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ナイトメアのハジマリ



 草花がそよ風で揺れている。
 そよ風といっても、生暖かいので到底心地良いとは言えない。
 生暖かいのは、島の周りで煮え滾るマグマのせいだろう。
 ここに来たばかりのときに、マグマの海を覗き込んでみたが、五秒も我慢できなかった。
 もともと、熱い場所は好きではない。肌がちりちりと焼ける感覚に、どうしても慣れないのだ。

 俺、イリス・ハンニバルは、人生に退屈し、刺激を探求する男だ。
 こう書くと、夢を追っているような印象を受けるかもしれないが、そんなことはない。
 寧ろ夢も希望も、とうの昔に失っていた。
 昔のことを思い返そうとすると、身体中が疼く。
 まるで俺の全てが、細胞に至るまで、過去を思い出すまいとしているかのように。
 思い出せなくても、別段支障をきたすことはないから、いいのだが。

 話が逸れた。俺が求めているのは、刺激だけだ。
 そこに夢や目標を定めることはせず、ただひたすらに探求し続ける。
 刺激によって得られる快楽は一瞬だろう。だがそれでも構わない。
 ファックユー、と罵られても、クレイジー、と蔑まれても、俺は自分を曲げない。

 ふと、サングラスを外して、近くの花壇を眺める。
 風に揺られる草花は、ここが地獄であるにも関わらず、しゃんとしている。
 それらを眺めていると、蹴散らしたくなる衝動に駆られる。
 俺は、花壇に植わったままの草花に、価値を見出すことはできない。
 自らの足で踏み潰すことで、ようやく快感を覚えることができる。

「…………」

 俺が欲しいのは、心を落ち着かせるものではなく、心を昂らせるものだ。
 例えば死体。四肢を切断された人間を見ようものなら、垂涎が止まらなくなる。
 例えば拷問。五寸釘と蝋燭を見ただけでも、舌なめずりを抑えられない性質だ。
 それは、およそ他人には理解されないであろう嗜好。
 異常な趣味だと重々承知した上で、俺はそういったモノに刺激を求めていた。

「おいおい、Mr.ホワイトマン。ぼうっと物思いに耽るのも結構だが、作業の手は止めないでおくれよ」

 ふと、後ろから声をかけられた。
 緩慢な動作で振り返ると、そこには顔を白く塗った、道化師のような女がいた。
 パンクファッションに身を包んでおり、背は高い。百七十前後あるだろう。
 彼女の名前は、クラウン。自らを道化と名乗る奇妙な女性だ。
 つい先程、この地獄で一緒に行動することを持ちかけてきた人間だ。
 退屈を埋められるかという問いに、満面の笑みを以て答えた、狂った人間だ。
 そして――。

「黙ってんじゃねえよ!」

 思考していられたのはそこまでだった。
 クラウンが発した、叱り飛ばす声と同時に、サバイバルナイフが俺の左目を抉った。
 情け容赦も躊躇いも皆無な、鋭い一撃からくる激痛が、神経系を通じて全身に行き渡る。
 俺は思わずクラウンを突き飛ばし、両手で目を覆う。

「ぐうっ……」
「質問されたら速やかに答えなさい、って先生様に教わらなかったのかい?
 素行不良の生徒には、相応の体罰を受けてもらうよ♪」

 手の隙間から、ぽたぽたと足元に滴る鮮血。
 それを見て、けらけらと、心の底から愉快そうに笑うクラウン。
 罪悪感の欠片も無いことは、明白だった。謝罪は期待できそうにない。
 なにせ、出会い頭に喉元を刺すような狂人だ。
 ならばせめて、追撃されないように、返答しておくべきだろう。

「……すまなかった。少し、考え事をしていてな」
「そんなことより、“サプライズ”の仕込みの進み具合はどうだい?」

 返事をするが早いか、話を変えられた。気まぐれにも程がある。
 俺は溜息をついてから、仕方なく話を合わせた。
 話題はクラウンがコーディネートするらしい“サプライズ”のことだ。

「順調といったところだ。……だが、本当にここでサプライズができるのか?」

 ここ、というのは地獄遊園地のことだ。
 デイパックの中に収納されていた地図によれば、H-6エリアに位置している。
 殺し合いに招かれた俺が、最初に訪れて、そしてクラウンと出会った施設だ。
 名前に地獄とつくわりに普通の遊園地で、ジェットコースター、観覧車、お化け屋敷と、一通りの施設が揃っている。
 刺激たっぷりのサプライズを行うには、おあつらえ向きだろう。
 橋の近くということもあって、立地も悪くない。
 だが、不安要素もあった。

「殺し合いをしている最中に、遊園地に行こうとするやつがいるだろうか?
 いや、いない。いたとしたら、そいつは……正気の沙汰じゃない」

 狂気に満ちたクラウンに言うのもどうかとは思ったが、正直に言わせて貰った。
 自殺志願者でもあるまいし、ネオンが煌々と光る場所に向かうだろうか。
 まして、サプライズを行うには人数が必要だ。多ければ多いほどいいが、少なくとも三人は要る。
 人が寄り付きにくいだろう場所に、それだけの人数が果たして集められるだろうか。
 サプライズに招く人間の確保。俺は、これが一番の問題だと考えていた。

