手な願いだというのは百も承知している。しかし、だからこそ頼みたい。
 
 君に、ウサミン星を救ってほしいのだ』
 
 
……などという突拍子もない長話を、長くて白い耳を生やした
2メートルを超す巨躯の怪人にまくし立てられて平静を保っていられるほど、
奥山沙織という女性は世間ずれしていなかった。
 
大学に進学して上京したばかりの時分、突如として街に湧き出した怪物――
『カース』の群れに襲われたところを自称ウサミン星人に救われた沙織は、
そのままウサミン星人の宇宙船へと連れていかれ、先の話を聞かされたのである。
 
通信機や端末のモニターで埋め尽くされた狭い部屋で、沙織とウサミン星人は向かい合っていた。
 
何故自分のような垢抜けない、パッとしない、取り柄のない、訛りもなかなか取れない女に
そのような大それたことを頼むのだと問うと、ウサミン星人はこう言うのだ。
 
『君には他の者にはない力がある。ウサミン星を救うためにはそれが必要なのだ』
 
「そ、そんなこと……わだす、力なんてねーです」
 
『いいや、君にしかできないのだ。君だけにしか』
 
ウサミン星人は沈痛な声音で、絞り出すように言う。
 
『無論、君が身体能力の面ではごく一般的な地球人女性だということは承知している。
 君を危険に晒すつもりはない。ただ、その能力を貸して欲しい』
 
「能力って……わだすの力って何なんですか?」
 
『現時点では理解が及ばないかもしれん。人為的に能力の覚醒を早めてやらなければ……』
 
沙織は、度の強い眼鏡越しにウサミン星人の瞳を見つめた。
地球人を超える理知を宿した一対の瞳。
苦渋と焦り、誇らしさ、そして穏やかさがない交ぜになった複雑な色をした瞳。
 
正直に言って、ウサミン星の話が本当かどうか、自分などに本当にウサミン星が救えるかどうか、
自分にはわからない話だときっぱりと断じる気持ちがあった。
 
ただわかるのは、目の前の異邦人が、見も知らぬ地球人の女にそんな重責を負わせることに
忸怩たる思いを抱いているんだろうということだった。
 
 
ウサミン星がおかしくなったのも、不幸な偶然の一致だったのだろう。
すべては故郷をよくしようという善意から発したに違いない。
しかし、突然にもたらされた違う価値観に触れ、様々な行き違いがあるうちに、
その願いは呪いに変わってしまった。
 
話を聞く限り、個人の力ではどうしようもないところまで来てしまっているのは明らかだ。
けれど、それでも一人で地球までやってきて自分を見出したウサミン星人を見ていると、
放っておけないと感じる気持ちも、沙織の中には確かにあった。
 
「あの……ウサミン、さん? わだす、やっぱり難しい話はわかんねーですし、
 自分にそんな大それた力があるなんて、信じられねーです……」
 
『……そうか。そうだろうな』
 
「でも、その」
 
『?』
 
 
 
「試しに一回だけだったら、やってみても……いいけんど……」
 
 
 
――――――――――
 
それから二ヶ月後。
 
街に再びカースの群れが出現した。
赤い核を持つ憤怒のカースと、紫の核を持つ嫉妬のカースが
流体の身体を振るわせ呪詛を撒き散らしながら人々を襲う。
 
痛みは更なる痛みを求め、呪いは更なる呪いを生み、
連鎖的により大きなマイナスエネルギーが生まれ、カースは湧き出し続ける。
 
その時、ウサミン星人の宇宙船が急速に高度を下げると同時にステルスを解除して
厚い雲の合間から姿を現し、音もなくビル街の上空に静止した。
 
ブリッジでは、まるでアイドルの衣装のような装飾を施した
ニューロ・インターフェース・スーツに身を包んだ沙織が、
マイクを握り締めながら緊張しきりの様子で立ちつくしていた。
 
野暮ったい眼鏡はコンタクトにして、眉毛も整えて、おさげ髪をほどいて、
化粧もした姿はいっぱしのタレントのようだった。
 
『カースを確認した。行けるか?』
 
「だ、だ、だ、大丈夫ですっ。ま、負げねっすっ!」
 
『落ち着け。リラックスして、精神を集中させなければ能力は使えん。
 大丈夫だ。君に危険が及ぶことはない』
 
「わ、わかってますけんど……緊張しちまって……」
 
『自信を持ってくれ。この二ヶ月間の訓練を思い出すんだ……さあ、始めよう』
 
「はいっ、い、いぎますっ!」
 
 
ウサミン星人がコンソールを操作すると、スピーカーからゆったりとしたメロディが流れ出す。
優しく、牧歌的で、心を落ち着かせてくれる、沙織も耳にしたことのあるメロディ。
それは地球から持ちこまれ、歌詞が翻訳されウサミン星で大ヒットを記録した曲だった。
 
沙織は深呼吸をして、目を閉じ、やがて歌い出す。
恐怖と緊張をどうにか心の脇に追いやって、祈りだけを胸に抱いて、
 
「――――――……♪」
 
生きる勇気と希望を訴えるその歌を、一心に歌いあげた。
 
宇宙船の外では、沙織の姿がホログラム投影装置で映し出され、
外部スピーカーから流れだす歌声が地上に響き渡っていた。
 
やがて、沙織の歌声から発せられる不可視の波動が、彼女の内奥から湧き出す思いを
肯定するように、その一帯に七色のオーロラをきらめかせた。
 
広がっていくオーロラに触れたカースは液状の身体を弛緩させ、動きを止めた。
きらきらと輝く共鳴の光が、呪いの滞留するカースの核を浄化していく。
 
いかように生きようとも満たされぬ人生。
それを埋め合わせたいと思うあまり、無尽蔵に湧き出す呪詛。
誰もが抱くねじ曲がった願い、凶暴に渦巻くエネルギーの胎動を、落ち着かせていく。
 
