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「吸血大サービス」



 いじめられていた。
 ボクと握手をしたひとは菌がうつるからって。
 誰もがボクのそばから離れていった。

 ボクは泣いていた。路地裏でひとりで泣いていた。
 泣いて泣き疲れて倒れていたら、パン屋のおねえさんが手をさしのべてきた。
 「だいじょうぶ? パン食べる?」
 「うん」
 ボクはその手をにぎった。

 三日後、おねえさんは感染病で死んだ。
 ボクはそれから、誰とも握手をしていない。


++++++++++


 病院の診察室前の廊下にある、診察待ち患者用のベンチ。
 ペルオ・ラッセルはそのベンチに座って腕をまくり、枯れ木のようなその細腕に注射器を刺す。

「~~~~!」

 声にならない針の痛みを感じながらも押し込んでいたポンプを引き上げて、
 ペルオは注射器に自らの血液を溜めていく。
 世界で最も多い感染症の保持者。「ヒトの形をとった病巣」。
 それがペルオ・ラッセルという男の肩書である。ゆえにこの血液それ自体が彼の武器となる。

「うぅう……これくらい採れば、いいかな。これでこの注射器は、“爆弾”だ」

 息を枯らして、注射針を抜いた。
 ここで手が震えて一滴落ちるだけでも、気化した血液から危険なウイルスが空気中に拡散する。
 一般人が仮に吸い込めば半日立たずに死ぬだろうウイルスのオンパレード。
 相手に直接この血を注入することができれば、即死もありうるレベルのものだ。
 まさかこんな形で忌まわしき自分の血が役に立つときが来るなんてな、とペルオは自嘲した。

「これを上手く使えば、生き残れるかもしれない」

 ただ――もし生き残れたとしても、あまり嬉しくはないが。

 南の離島にあるとある研究施設。
 ここに連れてこられるまで、20年もの間ペルオはそこに閉じ込められていた。
 真っ白な部屋。狭い天井。TVと本だけが娯楽。
 体にはチューブが巻かれて、ガラス越しの研究者の視線は実験動物を見る目しかしてこない。
 そんな環境で死ぬことも許されず、誰かに触れることも触れられることもなく、ただ研究される日々だった。
 だからもし生き残って戻っても、ペルオを待つのはあの真っ白く、永遠に変わらない部屋で。

 でもだからといってさっさと死んでしまうのもダメだ。
 なぜって、少なくとも今この瞬間だけはペルオ・ラッセルは「自由」を手にしているからだ。
 首輪もなく、どこにでも行けて、なにより外の空気を吸えている。この自由は奪われたくない。

「最後まで生き残らなくったっていいんだ。“こんな血の”ボクなんかが生き残るのはきっと失礼だから。
 けど、さ……せっかくの“外”なんだ。たとえ地獄だろうとボクには“外”なんだ。
 もうちょっと、ううんできるだけ長く、この空気を吸っていたいじゃないかっ……だったら」

 ――だったら、ボクの「自由」を邪魔する奴は「感染」し殺さなゃいけない。
 毒色の血液がどろりと濁る注射器を、かたくかたく握りながら、ペルオは改めて決意をかため、

「あら、あら。そんなに卑屈になることないと思いますわ、お兄さん」
「え?」

 そこへ。声が。した。 

「そんなに卑屈にならなくても、大丈夫だと言っているんですわ、お兄さん――だって」

 綺麗なソプラノの、少しこもった声が、した。

「わたくし、先ほど学んだばかりですの。どれだけ長く生きようと、どれだけ沢山学ぼうと、
 世界には、知らないものや、知らないことが、たくさん、たーくさんあるんですのよ。
 ああ、そうですわ、例えば、貴方にとってのわたくしも“それ”なのかもしれませんわね――?」

 そっちの方に目線を向ける。誰も、いない。誰も、
 いや、あった。
 あった。――血だまりが、あって。それが、動いている。こぽこぽ音を立てて、喋りながら。

「ひっ!?」

 驚いてペルオはつい、手に持っていた注射器を放り投げてしまう。
 くるくる。注射器は窓から外へと落ちていく。そんなことは意に介さず、目の前の「血だまり」は言葉を続けた。

「諸事情あってこんな姿で申し訳ありませんけれど、自己紹介させていただきますわ。
 わたくしの名はブラッディ。ブラッディー・バレンタインと申します。種族は――“吸血鬼”。
 血を飲み、血と成り、血と共に生きる種族……つまりは“血のエキスパート”ですの」
「な……!?」
「少しお力を貸していただけるなら。あなたの“その血”。わたくしがどうにかしてあげましょう。
 その汚く濁った血を、綺麗に浄化する方法を、わたくしは知っていますわ。付いてきなさい」

