『Future』
今より先の時代、未来。
人類は絶望の日々を過ごしていた。
天変地異が頻発し、異常気象が異常ではなくなった。
それもある。
悪質な疫病が世界的に大流行し、人口の実に七割以上が死滅した。
それもある。
独裁軍事国家の暴走が発端となった紛争は大国間の利害を修復不可能なまでに抉らせて核戦争をもたらし、人が住めぬ程に荒廃した地表が多数を占めるようになった。
それもある。
だが、最大の理由は──────────人類は、一握りの存在によって管理される弱者へとその身を落としていたからだ。
その時代の支配者の名は、十束学園。
強力な魔人と無数の人造魔人を擁するその組織は世界の混乱に乗じ、瞬く間に支配体制を確立していった。
或いは、その混乱さえ彼らの仕組んだ陰謀だったのかもしれない。
だが、人々がそれに気付いた時には既に何もかもが手遅れで、世界は──────────人類は、彼らに膝を屈する他なかった。
滅亡の危機に瀕した世界を救う為という大義名分と共に、十束学園は彼らにとって都合の良い様々な支配体制を敷いていった。富と権力の集中。総背番号制によるデータ管理と監視。賛同者は上級市民として優遇され、反対者は下層民として弾圧される。
かつて二十世紀に流行した、出来の悪いSFパルプ・フィクション──────────ディストピアの到来。
夢ではない、現実の悪夢だった。
永きに渡る冬の時代。抑圧と絶望の日々。
だが、やがて暗く厳しい冬を乗り越える時が訪れた。
十束学園の支配に異を唱え、その打倒を目論んでいたレジスタンス──────────そこに一人の英雄が現れたのだ。その人物の働きで、レジスタンスは多数の犠牲を出しながらも念願の十束学園打破に成功する。
漸く掴んだ希望の未来。
その筈だった。
レジスタンスの誤算は一つ。
十束学園は解体される寸前、一体の魔人兵器を送り出していた。彼女の任務は、英雄の抹殺。
勿論、今更それを行ったところで組織の命運は既に尽きている。本来なら何の意味もない行為だ。
だが、彼女の行き先はその行為に意味を持たせる。
レジスタンスへの英雄加入を阻止し、英雄の存在そのものを抹消する為に。
その魔人兵器は遥か過去へと飛んだ。
英雄の父祖であり、十束学園最大の仇敵を生み出す原因となる存在──────────ある魔人の少年を始末する為に。
レジスタンス──────────今や世界解放戦線と呼ばれる彼らは刺客の時間遡行を止める事は出来なかったが、勝ち取った平和を守る為、一人のエージェントが痕跡を辿り後を追う。
時代は、抹殺者の目指した同じ時代。
英雄の父祖の少年が、その後関係を持つに至った数々の女性との出会いを果たした地。
その舞台に介入する為に。
エージェントは身分を隠し、『世界格闘大会』の運営に参加する。主催者の従順な手駒として働きながら密かに暗躍し、少年の保護と、後に英雄を生む強く美しい女性との邂逅を演出する為に。
その目的を誰にも悟らせず、誰にも自分の正体を疑わせずに。
そのエージェントの名は、一九六五(にのまえ・くろこ)。目的のためなら己を殺す事を厭わぬ戦士。
<了>
最終更新:2013年12月13日 23:09