エルスラントの少女

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エルスラントの少女」(2014/07/18 (金) 09:03:23) の最新版変更点

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 乾いたエルスラント原典の切れ端、一ページ。  秋に差し掛かり空が高く、雲一つ無い快晴の朝のこと。  少女の元に一通の手紙が届いた。  その手紙は羊皮紙であったが、ひどく襤褸で、端々が今にも崩れ落ちそうなものだった。 『エルスラントの民へ』と簡素な題を宛がえた文面は以下のように続く。   ルイ・カウルティリカさま ごきげんうるわしこと。   わが主、エルスラントのツイギさまのもし立て、   『助力』をねがえます。   たいへんなきょうぎかいが、今日をもって三日めになり、今日   もきょうぎかいします。おいでください、ちゅういして、ねが   えます、おまちしています。  下手な字で記された稚拙な文面であったが、エルスラント協議会ギルドの正式な書面である ことを示す鉄杓の印が押されてある。  少女の心がわくわくとうずいた。名前がやや微妙に間違っているが、少女に対して『助力』 を願う旨が記されているのは間違いない事実である。  少女はうきうきとする心を抑えて身支度を整えはじめた。  癖っ毛を撫で付けながら、もっと女の子らしい服でもあればと少女は思ったのだが特別な衣 服など持っていないので、いつもと変わり映えはしない服は仕方ない。でも、素敵な髪留めの 一つくらいは欲しい。道中で花を摘んでピンで留めたらどうだろうかな、などと少女は斯様に 無意味な考えをする、ふわふわとした気分で屋敷を抜け出した。  エルスラントの街道には背の高い木々が多く、葉で覆われた空の隙間から斜陽が差込み、少 女の目には今日の景色が特別幻想的に映った。澄み渡るような風が吹き抜けて、紅葉した針葉 樹の葉が舞う。  少女は背の高い針葉樹を見上げて、 「おはよう、銀杏の木さん。ツイギ様は今日はどちらにいらっしゃいますか?」  と尋ねると、風に揺られた葉が囁く。 「何時も座すところ変わらず、それがツイギ様だよう」  少女は首をかしげて困ったような思案顔をする。  風が吹くと、かさかさと葉がざわめくように言葉を紡ぐ。 「いじわるしちゃだめだよう」 「ツイギ様は西のほうへずっと行けば会えるんじゃないかなぁ」 「気をつけて注意して歩くんだよ、でこぼこした道は転びやすいから!」 「ぼくたちもここから遠くへは行ったことないから、わからないけどさ」  次々と葉が紡ぐ言葉に耳を澄ませて聞き取った少女は、ほわっとやわらかく笑う。 「みんなありがとう、行ってくるね」  少女は針葉樹にお辞儀をして西のほうへと歩みを進める。  西へ向かうほどに木々の密度が薄くなるようで、見上げれば曇りない空がよく見える。  大地が乾燥しているんだと少女は何気なく考えた。  歩くほど、ざらざらと砂のような小石たちが散っていくようで、ちょっと歩いただけなのに ずいぶんと風変わりするものなんだなぁとのんびり足元を見ながら歩き続ける。ふと辺りを見 渡すと、さっきまで続いていた、あの濃緑の街道がまるで夢であったかのように木々が一本も 見えない乾いた世界に少女は一人立っていた。 「どうしちゃったんだろう」  ここにきて、少女はちょっとおかしいなぁ程度のことではないようだと思った。  「お困りですか」  低く乾いているが、優しげな声が響いた。  少女が振り返ると小ぶりな山ほどの、途轍もなく大きな岩が大地と同化するかのように悠然 と佇んでいた。 「私はただそこに在るだけの岩です」  その岩には顔があって、とても大きな口はまるで生物のそれであるかのように自然に動いて 言葉を発するのだった。  