 そこまで言うと血だまりは音を立ててズルズル動き始めた。
 ペルオ・ラッセルはぽかんと口を開けて、まばたきさえ忘れかけて立ち尽くした。
 そして、こちらを振り向かずに(?)しばらく進んだ血だまりは、
 しばらくしてペルオが付いてきていないことに気付くと感情を隠さず怒ったような声で、

「……何を呆けているんですの? 付いてきなさい。貴方が居ないと開けれないでしょう?
 ほら早く。ぼさぼさしないで。ジェームズは呼んだらすぐ来てわたくしの足を舐めていましたわよ」

 と叱る。ペルオは思った。誰だそいつ。というかなんだこれ。


+++++++++


 保存室を開けて、中から輸血パックを取って、診察室へと戻ってきた。

「ふあ……ふぁあ♪」

 輸血パックを開けてどぼどぼと床の血だまりに与えたら、血だまりはすごい喜んだ。
 そして美少女になった。
 ……え? と思う間にはそうなっていたので逆に反応がおくれた。

「んんん、感謝しますわ。あとは衣服があればいいのですけれど……。
 ――あ、そのぼろっちいコートは嫌だから脱がなくてもいいですわ。というか顔を赤らめなくても。
 そんな年でもないんじゃなくて? ――ああ、わたくしと同じで、浮世知らずなんでしたっけ?」

 鮮やかな血の色をした髪、それより深い色の吸い込まれそうな瞳。
 人形みたいに綺麗な顔の少女がいきなり現れたことにペルオはびっくりして思わず顔を背ける。
 すると少女は片手を口に当ててくすりと笑い、少し待っててと言って奥に消えた。
 ペルオはそばにあった椅子に座った。そして28歳にもなって免疫のない自分を恥じた。
 もちろんそのあと、ブラッディーがホントは300歳だと知って椅子から転げ落ちたのは言うまでもない。

「そ、それで――ボクの血を綺麗にするって、どうやって?」
「あら、せっかちですわね」

 少しして、ブラッディーがどこからか調達した患者服を着て帰ってきた。
 簡単な自己紹介とざっくばらんな身の上バナシをして、二人はいよいよ本題に入った。

「だって、ボクの“血”はどんな研究者でもどうにもできなかったんだ。
 多種のウイルスが絶妙なバランスで共生してるから手が出しようがない、全血交換でもダメだって……」
「その見解はあくまで人間レベルのものでしょう? わたくしは、吸血鬼ですわ」
「吸血鬼」
「そう。吸血鬼の見地から言わせてもらえば、貴方の治療をするのは紅茶を淹れるより簡単」

 言うと椅子代わりに診察室のベッドから立ち上がり、
 ブラッディーはペルオにぐっと接近して、顔を近寄らせて微笑んだ。
 その三日月状に開いた口の端から覗くのは、異常発達した犬歯――吸血牙。

「吸血鬼に噛まれたものは吸血鬼になる。貴方を吸血鬼にすれば、すべて解決しますわ」

 ブラッディは語る。
 彼女ほどの高位の吸血鬼なら、その血液は人間より強靭で、ウイルスなど殺してしまうのだと。
 もとより血を吸収してエネルギーに変えてしまう種族。
 エネルギーを蓄えられるよう進化した血液が、人間のそれより優れているというのは納得できる話だった。

「さらにその中でも、わたくしの名はブラッディー。貴方も見たでしょう?
 わたくしは血液だけで活動できるほどに、特別強い血を持っていますの。
 そのわたくしの血液を今から貴方に注入すれば、貴方の血液の中にあるウイルスは全て死滅しますわ」
「そして、ボクは吸血鬼になる……と?」
「そうですわ。そこは、ちょっとした副作用ということで納得していただくしかありませんわね。
 まあ別に吸血鬼になっても困ることはありませんわよ? ちょっと弱点が増えて、寿命が延びて、
 たまーに血を吸わないと生命維持できなくなるだけですし。施設暮らしよりよっぽどマシだと思いません?」
「うん、だからそれはそこまで……でも、どうして?」
「あら?」
「どうしてブラッディーさん、貴女は、ボクを助けてくれようとしてるんだ」

