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暖かい午後の日差しを浴びてふわふわとしたまどろみの中にいた私は、いつの間にか自分が、チョコボが引く馬車を必死に押している事に気がついた。あ、これ…たぶん夢だ。しかもこれはただの夢じゃなくて昔の記憶…いつの夢かなぁ。

大きな荷物を満載した荷車はとても重くて、力自慢のチョコボ達と私がいくら力を込めても全く進もうとしない。…もう、なんで?なんでこんなに…。

その時私は、自分の足が膝近くまで泥に沈み込んでいる事に気がついた。荷車の車輪もかなりの部分沈み込んでしまっている。苛立たしげに足踏みをするチョコボの足が跳ねあげる泥で、荷車も、私の服もドロドロに汚れてしまっていた。

ここは湿地帯だったんだ。まずいな、早くここから出ないと…あと、なんだっけ?…あ、そうだ、ここから出たら足を洗って…靴下も変えなきゃ。感染症が怖いって言ってたもん…あれ、でも誰が言ってたんだっけ…確か…凄く、凄く大切な人…そうだ…姉さん…。

でもたしか、あの時は結局どうやっても私一人じゃ駄目だったんだ。…あれ、じゃあどうやって湿地から出られたんだっけ?えっと…そう…あの時は確か…。

「おい、そっちじゃない!馬の首を左に向けろ!」

そうだ…急に男の人の声が聞こえたんだ。突然声をかけられて驚いている私に、バシャバシャと泥水を跳ね上げて、その人が駆け寄ってきたんだ。徐々にはっきりとし始める周りの景色とともに、私は夢の中に深く落ち込んでいく。

「こっちは俺が押す、前へ行け!手綱を左に引くんだ!」

「は、はいっ」

疑う暇もなかった。突然の命令口調で、反射的に私は荷台を離れ馬車の前に回り込むと、手綱を掴んで興奮して足踏みを続ける二頭のチョコボをなだめながら、頭を左の方に向ける。

「左に向けたか!?…待ってろ、今、枝を下に…行くぞ…よし、引け!」

私が手綱を引いてチョコボを誘導するのと同時に、男の人が馬車の荷台を押す。馬車は最初、かなり重かったけれど、動き出したらあとはスムーズに泥の中を進み始めた。男の人が何か枝のようなものをたくさん車輪の下に敷いていたらしい。

「まだだ!そこの草むらを回り込んで…そうだ、もう少しだぞ!」

やがて馬車が乾いた地面の上に戻り、私は息を切らせてその場に座り込む。男の人は前に回ってくると、ねぎらう様に泥まみれのチョコボの首を叩いてへたり込んでいる私を見下ろした。それは凄く背の高いミコッテ族の男の人だった。

「この辺りはあちこちにこんな水たまりがあるんだ。気をつけないと身動きが取れなくなるぞ」

とがめるような口調に私は縮みこむ。うちにはお父さんがいなかったから、私は大人の男の人はちょっと苦手だった。それに…そう、その時私の頭の中には、リン姉さんから教えられた、大切な心得がくるくると回っていたんだ。…笑顔で近づいてくる人を信用しちゃいけない…この人は笑顔どころかいきなり命令口調だったけど…。


男の人は俯いてしまった私に気がつくと、苦笑して私の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「…なにしろ、無事でよかった。この辺りにはたまにモルボルが出るからな」

まだ俯いて、返事をすることすらできない私の鼻先にひらりと布が差し出された。それは余った布で作ったらしい手ぬぐいで、粗末な布だけど、縫い目が凄く綺麗なのが印象的だった。

「ほら、顔が泥だらけだぞ。女の子なんだから綺麗にしないとな…」

男の人の前だと言う事を思い出して、私の頬がさっと赤くなった。私はひったくるようにしてその手ぬぐいを掴むと、ごしごしと顔を拭った。

「そら、そこの固まった草があるだろう?…そう、あの細くて葉の尖ったやつだ。あれは水辺に生える草なんだ。だからあれが生えているあたりは迂回して進んだ方がいい。少し遠回りになってもな」

