決勝(5)


全身が凍り付いていた。
昔、聞いたことがある。
モンスターが吹雪を受けた際の完全凍結率――つまりは指の先すら動かせなくなる確率は三割。
その吹雪をありったけ――回避行動も取れぬままに五度受けた。
そして、己の復活を拒むように全身をコロシアムの瓦礫が押し潰している。
成程、氷で全身が脆くなっている。死ぬのだろう。
今まで、自分の死ということを終ぞ思ったことはなかった。
死ぬ寸前まで闘い、戦い終わった後にやっと自分が死んだことを気づくものだと思っていた。
成程、この全身から力が抜けていくような感覚。
全身を泥沼に投げ出したかのような沈みゆく感覚。
これが死か。
成程。
わかった、つまらん。
まだ、自分は闘いを求めているらしい。
全身が凍結し、瓦礫によって押し潰された肉体はあらぬ方向に折れ曲がり、砕けかけているというのに。
それでも、自分は闘いをやめられないらしい。

右腕に力を込める。筋肉が肥大化し、右腕を覆う氷が砕け散る。
左腕、左脚、右脚で同じことを繰り返す。
これで四肢は自由だ。

胸に力を込める。
大胸筋をパンプアップして、纏わりつく氷を追いやる。

心臓を強く意識する。
全身に熱が通うように、強く強く意識する。

自身の熱を感じる。
これ以上にないほどに氷を溶かす熱を感じる。

心臓が普段の何十倍もの速さで動き出す。
生物の鼓動数は決められていると聞いたことがある、つまり自分の行いは急激に寿命を縮めているのだろう。
だが、構わん。
おとなしく待っていれば、その内救助が来るのだろう。
戦う必要は無いのだろう。
構わん。

戦おうというのだ。
あらゆるものを闘いのためにくれてやった、ついでだ寿命の百年や、二百年もくれてやろう。

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

ふふ……

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

ふふふ……

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。

さて、穴は深い。
上るのが大変だな。


「やあ、久しぶり」
気が付くと、グレイシアはどこまでも大地が続く雪原に立っていた。
空はどこまでも雲に覆われていて、自身の閉塞感を表しているようだったが、
それでも、少し前まで自分が暮らしていた場所に似ていて、懐かしい風景に思えた。なにより、隣に死んだはずのトレーナーがいた。

「……お元気でしたか?」
「死んでることを除けば、元気でやってるよ」
死んでいるのに元気なはずがない、愚かな質問だ。
いや、そもそもポケモンが人間に質問するということ自体が愚かなことだ、人間からポケモンの言葉が通じてもポケモンから人間の言葉は通じない。
それでも、トレーナーはいつも私の言葉を真剣に聞いてくれていた。
だから、自分の言葉が通じることも特に不思議には思わなかった。
そういうこともあるのだろう、ただそれだけを思った。

「私も死んだのでしょうか」
「……キミはさ、死んでいるのと生きているの、どっちが良い?」
「アナタがいるなら……」

別に死んでも構わない、その言葉をグレイシアは飲み込んだ。
トレーナーが死んでから、世界はこの曇り空のように色褪せてしまっている。
それでも、トレーナーに助けられた命だ。
自殺することもせず、死んだ後に初めて、今まで生きていたことに気づくような――そんな日々を過ごすのだと思っていた。
それでも、血に濡れているけれど、絶望の黒で塗りたくられているけれど、悲しみの涙の色をしているけれど、それでも世界に色が付いてしまった。

死んだトレーナーの代わりも、死んだドラゴンの代わりも、死んだメタモンの代わりも、
死んだソーナンスの代わりも、死んだピクシーの代わりも、そしてレナモンの代わりも、見つけることは出来ない。
それでも、世界にはまだ新しい出会いがあることに気づいてしまった。

「アナタがここにいるなら……私はもう少し、のんびり生きていようと思います。
やりたいことは無いけど、そのうち見つけて……見つからなくっても、きっと、生きていきます。私、結構楽しく生きられそうです」
「そっか」

