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「チョコレイト・ディスカッション」





「おいしいか?」
『おいしい 最近はスラムに戻ってたから
 あそこはまともな食事がないんだ 臭い缶詰とか』
「そうなのか。へぇ……。
 あ、いや別になんでもねぇよ。あんまりおいしそうに食べてるもんだから」
『おいしいものをおいしく食べるのは当然だ』

 もぐもぐ。……もぐもぐ。
 アルミ色をした鉄のテーブルでチョコパンをほおばりながら、赤川菊人とサリー・レスターは雑談をしている。
 鉄のテーブルにはチョコパンが山のように載っていた。ここはチョコレート工場で、
 チョコパンは誰も居ない生産ラインで無限に生み出され続けている。
 サリー・レスターの支給品のひとつである地獄めぐりマップ(施設詳細のパンフレット)によれば、
 ここではあらゆるチョコ製品が無限に生み出されては、一定期間経つと回収されてチョコに戻るらしかった。
 不思議な仕組みの工場内に入ることも可能なようだったが、
 とりあえずはチョコ製品が食べ放題のラウンジに居場所をとって腹ごしらえである。
 くちいっぱいにチョコパンをほおばりながら、サリーはパンの包み紙の裏に言葉を書く。

『初めて食べたが 美味だな』
「俺もおいしいと思うぜ。原料は気になるけど……ところで、スラムに戻ってた、ってのは?」
『私はスラム出身なんだ
 11のときからは小さな喫茶店に世話になっていたが 居られなくなった
 私が犯罪を犯していると知れたら 店に迷惑がかかるから』
「犯罪。……窃盗やらじゃ、なさそうだな」

 赤川菊人はサリーの言葉に、さきほど飯綱景人に向かってサリーが命中させたダーツを思い浮かべる。
 あれは迷いなく首筋に投げられていた。
 飯綱が熟練者だったから防いでいたが、
 もし防いでいなかったら。そしてあれがダーツでなくもっと殺傷力のある刃物だったら。

 ……人を殺せていただろう。

 サリー・レスターはさっき、赤川菊人を助けてくれた。だから悪く言いたくはない。
 しかし菊人は、ここははっきりさせておかねばならないと思っていた。だから切り出す。

「悪ぃけど分かっちまうんだ。あんた、人、殺したこと、あるだろ」

 菊人が指摘すると、悪びれることも隠したがることもなくサリーは頷いた。
 そしてチョコパンをごくんと音を立てて飲み込むと、チョコセールのチラシの裏に短文を書いて見せる。

『説明する けどその前に実演を
 菊人
 私を抱きしめようとしてみてくれ』
「は?」

 その文に、菊人はおどろく。
 するとサリーはぐい、と念を押すように言葉を書いた紙を突き付けたかと思えば、
 紙を机に置いて両腕を広げた。さあ抱きついてこいと言わんばかりに。
 菊人は複雑な気分になりながらも、とりあえず椅子から立ち上がる。

「いいんだな」

 サリー・レスターは強く頷く。彼女は表情に乏しいが、意思表示はしたたかだ。
 こうまでされて断るわけにもいかず、菊人は彼女の来ているぶかぶかのトレンチコートを包むように、
 できるだけ優しく、抱きしめようとする――。

 が。

「……おい」

 顔が15センチの距離まで来たところで、サリーの無表情が「壊れる」。
 緩むではなく、壊れる、だった。
 その貌に浮かんだのは明らかな恐怖だった。それも、抗っているのにどうしようもなく出てしまう、トラウマ性の。

「……」

 悪いと思いながらも菊人はもう少しだけ近づいてみる。
 サリーの体はがたがたと震え、目が泣きそうな形になり唇から血の毛が失せた。
 悲鳴はない。彼女は声が出ないから。助けをよぶことはない。
 それは助けを呼ぶ声が枯れてしまうほどのひどい目にあったことを端的に意味していた。
 菊人は、すっと身を引く。

「その……分かったから無理すんなって。実演しなくても、言えば信じるからよ」
『いや これは私の明確な「弱点」だ
 同行者の貴方には伝えておかないといけないことだった
 見た通りだ 私は男性恐怖症
 理由はぼかしてもいいか? 8つのときだった 相手は治安維持の警吏ども
 おかげさまで男性とは 手を繋ぐのがやっとだ』