「……なんだ、その顔は」

 ふと気づくと、クラウンが妙な顔をしていた。
 どのような、と尋ねられると、メイクのせいもあって表現しにくいが、あえて形容するならば、ぽかんとした顔だ。
 信じられないものを見たときの顔だ。

「……アッハッハッハッハ!こりゃあ驚いた!
 おいおいMr.ホワイトマン。お前さん随分と慎重なんだなあ!意外だよ。
 遊園地に人が集まらないんじゃないか、って?なるほどそれも一理有る。こんな状況だもんねえ。
 でも、よく考えてごらんよ。あたしは誰だ?あたしは何だ?道化師(クラウン)だ!
 愛くるしい客寄せパンダには程遠くても、客の心を掴むテクニックには長けているつもりさ!
 客はたっくさん来てくれるから、お前さんは心配しなさんな。
 あたしが盛り上げに盛り上げて、ここでのサプライズは満員御礼にしてやるから!」
「…………」

 長かった。興奮させてしまったらしい。
 クラウンが言い終わる頃には、深く刺された目の傷は、もう跡形もなくなっていた。
 血の跡は残っているが、痛みは既に引いていた。
 俺を不死身たらしめる特殊な細胞“幹細胞”は、問題なく機能しているようだ。
 腹をゆすって哄笑するクラウンを見て、俺は溜息をついた。

「はあ……」

 俺は立ちあがると、大きく深呼吸をした。
 吸って、吐いて。
 呼吸を整えてから、肩で息をするクラウンと目を合わせる。見開かれた目からは、しかし感情は読み取れなかった。
 俺自身、狂っているという自負はあるが、この道化はそれ以上だった。
 話には説得力も何もない。ただ自分がどうにかすると言っただけだ。具体的な案を出したわけではない。
 それでも、俺は呟いていた。

「よく分からないが……刺激的じゃねえか」

 穴だらけの杜撰な計画。突然人を刺してくる凶暴性。
 そしてなによりも、愉快なまでに狂っているその性格。
 常人からすれば理解しがたいであろうそれらは、しかし俺からしてみれば、今までにない刺激をくれる要素だった。

「いいぜ、クラウン。やっぱりお前は、イイ」

 無茶な計画を立案し、力ずくで押しとおすことなどなかった。
 そんな人間が、今、目の前にいる。

 突如目を刺してくる危険な奴など、相手したことがなかった。
 そんな狂人が、今、目の前にいる。

 これほどまでに愉快だと感じる女性を、見たことがなかった。
 そんな女性が、今、目の前にいる。

「お前は、すごい」

 俺は生唾を飲み込んだ。
 道化師のパフォーマンスに、刺激を得ることなどはなかった。
 下らない三文芝居のほうが、幾らかマシだと思っていたくらいだ。
 だが、今は違う。
 凶悪なまでに刺激的な道化が、今、俺の目の前にいる。

「だろう?あたしは道を化かす女……Mr.ホワイトマン、お前さんもそろそろ“化かされて”きたかい?」

 そう言って、クラウンはまた高らかに笑った。
 俺もつられて、口の端を歪めた。
 普段はこのようなことはない。だが、今日に限っては、顔が緩むかもしれない。
 なにせ、愉快な道化が、この地獄で刺激を与えてくれると確信できたのだから。

「そうかもしれないな」

 人をどう呼び寄せるかなどという、矮小な問題に拘っていては、刺激が薄れてしまう。
 そのときになったら、拡声器でも爆弾でも、人をこの遊園地に注目させる手段はごまんとある。
 むしろ、いつ遊園地に人が訪れても、サプライズが実行できるくらいの心づもりでいなくてはならない。
 クラウンを見る。白いメイクの施された顔が、ニンマリと笑う。
 任せておけと言わんばかりの、地震に満ち溢れた不敵な顔だ。

「そうだ、化かされたっていい。馬鹿にされたっていい」

 欲しいのは刺激。
 刺激を。もっと刺激を。
 サングラスをかけ直してから、俺はクラウンに向かって言った。

「刺激的なサプライズ、是非とも協力させてくれ……っ!」

 興奮のあまり、花壇に咲く花を踏み潰す。
 不死身の狂人は、さらに狂い始める。




 ラファエル・キルシュタインの歩みは速い。

「…………」

 針の山にて、吸血鬼を斬り殺したラファエルは、一定の歩調で歩きながら思考の海に沈んでいた。
 自分が死んだと告げられたことに対しては、そう驚かなかった。
 もとより自分は化け物狩りの使命を帯びており、常に死が付き纏う生活に身を置いてきた。
 役割上、強大な敵とも幾度となく対峙し、この世全ての恐怖という恐怖を味わった。
 生死の境目を彷徨うたことも、一度や二度ではない。
 今までは死の淵に辿り着いてもなんとか生還したが、今ここにいる自分は、戻ってこられなかったということだ。
 その事実に辿り着いたラファエルは、ぽつりと呟いた。