 突然目の前にぶら下げられた「救いの手」に、ペルオは疑念を隠せない。
 吸血鬼になることにはそこまで抵抗はない。
 ブラッディが言ったように、拘束された人生を送るくらいならば、
 ペルオはヒトの身を捨てることにためらいはなかった。「ちょっとした副作用」にしてはデカい気はするけど。
 問題は動機のほうだ。
 目の前で牙を見せる少女もとい吸血鬼は、どうして自分を助けようとしているのか?
 血だまり状態から助けたから? だから助け返してくれている?
 本当に、それだけなんだろうか……? ペルオはそれが気になったのだ。
 いい人生を送ってこなかったペルオ・ラッセルは、不意の善意をすぐ受け入れるようには出来ていなかった。

「それは……結果的には、自分のため、になるのでしょうね」
「自分の、ため?」

 故にこぼれた問い。その問いに、目を伏せながらも、ブラッディーは真意を語る。

「わたくしは今まで、なんでもひとりで出来る――いえ、誰にでもひとりで勝てると思いこんできました。
 吸血鬼の名家の当主に相応しい力をと、剣にも長け、学も周りには劣らぬよう精進し、
 300年の間磨き続けて。魔族はともかく、人間には越えられぬ力を手にしたという自負がありましたの。
 でもまだまだでした。“しろがねの目”……あの神父にこてんぱんにされて分かりましたわ。
 どれだけ力を付けようと、上には上がいて。その絶対値の差は決して、ひとりでは覆せないと」

 ひとりでは、という部分を強調しながら、
 ブラッディー・バレンタインはここで顔をあげてペルオの目を真っ直ぐ見ながら続けた。

「バレンタイン家の名に懸けて。“わたくし”は負けたままではいられない。
 でも未熟なわたくしひとりではあの男には勝てない。ならば作るしかないでしょう。仲間を。眷属を。貴方を」

 貴方を吸血鬼にしたいと思うのには、そういう理由もありますわ、と。
 ブラッディ・バレンタインはそこまで言って、ペルオから離れて後ろを向いた。
 吸血鬼は言った。
 もし貴方が吸血鬼になることを拒むならば、いま逃げなさい。拒まないならば、わたくしの肩に手を置きなさい、と。
 そして――吸血鬼になるということはわたくしの眷属になるということであることは頭に入れておいてほしい、と。
 つまり、ペルオには二つの選択肢がある。
 人間として生きる道。
 病原菌に犯された血を武器にひとりで生き残る。仮に生き残っても白壁の日々。
 吸血鬼になって生きる道。
 ブラッディ・バレンタインと共にふたりで生き残る。生き残った後、自由を手にする。
 ――たとえその道が茨だとしても。選ぶまでも、なかった。

「感謝の極みですわ、ペルオ。……ああそれと。久しぶりに他人と触れ合った感想、聞かせてもらえますこと?」


+++++++++


 F-7、赤の国にそびえたつ病院。白い凸型に赤十字のオーソドックスな形のその施設、
 今とある窓をのぞけば、貴重な光景を見ることが出来る。
 それはヒトがヒトでなくなる瞬間の映像。吸血鬼が、ヒトを吸血鬼に変える瞬間だ。
 ワインレッドの髪の小柄な少女が、ちぢれた白髪の細い男の首にかぶりつく。
 枯れ木のようだった男の肌がふつうの肌へと戻って。
 くすんでいた男の瞳には赤い光が灯り。乾いていた髪もまた、潤いを取り戻していく――。
 三分も経たなかった。ペルオ・ラッセルは、病人から吸血鬼へと変貌した。

(おいおい、まじか。ホントにヒトが変わりやがった)

 窓の外でそれを見ていた姫園炎間は、その異様な光景に思わず唾を呑んだ。

 ――ビアー・バーンズより受けた打撃のダメージから辛うじて炎間が歩ける状態になったのは少し前だ。
 死一歩寸前の状態から三時間で歩けるようになるとか普通にすごいのだが、そこは彼の幸運としよう。
 姫園炎間の悪運はむしろその後にある。
 まずは傷の手当て、と安易に病院を探したところ意外に近くにあり。
 病院の外周を歩いているときに何かが落ちているのに気付いてそれを拾い。
 そして、そこから中に誰かがいると推測して探った結果、
 診察室に入ってきたブラッディーとペルオの話をすべて盗み聞くことができた。

(最初に吸血鬼がどうのいい始めたときは驚いたが……なるほど、“そういうの”がいるのなら、
 俺の炎の芸術《ファイアーアート》を邪魔したあの野郎のふざけた腕力にも納得がいく。
 ……人のコトワリから外れた化け物とコロシアイ。クククッ、燃えてくるじゃねえか、随分とよお)

 吸血鬼と病人の会話を盗み聞きしたことで炎間が得た情報は二つ。
 ひとつはこの殺し合いには吸血鬼のような人外の存在がいて、
 ビアー・バーンズもおそらくその類のナニカだろうということ。
 もうひとつは、炎間が拾った注射器に入っている血が、ペルオ・ラッセルの物だということだ。
 炎間は注射器の中で泳いでいるどろりと濁った血を見て笑う。