その後、二人はしばらく黙って同じ方向を見ていた。
何か言い出そうとして、何も言葉にならないまま、ただ口をもごもごと動かした。

「言いたいことは色々あったと思ってたんですけどね」
「言いたいことはもうとっくに言ってたんだ」
「……じゃあ、そろそろ」
「そっか」
「またいつか」
「あぁ……またいつか、体に気を付けてね」
「ええ」

別れを告げた後は、振り返りもせずに駆け出した。
振り返れば、二度と戻れないような気がした。

結局、これはただの夢なのだろうか。
それとも、実際にトレーナーが会いに来てくれたのだろうか。

どっちでも良い気がした。

また会えばわかることだ。

だから、振り返らない。





「勝利の鍵は、もう君たちの手に握られている」

「そして、ポケモンである君の方が気づく可能性は高い」

【悪魔召喚プログラムを起動します……】


自身の身体のデータ化――それはデジタルデビルだけの特権ではなかったということだ。
ポケットモンスターが肉体をデータ化して、コンピュータのボックス内に預けられるように、
デジタルモンスターのそもそもの起こりがコンピュータウイルスであったように、
今、ここにある悪魔召喚プログラムとポケットモンスター、デジタルモンスターの相性は最高だったということだ。

そして、悪魔召喚プログラムにおける契約は――悪魔の側に主導権がある。
強引に判を押し、相手のサーバー内部で仮想化された例は多い。
契約に縛られた以上は、生殺与奪権はサモナーの側にあるが、今ここにサモナーは存在しない。

ただ、ブラックホールを回避するという目的のためだけに、契約は為され、そしてグレイシアとキュウビモンは待機状態へと入った。

スマートフォンを彼女達は知っていた。
そして、当時の彼女達の役には立たなかったが、スマートフォン内にあった悪魔召喚プログラムという概念は彼女達は理解していた。
閃きは――あった。

そして、僅かな可能性に賭けて――彼女達は生き残った。

「グレイシア?」
「……いい夢を見ていました」
「そうか、羨ましいな」
「勝利の鍵は、もう握られているそうです」
「そうか」

サーバー内部、先客は無い。
電脳マトリクス的風景が果てという概念を失ったかのように、どこまでもどこまでも続いている。
レナモンに退化したキュウビモンは、手の開いては閉じを繰り返した。
握られている勝利の鍵など、見えない。

「……攻撃は通用しなかった」
「はかいこうせんでも覚えていればよかったですね」
「通用すればもっと良いだろうな」

笑えない冗談だが、ほんの少しだけ緊張感が和らいだ。
レナモンは思いっきり伸びをすると、対象のない蹴りを三発放った。
それによって、筋肉の緊張をこりほぐす。
束の間と言えど、休息の時間だ、今のうちにやっておくべきだろう。

「……ポケモンである、私ならば、あのモンスターに勝つ方法に気づけるそうです」
「気付き、か。答えを教えてくれれば良いのに、と言うのは贅沢なのかな」
「…………多分、私はもうその答えを知っているから言わないんだと思います」
「知っているのか」

「……トレーナーになれ、ということです」
「そうか、よくわからないが、今すぐにでもなってほしいな」
「なりますよ」
グレイシアは確信を以て、ある方向へと足を進めると、レナモンに付いてくるように促した。

「夢の中で、私はトレーナー……私の昔のご主人様に会いました」
「ご主人様か、支配されていたのか?」
「いえ、親のような、兄のような、そんな素敵な人でした」
明るい口調とは裏腹に、ほんの少しだけその瞳にさした陰りに気づき、レナモンは「そうか」とだけ言って、口を噤んだ。

「私達はモンスターボールという……なんて言えばいいんでしょう、家に捉えられて、その家の主を自分の主人とします。
今、私達が置かれている契約に近いですね。
一度、捉えられれば逃されるか、交換されるまで、他の主に捕まることはなくなります」
「……逃す……交換、成程、そういうことか」
「ええ」

