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『My dear...』



 緒子、まずは何はともあれ優勝おめでとう。僕は君のような素晴らしい娘の父である事をこの上なく誇りに思う。

 大会初日、乱入者に打ち倒されてしまったのを見た時には心配が募って食事も喉を通らなかったよ。いや、君を信頼していなかった訳じゃない。緒子は昔から有言実行を絵に描いたような、約束は必ず守る子だったからね。初戦の躓きくらいすぐに挽回してくれると思っていたよ。事実、見事に僕の期待に応えてくれた。

 勿論、大会の優勝は喜ばしい事だけど、僕が何より嬉しいのは大会を通じて出来たという新しい友人のことだ。天奈さんはとてもしっかりした女性だし、鏑木さんも一本筋の通った人物であるのは君から貰った写真やメール、それに大会での闘いを通じて僕にも良く分かった。君が本当は心優しい子だと僕は知っているけど、正義感の強さゆえに融通が利かない、と誤解されやすい性格なのも知っていたから。社交界で出来る知人とは違う、本当の意味での友人が出来たのは何にも代え難い経験だね。

 身体の方は大丈夫かな? 格闘大会だから怪我はつきものというのは当然だと分かってはいるけど、親というのは理屈じゃなく心配してしまうものなんだ。大会のお医者様が優秀というのは聞いているけど、帰ったら念の為に精密検査に行こう。…………駄目だよ、こればっかりは我が儘は聞かないからね。嫁入り前の大切な娘の身に何かあったら大変だ。

 話は変わるけど、優勝賞金のことだ。お小遣いにするには金額がそれなりにあるようだし、すぐに使う予定はないと思う。僕の方で君の名義で会社か財団法人でも作っておくから、ひとまずはそこに入れておきなさい。面倒な手続きや管理については部下に任せておいて、君が必要だと思った時、思う事が出来たら使うといい。あぁ、もっと経営の勉強をしなさい、という意味じゃないからね? 君は、君が思うように。それが僕と母さんとの約束だから。

 ──────────それと、僕は『優勝賞品』の子と大事な話がある。落ち着いた後、いつでもいいから必ず連れて来なさい。いいね?



                                             愛する娘、緒子へ。父より。



 「ん、もういいの?」
 届いたメールを読んでいた紫ノ宮緒子(しのみや・おこ)が視線を上げると、そこには少年の顔がある。二人が過ごすゆったりと広く豪華なホテルの部屋は大会運営が用意したものであり、閉会式後も使用を許可されている。紫ノ宮財閥の令嬢である緒子にとってはVIP扱いのスイートルームは日常のもので当然だが、少年にはやや居心地が悪いらしく、特に手持ち無沙汰な間は少しだけ所在なげにしていた。
 本来、閉会式後も優勝者は多忙な筈である。実際、彼女の元には早速あちらこちらから取材の申し込みやTV番組への出演交渉が殺到していたが、緒子は激闘の直後という理由で全て断っていた。そんなものよりも、今はひとときの安らぎを選ぶのは当然だった。
 「ええ、お父様からでしたわ。優勝おめでとう、って」
 「そっか、見ててくれたんだね」
 家族からの声援と祝福。これ程ありがたいものはない。苦しい時には立ち上がる力を。成し遂げた時にはこの上ない喜びを。
 「お父様は私のファン第一号ですもの、当然ですわ」
 世界格闘大会の優勝者となり、今や一躍時の人となった緒子。大会での劇的な闘いぶりに加えて類まれなる可憐な容姿を持つ美少女とあっては、ファンの数もうなぎ上りである。それでも、一番目は変わらない。
 「羨ましいな、第一号って。僕は何番目くらいになるのかな」
 大会数日目に少年が出会った時には緒子は既に大会選手ランキング上位に名を連ねていた。大会運営がグッズ販売用に用意していた公認のファンクラブに加えて有象無象の非公認のものまで合わせれば、その時点で何番目のファンかを類推するのは困難である。
 「無意味なことを考えるのはよして、続けますわよ」
 「そうだね、じゃあ次の勝負」
 中断していたトランプ遊びを再開する。今日は一向に勝てないババ抜きから種目チェンジして、神経衰弱。
 遊びにも全力投球、手加減や手抜きをよしとしない緒子に合わせて少年も真剣な表情で伏せられたカードをシャッフルする。
 「今度は負けませんわ!」
 仕切り直しのシャッフルに自らも参加しながら緒子は意気軒昂に宣言したが、その指が勢い余って少年の指と触れ合ってしまった。柔らかな温かみが、仄かに重なり合う。
 「ふぇっ!?」
 「あ、ごめんね」
 動揺の声を上げた緒子と、対照的に落ち着いた声の少年。なんだか自分だけ意識しているようで少し悔しい、と緒子は少年を睨みつけたが──────────。
 「…………?」
 きょとんとした様子に、脱力してしまう。勝敗以前の問題で、勝負にならなかった。
 「ったくもー、何でもありませんわー」
 ややぶっきらぼうに言いながら、緒子は頬の火照りを隠す。


 ──────────何番目のファンか、ですって?

 貴方は私にとって、ファンなどではなくって──────────。


 「じゃあ、今度は僕から開けるね?」
 「ええ、せいぜい頑張って開けて下さいましねー」
 緒子の心は始められたばかりの、伏せられたままの秘められた札。彼の手でやがて開かれて、全てが明かされるのを待っている。


                                                     <了>