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その名はラ・ピュセル


~~13日前~~


○メノウサイド
昨日から大荒れとなった天気は一日経っても治まる事なく、板で閉じられた窓をガタガタと震わせている。
厨房、カウンター、客席と分けられている室内の広い空間部分、客席の隅に座りながら、メノウは雨音を聞いていた。
嵐が過ぎるまでここにいても良いという家主の言葉に甘え、メノウは今日もこの場に留まっている。

「そう! そこで足をもっと踏みしめる感じで!」
「はい! 先生!」

好意を示してくれた家主はと言えば、雑多な椅子やテーブルを端に寄せて出来た部屋の中心スペースで声をあげている。
部屋の中心にできたスペースでは、背の高い女性が、家主の指導のもと、手足を振るっている。
メノウが先ほどから雨宿りの余暇に眺めているのは、この雨音をかき消すくらいの溌剌さで動きまわる二人であった。

生徒役の背の高い、銀髪に二本の角、長い尻尾をはやした女性。実際は男の子で、颯太という名前らしいが。
その颯太だが、どうやら何がしかの武術を教わっているらしい。
ダン、ダン、と颯太の足を踏みしめる音が、振動が床を伝わってくる。

昨晩の夕食時、家主に何かを頼みこんでいたのはこれだったのか、とメノウは眼前の光景を眺めつつ思う。
それにしても、中身がどうあれ外見は高身長で大人の女性が、可愛らしい少女に手取り足取り指導を受けている。
その様は、なかなかに物珍しく、微笑ましい。

「……微笑ましい?」

メノウは独りごちた。自分の思考に、みずから疑問符をつける。
そんな感情的な思考は、持ちあわせていなかったはずなのに。
昨日も、颯太を前にした自分は、明らかに正常な判断をできていなかった。雨音に抱かれながら、メノウの思考は沈んだ。





全宇宙にまたがる超大な大帝国であるビッグバン大帝国。その宇宙テクノロジーによって開発された人型ロボット。
それが、メノウ・プルーティアであった。その存在理由は、暗殺。
メノウは、世継ぎ争いで揺れる帝国のとある皇子が、他の継承権を持つ者を暗殺するために造りだされた。

メノウに与えられた使命は、地球に住む帝国後継者候補の少年『天地』を殺す事。
そうして地球に送りこまれたメノウは、標的である少年、天地と出会い――――未だ、使命を全うしていない。
メノウの創造主からすれば、それはたやすく達成されるはずの事であったにも関わらず。

それはメノウと、天地と、天地を守ると言ってメノウの前に立ちふさがった女騎士と、種々雑多な出来事。
それらの要素が絡みあい、噛みあい、一言では表せない数々の原因によって引き起こされた結果であった。
ただ一つ、その原因から汲みあげるとするならば、それこそがメノウの『心』の発露と言える。

それは、メノウの創造主にとっての計算外。そしてメノウ自身にとっても、未だ理解できない事態であった。

地球に来て、経験不足から日常生活に困っていたところを天地に助けられた初対面の時。
暗殺と、それを補助するための知識だけを与えられていたメノウにとって、暗殺対象からの好意は想定外だった。
もしかするとあの時、プログラムが例外処理を処理し切れず、どこかの機能が熱暴走でもしたのだろうか。

以後、天地と様々に絡みつつ、メノウは天地に強い執着心を持って生活していた。
自身の行動原理も計りかねながら、時おり天地を守る女騎士と小競りあいをする、そんな日常。
そこに突然、看過できない事態が起こった。颯太の使ったビッグバン大帝国製の道具の出現である。

『シンデレラ』と呼ばれるそれは、帝国では特一級取扱危険兵器指定をされている物であった。
その効果は使用者の衣装や肉体を好きな姿に変えるという、それだけ聞けばさして危険とも思えない物である。
だが、その変身システムが曲者だった。

変身したいモノの生体情報を記録し、その記録を元に、変身対象の記憶や経験もそっくりコピーする。
それが『シンデレラ』の変身システムである。それは、暗殺や潜入といった戦時の工作にこの上なく効果的であった。
人道的に問題がある。それが、この道具が規制対象となった原因の一つ目。

そしてもう一つの規制理由が、使用時の副作用である。
『シンデレラ』使用者は、変身時に自分の記憶と他人の記憶を同居させる事になる。自己と他者の境界が酷く曖昧になる。
並外れた精神力が無ければ、使った者は記憶の混濁、性格の変貌、果ては自我の崩壊を引き起こす事になった。

この道具を使い、自分が別人であると信じ切ったまま軍事裁判に散った故人が、規制を決定付けた。

そのいわくつきの兵器が起動するエネルギーを内蔵センサーにより察知したメノウが、緊急事態と現場に駆けつけた。
場所はCHIBA。悪事を働くには都合の良い場所。そして、颯太を出会いがしらに昏倒させた。それが昨日の事である。
しかし、メノウの行動は、結局のところ空回りであった。

現場に偶然いあわせた第三者の詰問を受けつつ、颯太の持つ『シンデレラ』を照会したところ、正当な物であったのだ。
それは帝国に属するシャイニング・キングダムの王城に務める者が管理届けを出している物であり、
そもそも颯太が持っていたのは生体データ取得用途の、変身機能を弱めに制限した限定機能版の端末であった。

