二宮尊徳


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二宮尊徳

幼名二宮金次郎の名前で、戦前に薪を担いで本を読んでいる像が学校の校庭に建てられた。
親孝行をし、兄弟仲良く国に忠義を尽くした「忠君愛国(ちゅうくんあいこく)」の象徴として軍国
主義にうまく利用された。敗戦と同時に帝国主義者ということにされてしまった。今日ではよく
知らない人が多い。しかし、尊徳の少年時代は家庭的なぬくもりのあるものではなかった。そし
て、「忠君愛国」の人ではなかった。

<生い立ち>
天明7 年(1787 年)、百姓の長男として生まれる。
14 歳で父利右衛門が死去、16歳には母よしも死去し、二人の弟がいたが一家離散した。しかし尊徳はそれからの4年間蓄財し、20歳の時には、二宮家の廃屋を修理し、畑も手に入れた。しかし生家を再興したのもつかの間、21歳の時、末の弟の富次郎が死去してしまうといった悲劇の青少年時代を過ごした。

その後、武家の財政立て直しを手伝うなどして評判をあげ、キノと結婚。しかし、武士の反発や、生まれて1ヶ月での長男の死に直面し、半狂乱になったキノは実家に帰ってしまう。尊徳はせっかくつかんだ幸福を33 歳で失ってしまう。しかし、波と再婚し、全財産を売って桜町の再建に取り組み見事成功させる。この桜町の再建がきっかけとなり、他の村や藩の立て直しに全力をつくしていく。尊徳が行った方法は、他の模範となった。

<勉強>
父が亡くなり経済状態が苦しくなると、世間に冷たくあしらわれるようになった。「貧乏とはなんだ」「生きることはなにか、死ぬことはなにか」と、仏教を中心に哲学の勉強をやり始める。後に儒教の四書五経(※1)も学ぶ。
※1 四書は「論語」「大学」「中庸」「孟子」、五経は「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」

<動かない>
桜町再建の為に尽力をつくしていたが、妨害にあう。論語、大学、中庸を勉強し、実践してきたが、耳からはいった学問では悟ることはできない。悩み、不動尊の前で断食修行をする。

<不動を尊べ>
身悶え苦しんでも動いてはいけない、自分や他人から出る欲情に左右されてはいけない。自分の心から出る悩み、恨みつらみ、他人から与えられるストレス・・・人は、大変なストレスの中で、ストレスに焼かれてしまうことで滅びるのだ。一事を成就するには大変なストレスの中にあっても、忽然と動かないことだ不動尊の両手にあるのは、自分の心を縛る縄、弱い心を切る剣だ。断食修行の後、農民の理解を得、桜町再建を成功させる。後に凶作(天保の大飢饉)となったが、飢饉を察知した尊徳の指導で、冷害に強いヒエを植えさせた桜町では餓死者が出なかった

<積小為大>
お金に困ったかまど番が尊徳に相談したとき、ご飯を炊くとき使用する5本の薪を工夫して3本に減らし、余った分を尊徳が買い、薪屋に払い戻した。小額でもそれをどんどん回転させれば多くの人を救えると考えた。

<五常講>
小額の金でも回転させれば、多くの人を救えるという考えをベースにして、無利子でお金を貸し出した。現在の信用組合の原型となった。毎日のわずかな節約を強く進めた。

大きいものを積んで大きくしようと思うと失敗がおこる。小さいものを積んで大きくする工夫をする。大した利益にならないと思うような小さなものを積んでいくと大きくなる。これが知恵だと説いた。

徳川幕府の宗教への取組みを批判
  • 寺院に甘い汁を吸わせることで、僧侶の政治活動をおさえ、幕府の言う事を聞かせた。
  • 坊さん達は、「この世は地獄、極楽は死んでから」という思想をつよめた。
  • 「この世は地獄」という考えを徹底することで農民の環境改善努力を怠ることができた。

仏教を批判する。
「死ねば極楽」と説くのが仏教なら、仏教は無用。
上をみないで下を見ろ、我慢、我慢ではおかしい。

仏教者が本当の仏教を教導をせず、儒教を説いている武士たちも言動がまったく一致していないことを嘆く。徳川幕府の役人たちも、農民達に「上を見ないで下を見ろ」といって、農民の悲しい犠牲を尻目に、上ばかり見ていた。江戸時代の仏教は「この世は仮の宿だから、どんな苦労も我慢しろ」と説いた。しかし、尊徳はそうゆう考えを許さなかった。今の世が悪いのに、来世がよくなるわけがない。今日が悪いのに、明日がよくなるわけがないと考えた。

