「好きこそものの全てなれ」




 少年の目の前には死んだ人間の食べかすがあった。
 それは食べてもあんまりおいしくない髪、一部の内蔵、骨やら肉の筋張った部分、
 恐怖に歪んだ眼球などなど、いくらなんでも食べられないと少年が思うところだ。
 そんなパーツでも彼の幼なじみはそれなりに上手く料理していて、そこだけはすごいと思っている。

 はぁとため息をつき少年は食べかすの処理を始める。
 それは何十年も繰り返してきた単純作業だ。
 だが何よりも大切だ。
 だってこれを怠って自分が「化け物」だとバレテしまったら、少年は表向きすら「人間」でいられなくなるのだから。

 ある日とつぜんヒトしか食べられなくなってしまった少年は。
 お腹が好くとどうしてもヒトが欲しくなってしまう化け物は。
 静かにひそかに綿密に計画を立ててバレないようにヒトを食しながら、本当はふつうの食事がしたい。
 たとえば、コンビニで売っているような、安いあんぱんでも構わない。


+++++++++



「まてまて~~~!! まって~~~!!」
「あんっ あんっ!!」
「まってまって~~な~~!! 食べさせてや~~~~!!」
「あんあんっ あんっ!」

 地図の北――大動脈じみたマグマの河で二つに分かれた島をつなぐ四つの橋の一番上。
 赤い橋(北)の真ん中あたりを、ものすごい勢いで走る二つの影があった。
 片方は不思議な姿をした犬っぽい生き物。
 あんあん言ってるのはエロい意味でなくこれが鳴き声だからのようだ。
 鳴き声どおり、あん……餡子が詰まってそうな容姿をしている。というかあんぱんに手足としっぽが生えてる。

「あんっ あんっ あうん――っ!!」
「つかまえっ……がぶ~っ! あ、うあ~だめっだ飛距離足りな!」 ずさぁあああ 「あ゛ぃぃいっ!?」

 そして今、そのあんぱん犬にかぶりつこうと、
 口を大きく開けながらダイビングしたものの失敗し見事にヘッドスライディングを決めることとなり、
 しかも風圧でスカートがめくれてパンツは丸見えになってしまっているのが、
 全日本パン食い競争選手権の優勝者。
 パン食い全一の称号を持つ通称「パン食いガール」である。
 彼女はあんぱんが好きである。それもつぶあんのものが特にすばらしい。
 そんな彼女がいきなり放り出された地獄の島でいきなりこんなあんぱんの姿をした生命に出会ったらどうなるか?
 答えは追いかける一択だ。
 だが誤算があった。100メートルを9秒フラットするパン食いガールの速力より、
 目の前の不思議生物のほうが一枚上手だったという小さいながら大いなる誤算が。

「…………あ…………意、識、がぁ……」
「あんっ、 あんっ……ぁ……n……」

 それなりに広い橋の中ほど、パンツ丸見え状態で、
 だんだんと意識を薄らせているパン食いガールの耳には、
 遠くなっていくあんぱん犬の鳴き声だけがかなしく響きわたるのだった……。


+++++++++


 パン食いガールは夢を見る。
 それは内装とかは大して記憶に残ってない教室。
 体育祭のあと。クラスのみんなは全員帰った。残っているのはガールと、先生だけ。

「アズサちゃん、すごかったね。パン食い競争ぶっちぎりの一位だったじゃないか」
「うん。でもウチ……ぜったい笑われてた……」

 先生はガールの頭を撫でる。ガールは少し嬉しいと思いつつも複雑な気分だ。
 なにせ当時はパン食い競争などインターハイにはなかったのでパン食い競争の地位は低かった。
 まあ正式種目になった今でもそんなに地位が高いわけではないが、
 10年近く前ともなればパン食い競争にのみ変態的な情熱をささげるガールはまごうことなき好き者だった。
 だから小学一年生にしてガールは岐路に立たされる。
 パン食い競争に情熱を傾けるのをやめて普通の女の子になるか、「パン食いガール」になるかの岐路に。