確かに、メノウが与えられた軍事データの中に、辺境惑星に住む高精神力の『シンデレラ』使いの情報はあった。
自分の早とちりを理解したメノウは、颯太を介抱している水色髪の少女に頭を下げ、颯太運搬を手伝う事になった。
私は何をやっているのだろうかと、メノウは思った。





「晩ごはんできたよー! 今日はハンバーグを作ったんだけど、結構、自信あるから期待してよ!」
「わあ! ありがとうございます!」
「お客さんなんて久しぶりだからちょっと嬉しくってね。また奮発しちゃった」

日もすっかり暮れ、と言っても窓はすべて塞がれているので室内の明るさは変わらないが、夕食時。
少年の姿に戻った颯太が、水色髪の少女――――ハルと名乗る少女の手料理を食べ、ニコニコと笑っている。
昨日は急いでここを立ち去ろうとしていた颯太が、今日はこうしてくつろいでいる理由。それが、

「先生に会えて、『気』の使い方も教えてもらっているのに、料理までいただいちゃってごめんなさい」
「私も好きでやってるから気にしないでいいよ。それに教えてるって言っても、
 『気弾』を撃てるようになったのはまだ一人しかいないんだから、できなくてもガッカリしないでね」
「はい! 頑張ります!」

繰り広げられる会話からも分かるように、颯太の目的地が奇しくもここだったかららしい。
颯太が荒廃したCHIBAに来た理由は、手からビームのような飛び道具を撃つための修行なのだと言う。
そして、ハルという少女は、過去に教え子に一人『気弾』という飛び道具を習得させた経験があるのだそうだ。

「それで、颯太はやっぱりその小雪ちゃんの事、好きなの~?」
「いえっ!? その、そんな……好きとかそういうんじゃ……あの、嫌いじゃないんですけど!」
「いっちょまえに赤くなっちゃって~」

颯太はなぜビームを習得したいか。その理由が、今、目の前で行われている会話からも分かるように、恋人のためらしい。
好きな相手を元気づけたい、喜ばせたいからと、小さな身体で精一杯の努力をしている。
その行動原理は何なのだろう。しかし、理解できない事もない。

話を聞いている内に、なぜか据わりの悪さを感じたメノウは、ぼんやりと嵐の屋外をセンサーで感知した。
部屋の中にいながら、意識を外に泳がせる。
熱をもったどこかが、外の雨で冷やされる。そんな気がする。

強い風と強い雨がセンサーをよぎり、室内にいる自分の身体を濡らしているように錯覚する。
周りを取り囲むように建つ、崩れた建造物の表面をバチバチとはねる雨粒の勢いが感じられる。
この嵐の中だというのに、瓦礫の下を動く生体反応もある。なぜ出歩いているのか知らないが、たくましい事だと思う。

「メノウも遠慮せずに食べちゃって」
「……はい、いただきます」

自分はなぜこんなところにいるのだろうかと、夢想していたメノウの意識を、ハルの一言が呼び戻す。
出されたハンバーグにフォークを突き立て、切り分けて口に運ぶ。ロボットといえど人と同じ食事もできる。
肉――――この荒野では食材の確保も大変だろうに、よく肉が調達できたものだと、メノウは味以外の点で感心する。

そういえば、ハルはどうしてこんなところで生活をしているのだろうか。メノウの思考に、疑問が湧く。
奥にあるハルの寝室以外は自由に使ってかまわないと、嵐に宿を提供してくれた親切な現地人。
しかし、考えればこの荒野に一人で生活している現地人という事が、まずおかしくないだろうか。

念のために室内もセンサーでサーチをしたが、生体反応はハルと颯太のものしか感知できなかった。
ハルは一人で、なぜこの荒野に居を構えているのだろうか。
もちろん、世の中に変わり者がいる事など、知識として知ってはいるのだが。

自分の事、颯太の事、ハルの事。
かつては何も迷う事などなかったはずなのに、近頃は何をするにも疑問が湧いてしまう。
思考回路のメンテナンスが必要なのかもしれない。メノウは思った。

最近の自分の判断が正常でない事は、メノウ自身がよく気づいていた。
それは外部刺激に対して疑問が湧く、という事もそうだが、特に天地に関する事に顕著であるという統計的事実も。
昨日、颯太を問答無用で昏倒させた時もである。颯太の格好が、天地にまとわりつく女騎士のそれを思わせたから。

思考や胸をチリチリと焼くこの感覚は何なのか。どこかの回路が焼き切れ、焦げ臭い煙を出しているのかと思う。
天地の事と、天地と共に行動する女騎士の事を思い出すと、焦げ臭さが強くなる。
そういえば、颯太の恋人に関する話を聞くともなく聞いていた時も、似たような感覚を胸に覚えた気がする。

迅速な意思決定ができない。任務に関係のない事に思考のリソースを割いてしまう。
ロボットである自分の身体が、酷い熱を発している錯覚にとらわれる。
すぐにでも、全身の修理が必要なのかもしれない。メノウは思った。

けれど――――

この不可解な不具合を、直したくないと他ならぬ自分自身が考えている事も、メノウはまた認識していた。





○ラ・ピュセルサイド
「姫様への挨拶は済ませました。現地の状況は?」
「転送目標の端末座標はJAPANのCHIBAです」
「CHIBA――ヤンキーという危険生物が生息する地域で、現在は大部分が荒野になっている土地でしたね」
「今は嵐のようですから、嵐が止み次第に転送を開始します」
「お願い。こちらはもう少し武装を増やして待機していますので」
「かしこまりました」