「――――――……♪ …………♪」
 
歌声に聞き入るように動きを止めていたカースの身体が、支えを失ったように流れ落ち、
色を失って透き通ったガラス玉のようになった核が地面の上に転がり落ちる。
 
気づけば、その場に湧き出した全てのカースは浄化されて力を失っていた。
 
そして曲が終わると同時に虚空に投影されたホログラムは掻き消え、
宇宙船もステルスを起動して姿を隠し、何処かへ飛び去っていった
 
 
「……はぁぁぁ~」
 
どっと疲れを感じた沙織は、ぺたん、とその場にへたり込んだ。
こんなにまで集中力を要したのはこれまでの人生で初めてかもしれなかった。
 
早鐘を打つ心臓を持て余しながら、沙織は今までにない昂揚感に身を震わせた。
 
『素晴らしかったぞ、沙織。見事カースを浄化してみせたな』
 
「あ、ありがとう、ごぜーます」
 
差し出された手を取り、ふらつきながら立ち上がる。
人前で歌うこと自体ひどく緊張するのに、その上、能力を使ったのだから、消耗するのは当然だ。
 
『君の精神感応波、サイコフィールドは周囲の生物の精神を同調させる。
 君の歌声に込められた祈りがカースの核に働きかけ、マイナスエネルギーを浄化させたのだ』
 
「あの浄化したカースはどうなるんです?」
 
『核が浄化された以上、もう暴れ出すことはあるまい。後始末は他の者に任せよう』
 
「そうですか……でも、歌のレッスンって結構ハードですね」
 
『サイコフィールドを拡散する最も効果的な媒体が歌だったからな……
 かなりのハードスケジュールだったが、君は見事やり遂げてくれた。ありがとう』
 
「そんな、頭なんか下げなくてもいーですよ。……わだすも楽しかったです」
 
ここ二ヶ月の間、沙織はウサミン星人とともに能力の開発と歌唱力レッスンに励んでいた。
基礎体力をつけるためのトレーニングも行っていたため、時間がかかったのである。
 
 
「わ、わだすなんかが、あんなアイドルみてーな格好して……なんか、こっぱずかしいです」
 
『ウサミン星のデータ・アーカイブから再現した。とても似合っている』
 
「え、えへへ……でもこの服、やたらめったら重たいですけど」
 
『必要な機能を搭載すればこうもなる。我慢して欲しい』
 
宇宙船の各種システムと沙織の脳をリンクさせるニューロ・インターフェース・スーツは
偉大なるウサミン星人が地球から持ち帰ったデータを元に、歌唱に最も適した調整をされている。
アイドル風の過剰な装飾のひとつひとつが、実は重要な機能を担う電子部品なのだ。
 
重さからすればステージ衣装というより宇宙服か潜水服と言ってもいいかもしれない。
これでは、歌うのはともかく踊るのは難しいだろう。
 
けれど、子供の頃に憧れたアイドルになれたみたいで、沙織はとても嬉しく思っていた。
いつしか忘れて、あるいは諦めていた夢が、もう一度戻ってきたようで。
 
『カースを浄化することができたのなら、君の能力は本物だ。これできっとウサミン星も救われる』
 
心底からの安堵を吐露するウサミン星人に、沙織もまたにっこりと微笑んだ。
 
沙織の精神感応波による同調でウサミン星の人々の闘争本能を一時的に沈め、
ウサミン星の混乱を食いとめることが彼の計画だった。
そのためには広範囲への精神同調能力を持った者を捜し出すことが急務であり、
結果、ウサミン星人は沙織を見出したのである。
訓練次第では、惑星全域にサイコフィールドを展開することも可能なはずなのだ。
 
『ワープ航法による旅なら二週間ほどでウサミン星に着ける。君さえよければ、
 すぐにでもウサミン星に行って、皆に君の歌を……』
 
 
ウサミン星人がそう言いかけたその時、ディスプレイのひとつに明滅する警告表示が浮かんだ。
 
『またカースの反応だと? 南東に50㎞の地点か……』
 
「そこって、さっきの街のすぐ隣の市じゃ」
 
『カースは人の負の感情、マイナスエネルギーから生まれる。人の多い場所に出現するのは道理だ』
 
そして、欲動のままに他者を害し、呪詛を紡ぎ続ける。
決して果てることなく世界を呪い続ける。それがカースの習性なのだ。
 
「……ウサミンさん、行ぎましょ」
 
『何を言っている! 君はまだ能力の行使に慣れていない。体力の消耗は無視できん』
 
「でも、わだすにカースを止める力があるなら……おねげーします!」
 
『沙織……』
 
「わだす、自分に何の取り柄もねーって思ってて……実際、今までそうだったんです。
 でも、今は人のために使える力があるから。困ってる人がいるなら放っておけねーんです!」
 
『……わかった。だが、無理はしてくれるな』
 
沙織の決然とした眼差しに、ウサミン星人は、自分の判断が間違っていないことを確信した。
この純朴な優しさがあればこそ、彼女はウサミン星を救いうるのだ。
他者のための祈り、願いを込めた歌こそが、同胞達の荒んだ心を変えてくれるはずだから。
 
ウサミン星人は静かに頷き、そっと虚空に出現したバーチャル・コンソールに触れる。
進路変更を指示された宇宙船は、不可視の機体を傾げさせ旋回軌道を取った。
 
 
 
怪物を浄化する歌姫の噂が巷間に取り沙汰されるようになるのは、それからすぐのことだった。