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容態急変から、あっけなく母が亡くなった時、私は35歳でした。

長いこと母子家庭でしたが、私の結婚を期に母は長年付き合いのあった人と再婚しましたが、
短い結婚でした。

母を自宅に連れて帰ると、
そこからは目が回るような忙しさでした。

まず、母の再婚相手から切り出されたのは、
自分では蓄えがなく満足な葬式も出してやれないの一言でした。

母とその人が付き合い出した頃は、仕事が上手く行っていて羽振りが良かったらしいのですが、
今では母の年金や貯金を切り崩して生活していたようなのですが、
最後の入院生活が長かった母にはその余力はあまり残っていませんでした。

結局、母が私宛に遺してくれた生命保険金で葬儀を出すことになりました。
葬儀社の会館との日程が合わず、自宅での葬儀告別式となったのですが、
祭壇選びから母の再婚相手と意見が合わず、お金は出さないが口は出すの人だったので、
勝手に葬儀社にイロイロな注文を出しては、後からの私への確認でキャンセルする事が多く、
イライラのしどうしでした。

亡くなってから、友引が入ってしまったので都合四日間でしたが、

悲しんでいる余裕もなく、事務的な対処に追われたことが、今となっては、心残りです。

再婚相手の人とは、葬儀の間中ギクシャクして少し険悪な状態でしたが、
葬儀社の方から棺に入れるお花を決めてくださいと求められた時、
母の一番好きだった花を即答で答えていたので、娘として救われた思いがありました。

今は、大好きだった母を自分で送ってやれた事に満足しています。