280 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:15:02.62 ID:Y5RKnTkW0
[2/14]
ナニカは街を歩く。切り離した生物たちの記憶を読み取って、それらしい建物を見つけたのだ。
今いた場所からは少し遠くて、結構歩く必要があったのだけど。
記憶を読み取ると…たとえばシスターが落としたカップの破片が猫に当たっていたり、刀で切り合う女の子たちがいたりで余計な情報も多い。
そういえばシスターは不自然にカップの事を許されていた気がする。猫に謝ってくれたから良い人なんだろうが…能力者なのだろうか。
(神様なんていないのに、シスターをしているのは可哀想かな。…関係ないけど)
神様がいない事なんて、自分の存在が証明しているようなものだ。
泣いても叫んでも祈っても助けてもくれないし、死なせてもくれなかったのに…どうして神など信じられるものか。
まだ『奈緒』を救ったきらりを神と言っていた方が信憑性はある。自分は未だに苦しいけれど。
浄化で救われたのは核による浸食の苦しみだけ。そして奈緒が地獄のような過去を自分からも仲間からも隠そうとした結果が自分だ。
ナニカは神なんて信じていなかった。実際に神はいるというのに。
281 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:16:02.75 ID:Y5RKnTkW0
[3/14]
今行くべき場所はただ一つ。だから何も気にしないで歩いた。
「…ここ?」
そここそが探していた『じょしりょう』だった。
「お部屋いっぱいあるなぁ…」
取りあえず外をグルグル回ってみたが、さすがに部屋までは分からない。
「あのー」
暫く立ち往生していると女子寮の中から女の人が出てきた。
「…だれ?」
「ここの女子寮に住んでいる茄子です♪ずっとウロウロしてたみたいですけど…何か用事があるのかなぁと思って…。」
茄子はすでにナニカが人ではない何かと見抜いていた。しかし別に暴れようとしているわけでもないのでこうして話をしている。
「あたしね、お姉ちゃんに会いにきたのー。加蓮お姉ちゃん。」
「あらあら…妹さん?…でも加蓮ちゃんは今出かけていますから…どうしましょう。」
そんな人外の存在があの少女と血で繋がっているとは思えないが、お姉ちゃんと呼ぶほどの仲なのだから悪い関係ではないのだろう。
…実際は『血』で繋がってはいるのだが。
それに何故か茄子の脳内では『ドーレミーファーソラシドー♪』と音楽が流れてきてほのぼのとしたのもあった。…別におつかいではない。
「…お姉ちゃんのお部屋はどこなのー?」
「加蓮ちゃんの部屋はあそこですね。でも鍵はないですよね?」
茄子は特に警戒することも無く加蓮の部屋を示してくれた。
「ないよ…でも部屋は覚えたよ。だから大丈夫!」
「そうですか、それはよかった♪」
ナニカがにっこり笑う。と茄子も笑った。
「また来るから…お姉ちゃんには黙っててね?」
「…ああ!サプライズなんですね!そういうことなら♪」
「よかったぁ!…えっと、茄子お姉ちゃん、ありがとー!」
「どういたしまして♪」
ブンブンと手を振って、ナニカは女子寮から離れていった。
『またいつか必ず来る』と、そう言って去って行った。
282 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:16:58.41 ID:Y5RKnTkW0
[4/14]
加蓮はアバクーゾの被害を受けてしばらく立ち直れないでいたが、やっとの事で立ち直り、行く途中だったバイト先へ急いでいた。
怪人騒ぎのせいで多少の遅刻は大丈夫だと、店長が言ってくれたのがありがたい。
…さらに付近では多眼の怪物がでたという話もあるし、ここの治安が少し不安になる。
― ?
