関係欲


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「愛」と「関係欲」、区別について皆さんしっかり自覚していたと思いますか?と問いかけられていましたが、私は今までその2つの区別をしたことも考えたこともありませんでした。しかし、この関係欲を読んでとても納得しました。確かに愛だったら自分と繋がろうが離れようが、相手の幸せを願うことができるのだろうな思いました。私も本に載っているように、「愛」と「関係欲」を見分けられるように成長したいです。

これを読んで小学生の時の記憶が頭に浮かびました。小学生の時いっつも一緒に遊んでた友達がいました。いろんな行事の班もいつも一緒というぐらい仲がよかったのですが、ある時、「ほかの人と班がくみたいなぁ」と思った時がありました。別に嫌いじゃなかったし、楽しくいつも遊んでいたのですが不意にそういう気持ちになりました。今考えるとこれが関係欲の「飽き」というものだと思います。心が未熟だったにしても良くないことだと思います。これから出会う人たちには今まで以上に深く知り、強いつながりを持つよう心掛けていきたいです。
「愛」については自分自身まだまだわかっていないと思うのであまり大きなことは言えないのですが、いつかちゃんと理解ができた時は関係欲、愛をちゃんと見極め、慎重にやっていきたと思います。



この章を読むまで、相手を想う気持ちに「愛」と「関係欲」という違いがあることを知りませんでした。関係欲には飽和状態が訪れる、自分の満足が目的である、という部分で、とても納得しました。本当に相手のことを想って大切だと感じているなら、自分ばかりでなく相手の幸せも願えるはずです。自分が大変な思いをしてでも幸せになてもらいたいと思えるのが愛だと思いました。

本を読んでいて関係欲と愛は似ているようで全然違うことだと思いました。私が思っていたことはほとんど関係欲でした。関係欲は自分が満足すればそれで終わりですが愛は自分より相手の幸せを一番に考えてそれをよろこんで出来ることだと思いました。自分も関係欲ではなくて愛を見極められる人間になりたいです。

「関係欲」とは、「関係を持ちたい、深めたい」という欲求であり、自分と関係を持ってくれる、応じてくれるということを求める、自分のための要求である点が特徴。求めるのは満たされない間だけで、関係が実現して十分満たされてしまうと飽きてしまう。「愛」は付き合うことは目的ではないので、自分との関係がつながろうが離れようがどうであれ、相手の幸せを願い、そのために無償で労をとれるものがある。少なくとも相手に求めることで成り立っているわけではないので、関係が持てないからといって、恨みや憎しみに転化することはない。愛情まがいの「関係欲」と本当の「愛」を識別することが大事。識別出来ずに「関係欲」で結婚してしまうと、飽きたときがすべての終わりで、そこから先は結婚生活が重荷や苦痛になってしまう。そうならないためにも、長い目で見れば、「縁を感じる」という感覚を養い大切にすることが重要であるとわかりました。



まずはじめにこの本で難しい言葉・単語が出てきて理解出来ない部分が多いのですが、この関係欲というものは、すっと納得することが出来ました。むしろ、この言葉はあまり知られていないことが不思議なように感じました。「愛」と「関係欲」の区別について、大の大人ですら勘違いしてしまうとあり、
大人たちをはじめわたしたちは見直すと同時に、きちんと見極めることが大切だと思いました。


「愛」と「関係力」が違うということをこの本を読むまで分かりませんでした。熱心なファンのやりすぎな行動やストーカーとは自分の思いを無理に押しつけること同じです。そういうのを「愛」と呼ぶのはおかしいと改めて思いました。相手が何かしてくれるとかそういうものにかかわらず、相手の幸せを考えることが「愛」だと思いました。
 


