2スレ目>>772~>>775


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「それで、依頼とは?」

時計の針は午後5時を回り、俄かに光量の落ち始めた人工太陽の下、一組の男女が
アンダーワールド首都のカフェの個室で向かい合っていた。
二人の纏う雰囲気は間違っても恋人達のそれではなく、一定の緊張を保って互いの腹を探り合う
ビジネスのものと見えた。完全防音のVIPルームを選んでいるのも機密保持のためだ。

「例のはぐれウサミンと、能力者の女……ご存じでしょう」

「ある程度はね」

女は、スラックスを履いた長い足を組んで紅茶のカップを口に運ぶ。

アンダーワールドは農耕には向かない土地だが、大規模な植物工場によって安全な食料の供給が
行える。この格別の芳香を漂わせるダージリンも工場産のものだ。
遺伝子組み換えによる品種改良と内部環境の完璧な調整によって、ものによっては地上産よりも
高品質な代物を生産することも可能である。

ただし、紅茶のような嗜好品は生産コストの問題からかなり値が張る。
ある程度以上の安定した所得のある者でなければ、紅茶を嗜む趣味は楽しめないだろう。

「どこの組織にも属さず、地上にはびこるカースを浄化していると聞いている。結構なことだと思うが?」

「市井の者の感性からすればそう感じられるでしょう……いえ、失礼」

己の失言を自覚してか、男は慌てて非礼を詫びた。
目の前の女性がシビリアンではないことを失念していたのだ。


「構わない。私もシビリアンの理屈で語るべきでなかったのは了解しているよ。似合わないからね」

カップをソーサーに置いて、女は意地の悪い笑みを浮かべる。

「……それで? 貴方がたは、この無法者のアウトレイジに何を依頼したいのかな」

アンダーワールドの『アウトレイジ』――アイの瞳に、切り込むような光が差す。

高度な科学技術を発展させ、地底に一大文明を築いたアンダーワールドといえど、よろずダーティな仕事を
請け負うフリーランスの傭兵が廃業に追い込まれることはなかった。

どんなに有能で清廉潔白なオーバーロードの治世であろうとも、地方自治権を認められたジェントルマンと
領民のシビリアンの摩擦は絶えることがなかったし、利権亡者の評議員が対抗勢力の中心人物の暗殺を
依頼することも多々あった。

同業者に縄張りを荒らされたスカベンジャーが不届き者にきついお灸を据えてくれと言ってきたり、
アウトレイジの集団――地上ではギャングとかヤクザとか言ったか――同士の抗争に介入することも
少なからずある。

アウトレイジは市民権を持たず都市に住むことを許可されていないが、彼らは都市の登録IDを持たない分、
非常に身軽な身体とも言える。
そうした人間は悪事を働くのに向いているし、他人の悪徳を肩代わりしてやることで、平均的な
シビリアンと同等かそれ以上の収入も得ることができる。
真面目に働いたところでろくな仕事はないし、市民権とシビリアンの身分を買うまでに何年かかることか。

アウトレイジであるアイがこうして紅茶を嗜むことができるのは、彼女が傭兵として成果を挙げて
いるからに他ならないのだ。


「単刀直入に言えば、その女――奥山沙織を捕らえて頂きたい。できるだけ無傷で」

「……ふむ、生け捕りにしろと? 暗殺ではなく」

「それが出資者の意向ですから」

「出資者、ね……」

「ウサミン星人は殺してしまっても構いません。ですが宇宙船は可能ならば拿捕してください」

カースを浄化する能力を持つ人間と、それを支援するウサミン星人。
この二人を邪魔者扱いしている勢力がこの依頼を持ちこんだことは疑いない。
実際のところ、そんな連中は掃いて捨てるほどいるだろうが、殺さず生け捕りというのが依頼者の
内心の単純ならざる部分だろう。

……さて、どこの誰が金を出しているのやら。

在野の能力者が目障りな『同盟』か、それとも例の『財閥』か?
カースを生み出している存在がいよいよ本腰を入れたという見方もできる。
宇宙船も手に入れて欲しいというところを見ると、異星人の技術を求めている勢力かもしれない。
ひょっとすると、依頼者はアンダーワールドの誰かだろうか。

とはいえ、目の前の男は単なるメッセンジャーにすぎない。
重要な事柄は一切聞かされていないはずで、徒労に終わるのが目に見えていることを敢えて試みる
ような趣味はない。

それに、詮索好きはこの世界では長生きできない。
好奇心に殺される猫になるつもりは、アイにはなかった。


「報酬の提示額は悪くない。この仕事、受けさせてもらおうか」

「それは重畳……地上行きの手筈はこちらで整えますので、追って連絡させて頂きます」

アイが結論を出せば、あとはとんとん拍子だ。
いくつかの契約事項を確認して契約書にサインをし、男はさっさと個室を出て行った。

紅茶や個室の代金は向こう持ちだし、慌てて部屋を出る必要はない。
アイはぬるくなった紅茶で口内を湿らせ、椅子の背もたれに体重を預けた。

「さて……今度の任務は人攫いか。まあ、やりようはいくらでもある」

すべては報酬次第。今回の報酬額は危険を冒すだけの価値を感じるに足るものだ。

聖者が命じるなら模範者にも調停者にも救世主にもなろう。
悪魔が命じるなら詐欺師にも人攫いにも掠奪者にもなろう。
それが傭兵というものだ。
今回の依頼者がたまたま悪党であり、軋轢を望む者であり、戦いを呼ぶことをよしとする者だった。
ただそれだけのことである。

テーブルの上に置かれた資料に手を伸ばす。フィルムに似た質感を持つフォトシートには、奥山沙織の
全身像が映し出されている。
とびきりの美女というわけではないが、素朴で暖かい雰囲気を持っている女性だった。
少し手を加えるだけで化けるだろう。こういう女性に限って、見違えるほどの変化をするものだ。

アイはターゲットの姿を見てそのような感想を抱きながらも、

「君も、運がなかったものだな」

と、形ばかりの同情を示して見せるのだった。