グレイシアは確信を込めて、言った。

「この悪魔召喚プログラムの契約を書き換えて、
ソーナンスが私達に託したスマートフォンの悪魔召喚プログラムで私達が主となるようにと契約します」

【グレイシア もちもの:スマートフォン】

ポケットモンスターに持たせた持ち物は、ポケットモンスターが持ったままでデータ化出来る。


「出来るのか?」
「失敗すれば死ぬだけです」
「成程、やらなきゃな」


ハムライガーを追ったプチヒーローとルカリオもまた、スラリンガルへと辿り着いた。
スラリンガルは動きを止めている、今となってはただのハチ公程度の待ち合わせ場所に過ぎない。
ハムライガーがスラリンガル内部へと走って行くのを追い、彼らもまたスラリンガルへと侵入する。
今更、罠を疑っても遅すぎる。
罠があるというのならば、この闘技場に参加させられた時点で掛けられているのだ。
故に、迷いは無い。

スラリンガル内部――先程床に開いた穴は、何事もなかったかのように治癒されている。

ハムライガーは何をするでもなく、ひたすらに待っていた。
この戦いの先に望むものがある。

スラリンガル中に響き渡るように咆哮する。

叫びが、敵を呼ぶ。
プチヒーローを、ルカリオを、スライムを。

「敵だ」
「お前もか」
「lprpそてうあり」
「痛い」
「苦しい」
「どmr」

ゲル状の身体に沸き立つ泡と共に言葉が広がっていく。
戦うこと、新たな血を取り入れ強く鳴り続けること、そして苦しむこと。
それだけが、スライムの存在意義。

「……王様に頼まれたのだろう?そっちのガーディのような奴は任せる」
ルカリオは、プチヒーローの背中を軽く叩くと、スライムを見た。
苦しみ続ける者を見た。
その中に、自分の仲間を見たような気がして――首を軽く振った。

確かめようの無いことであるし、結局――その中にいるにしてもいないにしても、やることは変わらない。
ただ、目の前の怪物が作られる上で捧げられたであろう数多の供物の中に仲間がいないことを祈るだけだ。

「私は、この誰ともわからない奴と戦おう」
「……わかった」

ルカリオがスライムの前に立ち、プチヒーローがハムライガーの前に立つ、と同時に。
「刹那五月雨撃ち」
「刹那五月雨撃ち」
「刹那五月雨撃ち」

スライムの肉体が変形し、矢の形状となって射出される。
射出された矢は肉体を離れると同時に、硬質化――スライム以外の全てのモンスターに降り注ぐ。
プチヒーローとルカリオの決めたルールなど、スライムは解さない。
周りは全て敵、故に一掃できる手段を取っただけだ。

「死亡――」
ルカリオはその身に宿す禍魂――サタンの波導を掴む。
遺伝情報のように、サタンの中には、その力の使い方が刻み込まれている。
そして、その知識の門は――本来ならば、己の中にマガツヒを注ぎ込むことでゆっくりと開かれていく。
だが、今は時間がない。
マガタマの中にある波導を――その知識を、その腕の中に掴み取る。
元々、ルカリオの中に切っ掛けはあった――波導によって構成した剣という答えはあった。
だが、その使い方を知らなかった。
野球によって勝利を収めるのならば、バットで相手を殴るのではなく、ボールを打たなければならない、そんな正しいルールがルカリオの中には無かった。
サタンの知識が――混沌の王の禍魂が、それをルカリオに伝える。

「――遊戯ッ!」
波導によって構成された剣――波導剣が、放たれた矢を全て切り落とす。
死亡遊戯――かの、混沌王が使ったと言われる技である。
己の魔力によって構成された剣を振るうことで、当てずとも相手を斬り裂く――つまりは、無数の飛ぶ斬撃を放つ魔技。
今、ルカリオはそれを習得した。

「痛い」
「痛くない」
「苦しい」
「死ね」

だが、あらゆる耐性を持つスライムに対し、ルカリオの波導は通じるか。
答えは――

「ガルダイ――」
「呪いの言――」
「グラダイ――」

否【ノウ】!

そして――

「滅ッ!殺ッ!豪ォ……波導弾!」

肯【イエス】!