(このいかにもアブなそうな色した血――間違いなく今吸血鬼になったヒョロ男のもんだ。
 どうして外に落ちてたかは知らねえが、おおかた最初はこれを使って生き残ろうとしてたんだろう。
 俺の趣味《ファイアーアート》にはちと合わないかもしれないが、良い拾い物をしたな)

 さらに耳を澄ませて聞いていると、どうやら部屋の中の二人はしばらくしたらここを出て、
 女の方の吸血鬼を倒した神父を探しにいって戦うつもりのようだ。
 となれば、彼らと組むのは却下だろう。炎間は誰かに指図されるのは嫌いだ。
 そして吸血鬼の復讐に協力するほどお人よしでもない。そっちはそっちで勝手にやっててくれ。

(だからこっちも、こいつで復讐させてもらうぜ、くく)

 病院を探る途中でくすねてきた救急箱の中に、危険な血の入った注射器を仕舞い込んで、
 いまだ残る脳へのダメージによって酔っ払いのようにふらつきながらも、前向きに。
 姫園炎間は赤の街へと再び消えていくのであった。


【F-7 病院付近/黎明】

【姫園炎間】
【状態】全身打撲。顔面陥没。眼球軽破損。 顔にマスクの破片による切り傷。脳に障害が残る可能性有り。
【装備】無し。
【所持品】救急箱、ペルオ・ラッセルの血液
【思考・行動】
1:まだふらふらするので少し休憩か。
2:炎の芸術を完成させる。
3:ビアー・バーンズにはいつか復讐の炎を浴びせる。
【備考】
※殺し合いにヒトならざる者が参加していることを知りました。


+++++++++++


「これが吸血鬼、か……ホントに体の重さが消えた……」

 診察室の中にカメラを戻すと、
 吸血鬼化して普通の人間レベルに動けるようになったペルオが、
 驚きと嬉しさとがないまぜになったような表情で手をぐーぱーさせている所だった。
 二人はこれから少し病院に留まって休息し、
 ペルオが吸血鬼の動き方に慣れたところで出発、
 “しろがねの目”の神父――ラファエルへのリベンジマッチを果たす。
 どちらにせよ、吸血鬼となったペルオ・ラッセルも彼の殺害対象となってしまうため、
 生き残るためにも対決は不可避。それも含めて上手くやったな、とペルオは思う。

「さ、行きましょうペルオ。病院にも購買や食事の用意くらいあるでしょう。
 わたくし、朝食は欠かさない、健康に気を使う吸血鬼なの。貴方、料理は?」
「悪いけどボクは無理だよ。20年施設暮らしだったからね」
「……そうでしたわね。……まあまだ朝まで時間はあるようですし、ゆっくり作れば……」
「あれ、ブラッディーさん、300年生きててまさか料理出来ないの?」
「ちちちちが!」
「血が?」
「違! う、うるさいですわっ!
 だってしょうがないでしょう、当主として食事は下々の者に作らせねばダメだったの!」

 とにかく行きますわよ! と、ブラッディーがペルオに向かって手を差し出した。
 ペルオは反射的にその手を握ろうとして、びくっと途中で手を止める。
 ――いや、もう触れ合うことをためらう必要はないのだと、改めてそこで気づく。
 手を握ればブラッディーも握り返す。
 もはやその接触部から移るのは病原菌ではなく、人肌の温かみなのだから。

「……生きてみるもんだよな、ほんと」
「?」
「いや、なんでもない。……ただちょっと、ありがとうってだけで」
「ふふん。その言葉は、こちらこそ言うべきなのですが。ありがたく受け取っておきますわ」

 互いに礼を述べながら、二人の吸血鬼は病院食の調理場を探して診察室を出た。
 ペルオ・ラッセルは改めて思う。せっかく得たこの新しい体を失ってはならない。
 死にたくない。死んではいけない。死なないためには――。


【F-7 病院/黎明】

【ブラッディー・バレンタイン】
【状態】健康、空腹
【装備】病院の患者服
【所持品】なし
【思考・行動】
1:ペルオと共に“しろがねの目”にリベンジマッチ

【ペルオ・ラッセル】
【状態】(低級)吸血鬼
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダムアイテム×3
【思考・行動】
1:死なないために、生き残るために。
【備考】
※吸血鬼化しました。もとがもとなのでステータスは普通の人間程度です。
 弱点などは主人であるブラッディーと変わりませんが、血液状態での生存は不可能。


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