 目を伏せながら書かれたその言葉は、菊人にはずいぶん悲しい気持ちがこもっているように見えた。
 治安維持のためにスラム町をパトロールするはずの警吏に、サリーは声を殺されていた。
 その時の状況を想像することは難くない。が、脳に描くのも嫌だったので菊人は話を進める。

「だからそいつら見つけて、復讐した、ってことか」
『いや違う』
「?」
『それは私の親友が 私がやられた次の日にやってくれた
 私がやっていることは もう少しひどいことだ
 あの日から私は 犯罪者がどうしても許せなくなってしまった
 あいつらみたいな悪魔が 地獄ではなく現世に生きてることが許せなかった だから』

 サリーは「犯罪者」の部分だけペンを強くにじませてそれを書いた。
 怒りによる筆圧の増加だ。つまり――。

『だから私は 町の犯罪者どもを』
「分かった。分かったから、それ以上罪を文字に起こすこたーねぇよ。
 ……書くほうも読むほうも辛いだけだ。その話は、やめやめ!」

 大体のところを理解した菊人はサリーの手を掴んで、筆記をやめさせる。
 さすがに、さっき飯綱に斬られたほうとは逆の手のひらで。サリーはびくっと体を震わせて、
 何故? といった感じの顔で菊人を見上げる。しかしそれ以上は問わなかった。

『優しいやつだな ビアーみたい』

 代わりにやわらかい文字でそれだけ書いて、チョコパンを小さくかじって笑った。
 まあ少し口角を上げただけで、人間観察の得意な菊人でなければ気付かない表情変化だったが。

「あんた笑うとかわいいな」

 改めて菊人は認識する。サリー・レスターは、「いいやつ」だと。
 ……安堵ついでについ口から漏らした言葉には厳しい言葉を貰ったが。

『お世辞はよせ ホレさせても私とは手しか繋げない それに 私にはビアーがいる』
「なんだいるのか彼氏」
『いや片想い あとビアーは女の子だ
 強くてきれいでかっこよくて すごくかわいい 私の親友』
「――お、おう(反応に困る菊人の図)……そうか。あ、会いたいもんだな」 
『出来れば会わせたいな 生き残れればだが さて』

 と。机の上のチョコパンもだいぶ減ってきたところで二人の雑談は終了した。
 ガイドに誘われて訪れたチョコレート工場で当座の腹ごしらえを達成した二人は、
 次の目標を決める段階に入る。
 大目標は二人とも異なるものの、確固としたものがある。――問題は当面の目標だ。

『殺し合いをぶっこわす と 菊人は言ったが どうせ策はないんだろ?』
「ああないぜ。って否定から入るのかよ」
『だったら施設を回ろう』

 サリーは支給された地獄めぐりガイドを手に、施設めぐりを提案した。
 この地獄の一画に作られたらしき島には地獄風の施設、そうでもない施設、現代風の街の施設、
 一見見慣れない名前の施設などさまざまな施設が存在している。
 ガイド通りにそれらを巡るというのは間違いではない案だ。
 だがその理由は? 菊人は気になって問う。するとサリーは紙に綴った。

『最初に集められた部屋は覚えているだろう?』
「……ああ。それがどうした?」
『あの時 進行役の死神は私たちの前に現れた
 でも“閻魔大王”と名乗る声は 「声だけ」しか聞かせてこなかった
 私は少しひっかかったんだ 私たちに威圧感を与えたいなら 部下に説明などさせずに
 当人が出てくるべきじゃないか? とな』
「それは……声だけのほうが俺たちがビビるかもって思ったかもしれねーし……。
 なんか黒幕っぽいだろそっちのほうが」
『もちろんそういう可能性もある だが考え方を変えてみたい
 もしあのとき 閻魔大王は私たちの前に現れなかったのではなく
 何らかの理由で 現れることが 出来なかったのだとしたら』