スライムよりも疾く、絶対必中の波導弾は放たれた。
ルカリオは技を知ることで、自分の波導の新たな可能性を知った。

何故、今まで理解していなかったのか――恥じるような心持ちでもあった。
波導とは生命の力――それは今まで理解していたことだった。
生命そのものであるがゆえに、生物ならば誰もが持つ――それも今まで理解していた。

だが、理解していなかった。
今まで、己は自分の波導によって、相手を攻撃してきた。
だが、自分も相手も波導を持っているのならば、何故――相手の波導を攻撃に利用しないのか。

ギガドレインは相手の生命を吸収し、カウンターは相手の力を倍にして返す。

何故、波導という存在を理解する自分が――自分の波導だけに留まり、相手の波導によって攻撃を行わないのか。

新たなる波導弾は、相手の波導をそのまま、相手へのダメージへと変換する。

ルカリオの放つ波導は、スライムの耐性が阻む。
故に、今までの波導では――スライムにその攻撃を届かせることは出来なかった。

だが、スライム自身の波導は、己が生命であるが故に、スライムは防げない。

相手が何物も通さない盾で守っているのならば、何物も貫く槍を探すのではなく、盾を無視して相手自身を殴る。
期せずして、ルカリオはスライムの最強の盾を破っていた。

「ディアラハン」
今、与えたばかりの傷がスライムの詠唱によって完全に癒えていく。
「リジェネ」
その魔法は、スライムの自然治癒力を異常なほどに高め、ルカリオが今後与えるダメージを自動的に癒していくだろう。
「ラスタキャンディ」
かの魔人も用いた魔法は、スライムの全ての能力を上昇させる。

ただし、戦いにおいて盾を破るということは前提条件に過ぎないのだ。

「……上等だ」
傷を癒やしたということは、己の攻撃が通用しているであるということをルカリオは理解した。
治癒力を強化したことも、能力を強化したということも、それほどまでに自分を恐れていることであると理解した。
上等も、大上等である。
つまりは、自分の掴んだ答えは――大正解であったということだ。

「滅ッ!殺ッ!豪ォ……波導弾!」
前よりも力を振り絞る。
波導弾は相手の波導を感知して、自動的に敵へと向かい、確実に命中する。
当てることを考えなくても良い、ただひたすらに――敵を討つことを考えれば良い。

「ラスタキャンディ」
「ラスタキャンディ」
三重の強化がスライムに乗った、構わない。
だが、スライムがバリヤードの腕を形作った時、その腕が波導を帯びた時、そしてバリヤードの得意技がものまねであることを思い出した時。

「滅殺豪波動弾」
己の放ったものよりも、数倍の大きさの波導弾を見た時。

静かに――
ただ、静かに――





「成程、やってくれたな」

ルカリオはモリーに激怒した。


ハムライガーとプチヒーローは互いに動かない。
互いが互いの一挙手一投足に注視して、先に動かない。

今、スライムの動きはルカリオが引き付けている。
だが、スライムがその気になれば、容赦なくハムライガーとプチヒーローをスライムの戦いに巻き込んでくるだろう。

一撃を狙わなければならない。

「ハムライガー……」
ガブモンがハムライガーを連れ去った後、何があったのかはプチヒーローにはわからない。
ただ、再び心が壊れてしまうような何かが起こったことはわかる。
壊れることで、ようやく心の安寧を取り戻せるような何かが。

「僕も君を救えないのかもしれない……それでも!」
剣に――プチヒーローの魔力が籠められる。

ハムライガーが駆け出した、目指すはプチヒーローの心臓。
体格は互角、プチヒーローの剣を跳び越え――背後から、その頭部を噛み千切れば良い。

「僕は君と……話がしたいんだ!」
魔法剣――剣に魔法を込めて放つ斬撃である。
彼の世界では、火炎斬りとマヒャド斬り、稲妻斬りと真空斬りの四種類しか存在しないが、
他の世界――例えば、モルボルの棲まう世界の魔法剣は十三種、約三倍のそれが存在する。

だが、あらゆる世界を巡っても、それだけはない。

癒しの力を籠めた魔法剣だけは存在しない――ケアル剣も、ケアルラ剣も、ケアルガ剣も、そしてベホマ剣も存在しない。

だが、今ここに――今、ここだけに!

勇者の手に、ベホマ剣は存在する!