関係欲を読んで、『恋愛』や『愛』は自分勝手なものに思えてきました。自分の欲望を満たす、自分のための要求であるというこのひとつの欲望は本当に愛と言えるのでしょうか…?関係欲の文を読ん
でいると「本当の愛」だとか「縁を感じる」などと、見極めるには複雑で難しいことのように思えてなりません。ただ、本当の愛は、お互いに相手を思い、相手の幸せを願うことなんだと改めて実感し
ました。これから恋愛をするなら互いに思い合えるような相手とめぐり逢えたらいいと思います。


「仲良くないたい、関係を深めたい」と思う気持ちが、必ずしも「愛」ではないということがこの本を読んでわかりました。「関係欲」は相手と仲良くなりたいと思う要求、自分勝手なものなんだなと思いました。関係欲が満たされると飽きてしまう…たしかに自分もそういう部分があるなと思い納得しました。


関係欲は自分勝手で、その人のためと言っていたとしても結局は自分のためであり、自己満足である、しかし愛は見返りを求めないものだということがわかりました。例えば何かを好きになった時、それが関係欲なのか愛なのかをよく考えることは大切だと思いました。しかし、「本当の愛とは何か?」を定義する意味が無いように、関係欲と愛の違いがどこであるかは人によって違うんだろうと思いました。

関係欲を読んで自分は、友達作りを、思いました。この人としゃべりたいと、思って話し始めて、どんどん話してそして遊んで、徐々に仲良くなる。でも、よくよく考えて見ると、最初は、感じがいい人だと思っても話してみるとそうでもないことがありました。結局人としゃべりたいのは、自分の欲望
なんだとこの本でそう思いました。提出が、遅れました。よろしくお願いします



これを読んで小学生の時の記憶が頭に浮かびました。小学生の時いっつも一緒に遊んでた友達がいました。いろんな行事の班もいつも一緒というぐらい仲がよかったのですが、ある時、「ほかの人と班がくみたいなぁ」と思った時がありました。別に嫌いじゃなかったし、楽しくいつも遊んでいたのですが不意にそういう気持ちになりました。今考えるとこれが関係欲の「飽き」というものだと思います。心が未熟だったにしても良くないことだと思います。これから出会う人たちには今まで以上に深く知り、強いつながりを持つよう心掛けていきたいです。
「愛」については自分自身まだまだわかっていないと思うのであまり大きなことは言えないのですが、いつかちゃんと理解ができた時は関係欲、愛をちゃんと見極め、慎重にやっていきたと思います。


私は好きなものにハマっているときはその好きなものが欲しくて欲しくてたまりませんが、ある日突然飽きてそのものに何にも感情を抱かなくなります。これと同じで対象が人になってもこれは愛ではなく関係欲で、愛は相手に求めることで成り立っているわけでなく、関係が持てなくても相手の幸せを思うことが愛なんだとわかりました。けどそれが好きなうちは関係欲なのか愛なのか判断するのは難しいと思いました。そしてどこからどこまでが愛と思う感情か、関係欲と思う感情かの違いは人それぞれかなと思いました。

関係欲とは誰かと関係を持ちたいと思う気持ち・又は、相手を好きと思う気持ちだと私は思う。相手とのつながりを積極的に求めますが、飽きが来てしまえばそこまでの気持ちでもあります。自分勝手に相手を思い・つながり・飽きてしまえばそこまで。思いやり等の気持ちは現れないと思います。
例にちょっと気になる子がいて好きと言ったら付き合えた、しかし数日してみると別に好きじゃないという現象があると思います。こうならないためにも自分の人格をしっかりと形成しより深い人格を作る事が大切だと思います。

関係欲というのは、関係を持ちたい・深めたいという欲求で、相手が自分との関係を持ってくれる・応じてくれるということを求める、自分のための要求である点が特徴である…ということがわかりました。また、愛というのは、相手と自分との関係が結ばれるか否かによらず、また相手が何をしてくれるかということに関わりなく、相手のためを思い、喜んで寄付する心のエネルギーがある…ということもわかりました。つまり、簡単に言うと、関係欲というのは「<私>に○○をして欲しい」(私>あなた)というもので、愛とは「<あなた>に○○をしてあげたい」(私<あなた)というものなのかなあと思いました。