 サリーがそこまで書くと菊人もなんとなく察することができた。
 閻魔大王。慟哭王と名乗った姿もわからないこの殺し合いの元凶――彼が開いたこのゲームは
 “おそらくまだそんなに回数を重ねていない”。
 それは意識がシャットアウトされる寸前の閻魔大王の【今回のゲームのために手は尽くしたつもりだ】という言葉。
 さらに死神エレキシュガルが強調した「このゲームは新制度である」という文言からも伺い知れる。
 下手したらこれが第一回の可能性すらある。

『新たな催しを開くとき それを遠隔から監視するだけでは少し危険だ
 現実ではそういう定理だったな 地獄ではどうだろう?
 この殺し合いのシステムのどこかに 「現場監督」がいて そいつはこの島から動けないとしたら?』
「“閻魔大王”は……島の施設のどれかに、隠れてるかもしれねぇってことか……!」

 同じようなことをそういえば飯綱景人も言っていた。
 あれは菊人を油断させるための方便だったが、
 サリーに理論立てて説明されてみると、なるほどありえない話ではないと菊人は思った。
 マフィアの世界でも重要な取引などは通信ではなくボス同士の対面で行うことが多い。
 映像や音声はどうしてもごまかしがきくし、手下に任せては失敗や襲撃の恐れがあるからだ。
 そして当然その取引の場には監視のための兵を置く。菊人も何度かボスの護衛をしたことがある。
 ……今回のゲーム。
 あのプレゼンテーションから見て、おそらく地獄にとってはかなり重要なイベントだ。
 裏で何らかの駆け引きが行われていてもおかしくはないし、
 最悪プログラムの邪魔をする勢力がいる可能性も否定はできない。

 様々な「イレギュラー」に対処するために、
 主催当人とその兵が島の中に身を潜めている可能性は、高い。

「でかしたぜサリーさん! いい案だ。賛成だ!」

 見えた光明に思わず菊人はサリーの両肩に手を置こうとする。
 サリーは無表情で、その両掌を二本指で刺すようにして止めた。
 ……傷口に指が当たる。

「痛っ~~~~!!」
『ごめんな 肩に手を載せるのはアウトに入る』
「イタッ あっ い……いやすまねえ。教えてもらったばっかりなのにテンション上がっちまった。
 えっとじゃあとりあえず――このチョコレート工場からか! 行こうぜ!」

 ガタッと立ち上がり、今度は菊人のほうからサリーに手を伸ばす。
 サリーは無言で無表情だったが、やっぱり強く頷いてその手を握り返した。
 そうしてチョコレート工場の内部へと歩いていった。


+++++++++


 こうして順調にディスカッションを終えた二人だが、
 実はこの時点では。お互いに意識から外していたことがあったことは否めない。
 サリー・レスターはビアー・バーンズがこの殺し合いに呼ばれている可能性を夢にも思っていなかったし、
 赤川菊人は自分もマフィア……ある種犯罪者の一味であることを、サリーに伝えそびれていた。
 どちらもそう気にすることではないのかもしれない。
 伝えていなくても、考慮していなくても、問題なく進んでいく事柄である可能性も十分にある。
 だが――二人の意見交換は完璧ではなかった。そのことだけはここに、記しておく。



【C-8 チョコレート工場・ラウンジ/黎明】

【赤川菊人】
【状態】疲労(小)、右の掌に深い傷(包帯が巻いてある)
【装備】模擬刀
【所持品】基本支給品、ランダム支給品×1、包帯
【思考・行動】
1:殺し合いをぶっ壊す
2:サリーと一緒に施設をめぐり、閻魔大王を探す
【備考】
※飯綱景人を危険人物と判断しました。
※サリー・レスターに自分がマフィアだと伝えていません

【サリー・レスター】
【状態】健康
【装備】ダーツの矢×9
【所持品】基本支給品、地獄めぐりガイド、ランダム支給品×1
【思考・行動】
1:犯罪者は殺す
2:菊人と施設めぐりをして、閻魔大王を探す
3:ナイフが欲しい
【備考】
※飯綱景人の顔を覚え、犯罪者と認識しました。
※ビアー・バーンズはゲームに参加しているはずがないと思っています。
 (明日死ぬような人には見えないため)




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