プチヒーローがベホマ剣を横薙ぎに振るう、それをハムライガーは跳躍し回避、そしてプチヒーローの背に回りこむ。
背後を許したプチヒーローだが、瞬時に振り返る。
そして、ガルルモンがやったように――バック転で、ハムライガーの噛み付きを回避。
絶好のチャンスを失ったハムライガーは吠えた。
屈辱が故だろうか、否!

ライガー種はその咆哮こそが、超奥義。
耳を防げば避けられるというものではない、放たれた音波は衝撃波と化す。
文字通りの音速の一撃、プチヒーローはその声を全身で聞くこととなった。
衝撃がプチヒーローを吹き飛ばし、壁に叩きつける。
衝撃波とプチヒーローをもろに受け止めた壁は、瓦礫の山と化した。
それでも薄皮一枚残っているのが、恐るべきスラリンガルの強度であろう。
しばらく経てば、何もなかったかのように再生するのだ。

ハムライガーは駆けた。
プチヒーローは、この一撃を受けても死んでいないと確信していた。

ハムライガーはこの奥義を出し惜しんでいた、自分が持つどのような技よりも、この技は負担が大きい。
日に何度も撃てるものではないし、連発も出来ない。その上、相手と距離を取ることになる。
相手が遠距離攻撃を持っていた場合、自分のほうが圧倒的に不利に陥ることになるだろう。

いや、それ以上に――

「僕は今、君の声を聞いた……」
瓦礫の山の中から、プチヒーローはゆっくりと立ち上がった。
鼓膜は破壊されたが、それでも自分の骨が折れた音はしっかりと聞こえている。
身体がよろめいてはいるが、地に伏したりはしない。
再び、剣を構える。

「泣き声って……言葉にならないよね…………」
ハムライガーは駆けた、今ここで――プチヒーローを完全に仕留める。

「君はずっと、ずっと泣いていたんだ」

自分の傷を癒やすことも忘れて、プチヒーローは剣に祈りを籠めた。

自分ではハムライガーを救うことが出来ないのかもしれない。

それでも!

世界はハムライガーにとって絶望そのものなのかもしれない。

それでも!


――勇気を……君にッ!


「届け――祈りの一撃ッ!」


滅殺豪波動弾――受けてみれば成程、ルカリオの身体は一撃で死にかけている。
目に見えるダメージは一切無いが、生命力そのものを奪われたという実感がルカリオにはあった。
癒しの波導で以て、体力を回復させる。
回復力は著しく低下している、今のルカリオの体力は瀕死に毛の生えた程度だろう。

「やってくれたな」

だが、何よりも――新しく生み出した必殺技が、瞬時に真似されたのが癪に障った。
この怒りは犠牲者であるスライムには向けられない、この怪物を生み出したモリーに向けられる。

「ラスタキャンディ」
「ラスタキャンディ」
「滅殺豪波動弾」

「…………やってくれたな」

ただでさえ、後一撃食らったら死ぬ状況下で五重に強化された滅殺豪波動弾を受ければルカリオはどうなるだろうか、もちろん死ぬ。
そして、そのただでさえ一撃で死ぬ攻撃は絶対に命中する。
つまり、どうなるのだろうか、確実に死ぬ。
滅殺豪波動弾着弾までの死の刹那、走馬灯染みた速さでルカリオは生き残り、勝つための方法を思考する。

滅殺豪波動弾が消滅するまで、全力で逃げ続ける。
――不可能、今の自分ではそもそも逃げること自体が難しいし、そもそもプチヒーロー一匹にする選択肢はない。

滅殺豪波動弾で相殺する。
――否、強化された滅殺豪波動弾に対して、己の滅殺豪波動弾で対抗できるとは思えない。

己の波導を消し、滅殺豪波動弾を回避する。
――否、滅殺豪波動弾から別の技に切り替えられるだけだ。

己の波導を信じる。
――結局は、それしか無い。

ルカリオは滅殺豪波動弾を右掌で受けた。
滅殺豪波動弾は己の波導を燃やし尽くさんとする業火だ、だが波導であることには変わりない。
滅殺豪波動弾を自分の力に変えろ。
相手の波導を相手への攻撃と使ったのならば、同じように自分への治癒と出来ぬことがあろうか、いや無い。
掌の焼ける感覚がルカリオを襲う。
ルカリオは痛みを無視する。
全てが波導であるのならば、やはり――吸収できる。

