770 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:47:10.05 ID:S3u6ofFeo [2/10]
博士「(ん……あの娘……)」
龍崎博士は日用品の買い出しに街へと出てきていた。
目的を果たすために方々を回っていたところ、ふと対面から歩いてくる一人の少女が目についた。
後になって思い返してみると、何か感じるものがあったのだと言えるかも知れない。
だが、その時は本当に偶然目に留まっただけだった。
博士はすれ違いざまにちらと横目で少女を見る。
するとその顔に驚愕の色が浮かんだ。
……正確には、彼女が身に着けていた『ヘッドフォン』を見て。
博士「き、君! そのヘッドフォンは、一体!?」
「えっ!?」
往来のど真ん中で、少女の肩を掴み問いただす。
普段は割と落ち着いた振る舞いを見せる博士だが、今は周囲の目を気にする余裕もない程に冷静さを欠いていた。
博士「この刻印は……月宮博士の……」
彼の興奮の原因は、少女の身に着けたヘッドフォンに、行方が知れなくなって久しい知人の『証』を見出したためだった。
「(見紛う筈もない……これは間違いなく彼女の制作物だ)」
龍崎博士と、彼がこのヘッドフォンを制作したと考える人物──月宮博士は、かつては科学者として共に切磋琢磨してきた仲であった。
月宮博士と短くない時間を過ごしてきた龍崎博士は、彼女が自分の気に入った制作物に特別な印を施すことを知っていた。
そして、その印がこのヘッドフォンにも刻まれているのを見つけたのだった。
博士「(しかしなぜ、今になって彼女に由来する物が出てきた……?)」
月宮博士が謎の失踪を遂げて以来、龍崎博士はあらゆる手段を尽くしてその行方を調べたが、一切の手掛かりは見つからなかった。
警察や関係機関も捜索を打ち切り、高名な科学者であった彼女も世間からその存在が忘れられて久しい。
しかし長い年月を経て、降って湧いたように彼女の存在を伝える品とその所有者が現れたのはどういう事なのか。
771 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:48:06.02 ID:S3u6ofFeo [3/10]
「ちょっ、ちょっと! おじさん、なんなの!?」
少女の拒絶の反応で我に返る。
周囲を行く人々も怪訝そうな顔を向けている。
博士は、無思慮な行動を取ってしまったと少し後悔した。
博士「あ……す、すまない! 驚かせてしまったね」
見ず知らずの少女に掴みかかるという、国家権力の世話になりかねない行為だったが、
長年探し続けてきた知人の行方を知れるかもしれない機会を逃す訳にはいかなかったのだ。
博士「私は、こういう者だ」
博士は白衣の内ポケットから名刺を取り出すと、それを目の前の少女に渡した。
受け取った少女は訝しむような目で名刺と博士の顔を交互に見ている。
博士「君は……"月宮博士"という人を……知ってはいないかい?」
博士は努めて冷静に、核心を突く質問を突きつける。
目の前の少女が月宮博士の失踪に関わっているとすれば、突然の問いに何かしらのボロを出すはずだ。
「っ!!」
質問を受けた少女は驚いたような、あるいは安堵したかのような複雑な表情を見せた。
博士の読み通り、何某かの情報を持っているとみて間違いは無さそうだ。
しかし、次にその口から出た言葉は、博士の予想の範疇を大きく飛び出たものだった。
772 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:49:59.12 ID:S3u6ofFeo [4/10]
「おじさん、ママの事知ってるの?」
博士「ま、ママぁ!?」
予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声を上げる。
月宮博士に子供が居たなどという話は聞いたことが無い。
となれば、失踪中に出来た子供という線が強いが、それにしては甚だ大きすぎる。
博士「ママというのは……一体……?」
「月宮博士は、みやびぃのママなの!」
博士「……彼女は、今何処に?」
「おじさん……ママに会いたいの?」
少女が月宮博士を『ママ』と呼ぶことも気になるが、まずは彼女の所在を確かめる事の方が先決だ。
「──どう思う? ……うん……わかった」
博士の言葉を受けた自らをみやびぃと呼ぶ少女は、ヘッドフォンに手をやり誰かと話をしているようだった。
やがてそれが終わると、博士に向き直り口を開いた。
「ママの所へ案内するから、ついてきて」
773 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:50:49.60 ID:S3u6ofFeo [5/10]
月宮博士の居場所へと案内されている間、雅から(少女は月宮雅と名乗った)事の顛末を聞かされた龍崎博士は、
あまりの出来事に言葉を失ってしまっていた。
悪逆非道な宇宙人……少女に偽装された殺戮兵器……それを作り出した月宮博士。
あまりにも荒唐無稽な話だったが、月宮博士の失踪に関して辻褄は合っていた。
博士「(宇宙人に連れ去られていたとは……通りで見つからないわけだ)」
月宮博士は、彼女を連れ去った連中──宇宙犯罪組織から逃れる際重傷を負い、以来意識が戻らないという。
共に逃れてきた雅は、月宮博士の生まれ故郷である地球に来れば、
あるいは彼女の目を覚ますことが出来るかもしれないと思い立ちやって来たのだという。
龍崎博士はこの"母親"想いの少女の為にも、そして、月宮博士の友人としても、何とかしてやりたいと思うのだった。
774 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:52:00.72 ID:S3u6ofFeo [6/10]