男の人は、私のそばにしゃがみ込むと、一転した優しい声で湿地帯に生える草を指さして安全なルートを教えてくれる。目印になる草を避けながらむこうに見える尾根の下の大きな木を超えれば、この湿地帯も終わりなのだそうだ。

私は答えなかったけど、理解した事は解ったらしい。私の肩をぽんと叩いて立ち上がると、傍らに放り出してあった背負子を肩にかける。そうか、この人はたぶん近くに住んでいる人で、薪を拾いに来ていたのだろう。車輪の下に敷いていたのは、きっとこの人が拾った薪だ。

どうしよう…ありがとうって言わなきゃ、あ、それとも薪をごめんなさいの方が先かな。そんな事を考えているうちに、男の人は手を振って森の中に帰って行ってしまった。私はただ喉まで出かかったありがとうを飲み込んで、その人の背中を見送ることしかできなかった。

そして我にかえったとき、私は手ぬぐいを返していないことに気がついた。


◇◇◇


「…ん…うぅ…」

思い出の湿地がすぅっと遠ざかり、ゆっくりと私の意識が現実に戻ってくる。私は木にもたれ、温かい日差しを浴びてまどろんでいたらしい。ここはキャンプ・ベントブランチにある広場の隅っこ。むこうに見えるウッドデッキの上には巨大なエーテライト・クリスタルがゆっくりと回っていて、待ち合わせをしているたくさんの冒険者の姿が見えた。

第七霊災からもう5年の月日がたっていたらしい。あの時何が起こったのか、実は私もよく解っていない。カルテノー平原の戦いで起こったあの大破壊。巨大なダラガブが崩壊し、その中から現れたあの巨大な姿に、私達はただ立ちつくすことしかできなかった。

ルイゾワ様の作ってくれた防御魔法が粉々に弾け、巨竜を封じ込めるシャーレアンの秘術結界も砕け散った。私達のエオルゼアを焼き尽くしたあと、悠々と頭上に舞い降りてきたその姿に、私ははっきりと死を覚悟した。あまりに現実離れした状況に恐怖すら感じる事ができない。圧倒的な絶望感というのは、きっとああいう事なんだろうとはっきりわかった。

レギスバルドをめぐる攻防で何度も死にそうになった私だけれど、それとはまったく違う。まるで勝負になる気がしない、非現実感すら感じてしまうほどの戦力差。あれはたぶん、バハムートだ。たくさんの伝説の中に出てきた幻獣の中の幻獣。全ての幻獣の王。そして世界を終わらせるもの。

バハムートが作りだした、まるで太陽がそこに現れたような灼熱の塊を前にして、全ての希望がついえたようにみえたその時、崖の上でルイゾワ様が動いた。

そして次々に光に包まれてどこかへ転送されていく仲間たち。だめ、ルイゾワ様は死ぬ気だ。私達を逃がしてご自分は犠牲になるつもりなんだ…間に合わないと知りつつも崖下に駆け寄ろうとする私を真っ白な光が包み、急速に意識が遠くなった。

そして気がついたとき、私はどこかの森の中で目を覚ました。…私はまた生き残ってしまった。あの時、ほんのちょっとだけ思ったんだ。これでやっと私もみんなの所へ行けるのかもしれない。お母さん、ブーナ…ランカスターさん…騎士団の皆さん…フィリオ…そして…。

私の大好きなあの人の笑顔がよみがえる。今度会ったら思いっきり甘えるんだ。そして寝坊した私を、また叱ってもらうんだ。…なのに…それなのにまた私は、私だけが。どことも知れない森の中で、私は膝を抱えて泣いた。

それから私は山を降り、街道らしい道を歩いてどこか見覚えのある街にたどり着いた。だいぶ様子が違っていたが、そこはグリダニアの街で、驚いたことに、あれから5年の歳月がたっていたらしい。世界はまるで生まれ変わったかのように様変わりし、見慣れた街も、森もまるで初めて訪れた場所の様に私を迎えた。それ以来、私は再び冒険者としてこのエオルゼアを歩いている。