「ウチ……パン食い競争は、好きやけど。こんなことに必死になりすぎって笑われるのはきらい」
「……ふむ。だから、最後のクラス対抗リレーをさぼったんだね?」
「そうや。みんなウチのこと、へんなやつやけど足は早いから便利やとでも思ってるんやろ。
 ウチはそんな奴らのために走りとうない。ウチが走るのは、パンのためだけやって」

 先生にそう言うガールの瞳はすでに「パン食いガール」の目をしている。
 しかしその目はすぐに弱弱しくなって。

「でも……パンだけしか友達がいないんは、いくらなんでも、辛いわぁ……」

 ガールは涙目になる。どうすればいいのか、当時のガールは分からなかったのだ。
 好きなことに打ち込めば打ち込むほど周りはそれをおかしいと笑う。
 それでも自分はそれが好きで好きでしかたなくて、バカにされるのはとても悲しい。
 周りのひととも仲良くはなりたい。仲良くなりたくないなんてことはない。
 でも、好きなことをバカにされたままなあなあで周りと付き合っていくのは絶対にいやで。
 ならば自分は好きなことをやめるか隠すかするしかないのでは? そう思ってしまうのだ。

「ねぇせんせい。ウチはどうしたらいいんやろ? ウチ、どうやって生きてけば、いいの?」
「どうやって、ですか?」

 先生はすこし驚いた表情をした。ガールはそれに驚いた。
 まるで先生はガールの知らない答えを知っているかのように見えたからだ。
 ……その推測が当たったことに、さらにガールは驚かされたのだが。

「簡単なことですよ」

 ガールの目線に合わせるようにしゃがみこんでから、先生は語った。

「君が好きなことをみんなが好きになるまで、君の“好き”を発信し続ければいいんです。
 まっすぐでひたむきな気持ちは、かならずいつか人を振り向かせます。
 継続は力なり。この言葉は、続けていれば強くなれるという意味だけじゃありません。
 なにかを続けるという行為自体が、パワーを持っているということでもあるんですよ。
 ――君は何も気にせず、好きなことをし続けなさい。
 笑顔で楽しそうにそれを続けることで、きっとみんないつか、わかってくれるでしょう」 
「……!!」

 その言葉は小学一年生だったパン食いガールに生き方を、在り方を決めさせるに足る言葉だった。
 なつかしい記憶。他がどれだけ曖昧な記憶となっても忘れてはいけない記憶。
 パン食いガールの原点。
 それは好きなことを好きだと示し続けることにある。 


+++++++++


「あのー」
「あの、起きてください」
「ダメですね……どうすれば……ん?」
「この人の髪、これと同じようなにおいが……」

 がばっ

「あんぱん!!!」
「うわあ!?」

 がぶぅ~!!
 それは突然のことであった。パンの匂いに反応し、
 バネ仕掛けもかくやというスピードで地面から跳ねあがり、
 本能のままにパン食いガールは、目の前にあったあんぱんを食べんとす。
 ペットボトルロケット的なその勢いに思わず少年はぽろりとあんぱんを取り落とした。
 ――ガールは獣のような吐息を吐きながら勢いよく獲物に食らいつく!

「がぶ~っ!!」 ……。 「ってこれ! こしあんやん~!!」

 そのあんぱんは、こしあんだった。

「え、ええ?」
「ウチこしあんそんなに好きじゃないっていうかむしろ嫌いなんやけど……」「ま、えっか」
「いいんですか!?」
「パンは剣より大事や! 大好きなパンが食べれるって時点でえり好みしてられん!
 1日10個はパン食べんと、ウチのかよわい胃袋は泣いちゃうんや~……ってん?」
「?」
「きみ、誰?」
「あ」

 と。意識を取り戻したパン食いガール、
 パンを食べながらパンについて語りまくしたてて、
 あんぱん(こしあん)(パン食いガール的には邪道)を一息に飲みこむと、
 ここでようやく、自分にあんぱんを差し出していた人物が目の前にいることに気付いた。
 丸眼鏡をかけた学生服のさえない男。
 という印象ですべてくくられちゃうくらい存在感が希薄な少年はおどつきながら自己紹介をする。