私はこの話を読んで、関係欲とは片思いしている瞬間に似ているのではないかと思いました。よく片思いしている時が一番楽しいと私の周りでよく聞きます。確かに私もそういう体験があります。片思いしていて、いざお付き合い出来るとなった時にはものすごく嬉しいのですが、時間が経つにつれて思いが冷めていく…。まさに関係欲の飽和状態の訪れです。関係欲とは本当に自分勝手なもので、愛とは違うものなんだと思いました。愛と呼ぶにふさわしい基本条件は相手のためを思い、よろこんで寄与する心のエネルギーがあるということという風に書いてありました。私も関係欲で人と付き合うのではなく愛というものを見極めていきたいと思いました。

関係欲と愛の区別をつけることが大切というのが分かった。関係欲は、自分の満足が目的であり貢献的な態度もそのための手段なので結局自は自分のため。愛とはその逆。なので、相手から見返りを求めず、相手の幸せを願い、幸せために貢献出来るようになりたい。

付き合ってみてもすぐに別れてしまった、などというのはまさに「関係欲」なのだと思いました。ですが、長続きした末に結婚している人もいます。中には関係欲のまま結婚し、離婚する人もいると思いますが、おじいちゃんおばあちゃんになるまでずっと一緒にいられる夫婦はお互いの為を想い合って、愛を見つけた人たちなんだと思いました。経験を積むことが大切なんだと気がつきました。

心の自立を読んで、関係欲と愛は違うものである。というのが分かった。そして「これは愛だろう。」と思うようなものも、よくよく考えたらもしかしたら関係欲だという事が分かった。また、愛と呼ぶにふさわしいものは、相手の幸せを願い、そのために無償で労をとれるものがあり、関係欲は自分がかまってもらえないと関係を迫って危害を加えたり脅迫したりする。という事があるのが分かった。そして自分は、相手の幸せを願えるような人間になりたいと思う。

遂にこの本は、恋愛のことについて語りましたね。「恋愛」という名の「関係欲」でしょうか。しかし、「関係欲」というとあまりいい意味に聞こえないので、「愛」といいます。私は「本当の愛」とは、相手のことをきちんと考えて、節度ある付き合いをすることだと思います。自分勝手になったり、相手を傷つけたりすると、それはもう「愛」じゃないです。今、誰かを好きになってる人は、それを「関係欲」だとは思わないで、「純粋な愛情」だと思ってほしいです。

思い返してみたら、今までの恋愛は関係欲だったのかもしれません。自分の欲求を満たすために相手に見返りを求めるなんて、確かにそんなの愛でもなんでもないですね。本当の愛は、相手の幸せを願うこと。見返りがなくとも、相手に何かをしてあげられること。それこそが愛なんだと思ったら、ちょっと自分に自信がなくなりました←お互いがお互いの幸せを心から願えたら、見返りを求めず相手のことを考えられたならいいお付き合いができるんだろうなと思いました。

この話を読んだことで私はいままで関係欲で人と関わってきたということがよくわかりました。“飽きるまでが花”と書かれていましたが本当にその通りだと思います。相手のことを好きになって、相手に振り向いてもらえるまで努力して、いざ相手が振り向いてくれたときにはもう自分の中の欲求は満たされたので「あ、もういいやw」と用済み。よく、片思いが一番楽しいという話題になりますが、それは相手に恋をしているという錯覚に陥っているだけなのだなと改めて考えさせられました。

関係欲とは自己満足のためのものであり相手の意思を尊重したものではないと思いました。本当の愛とはお互いを想い合うことだと思います。自分の欲求ばかり主張するのは良くないし、相手を頼りすぎるのもどうかと思います。関係を長続きさせるには、相手の負担にならず、相手に依存しすぎないことが大切なのではないでしょうか。そのことが守れていればお互いにストレスをためることなく上手くいくのではないかと思います。
 