波導がルカリオの全身に染み渡っていく。
まるで業火のようだった、敵の――負の感情が、波導を通じて己を焼きつくさんとしている。
関係ない、波導は波導だ。
全てを吸収し、傷を癒やす。

「ラスタキャンディ」
「ラスタキャンディ」
「滅殺豪波動弾」
何時までも斃れぬルカリオに業を煮やしたのか、スライムが追撃を放った。

二発目を吸収するのは、一発目よりも簡単だった。

目の前で癒えていくルカリオ、何故、己の攻撃でルカリオが傷を癒していくのか、スライムにはわからない。
だが、もう物真似が通じぬことはわかる。

「ガルダイン」
ルカリオはスライムの元へと駆ける。

「呪いの言葉」
先程、中断させた詠唱は明らかに致死級の大技だった。
受ければ、確実に――それも、スライム以外の全てを巻き込んで死ぬ。

「グラダイ――詠唱に割りこむように、ルカリオがスライムの口に拳を突っ込んだ。
ゲルの感触は、冷ややかとして、ぬるりと気持ち悪い。
纏わりつく粘液のような感覚も忌まわしい、主に全身が気持ち悪い。

「零距離だ――お前の波導で、お前自身を攻撃するように仕向け続ける」
ルカリオはスライムの肉体を捉えて離さない、振り払わんと藻掻くが、スライムを握る力がより強くなっただけだ。

ルカリオはスライムを見た。
スライムもまた、ルカリオを見た。
その中に懐かしい顔はあったのかもしれない、無いのかもしれない。
それでも、行うことは変わらない。

そして、ゆっくりと息を吸い込み。
不意にプチヒーローの顔が頭を過ぎった。



「いやしのはどう」
ルカリオは、これからが良くあるように祈った。


ハムライガーはゆっくりと目を見開いた。
目の前に、プチヒーローがいる。眠っているようだった。
ハムライガーはその両足で何度も、何度もプチヒーローを揺すった。
今にも起きだして伸びの一つでもしそうだったが、何度揺すっても起き上がらなかった。
涙が出そうになったが、今まで散々泣いたからか、不思議と涙は出ない。

スライムとルカリオの元へ足を進める。

絶対に振り返らないと決めていた。
一歩、二歩、三歩、四歩、やけに歩みが遅い。
胸の中に温かいものがじんわりと広がる、癒やしという名の赦しだった。
身体も心も治っている、それでもどうしても歩みが遅い。
耐えられず、ハムライガーは後ろを振り返った。

プチヒーローは今にも起きだしそうな顔で、死んでいた。

散々泣いても、やはり涙は出てきた。


「……温かい」
「そうか」

余計な言葉はいらなかった、それだけで――勇者と同じように癒せたことを理解した。
緊張感から一気に解放されたのか、力が抜けて、ルカリオは床に大の字になった。

「何故……」
「殺サズニ……」
「癒してくれたのですか……?」

スライムに理由を問われ、ルカリオはほんの少しだけ考えこんで、やめた。
自分の中に確固たる理由があったわけではない、ただ、この最悪の状況下でも――勇者が己にしたように、敵を信じようと思っただけだ。

「わからない」
「そうですか」
スライムもそれを受け入れた、ただ自分達が救われたという結果だけがある。それでいいと思った。
特に話すことも無くなって、ルカリオはプチヒーローの方を向いた。
プチヒーローは眠っているように見えた、そしてハムライガーは泣いていた。
勇者が勝ったのだろう、別段驚きはない。

ルカリオは立ち上がり、プチヒーローの元へ向かった。
ハムライガーとすれ違う、お互いに何も言わなかった。
スラリンガル内から、自分達以外の波導は感じられない、モリーは逃げ出したのか、あるいは既に討たれたのだろう。
ほんの少しだが、休むことが出来た。モリーの追跡を再開することにしよう。