「も、申し遅れました。僕は、黒田。黒田喰院(くろだくいん)です。君は?」
「ウチはアズサ、パン食いガールのアズサや。好きなものはつぶあんのあんぱん!
 もとい菓子パンほぼ全般。好きな競技はパン食い競争でこれなら誰にも負ける気せーへん。
 少なくとも“止まってるパン”なら絶対逃しは……って、そうや! あの生きてるあんぱん!」
「え? 生きてるあんぱん?」
「そーや! おったんや! ウチより速いスピードで動くあんぱん! きみ、見なかった?」
「……生まれてこの方、さすがに動くあんぱんは見たことないですね」

 黒田と名乗った少年は不思議そうな顔をして答える。
 たしかに普通に考えてあんぱんが生きてるとかおかしい。
 でも確かにガールは見たのだ。犬っぽい感じで目の前をちょこちょこ走るあんぱん犬を。

「ううん……でも信じてと言って信じてくれるものでもないしなあこういうのは……。
 パンに逃げられるのは初めてで楽しかったんやけど……もうどっか行っちゃったか。
 ところで、なんできみ、ウチを助けてくれたん? ウチらって確か、ええと、なんだっけ?」
「殺し合いですか?」
「そうそれ! そんな感じのイベントに放られたんやなかった?
 ウチはまあ普通にしててもかよわいガールやけど、気絶してたガールならさらに殺しやすいガールなはずやけど」
「それはまあ……なんというか。様子見、ですね」
「様子見?」
「ええ」

 少年はまっすぐ前を向いて話すパン食いガールから視線を逸らすとちまちまと語った。

「僕は確かに、貴方を殺すことができたかも……でも、もしかしたらそうではなかったかもしれません。
 例えば貴方が死んだふりをしていて、食虫植物のように僕を狙っているとしたら、
 それに対処する手札は僕にはないですし……だから、まずは情報を集めてから判断しようと思って。
 もっといえば、緊急ではないんです……僕、このまえ食べたばかりで……お腹、そんなに空いてないので」
「食べたばかり? お腹いっぱいなのと殺さないのってなにか関係あるん?」
「あ。いえ、……すいません、失言でした。……忘れてください」
「ふうん。まあええわ。助けてくれた人のことあんまり悪く言いたかないしな。ありがとな!
 おかげでウチもお腹いっぱいや! ――とはいえないけどまあ、腹の足しにはなったわ」

 ぎゅるるるるーとお腹の虫が鳴る音。
 パン食いガールのお腹はあんぱんひとつ程度では満タンにはならない。

「どうする? きみ、どっか行きたいとことかあるん?」
「いえ、とくには」
「じゃあウチと一緒に行動せーへん? こないけったいなとこ、一人より二人のほうが気が楽やし」
「……あの、さっきの僕の話聞いてましたか?
 いったん保留しただけで、僕は貴方のこと殺すかもしれなかったし、これから先もその可能性はまだあるんですが」
「えー? 何言ってるん? きみさ、見え見えやよ。
 きみ――気持ち的にさ。殺すのなんて、“好き”じゃないやろ?」
「……え?」
「ウチは好きなこと好きにやってるタイプやから、逆にわかるんや。
 嫌いだけどやらなあかんとなってしかたなーくやってる感じ、雰囲気、そーいうの。
 きみ、ここが殺し合いの場やからって仕方なく、殺すことを選択肢に入れてるんやない?
 そーいうのウチ間違っとると思うよ? 好きな生き方を貫けばええねん。例えばウチなら」

 パン食いガールはそこまで言うと、バッと両手を広げて言った。

「ウチはこのゲーム、乗らん。ストライキや。
 もし仮にウチらが死ぬはずだったんがホントやとしても、こんな決め方、ふざけとるで。
 なんで人殺してまで生き延びないとあかんのかもわからんし、人殺さなきゃ生きれんのもありえへん」
「……そんなこと言ったって、それがルールなんじゃないんですか。
 逆らって首輪を起動させられたら、何の意味もないですよ。無駄死にだ」
「それでもウチは、殺し合いなんか嫌や。嫌なんやからどうしようもないやろ。
 それにこうとも言えるで――どうせ明日死ぬ運命だったんなら、今日ルール違反で死んでも大差ないってな。
 もちろん死ぬのは嫌やから抗うけど。……きっと何かあるはずや。殺し合わずに済む方法が」
「楽観的すぎやしませんか」
「えへ、悪い? むかしからウチ、アホやもんでね」