関係欲を読んで思ったことは、自分のために相手の欲求を満たしてはいけないということです。自分のためではそれは自分勝手なものでただのおせっかいでるということです。ここに書いてあることは現代で言う「ヤンデレ」や「メンヘラ」のことなのかなと思いました。経済的な面や、生活のことも考え、勢いではなくよく考えて付き合いをしていくことが大切なのかなと思いました。

読んでまず初めに思ったことは、「熱しやすく、冷めやすい」という性質が関係欲に繋がっているのかもしれないということだ。出会って最初は物凄く好きなのに、時が経つにつれてだんだんと感情が薄れていく・・・。人に対してそう思ったことはないが、音楽や絵などの作品にそういう感情を一時だけ感じたことがある。その時にきまって「本当に好きだったのだろうか」と考えてしまう。今はあまりないことだが、昔は幼稚だったのだと思う。人にしても物にしてもそのものの本質をきちんと見ていこうと思った。

本を読んでいて関係欲と愛は似ているようで全然違うことだと思いました。私が思っていたことはほとんど関係欲でした。関係欲は自分が満足すればそれで終わりですが愛は自分より相手の幸せを一番に考えてそれをよろこんで出来ることだと思いました。自分も関係欲ではなくて愛を見極められる人間になりたいです。

誰かと友達になりたい、恋人になりたい、一緒に仕事したい、などいろいろな関係欲がありますが一時の感情であったり、飽きてしまうことがあると思います。関係欲がわいてすぐに行動して飽きていまい、相手に迷惑をかけることは自己中心的で周りの人を傷つける結果になってしまいます。関係欲がわき、自分から積極的に行動するのも大切ですが周りをよく考えて行動することも大切だと私は思いました。

「志のある人生」とは、志をもって生きている人たちは、ただ目的に向かって進むだけでなく社会に貢献し、周りの人たちによい影響を与えられる人だと思いました。志があれば、社会に認められ、全ていい方向に進み、志のない人生はあいまいで、ありきたりになると感じました。しかしボートの話は結局自分の中でわかりませんでした。価値のない人間なんていないって思いました。全然話はまとまりませんが、今の自分には志というものがまだないと思うので、見つかる保障はありませんが、これからの人生で探していきたいと思います。

依存人格の人は、現実にはあり得ない事を自分で見極めずに信じてしまい騙されやすく、厳実認知をしっかりもっている、自立人格に人は、現実を自分で見極め判断することができることを知りました。私は、人の発言を自分が思ったまま理解したつもりになってしまうことがあるので厳実認知を身につけ、自立人格を身につけたいと思いました。そして、自分が厳しい現実だと思っていても世の中では普通の事だと思えるようにのるためには、社会に出る必要があり、私たち学生が、自立人格を身につけるためには、アルバイトやいろいろな経験が必要だと思いました。

私はまだ天命を自覚してはいません。なにが天命かもわかりませんが、自分の使命を見つけたいとおもいます。孔子は50で知ったと書かれていました。しかしもしかしたら、気づかずにその一生を終えることもあるかと思います。孔子でも50なのですからないとは言い切れません。私は孔子より遅くても見つけたいと思います。


愛を理解することで深い人格の形成が訪れる。それは、自己の発展につながるとかんじました。こうした問題は最終的には、言葉で示せる目印や定義によって、識別しきれない部分、成長や成熟あるいは洗練に待つところが大きい。まだ、実感はわきませんが私も感じるようになりたいです。


自分が関係欲を読んで思ったことは、相手を尊重することが大事だということです。相手の幸せを願い、相手を尊重することが本当の愛なのだと思いました。俗にいう「包容力」が必要なのだと思います。自分の意見ばかりを相手に押し付けるのではなく、お互いに尊重しあう関係こそが、信頼であり、愛情なのだと思いました。そういう意味ではこの心の自立という本は特定の人を否定するような表現が含まれているので、あまりそういう気遣いがないのかなぁと思いました。
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