「……プチヒーロー、俺は先に行く」
プチヒーローは何も返さない、知っている。
自分達以外の波導は感じられなかった――生きている者ならば、誰もが持つエネルギーが感じられなかった。
だから、そういうことなのだろう。

「お前のやりたかったことは、頼りないかもしれないが、代わりに私がやっておく」
ルカリオは、プチヒーローの剣を取り、袋の中に入れ、モルボルに託された王冠を――少し悩んでから、自分の袋に入れた。
プチヒーローの勇気を、ルカリオは受け継いだ。

「例えば――それはッ!」
地響きが起こる。スラリンガルの床を砕いて、あの男がやって来る。
ルカリオが殺したくて殺したくてしょうがなかったあの男が。

「私を殺すことかね!?」
金属の硬度を持つであろう闘技場の瓦礫を、そしてスラリンガルの床を、水をかき分けるようにして移動したなどと、今更そんなこと、驚きはしない。
そういう男だ、わざわざ異世界からモンスターを集めて殺し合いをさせるような狂人だ。

「それはッ!俺のやりたいことだよおおおおおおおおお!!!!!モリイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
スラリンガル中央部より飛び出してきたモリーの元へ、ルカリオは駆ける。
「スライムッ!三連破壊光線ッ!!!!」
と、同時に――モリーはスライムに命じた。
スライムの心がどうなろうとも、スライムのマスターはモリーだ。契約に逆らうことは出来ない。
だが、スライムは破壊光線を放たない。

「なッ!」
ルカリオが鳩尾に向けて放った拳を咄嗟に受け流すモリーだが、スライムが命令に従わなかった衝撃で、拳に継いで放たれたローキックをもろに喰らってしまった。
態勢を崩したモリーの顔面に、ルカリオの拳がもろに入った。
拳の衝撃を受けて吹き飛ぶモリー、だが――スライムが従わないというイレギュラー、敵に先制攻撃を喰らったという事実を受けても、モリーは笑っていた。

「だから、戦いは面白いッ!」
「黙って死んでろッ!」
モリーの姿に冷静さを失い、思いっきり殴ったルカリオだったが、一撃を加えることでいくらか落ち着きを取り戻した。
どうしても、拳で一撃をくれてやりたかったという思いはある、しかし――モリーを殺すならば、拳よりも優れた武器を己は持っている。

「ランダマイザ」
「ランダマイザ」
「ランダマイザ」

何故、自分が契約より解き放たれているのか――スライムには理解できない。
だが、今すべきことはわかる。
何よりも優先すべきはモリーの弱体化、全能力弱体化魔法を何重にも掛けて弱らせなければ、そもそも戦いの土俵に上がれない。
見れば、モリーには戦いの後がある。
誰がモリーと戦ったのかはわからないが、普通のモンスターが何十回も死んでいるような傷を負っている。
それでも、平然とした顔で戦い続けるのがモリーという男だ。
それをスライムが一番理解している。

「……まずは、裏切り者の始末が先だな?」
「貴様の始末が先だッ!」

ルカリオの後方、モリーの歩幅にして30歩程のところににスライムはいる、
モリーは何よりも優先してスライムを倒したいが、ルカリオは何が何でも食い止めようとするだろう。
ハムライガーは、今のところ何をするでもなく呆けているが――やはり、油断ならぬ獣、背後から首筋を食いちぎられるかもしれない。

「滅ッ!殺ッ!豪ォ……波導弾!!!!」
ルカリオにはモリーに考える暇を与えてやる気など無い、すぐさま、滅殺豪波導弾をぶちかます。
と、同時に――ルカリオはモリーの元に駆けた。
相手の防御力を無視し、なおかつ絶対に命中する滅殺豪波導弾をモリーとの距離を取りつつ連発するのが一番良い。
だが、スライムを守りながらそれが出来るか――否だ。
モリーを相手に近接戦を仕掛けるのは上策ではないが――速攻で決める、波導剣で素っ首切り落とす。