「え…?」
微かに声が聞こえた気がする。自分に向けた声が。
どうしてそう思ったのかもわからない。けれどそうだと確信する自分がいて。
気味が悪いわけでもなく、ただそれが当然で。
振り返った視界の端に、かすかに黒い何かが見えた気がした。
「ま、待って!」
路地裏に曲がって行ったそれを思わず追いかけてしまう。
路地裏に入ると黒いスカートらしきものは見えるのに、追いかけても絶妙なタイミングでそれ以外は見えない。
「会ったことあるよね!?逃げないで!お願い!」
どこで会ったのか、どういう姿なのかも微かな記憶が覚えていると言っているのに、全く思い出せない。だから、会いたい。
しかし、だんだん距離は離れていくばかりだった。
足音だけを頼りに追いかける。本当にどうして追いかけたいのかもわからなくなってきた。
走って走って、角を曲がって…
「うわっ!」「きゃあっ!」
「ご、ごめんなさい…って奈緒!?」
283 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:18:23.71 ID:Y5RKnTkW0
[5/14]
誰かとぶつかってしまった。…と思ったらそれは知り合い。
「あ、えっと、加蓮…どうしてここに?」
「人を探してて…こっちに来なかった?」
「…どんな人を探してたのか聞かないと答えようがないだろ?」
「黒い服…なんだけど…」
「ゴメン、知らないや。」
「…そっか。なら仕方ないかな…見失っちゃった。奈緒はどうしてここに?それに今日は髪型違うね?」
「え?…怪人騒ぎがあっただろ?それを探してたんだ。…髪形はさっき解けただけ。」
「大変だね…ってバイト行かないと!ゴメンもう行くね!」
「うん、またな!」
慌てて去って行った加蓮に手を振る。…完全に言ったことを確認すると、寂しそうに呟いた。
「まさか会うとは思ってなかったの…ゴメンね、逃げちゃって…。」
「加蓮…お姉ちゃん、まだダメ。今はダメ。思い出しちゃうから。…夢はまだ夢のままがいいよ。まだ不完全だもん。」
284 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:19:18.03 ID:Y5RKnTkW0
[6/14]
しかし、それと同時に狂気的な笑みも浮かべた。
「キシシ…でもね、夢の世界が現実になったら、いつでも会えるからね!それまで待ってて…!絶対に迎えに行くから…!」
自分の存在が異端であると決して認めようとしない。
「あたしとお姉ちゃんだけじゃないよ。みんな一緒だから…お友達いっぱいできるから!今までの分、いっぱい愛してくれるから!」
ナニカはあまりに世間知らず。いつか自分が行う行動が正義だと信じている。根拠も何もないというのに。
…それが全てに対する侵略など、これっぽっちも思っていない。
285 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:20:29.82 ID:Y5RKnTkW0
[7/14]
「…んー奈緒が目を覚ましそう…?うーん…どうしようかな…」
奈緒の意識が目覚めた時に腕や耳が人の物に戻っていたらさすがにまだ目覚めていない能力にも気付くだろう。だから今はいつもの奈緒の状態に戻してある。
『お兄ちゃん達』『お姉ちゃん達』も、夢の中で加蓮との会話の邪魔にならないようにしてはいるが…
彼らが認識できる筈の加蓮と会話できない事を不審に思う可能性もある。彼らに気付かれた程度なら問題はないが、万が一と言うこともある。
奈緒を屈服させて、自分が彼女を支配する側になる。…だから奈緒が少しでも本来の能力に気付いてはいけない。
そしてそうすれば加蓮が安全な状態のまま力を使用できる状態に持ち込める。奈緒の事など知った事ではない。
…だから、本来は下位の存在である自分が勝利する、最高の機会を虎視眈々と狙う。
「面倒だし…もう寝よーっと。どうせ奈緒が起きれば起きても寝てもまた夢の中…」
夢の悪夢は慣れてしまった。痛みも苦しみも毎日与えられれば慣れる。
それにどうしようもなく苦しくても、加蓮に会えるなら…耐えられる。
大好きなあの人は優しい人。今までの罪を償おうとしている。嫉妬している姿も素敵だ。
きっとそのまま生き続ければ…罪の分以上の善行だって積めるはず。ナニカはそう確信していた。
絶望的な事に…死ぬことはできないけど。
286 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:21:51.09 ID:Y5RKnTkW0
[8/14]
「あーば、くぞー!」
「いい加減、降参したらどうだぁ!」
そんな事を考えていると、路地裏の狭い道を、もふもふな怪人と空を飛ぶ女の人が追いかけっこしながら通り過ぎた。
空中には鋏が舞っている。時折鋏がもふもふの毛を切り、ハゲができている。
そして切られた毛がふわふわ舞ってナニカの顔にぶつかった。
「くちゅん!」
『…あたし、怖い…お姉ちゃんに拒絶されるのが怖いよ…』
「…」
意識しないで出た言葉。…彼女の本音。
…拒絶される理由は思いつく。化け物である事や、(認めたくないけど)奈緒から生まれた人格であること。
…そしていつか行う計画。優しいあの人はきっと拒絶するだろう。でも止めることはできない。夢を叶えたいから。