口元のよだれをぬぐって、膝からずり落ちた本を拾って鞄にしまうと、服の草を払って立ち上がる。それにしてもずいぶん懐かしい夢を見たものだ。あの時の男の人には結局その後会う事も出来ず、名前すら知らない事に後で気がついた。記憶をたどってみても、まるで顔に強い光があたったように判然とせず、どうしても思い出す事が出来なかった。

覚えているのはその人の髪。まるで透き通る月の光のような青。今、私が待っている親友とそっくりな髪の色をしていたような気がする。そしてその声。太く、まるで大地そのもののような力強さを持っていた。もし…私にお父さんがいたら、あんな声だったのかな。思わず反射的に従ってしまうような安心感を持った命令口調だけは、今でも記憶に残っている。

私は懐に忍ばせた手ぬぐいを取り出して見つめる。きちんと洗濯をして、お気に入りの香水を少し染み込ませたこの手ぬぐいを、私はずっと持ち歩いていた。いまさら会えるなんて思っていない。そもそも名前も顔も、どんな人なのかさえ知らないのだ。

恥ずかしいから今まで誰にも言えなかったけど、きっとこれは白馬の王子様とかそう言うレベルの幼い憧れなんだろう。会えないからこそ思い出が美しくなっていくのだ。

「本当に誰だったのかな…もう一度会って、せめてお礼を言いたかったよ…」

私はキャンプを出て森の中を歩き始めた。友人と会うまでにはまだ少し時間があるはずだ。昼間でもまるで夜中のように暗かった黒衣森も、この辺りは木々が切れ、だいぶ明るくなっていた。小川を渡り、小高い丘の上に登ろうと藪をかき分けたその時、私の耳に絹を裂くような鋭い悲鳴が届いた。

尋常ではないその声音に、私は一気に藪をぬけ、悲鳴が聞こえた方向に向かって駆ける。倒木を乗り越え、岩を飛び降りたその先で私を待っていたのは…。

禍々しい漆黒の甲冑を身に付けた巨大な騎士の姿。しかし、騎士であれば…いや、人間であれば当然あるべきものをその騎士はもっていなかった。…その騎士には首から上が存在しなかったのだ。

「デュラハン!?なんでこんなところに!?」

第七霊災以降にその姿が見かけられるようになったモンスターで、その巨体と出鱈目な怪力で生半可な冒険者のかなう相手ではない。しかも今目の前にいるこいつは、見た事も無いほどの大きさで巨木を押しのけ、下草に足を取られながら必死に駆けてくるきこり風の女性を追いかけていた。

「…まずい、勝てるかな…あなた!早くこっちへ!」

私は腰の短丈を引き抜き、必死の形相のきこりに合図を送るとすぐに呪文の詠唱に入る。私だって冒険者になってからたくさんの経験をしてきた。呪術の腕も上がり、その力を認められて禁断の技である黒魔法も身につける事が出来た。あのころとは違う。

きこりが私の横を通過したのを確認すると、猛然と迫る首なしの騎士を睨みつけ、私は呪文を完成させる。

「紅蓮の炎で万物を焼き尽くす汝、彼のものに気高きその力を示さん…ファイア!」

漆黒の鎧が激しい炎に包まれる。しかし、デュラハンは全く効いた様子もなく、その目標をきこりから私に向けただけだった。でも、これはほんの挨拶代わり。私は銀の短丈をくるりと回して気合を入れると、次の詠唱に入る。

「我、流されし血潮により力を得るものなり…きたれ英知の光よ!…ブラッドライト!」

私の身体が鈍い光に包まれる。これで長期戦の構えが出来たけど、あんな巨大な剣で殴られたら、たぶん魔力を回復する前に真っ二つになっちゃいそう、でも、ここは障害物の無い広場じゃない。たくさんの木が生えた森の中だ。あんな巨体で馬鹿でかい剣なんか自由に振りまわせるなんて思うな!