「殉教、か。フッ、それが事実であれば、これほど光栄なこともあるまい」

 化け物に殺されたことを屈辱に思うよりも、信仰する宗教に殉じて死ねたことを誇りに思う。
 狂信者にありがちな偏った宗教観。
 自身の信仰の対象が、他のどのようなものよりも高い価値を持つと、高潔であると信じて疑わない。
 幼少時よりキリスト教への信仰心を植え付けられたラファエルも、当然その考えを持っていた。
 そもそも、自身が死ぬとすれば信仰に殉じてだ、と確信していること自体が、狂信者であることの証明だ。
 だが、ラファエルはただの狂信者ではない。

「……だが、私はまだ化け物を狩り尽くしていない……無辜の民を脅かす化け物は、未だ数多く存在する……」

 神父でありながら、化け物を狩る戦闘員。
 それがラファエル・キルシュタインという狂信者だった。
 思考の海の中で、懸念事項について考える。
 自身は闇バチカンの中でも相当の実力者と自負している。そのラファエルが抜ければ、組織への損害は甚大だ。
 昨今では、化け物と対抗しうる人材を発掘ないしは育成するのには、年月と費用がかかる。
 そうしたときに、即戦力となる人間の数が減るのは、明らかなマイナスだ。
 自分は死ぬべきではない。
 それが、ラファエルが客観的に判断したことだった。

「神は言っている……ここで死ぬ運命(さだめ)ではないと……」

 この島にいる参加者とやらが残り半分になれば、生還できる。
 神の名のもとに。
 再び化け物を狩るという役目を仰せつかることができるのだ。
 ならば、化け物を狩りつつ、参加者が半分にまで減るのを待てばよい。
 しかし、生還を視野に入れる以上は、死を賭した、言い換えれば無茶な闘い方ができなくなるだろう。
 となれば、強敵がいたときのことも考えて、やはり強力な武器は必要だ。

「……フッ」

 滾る化け物への憎悪と、使命感を動力源に、化け物狩りの神父は黙々と歩き続ける。
 進む先に在るのは、遠目からでもよく見える巨大な円。
 地獄遊園地の名物である、地獄観覧車だ。



【H-6 地獄遊園地入口付近 / 黎明】

【ラファエル・キルシュタイン】
【状態】無傷
【装備】豪華な剣、シンプルな剣
【所持品】基本支給品×2、ランダム支給品×2、アフロヘアーのカツラ、弾丸
【思考・行動】
0:遊園地を目指す。
1:化け物を狩る。
2:生還も視野に入れる。
3:十字架の剣や火炎放射器を探し、より化け物を狩れるようにする。
【備考】
※弾丸はとある収集家によって弾丸に変えられた「何か」の可能性があります。
その場合数時間後に元のモノに戻ります。


 地獄にあるとはいえ遊園地。防犯設備も当然、整っている。
 入り口のゲート付近に備え付けられた監視カメラ。
 高性能なそのカメラは、長身の男を捉えていた。

「…………」

 薄暗い管理人室の中、無言で監視カメラの映像を見るのは、道化師クラウン。
 イリス・ハンニバルを籠絡に近い形で手駒にしたクラウンは、単独行動を取っていた。
 というよりは、イリス一人に作業をさせて、自分は状況把握に努めていた。

「……フフッ」

 クラウンは、決して狂っているだけの人間ではない。
 ただの狂人が、世界各国を股に掛けたテロ活動などできるはずもない。
 冷静な思考も同時に行える、いわばハイスペックな狂人だ。

「アッハッハッハッハ!!」

 ただし、その思考を第三者に悟らせることはしない。
 それゆえの道化師のメイク。
 カメラに映る男に対して、どう対処するのかは、クラウンだけが知っている。
 協力者のイリスにさえ、すぐに伝えることはしない。
 道化師はカメラの前で、身体ごと椅子を揺すりながら、再び高らかに笑った。



【H-6 地獄遊園地 / 黎明】

【クラウン】
【状態】健康
【装備】サバイバルナイフ(血塗れ)
【所持品】基本支給品×1、ランダム支給品×2
【思考・行動】
0:男(ラファエル)に対応する?
1:この殺し合いをクラウン風にコーディネートする。
2:イリスと行動を共にする。
【備考】
※殺しに対して抵抗のない人格破綻者です。
※イリスの不死性を知りました。


【イリス・ハンニバル】
【状態】健康、フード姿、サングラス、クラウンに心酔
【装備】カッターナイフ
【所持品】基本支給品×1、ランダム支給品×2
【思考・行動】
1:刺激を求める。
2:クラウンと行動を共にし、クラウンに全面的に協力する。
【備考】
※殺しに抵抗はありません。
※細胞が生きてさえいれば、どんな肉体的損傷も再生します。
※高温の場所や気温は避ける傾向あり。



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