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一章 レギスバルド

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今日も部屋の窓際で、お気に入りのロッキングチェアにすわって本をよむ。
今、私の膝の上で木漏れ日が照らし出している本は、いつもの退屈な魔道書とは違う。
リン姉さんがウルダハで買ってきてくれたこの真新しい本は、巷で人気の作家の最新刊なのだ。
久しぶりの長編冒険小説。しかもリン姉さんはお店を巡って、10冊も集めてくれたんだ。
私は本棚の上段にその10冊を並べ、しばらくウキウキしながら眺めていた。
部屋の前をたまたま通りかかった職人エシルターニャさんが、目を細め不審感を露わにした視線を私に向けていた。
まぁ、独りでにやにやしながら本棚眺めてたら怪しく思われても仕方ないか。でもそんなささいなこと今はどうでもいい。

楽しみをなるべく引き伸ばしたかったけれど、冒険小説をゆっくり少しずつ読むなんて、きっと修行を積んだ第魔道士にだって

難しいはずだ。案の定、二日間ですでに8冊目の後半に差し掛かってしまっている。
主人公が崖から落ちそうなところを仲間に助けられる山場を一気に読み進めたところで、断腸の思いでしおりを差し込む。
一息つき、本を閉じる。微かに香ってくる新しい紙とインクの匂いを楽しみながら、ふと幼少のころを思い出す。

当時の私には魔道書など読めるわけも無く、母親が納品先で買ってきてくれる本を待つばかりだった。
たまに読む新しい本は、いつも紙とインクの匂いが強く漂っていた。その匂いに包まれながら先を知らない本を読む。最高の時

間だった。しかしその楽しみも2月に一度程度。
そんな日々の中では窓から外を見るのが一番の楽しみだった。
早朝の白い光、日中の木漏れ日、そして一番すきな夕方の僅かな時間。
窓から身を乗り出し、西の空を見上げる。
遠くの山際に夕日がさしかかり、空を赤く焦がす。そこから上空に向かって次第に青暗く変色していくコントラストが私の琴線

に触れる。
あまりに見とれすぎて、そのまま窓から転落してしまったことがあった。
落ちた瞬間の記憶は全くなかった。気がついたとき私はベッドに横たわっていて、傍らに目を真っ赤にしてぼろぼろと涙をこぼ

しているリン姉さんがいたっけ。


私はリン姉さんが大好き。
べっこう色の長い髪、左右で少し色の違う宝石のような瞳、
つん、とやや上向きにとがった耳、滑らかでふさふさしている尻尾。
でも一番いいのは、あまり私を怒らないところ。
いつも泣いている私を抱きしめてくれるリン姉さんは、すこし口うるさいときもあるけれど、怒鳴られたり、叱られたりしたお

ぼえがない。

我に返ると、目の前に怪訝そうに私の顔を覗き込むリン姉さんがいた。
「うわぁ」思わず上げた私の声にリン姉さんもたじろぐ。
「急に大声ださないの。はやくおいで、お母さん、呼んでるよ」
「うん」リン姉さんの顔を直視できない。
「大丈夫?顔が真っ赤だよ。あ、それから気をつけて、お母さん機嫌悪いよ」
ああ、そうだ。さっき下の工房でパリーンという音が響いた。制作に失敗した音だ。
この音が3回以上聞こえたときはお母さんの機嫌が沸点を超えることになる。
今日は危機的だ。もうその音を4回ぐらい聞いた気がする
身の危険を感じた私は急いで階段を駆け下りる。
「遅かったわね、ベロニカ」案の定、母には殺気がみなぎっている。
「ハイ、オカアサマ、モウシワケアリマセン」こういうときは黙って従うのが私の処世術。
工場の奥では垂れ耳の裁縫職人、アンベリーおばさんと、褐色の肌で、いつも元気なサンシーカー、錬金職人エシルターニャさ

んが大喧嘩している。
そんな喧騒をよそに、母は目配せをする。
「べるちゃん、おいで」銀髪のヒューラン、フィリオさんが優しい声で私を呼ぶ。
フィリオさんは明るくきさくな性格で腕も良く、すぐに工房の中の中心になっていた。
私から見るとちょっと馴れ馴れしいのが鼻につくけど。
「今日から、製作を手伝ってほしいんだ」
ええっやだよ、全力で断ろうとしたとき、それを察知したのか後ろから悪魔のような殺気が近づいてくる。
どうやら選択の余地はないらしい。自分の弱気にうんざりしながら指示に従った。

私の手伝いとは、なんと銃器のくみたてだった。
しかもガトリングライフルという、今まで見たこともない大きな銃だった。
フィリオさんは楽しそうに私に話す。
「べるちゃん、これはね、従来のライフルの銃身を6本束ねて、右手のハンドルをくるくる回しながら連続で撃てるんだ」
「ふぅん」
「これは連射力も攻撃力も圧倒的だけど、一番大事なのは使い方だよ」
「ふぅん」
「敵が横一列で並んでいるとき、正面から振り回しても効果は無いんだ。側面から奇襲してこそ、真価を発揮する」
「ふぅん」
ピンとこない。私には全く縁もない話しだし、興味も無い。
早く本を読みたいから、さっさとやる事を教えてほしいと言った。
難しそうな工程だったけれど、フィリオさんの説明は丁寧で分かりやすく、すぐに覚えられた。
一週間もするとすっかり作業に慣れた。パズルみたいで意外とたのしい。
私が細かい部品をてきぱき作成し、ハイランダーのゲオルグさんたちが最終的に組上げる。
「べるちゃん、上手だ。才能あるよ」フィリオさんがうれしそうに言い、リン姉さんと微笑み合う。
母も上機嫌だ。私もなんだかちょっとうれしくなった。