ミヤビ「着いたよぉ」
雅に案内されて辿りついた場所は、住宅地の中にある何の変哲もない公園だった。
博士「(ここが……? 何もないじゃないか)」
ミヤビ「こっちこっち」
雅は躊躇うことなく草木をかきわけ雑木林の中へと入っていく、博士も言われるがままそれについていく。
ミヤビ「うん、誰にも見られてない……準備オッケーだよぉ♪」
雅の言葉が途切れると同時に眩い光に包まれ、博士は強い光量に反射的に目を閉じる。
次に目を開けた時には辺りの景色が一変していた。
博士「ここは……?」
周囲を見渡してみたところ、どうやら建物の中に居るらしい。
壁や天井や床は金属の様な材質で出来ている。
ミヤビ「ここはみやびぃたちが乗ってきた宇宙船『ノーティラス』の中だよぉ」
ミヤビ「これもママが作ったんだ♪」
博士「宇宙船……そうか、なるほど……」
どうやら、先の公園から転送装置の類によって瞬間的に移動してきたらしい。
異星の技術であるならば、理解しがたい現象が起こっても原理はどうであれ得心が行く。
ミヤビ「ママはこっちで寝てるの……みてあげて?」
常に爛漫であった少女が、顔色を曇らせ遠慮がちに言う。
その様子に博士は嫌な予感を募らせる。
博士「ああ……わかったよ」
775 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:53:33.55 ID:S3u6ofFeo [7/10]
医務室へと通された龍崎博士は、円筒状の──地球の物で例えるなら、日焼けマシンの様な医療装置の中に横たわる月宮博士と対面した。
少しやつれて見えるが、その面差しは別れた当時より変わっておらず、一目で本人だと分かった。
博士「もう、すっかり諦めていたというのに……」
博士が、誰にともなく呟く。
博士「また……君に会うことができるとは……」
装置の透明なカバーの縁をそっと撫でる。
しかし、中の月宮博士は全く反応しない。
博士「折角会えたというのに……これではな……」
博士は泣き笑いのような表情を浮かべ、自嘲気味に呟く。
ミヤビ「ねえおじさん、ママは、起きられそう?」
雅から尋ねられて我に返る。
月宮博士の意識が戻らないからといって、死んでいるわけではない。
まだ何か打つ手があるかもしれないし、そもそもそれを調べるために呼ばれたのだ。
博士「あ、ああ……診てみよう」
776 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:54:35.04 ID:S3u6ofFeo [8/10]
月宮博士の様子を一通り確認してみるも、目立った外傷は見られなかった。
となると、意識が戻らないのは内臓器官や脳の損傷が原因だろうか。
次に、船内のAIから寄越された医療装置の処置の結果に目を通してみる。
しかし、体内の透過写真や心拍数・脈拍数や脳波、血液中の物質等のデータを調べてみても、
適切な治療が施されたのだろう、やはり異常は見られなかった。
博士「身体の方は重傷を負っていたとは思えない程にまで回復しているようだが……」
雅から聞かされていた話から推測していた状況とは大きく異なり、月宮博士の身体は健常者のそれと違わないものだった。
それでも意識が戻らないとなると、もはや原因を特定するのは困難だ。
医学は齧った程度の畑違いだったが、それでも現代医療では手の施しようが無い事が分かった。
そもそも、地球の技術水準を大きく上回る異星の医療技術でさえ匙を投げる事態なのだ。
博士「残念だが、地球の医学で助けることは出来そうにない」
ミヤビ「そんなぁ……」
博士「だが、まだ諦めるには早い」
助けることが出来そうにないというのは、あくまで"医学的に"分析した結果である。
地球には、ともすれば奇跡とも呼べるような現象を起こすことの出来る『能力者』が大勢存在している。
彼らの中には、あるいは彼女の意識を呼び覚ます能力を持った者も居るかもしれない。
777 名前: ◆lhyaSqoHV6[saga] 投稿日:2013/08/12(月) 08:56:21.68 ID:S3u6ofFeo [9/10]
博士「私の知り合いに連絡してみよう」
ミヤビ「知り合い……?」
博士「ああ、科学では解明できない事象を引き起こす者達だ」
博士「彼らなら、もしかすると月宮博士を助ける事が出来るかもしれない」
ミヤビ「本当に!?」
雅が思わず顔を綻ばせるが、博士はすぐにそれを否定する。
博士「しかし、可能性があるというだけだ……上手くいくかはわからない」
ミヤビ「うぅ……」
落胆する雅の様子を気にしないようにしながら、博士は言葉を続ける。
博士「この宇宙船が秘匿されていたところを見るに、あまり存在を知られたくは無いのだろう?」
博士「彼らに協力を仰ぐとなると、この宇宙船もある程度人の目につくことになるかもしれない」
博士「私からは信頼できる者達だと言っておくが……どうするかは君の判断に委ねるよ」
多くの人間に存在が知られるという事は、情報の漏れるリスクが高まるという事を意味している。
そうなると、宇宙犯罪組織の追手に勘付かれる危険もある……それはなるべく避けたい事態だった。
ミヤビ「……それでも」
博士の言わんとしている事を理解した雅は、俯きながらも意を決したような口調で答える。
ミヤビ「それでもみやびぃは、ママを助けたい!」
ミヤビ「例え上手くいくか分からなくても……悪い奴らに見つかる事になっても……!」
博士「そうか……分かった」
博士「我々が諦めなければ……月宮博士は助かると信じていれば、きっと上手くいくだろう」
雅の覚悟を受け取った博士は、馴染みの能力者組織『プロダクション』へと電話をかけるのだった。