少女はごくりと息を呑み、気圧されながらもおずおずと口を開いて訊いた。 「あなたはツイギ様がどちらにいらっしゃるか知りませんか?」  すると、その岩は片眼を開き、少女を見やる。 「ふむ……。貴女は私が招待した客人のようですね」  表情豊かな岩は、口元を綻ばせ、微笑んで言う。 「私がツイギです。遠路遙々よくおいでくださいました」  大きな岩はお辞儀をするかのように巨体をやや前面に傾ける。  はっとして少女も合わせてお辞儀をする。 「迎えの者を遣したのですが、入れ違いになったようですね」  がらがらと大きな音を立てながら、手らしき形をした岩をあごまで持ち上げて、がりっと掻 く。すると、細かい破片がぱらぱら崩れ落ちて、そのうちの少しばかりが少女の頭にこつこつ とぶつかった。 「おっと、すまぬ」 「いえ、お構いなく……」  少女は頭を抑えながら、目に涙を堪えて言う。 「よければ、私が戻って探してきましょうか?」 「おお、助かります。私は見ての通りの岩なもので、思うように動けないのですよ」  岩は冗談めかして言った自分の言葉に、まるで地響きのような笑い声をあげる。  少女はその様子がなんだかとてもおかしくて、つられて笑った。     §  乾燥してひび割れた大地に吹き荒ぶ風は冷たく、冬も間近に迫っているのだと告げている。  半ば砂になりかけている土を蹴り、腰が曲がって異様に背が低く見える男が「どうしたもの か、どうしたものか」と繰り返し呟きながら右往左往していた。 「そもそも名前しか知らない相手をどうやって探せと仰るのか……」  両手で頭をばりばりと掻き毟って天を仰いだ。  少女はやや離れた位置からその様子を見て、もしかしてと思い男に駆け寄る。  男は近づいてくる少女に気づいた様子は無く、また再び行ったり来たり落ち着き無く「どう したものか、どうしろっていうんだ」ぶつぶつ呟き続ける。
 乾いたエルスラント原典の切れ端、一ページ。  秋に差し掛かり空が高く、雲一つ無い快晴の朝のこと。  少女の元に一通の手紙が届いた。  その手紙は羊皮紙であったが、ひどく襤褸で、端々が今にも崩れ落ちそうなものだった。 『エルスラントの民へ』と簡素な題を宛がえた文面は以下のように続く。   ルイ・カウルティリカさま ごきげんうるわしこと。   わが主、エルスラントのツイギさまのもし立て、   『助力』をねがえます。   たいへんなきょうぎかいが、今日をもって三日めになり、今日   もきょうぎかいします。おいでください、ちゅういして、ねが   えます、おまちしています。  下手な字で記された稚拙な文面であったが、エルスラント協議会ギルドの正式な書面である ことを示す鉄杓の印が押されてある。  少女の心がわくわくとうずいた。名前がやや微妙に間違っているが、少女に対して『助力』 を願う旨が記されているのは間違いない事実である。  少女はうきうきとする心を抑えて身支度を整えはじめた。  癖っ毛を撫で付けながら、もっと女の子らしい服でもあればと少女は思ったのだが特別な衣 服など持っていないので、いつもと変わり映えはしない服は仕方ない。でも、素敵な髪留めの 一つくらいは欲しい。道中で花を摘んでピンで留めたらどうだろうかな、などと少女は斯様に 無意味な考えをする、ふわふわとした気分で屋敷を抜け出した。  エルスラントの街道には背の高い木々が多く、葉で覆われた空の隙間から斜陽が差込み、少 女の目には今日の景色が特別幻想的に映った。澄み渡るような風が吹き抜けて、紅葉した針葉 樹の葉が舞う。  少女は背の高い針葉樹を見上げて、 「おはよう、銀杏の木さん。ツイギ様は今日はどちらにいらっしゃいますか?」  と尋ねると、風に揺られた葉が囁く。 「何時も座すところ変わらず、それがツイギ様だよう」  少女は首をかしげて困ったような思案顔をする。  