 にへらっ、とガールは笑う。
 そして黒田喰院に向けて手を伸ばした。

「でもな。一度きりの人生。好きな生き方捻じ曲げて無理やり周りに合わせるより、
 自分がやりたいことやって、周りをそれに乗せたほうが楽しいんやで。
 ウチはパンが好き。パン食い競争も好きや。でもパン食い競争は一人じゃ楽しくない。
 一緒に走ってくれる競争相手がいてこそや――だからウチ、そういうのも、好きなんや」
「……僕に、殺し合いに乗るのをやめて、貴方と一緒に戦えと?
 根拠と判断できる材料もない絵空事に付き合って……最悪ルール違反で死ねと?」
「ダメかな? ウチが見るところきみ、ホントのホントはそーいうことしたいように見えるけどな?」

 パン食いガールは意見を押す。
 それははたからみれば完全な押し付けの意見、独りよがりの推定だ。
 だが――楽しさアンテナに敏感なガールでなくとも、
 黒田喰院がガールを助けた理由はずいぶんと遠回りな、問題を先送りするような感じに思えただろう。
 嫌々に殺しを選択肢に含めているというのも、的外れな話ではない。
 ただひとつだけガールが完全に間違っているのは。
 黒田喰院にとってのガールは、ガールにとってのあんぱん犬と同じだということだけだ。

「面白いですね、貴方は」

 はぁとため息をつきながら、喰院はガールの差し出した手を握った。

「全く……何年調べてもだめだったから、僕は可能性を信じないことにしたっていうのに。
 特異な環境だからかな。今度こそ、どうにかならないかなんて、思ってしまう。やっぱり低級だ」
「?」
「ああ、いえ……何でもありません。こっちの話、です。
 ……別にいいですよ。貴方がそこまで言うならば、一緒に行動するくらいなら。
 ただし、僕のお腹が空くまでです。
 半日か、それよりもっと短いか……僕が少しでもお腹を空かせたら。結局貴方は死ぬでしょうから」
「じゃあそれより先にウチがきみの心満たしたる。さーて……じゃ、パンを目指して、走るで!」
「走るんですか!?」

 好きなことを好きなままに生きるガール。
 好きでないことを強制され生きながらえてきた少年。
 本来ならば食し食されて終わるはずの両者は、偶然にも手を取り合いもう少しだけ言葉を交わし合う。
 赤の橋(北)を出発した彼らが向かう先は――――。


「……あんっ」


 あ、さりげなくあんぱん犬は二人の後ろをついていくようだ。


【B-6 赤の橋(北)/未明】


【黒田喰院】
【状態】満腹(大)
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダム支給品×2
【思考・行動】
1:そこそこ殺せそうなのを殺して生き残る。でもまずは情報収集から
2:パン食いガールの絵空事に、お腹が空くまで付き合おうかな
【備考】
※人肉しか食べれない吸血鬼の下等種「食人鬼」です。
 ですが、本人はどちらかといえば、普通に人間として生きたかったご様子。

【パン食いガール】
【状態】空腹(中)
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダム支給品×3
【思考・行動】
1:好きなように生きる。とりあえず殺し合いとかいや!
2:アホだけどなんか反抗方法を考える!
3:黒田くんを仲間に引きずり込む!
4:あんぱん犬を見つけたら挑戦したい 


【あんぱん犬】
【状態】?
【装備】なし
【所持品】基本支給品、ランダム支給品×3
【思考・行動】
1:???
2:???
【備考】
※パン食いガールと黒田喰院についてくことにしました。



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ファニー・クラウン 前話 次話 マフィアと剣士と殺人鬼

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最終更新:2013年08月24日 16:24