私は下草を踏みしめてデュラハンの横に回り込むと、さらに呪文を唱える。

「いでよ、大気を切り裂く瞬光…黒雲を打ち砕くものよ…サンダラ!」

耳がおかしくなりそうな轟音を立て、短丈の先からほとばしったまばゆい稲妻がデュラハンの巨体に絡みつく。サンダラは稲妻の魔法の中位に位置するもので、打たれた者の身体を一時的に麻痺させる力を持つ。漆黒の騎士は、その巨躯をのけ反らせて苦悶するように身をよじったけど、すぐにまた動きだし、私に向かってその巨大な剣を振り上げた。…まずい!

木々の枝を斬り飛ばしながら振り下ろされる巨大な剣を横っとびに転がって避ける。ちゃんと避けたはずなのにビリビリと空気を震わせる衝撃波で私の身体は吹き飛ばされた。

「いたた…やるなぁ…本気出さないとまずそう…」

私は立ち上がると、地面に突き刺さった剣を抜こうともがいているデュラハンに向かって再び短丈を構える。そして呼吸を切り替え、体内をめぐるマナを強くイメージして徐々に集中力を高めていく。ダークシールと呼ばれる呪術師の集中法だ。

「覚悟しなさい…」

私の集中力が最高潮に達した。私はさらに、自らを昂揚させて魔法の効果を爆発的に高めていく技を行い、次の魔法に勝負をかけた。

「あまねく世界に破壊をもたらす汝、猛けき炎よ…破滅の咆哮を上げる時は今…灼熱の腕を振り下ろし、我が敵を打ち砕かん!」

呪文の詠唱とともに私の魔力が急速に高まって行く。身体の中をめぐるマナが高速で回転しているのがわかる。その速度が上がるほどに私の心も高揚し、知らず、私の口元に笑みが浮かんでいた。やがて呪文は完成し、私は掲げた短丈をデュラハンに向かって振り下ろす。

「ファイア!…ファイラ!…ファイガ!」

炎魔法の三連撃による強烈な熱気に周囲の木々がよじれ、緑の葉はめくれあがるようにして弾け飛んだ。しかし、私はまだ集中を乱さず、最後の呪文を既に詠唱している。

「太古の炎よ…星の力よ…禁断の鎖を断ち切り、今、我が前に具現せん…」

巨大な炎が途切れ、高熱で歪んだ大気の中で膝をついた巨体がうっすらと見えた瞬間、私は飛びこむ様にデュラハンに近付き、最後の魔法を発動する。

「…全てを灰塵に帰せ…フレア!」

私の身体が強烈な光に包まれ、大爆発を起こす。周囲の下草が瞬間的に蒸発し、へし折られた木々が吹き飛ばされていく。炎系最上位の呪文発動によるあまりの光量に私の目は眩み、周囲に立ちこめる焦げ臭い匂いに私は高ぶって行く。

ゾクゾクと背中を登る高揚感に私は焦りを感じる。まずい、押さえなきゃ…これ以上は…。でも、さすがにこれでもう…。

その時、焼け野原となり、もうもうと立ち込めた黒煙の中から鈍い光を放った横凪ぎの疾風が私を襲った。それは周囲に残っていた黒焦げの木々を両断し、辛うじて杖でかばった私の身体を遥か後方に弾き飛ばした。

一瞬で空の彼方へとはじき出された私の意識は、激しく岩に叩きつけられて強引に引き戻された。しかし、あまりに強烈な衝撃に全身がしびれ、ズルズルと崩れ落ちた私の身体は、岩に寄りかかって斜めになったまま私の意思を無視して沈黙してしまう。辛うじて握っていた銀の短丈が私の手から滑り落ち、カランと乾いた音を立てた。

「う…ごほっごほっ……うぶ…ごぼぉ!」

発作的に込み上げたものを萎えた膝の上に吐きだす。真っ赤な血…私の命が流れ出していく。私…死ぬ?今度こそ…死ぬの?こんな所で…こんな物も解らない化け物に殺されるの?私が?…このアルデンヌの魔女が?…ふふ、笑わせるよ…。

気がついたら私は笑っていた。口元を歪め、狂的に。全身の痛みは消え、背中を這い上がるねっとりと黒い感情だけに心が支配されていく…生意気…生意気、生意気、生意気、生意気!たかが下等な化け物の分際で…。