「…怖くない。拒絶なんて怖くない…。…お姉ちゃんの為でもあるんだから…!」
言葉の上に嘘と虚勢と言い訳を塗る。素直なはずのナニカさえ、素直になれない時もある。
自分の正義は正しい。間違いなはずなんてない。…でも怖いものは怖い。それだけ。
「もう!…ムカツクなぁあのもふもふ…!」
寝ようと思ったけれど、止めよう。あの怪人に一発食らわせないとイライラで眠れなさそうだ。
ぐちゃぐちゃと体を変えるとさっきの二人を追いかけ始めた。
287 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:23:39.38 ID:Y5RKnTkW0
[9/14]
アバクーゾは全力で涼から逃げていた。逃げ足には自信があったが、相手が空中を浮いて追いかけているからか距離は変わらない。
それに鋏で毛を切られつつあることが尚更恐怖を煽る。
そんな追いかけっこの途中、路地裏の上から道を塞ぐように泥が降ってきた。スライムのように形をある程度保ちながら。
「あば!?」
思わぬ奇襲にアバクーゾは立ち止まる。
「っ!『止まれ!』」
涼も靴に命令を出して急停止するとその泥のてっぺんから髪を乱した少女が『生えて』きた。…貞子のように。
「あばばばばば!?」
「!」
「お姉さん…お逃げなさい…なんてねー」
ノイズがかかった声でまるで動揺の歌詞のようなセリフを言い放つ。
「に、逃げろ…?」
涼は目の前のコレが何者かわからなかった。一瞬この怪人の仲間かとも思ったが、様子から察するに違う。
「あたしは…んっとえっと…ジャスティスちゃんだよ!キシシ、もふもふめ…お前のせいで何人の人が迷惑したのかなー?」
明らかに適当に思いついた名前を言い放つ。…見た目から言えば悪のモンスターだろうと突っ込みたくなる。
さらに、少女以外にも触手やら動物の頭やらが生えてくる。もっとモンスターらしい見た目になっている。
もっと言えば乱れた髪の毛の隙間から見える真っ赤な瞳がピカピカ光って不気味だ。
「…お姉さん、本当に帰った方がいいよー?」
少女の下のスライムのような体が横に割れる…いや、口を開いたようにしか見えなかった。
「これからごはんなのー。」
「あばぁ!?」
「はぁ!?」
食われる。この化け物に食われる!
涼もアバクーゾもそう確信した。
288 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:25:58.23 ID:Y5RKnTkW0
[10/14]
「…お前の事…忘れないからな…」
涼はそのまま後ろに全力ダッシュした。
「あばくぞー!?」
軟体動物のような触手が逃げようとしたアバクーゾを捕える。
『ママとパパのところに帰りたいの…』
「…!」
本音が漏れるが耳を塞ぐ。聞きたくもない言葉だから。
「もう!死んじゃえ!」
下半身の怪物が大きく口を駆けてアバクーゾを丸呑みした。
口に甘い味が広がる。
体のどこから食べても口に食べた味が伝わってくる仕組みだから。
無意識の認識操作で生物の体液等を甘く感じるようにしてなければおかしくなってしまいそうだ。
中でそれが溶けていく。吸収して、いらない部分が泥から吐き出される。
…しかし、本音薬は効果を発揮していた。
289 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:27:05.60 ID:Y5RKnTkW0
[11/14]
『拒絶しないで』
『受け入れて』
『認めて』
『愛して』
それが誰に向けられた言葉なのか、ナニカにもわからない。
『辛いよ』
『苦しいよ』
『死にたいよ』
いつの間にか涙が流れていた。
『誰でもいいからあたしを殺して』
『助けて…あたしが世界を壊す前に…!』
本音薬を吸収しすぎて、もう誰の言葉かもわからない。
黒い泥が崩れ、普通の少女の姿に戻る。
「…」
体を組み替えていつもの奈緒の姿になる。…誰もいない。言葉を聞いていた者は誰もいない。
「…あたしはそんな事なんて思ってない!あたしは間違ってない!」
「奈緒も起きるしもう寝るもん!…ばか。」
誰かに向けられたわけでもない言葉が路地裏に少し響いた。
290 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:28:03.58 ID:Y5RKnTkW0
[12/14]
「ん…ここは…どこだ?」
奈緒はどこかもわからない路地裏で目を覚ました。
…別に体に異常はないようだ。
「…さっきのはテレポートさせる能力持ちの怪人だったのか…?」
全く違う推論を立てて起き上る。
「ってきらり!きらりをまた探さないと…!」
何も知らないまま、何にも気付かないまま、奈緒は街の中へ駆けて行った。
291 名前: ◆zvY2y1UzWw[sage] 投稿日:2013/08/02(金) 14:29:39.46 ID:Y5RKnTkW0
[13/14]
『ご主人様が寝てた間になんか知らないけど新しいのがきたねー』
『寝てる間に食べたのでしょう…アルパカでしょうか?でもハゲてますね』
『まあいいや。いらっしゃいませよろこんでー君も体がもう無いから僕らの一部になるんだー』
『雄みたいですね…まあ歓迎しますよ。』
「あば…?」
『やったね、やったね、おめでとう!』
『君は生き続けるのです…我々の中で…』