風が吹くと、かさかさと葉がざわめくように言葉を紡ぐ。 「いじわるしちゃだめだよう」 「ツイギ様は西のほうへずっと行けば会えるんじゃないかなぁ」 「気をつけて注意して歩くんだよ、でこぼこした道は転びやすいから!」 「ぼくたちもここから遠くへは行ったことないから、わからないけどさ」  次々と葉が紡ぐ言葉に耳を澄ませて聞き取った少女は、ほわっとやわらかく笑う。 「みんなありがとう、行ってくるね」  少女は針葉樹にお辞儀をして西のほうへと歩みを進める。  西へ向かうほどに木々の密度が薄くなるようで、見上げれば曇りない空がよく見える。  大地が乾燥しているんだと少女は何気なく考えた。  歩くほど、ざらざらと砂のような小石たちが散っていくようで、ちょっと歩いただけなのに ずいぶんと風変わりするものなんだなぁとのんびり足元を見ながら歩き続ける。ふと辺りを見 渡すと、さっきまで続いていた、あの濃緑の街道がまるで夢であったかのように木々が一本も 見えない乾いた世界に少女は一人立っていた。 「どうしちゃったんだろう」  ここにきて、少女はちょっとおかしいなぁ程度のことではないようだと思った。  「お困りですか」  低く乾いているが、優しげな声が響いた。  少女が振り返ると小ぶりな山ほどの、途轍もなく大きな岩が大地と同化するかのように悠然 と佇んでいた。 「私はただそこに在るだけの岩です」  その岩には顔があって、とても大きな口はまるで生物のそれであるかのように自然に動いて 言葉を発するのだった。  少女はごくりと息を呑み、気圧されながらもおずおずと口を開いて訊いた。 「あなたはツイギ様がどちらにいらっしゃるか知りませんか?」  すると、その岩は片眼を開き、少女を見やる。 「ふむ……。貴女は私が招待した客人のようですね」  表情豊かな岩は、口元を綻ばせ、微笑んで言う。 「私がツイギです。遠路遙々よくおいでくださいました」  大きな岩はお辞儀をするかのように巨体をやや前面に傾ける。  はっとして少女も合わせてお辞儀をする。 「迎えの者を遣したのですが、入れ違いになったようですね」  がらがらと大きな音を立てながら、手らしき形をした岩をあごまで持ち上げて、がりっと掻 く。すると、細かい破片がぱらぱら崩れ落ちて、そのうちの少しばかりが少女の頭にこつこつ とぶつかった。 「おっと、すまぬ」 「いえ、お構いなく……」  少女は頭を抑えながら、目に涙を堪えて言う。 「よければ、私が戻って探してきましょうか?」 「おお、助かります。私は見ての通りの岩なもので、思うように動けないのですよ」  岩は冗談めかして言った自分の言葉に、まるで地響きのような笑い声をあげる。  少女はその様子がなんだかとてもおかしくて、つられて笑った。     §  乾燥してひび割れた大地に吹き荒ぶ風は冷たく、冬も間近に迫っているのだと告げている。  半ば砂になりかけている土を蹴り、腰が曲がって異様に背が低く見える男が「どうしたもの か、どうしたものか」と繰り返し呟きながら往左往していた。 「そもそも名前しか知らない相手をどうやって探せと仰るのか……」  両手で頭をばりばりと掻き毟って天を仰いだ。  少女はやや離れた位置からその様子を見て、もしかしてと思い男に駆け寄る。  男は近づいてくる少女に気づいた様子は無く、また再び行ったり来たり落ち着き無く「どう したものか、どうしろっていうんだ」ぶつぶつ呟き続ける。 「あのう」  少女はおずおずといった様子で男に声をかける。  男は少女を半眼で睨み、ふんっと鼻を鳴らした。 「何の用だね、私はエルスラント協議会の重役であるぞ」  腰に手を当てて胸をそらし、如何にも私は偉いのだと言わんばかりの様子だ。

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