死んだと思っていたのだろう、私に興味を失ったデュラハンは次の犠牲者を求めて遠ざかりかけたが、辺りに漂う不穏な空気に気がついたのか、ゆっくりとこちらを振り返った。

私の心が黒く染まっていくのに合わせて、私の周りに黒いオーラが漂い始める。それは徐々に渦を巻き、膨れ上がっていく。そうだ、こんな化け物なんか…化け物なんか…グシャグシャになっちゃえ…グシャグシャのバラバラの…。

「おい!生きてるか!?もう大丈夫だ!」

その時、私とデュラハンの間に割って入った影があった。ミコッテ族の民族衣装に身を包んだ背の高い男性。私は楽しみを邪魔しに入った乱入者に怒りを感じたが、振りかえったその顔を見て身動きが出来なくなった。

スラリとしたしなやかな体、少し癖のある髪は透き通るような青。そして口元に笑みを浮かべたその顔は…私の夢に出てきた顔…どうしても思い出す事が出来なかった顔がそこにあった。そしてそれは、心なしか私の良く知っている友人の顔にどこか似ていた。

彼は私の周囲に渦を巻く黒いオーラに気がつくと、すっと笑みを消し、巨人に背を向けて私のそばにしゃがみ込むと、両肩に手を置いてこう言った。

「君がどんな力を持っているのかは知らないが、それは使うな。深呼吸をして、心を落ちつけるんだ。俺が君を守ってやる」

そして戸惑う様に動かないデュラハンに向き直ると、背負っていた槍を抜き、くるくるとまわしながら、照れくさそうにこう告白した。

「とはいっても…実は冒険者としてはまだ修行中なんだ、さすがにあのデカブツは貫けそうにないな…ま、せいぜい…」

そう言うが早いか、男性は一気にデュラハンとの距離を詰める。男を敵と判断した巨人が剛剣を振り下ろす。紙一重でかわしつつ、その勢いで半回転した体ごと前傾したデュラハンの足元に入りこみ、軸足の後ろの地面に槍を突き立てる。

見失った男を追って身体をまわしたデュラハンが槍に引っかかりバランスを崩す。男がさらに後方からサイドに回り込むと、男を捕まえようと腕を伸ばしたデュラハンの身体がさらに傾いていく。男は足もとに刺さってた槍を引き抜き、地面を蹴って飛び上がると、つっかえ棒を失ってさらにバランスを崩したデュラハンの上半身に槍を叩きつけた。

轟音を立て、回転するように仰向けに倒れたデュラハンを前にして槍を肩に担いだ男は、私を振りかえってにっこりとほほ笑んでみせた。

「せいぜい、時間稼ぎってところだ。冒険者ギルドにFATEの申請をしておいた。じきに腕利きの冒険者たちが駆け付けるさ」

男の言葉が終わらないうちに、私のリンクシェルにもFATE発生を知らせる緊急通信が入った。

ほどなく大勢の冒険者たちが駆け付け、それとともに役目を終えた男の人は、倒れた私に近付いてくると、軽々と私を抱き上げた。

「さて、あとは彼らに任せて戻ろう、俺に出来る事はもう無いし、何より君の傷がひどい」

私は慌てた。突然の展開に心が追いつかないのだ。いつの間にか黒い感情は霧散し、ただただ、私を抱く温かで力強い腕の感触に戸惑うばかりだった。

そして私はキャンプの治療院に運び込まれ、治療を受ける事が出来たのだった。治療が終わると、病室にはベッドに横たわった私とつきそいの男性だけが残された。

「後はしばらく安静にすれば大丈夫だそうだ。ゆっくり休むと良い」

男性は、目を細めて私を見下ろすと乱れたシーツを直してくれた。でも、私はまだ何も話す事が出来ない。だって、何から話して良いのか解らないもの。まさかこんなに突然あえるなんて思ってもみなかったから。混乱した私は、どんな顔をして良いのか解らず目を伏せて俯く。