「ぐ、おおおお!!!」
滅殺豪波導弾が命中し、モリーが膝をついた。
想像以上に弱り切っていたらしい、問題ない――ルカリオはそう判断し、

「何もかもッ!何もかもッ!死んで詫びろおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
「ワシに謝ることなんぞなああああああああああああああああい!!!!!!!!!」
モリーの首めがけて、波導剣を横薙ぎに振るうもモリーは斬撃を膝をついた姿勢のまま、くるくると跳躍し回避。
自分の背よりも高く跳んだモリーに対し、ルカリオは死亡遊戯を放つ。
無数の斬撃の衝撃を前に――モリーはそれらを一切意に介さず、ルカリオを飛び越した。
全身の刀傷を筋肉の圧縮により無理やり抑えこみ、モリーに追いすがらんとしたルカリオに向けて叫んだ。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!」
瞬間、ルカリオの全身の骨が軋んだ。
その場に立っていられない超衝撃の前に、ルカリオの身体は吹き飛び、壁に叩き付けられる。
ライガー種の超奥義にも匹敵する大声は、モンスターバトルの実況作業によって養われたものである。

「まっ……」
「待たん!」
モリーは勢いを付けて、スライムにドロップキックを見舞った。
スライムの無数の耐性は――当然物理攻撃に対しても有効である。
自身の渾身の蹴りが、何事もなかったかのように弾かれ――モリーはにやりと笑った。

「良い……さすがはわしの作り出した最強のモンスターッ!そうでなければな!」

「ランダマイザ」
「ランダマイザ」
「ランダマイザ」
「滅ッ!殺ッ!豪ォ……波導弾!!!!」

モリーの言葉に構うこと無く、スライムは己の使命を果たし続ける。
モリーに対しては、この世界に存在するあらゆる言葉で今まで呪い続けてきた、そして今――殺せる時が来た。
これがモリーの放つ言葉に対しての全ての答えだ、そう言わんばかりにランダマイザが唸る。
そして、それに応えてルカリオは滅殺豪波導弾を放った。
迫る滅殺豪波導弾を前に、モリーは大きく息を吸い込んだ。
最期の時を前にして、覚悟を決めたか――否、モリーは見せてやることにしたのだ。
あらゆるものを貫く矛、あらゆるものを防ぐ盾――存在しうるはずのない両方を。

つまりは――

「邪ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
掛け声と共に、モリーは両の肘で同時に肘鉄砲を放った。
モリーの右肘鉄砲は――ルカリオの放った最強の攻撃、滅殺豪波導弾を打ち、消滅せしめた。
そして、左肘鉄砲は――スライムの持つ最強の盾、その耐性を貫いた。

攻撃を受けたスライムのそのゲルの体は、煮立ったかのように――全身が泡立ち、
その泡一つ一つが弾けるに応じて、その全身をあらゆるところにぶち撒けて、死んだ。

きあいをためる――気合を込めた一撃で相手の防御を無視する秘技である。
モリーはひたぶるに鍛え続け、それをあらゆるものを破壊する神域の攻撃へと磨きあげた。

「貴様ァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」
己の滅殺豪波導弾が破れた――スライムの死の前に、ルカリオはその事実すらどうでも良くなっていた。
殺戮遊戯――無数の斬撃が、モリーを斬りつけんと迫る。

「見えている」
気合いが目に見えぬように、殺戮遊戯の斬撃は目に見えるものではない。
だが、見えているかのようにモリーはそれら全てを避けきってみせた。

「ボーイ……小技に頼るな」
一歩一歩、ゆっくりと、モリーはルカリオへの距離を縮める。
ルカリオは当たらなくなった殺戮遊戯を無意味と悟り、いやしのはどうで己の体力回復を図った。

「拳で来い」
結局、最終的には――こうなるのか。
いやしのはどうで、今ルカリオの体力は満ち満ちている。
モリーは、そもそも生きているのが不思議な程の傷を負った上に、その能力は何重にも弱体化されている。

だが、それでも五分の戦いにはならない。

ルカリオは、モリーを前にして、己の勝機が一割を切っていると悟り――

「モリー、墓に刻んでおいてやろう……拳の頂点に立ったと愚かにも思い違いをした男が拳の戦いに敗れ、惨めに死んだ、と」

それでもなお、戦うことを決めた。

「そのご自慢の拳を打ち砕き……お前の誇りを粉砕してやる」



―――決勝(6)