今日のために働く
「食のため、衣のため、一日の現実の生活をよくするために適当な工夫をしてがんばれ」とどうしていってくれないのか。
「生けとし、生ける人間は、現実の生活の苦しみを少しでも豊かにすることがその使命なのではないか」

神儒仏の大道
本道を知っているならば、貧乏な状態にはならないはず。清貧という言葉があるが、清らかならば、ある程度富まなければおかしい。金がないなら、金を生む工夫と努力をしなさい。汗をかいて勤労しなさい。神儒仏の本来の役割とは、不幸な状態を幸福にする事であり、混乱している状態を安らかな状態にする事。

分度と推譲
尊徳は人の欲望を大事にした。

分度
○ 倹約とはちがう → 倹約は、贅沢をせず、生活の費用を常にきりつめること。不況のときは
いいけども、富国、富民の道ではない

○ 積極的な人間をつくる。 → チマチマ倹約なんて、聞くのもいやなものだ。苦労している貧しい人たちは、食が十分でないから、飯の盛り方すら不愉快に思う。
○ 尊徳は人の欲望を大事にした。 → 欲のある人のほうがよく働く。十分に遊び、十分に稼げ。不況でない普通の状態なら、工夫して増産するよう努力する。

しかし・・・
絶頂にあって分限を守る ~止まるを知らざるは、凡俗の通病なり~
自分の能力の限界がきたとき、ちゃんとブレーキをかける。ブレーキがかけれなくて、とんでもない失敗をする。自分としてはこのくらいだという点をいつも計算しておく

推譲
○他譲 → 他人、親戚、友達、国家の為に譲る
○自譲 → 自分や家族に「譲る」こと。
誰でも、知らず知らずのうちに実践している。
例えば、病人がいるのなら、推譲どころではない。自分でどのくらい「譲る」のか考えること
推譲すると、人から信頼され、めぐりめぐって、自分が富む。推譲しないと、いつのまにか財は
散じ、破滅する。
この世は不必要なせいくらべ
神道、儒教、仏教を勉強してきたが、完全無欠なものはなかった。
それぞれに一長一短がある。
儒教をやっていても、立派な人もいれば、ダメな人もいる。
勤・倹・譲の「報徳教」

尊徳が学んだ学問
○神道 開国の道
○儒学 政治の道
○仏教 治心(自らの心をおさめる道)
学んだ学問からいいとこどりをした。

神道から・・・「勤労の目的」
瑞穂の国にすること、万人の生活を安定せしめることだ太陽のめぐみを実らせて人命を救う。
この天命のために勤労する。
儒教から・・・「報徳のこころ」
徳によって、徳に報いる。恵んでもらったら、自分も誰かに恵んでやる。天の徳に報いる。人は、
目にはみえない天の恵みをうけている。無限の天の恵みに報いるために働く。
仏教から・・・「知足」
足るを知る、分度、分限、小欲知足ではなく、大欲知足。欲はたくさん持ってよろしい。人間は
大欲をもっていなければ、人も救えない。・・・しかし、いつまでも欲を追い続けると・・・欲のた
めに、自分を殺すことになる。欲のために自分が転ぶ事になる
天道と人道
天道と人道は全く違うことをはっきりしないと、人間の生活は立たない。
天道
天地自然、天理の常
自分一人ならば食べていける、あるがままでいい、自然に任せていけばいい
出家の道 たくほどは、風がもてくる落葉かな。
天道は、努力しなくても、毎年同じにやってくれる
人道
在家の道
人の安全を守るために
米を善、実のない草を悪とし、家を造るを善とし、破るを悪とする、人間生活に便利であるか、
不便かで、善悪の基準をつくらなければならない
人道は、人の造ったものだから、努力して保持しないとすたれてしまう。
在家は勤勉でなければならない
人道を尽くして、天道にまかせる
一生懸命、人道に尽くしても、最後は天道に任せるほかない
やることをやらないで、天のせいにしない。人道を尽くしてこそ、しょうがないと思える
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