すると、苦笑した男性は私の髪をくしゃくしゃと撫でる。あ、これ…確かあの時と同じ…。

「なんにせよ、無事でよかった…」

…やだ、台詞まで同じなんて…目に浮かんだ涙が恥ずかしくて目元までシーツを引き上げて顔を隠した。すると、私の耳に男性が椅子から立ち上がる音が聞こえた。

「さて、俺はそろそろ行くよ。人を探しているんだ…じゃあ、お大事にな」

そう言って部屋を出ていこうとする。私は慌てた。これじゃあの時と同じ、きっと次はもう会えない。私はとっさに腕を伸ばし、気がついたら男性の服の裾をつかんでいた。

「…ん?どうかしたか?」

「あ…っ」

慌てて手を引っ込める。どうしよう、何を話そう。頭の中をぐるぐると回る無数の言葉はとりとめもなく増えていき、ちっともまとまらない。私は顔が火照ったように熱くなっているのを感じた。多分真っ赤になっているのだろう。結局、しばらく沈黙した末にたどたどしく言えたのはたったこれだけだった。

「あの…名前…名前は…」

「ああ、俺の名前はグノーム。きみは?」

「私は…ベロニカ…です…」

「そうか、ベロニカ…良い名前だな。女性らしくて…とても美しい名前だ」

そう言って、もう一度私の頭を撫でてくれたあと、グノームさんは病室を出ていった。私は一人になった部屋で懐から取り出した手ぬぐいを抱きしめていた。グノームさん…また会えた…。

「ベル!!」

「うわぁ!!」

病室の戸を勢い良く開けてミコッテの少女が飛び込んできた。私の友人…ううん、親友のシルファだ。歳はだいぶ下だけれど、冒険者としても、友人としても尊敬し、信頼をしている。私の一番のお友達。シルファは透き通った宝石のような目に涙を浮かべて私に抱きついて来た。

「ベル!無事だったんだね…良かった…」

「シ、シルファ、痛いよ!…ぐ、ぐるぢい…」

私がジタバタともがくと、シルファはごめんっと言って私を離してくれた。私が待ち合わせ場所を離れた割とすぐ後にシルファも到着したらしい。でも、いつまでたっても私が来ないうちにFATEが発生し、まさかと思って現場に走ったそうだ。しかし入れ違いに私はキャンプに運ばれてしまったので会えなかったみたいだ。

キャンプに戻ったシルファは、私が大けがをして治療院に担ぎこまれたと聞いて慌ててここに駆け込んできたのだそうだ。

「本当に…心配したんだよ?…あれ…ベル、それ何?手ぬぐい?」

「え!?…あ、これ!?…う、うん、何でも無いんだよ!!」

私は慌てて手ぬぐいを後ろに隠して両腕を振りまわす。別に隠す必要はないはずなんだけど、なんか猛烈に恥ずかしい!うん、今はまだ知られたくない!

「…?」

シルファは腑に落ちない顔をしていたけど、それより私が無事だったことにほっとしたようで、それ以上追及してこなかった。その時ふっと、私を見つめるシルファの目がさっき私を見つめて微笑んだグノームさんに重なって、私の頬がぼぼっと真っ赤に染まる。

「ベ、ベル?」

「わああああっ!なんでもないったらぁ!」

私はシーツを頭からかぶり、ベッドの上で丸くなった。なんでシルファの顔がグノームさんに…いくら髪の色が同じだからって…。はぁ…これ…もしかして…なのかなぁ…。

私はシーツの中で手ぬぐいを広げて見つめ、もう一度胸に抱きしめた。きっとまた会える…きっと…。薄いシーツの向こうでシルファの追及する声を聞きながら、私は少しだけ世界が明るくなったような気がしていた。


 

 

 

<解説>

この場で名乗っていますとおり、私のメインキャラは月守猫シルファ・ルゥなのですが、新生では新しい性別なども追加されていますし、私もイケメンのオスッテを使ってみたいと思い、新キャラを作ることにしました。

そこで白羽の矢が立ったのが、シルファの兄であり残念なイケメンのグノームお兄ちゃんでした。せっかくなので、彼のお話も作ってみたいと思いまして、ベルちゃんと絡めて一作作ってみました。

作中のベルちゃんがお兄ちゃんに特別な感情を見っているのは半分は私の創作ですので、あまり本気にしないでくださいねw