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世界格闘大会七日目、ラ・ピュセル&トラロック、終末に向けて歩を進める


――――貴方は守るべき者の在る男子でしょう。
――――己の身で真正面から向き合わずしてなんとするのです。
――――それには勇気が必要で、そこには困難が待ち構えていようとも。

――――岸颯太。困難は乗り越えるものです。





白く霞んだ水色の上に、透き通った深い青、その上に抜けるような濃い藍色。
幾層もの青を塗りこんだ、どこまでも広がる爽快な青空。それは清々しい陽気の晴れ渡る夏空。
見あげる者の心まで晴れやかにするかのような、そんな好天。

「ラピちん、今日はスッゴイ機嫌良さげだねー」

蒼天に浮かぶ、太陽の光を弾いて白く輝く千切れ雲を見上げていたラ・ピュセルと衣紗早雨衣。
大会の初日で数奇な運命の元に巡りあったこの二人は、今日も共に並び歩き、言葉を交わす。
世界格闘大会も残すところあと二日。大会開始より七日目。試合開始直前の一時。

「雨衣にも分かりますか」
「なんか、憑き物が落ちたって言うか? 肩の力が抜けたって言うの? 昨日の夜からかなぁ。そんな顔してるよ」

雨衣がラ・ピュセルを見あげて弾むように笑い、ラ・ピュセルが雨衣の言葉を受け止め柔らかく微笑む。
二人はのっぺりとした、とてつもなく高く、白い壁の前で一度立ち止まり、改めて壁に沿って歩き出す。
なんの装飾も取っ掛かりもない、爽やかな夏の陽射しを鈍く反射し続ける、無言の壁を横目に、談笑は続く。

「大会参加前に、恋心を伝えられないでいる男の子の背中を押した台詞が、ずっと胸につかえていたんですよ」
「へっ? ――あーえーっと、大会前に会ったっていうファンの男の子の話?
 へえー、ナニナニ!? 病気のお友達ってその子のカノジョ……っていうか片思いの相手だったの!? ワァオ!」
「雨衣はきっとすぐにその子と会う事になりますから、恋の行方はその時にでも」
「ええっ? 何そのもったいぶった感じ!?」
「まあ、それで、ね。――困難を乗り越えろって助言をした私が、困難に立ち向かわなくてどうするのか、と」
「んー、それで転校生に挑んだんだよね。それは昨日聞いたけど」

首をかしげながら顔を見つめる雨衣に、ラ・ピュセルは笑った。

「困難――乗り越えられましたね」

それは少し照れくさそうな、大人びた風貌のラ・ピュセルからは思いもかけない、子供のような笑い顔だった。
予想外のラ・ピュセルの表情に、しばしぽかんとした雨衣であったが、

「――うん! 昨日のラピちんはホント格好良かったよー! いつもの五割増しくらい! 例えばねー」

言葉の意味が頭に届くや、ころりと表情を明るく変え、両手を広げ嬉々として力説を始めた。





足元のアスファルトから、うっすらと陽炎が立ち昇る。
右、左と首を振れば、どちらも白い壁が陽炎に揺らぐ先まで伸びている。
そして正面。その白い壁に、巨大で重々しい鉄の扉がどっしりと構えている。

世界格闘大会七日目。ラ・ピュセルが選手として試合を行う会場に選んだ、魔人刑務所である。
現在はTOKYOの中で気兼ねなく魔人同士が闘える場所として、大会用に特別に開放されている。
門の横に設えられた警備員室で面通しを終えると、金属の擦れる甲高い音が辺りに鳴り響き、巨大な扉が口を開ける。

「ラピちん、今日はやっぱりその眼鏡かけたまま闘うんだ……」

巨獣の咆哮の如き騒音の中で、ラ・ピュセルのかける眼鏡に気付いた雨衣が、先ほどまでと一転、そっと呟いた。

「ええ。戦友からの贈り物ですから。それだけで力が湧いてきます」

それを耳ざとく拾ったラ・ピュセルが言葉を返す。
その顔にはアンダーリムの眼鏡がかけられている。髪はすでに自前の眼鏡を引き伸ばした髪留めで結わえてある。
今、ラ・ピュセルがかけているのは、前日の夜に対戦相手クェル・クスから渡されたものであった。

「ラピちんの機嫌が良いのってさー」
「はい?」
「やっぱ昨日のクーちゃんの押しかけプレゼントが嬉しかったんでしょー?」
「雨衣は昨日からずいぶんと気にしてますねえ」

どこか拗ねたようにむくれる雨衣を見て、ラ・ピュセルが苦笑する。
そういえば雨衣から初めて貰った贈り物も眼鏡だった――――などと、思い出しても流石に口に出す事はしない。
大会六日目。試合が終わり、自室へと戻ったラ・ピュセルの元にクェル・クスがやってきたのが昨晩の出来事。
死闘とも言える闘いをしたばかりであったが、クェル・クスはにこやかに、晴れやかに、そこにいた。

真っ向勝負 ありがとう
貴女の幸運 願ってる

そんな言葉と共に贈られたのが、今、ラ・ピュセルが身につけているアンダーリムであった。

その後、ラ・ピュセルの大会での闘いを元にしたアニメ版『ラ・ピュセル』のOVA制作の話が出ている事や、
その作品の声優に対戦相手選手を起用する案が出ている事などを二人で話しあい――――
そこに雨衣がやってきて、更に場が賑やかに、姦しくなり――――

その末の、今日である。
昨晩の喧騒を思い出し、また現在隣でぷっくりとふくれる雨衣を見て、ラ・ピュセルは思わず笑顔になる。
空には蒼天。横には友が。この任務に就いて以来、ずっと肩にのしかかっていた重みも、すでに無い。

「雨衣にはいつも感謝していますよ」

本心から、ラ・ピュセルはそう言った。雨衣が少し照れて顔を逸らす。
雨衣がいなければ、裏でもヒーローらしく振る舞おうとは思えなかったろう。
雨衣がいなければ、困難に立ち向かう事もなかったろう。――――困難を乗り越え、この決心をする事もなかったろう。

「さあ――参りましょう」

前を見据えるラ・ピュセルの視線の先。ひときわ大きな音をたてて、刑務所の扉が完全に開いた。





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