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マフィアと剣士と殺人鬼」(2013/08/23 (金) 08:44:24) の最新版変更点

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**マフィアと剣士と殺人鬼 荒野の真ん中で、赤川菊人は混乱していた。 どこだか分からない場所に唐突に連れて来られて、殺し合いをしろと言われて。 その上、自分が明日にも死ぬ予定だった、などと言われたのだ。 混乱するのは、当然といえば当然の帰結だろう。 「訳がわからねぇ……ちくしょう!」 目が覚めてからずっと、菊人は同じ言葉を呟いていた。 近くにあったデイパックには手を触れなかった。 首に嵌められた金属の感触は無視していた。 周囲の様子を観察しようともしなかった。 「どうすりゃいいってんだ……」 それらは全て、この状況を理解していながら、認めたくがない故の行動だった。 この状況を認めるということは、恐怖に繋がる。 恐怖が好きな人間は珍しい。 そうではない人間の一人として、菊人は恐怖を感じることを認めなかった。 「初めまして」 ふと、菊人は背後から声をかけられた。 ビクッ、と肩が揺れて、そのすぐ後に、素早く身体を後ろに向けた。 マフィアとして五年近く過ごしてきた菊人は、普段ならばこの程度では動じない。 しかし今は、神経が過敏になっていた、ということだろう。 振り向いた菊人は、持ち前の目付きの悪さを最大限に発揮した。 つまりは、声をかけた相手を鋭く睨み付けた、ということだ。 「なんだ、お前」 そして、菊人はこう言い放った。 恫喝とまではいかないが、気の弱い者なら震えあがるくらいの声。 平凡とはかけ離れた生活をしてきた菊人の、それは武器ともいえる。 しかし、声をかけてきた男はさほど動じず、左脚を一歩下げただけだった。 「驚かせたならすみません。僕は飯綱景人といいます」 男、いや、少年は丁寧な言葉遣いで挨拶をした。 菊人はこの行為に面食らった。 やや遅れてから、不信感を抱いた。 初対面の人間を相手にするには、あまりに無警戒過ぎる。 純粋な菊人でさえ、なにか裏があるのではないか、と勘繰ってしまうほどだった。 もちろんこの状況下だからということもあるだろうが。 そんな菊人の心中など知らずに、男は続けた。 「貴方も、このゲームの参加者ですよね?」 景人と名乗った男は、菊人を恐れている様子はなかった。 菊人にとっては、それも意外なことだった。 周りから目付きが悪いと言われ続けて十年以上。 眼光の鋭さを武器にし始めてから五年余り。 菊人にとって、話しかけた相手が眼力で萎縮するのは日常茶飯事だった。 それが喜ばしいことかどうかは、菊人本人でさえもよく分からなかったが。 「あの……?」 「あっ、ああ、そうだよ……俺は、赤川菊人。正直、今のこの状況はわけがわからねえ」 菊人は、どもりながらも返事をした。 あくまで“殺し合い”という単語を口にはせずに。 それを聞いた景人は、安堵したように息を吐いた。 そして、菊人と目を合わせながら、さらに口を開いた。 「安心して下さい、僕も混乱しているところです。  ですから、ここはひとつ、現状を分析しようと思うのですが、どうでしょう?  自分一人では冷静な判断が下せそうにないので、できれば菊人さんにも手伝って欲しいのですが……」 菊人が観察した限り、その眼にも、話す態度にも、萎縮の色は欠片ほどもなかった。 口調も陽気で、物腰は柔らかい。 菊人はひとまず警戒を緩めて、景人との会話を始めた。 ■ 「へえ、菊人くんはマフィアなんですか!僕よりもひとつ年下なのに、凄いですね」 「僕ですか?僕はしがない学生ですよ」 「レポートの提出に追われる、つまらない人間の一人です」 「閻魔大王だか死神だか知りませんけど、随分と凝ったゲームですよね」 「え?遊園地とかが開催するゲームでしょう、これ?」 「嫌だなあ、天国とか地獄とか、本当にあるわけないですよ」 「どうせ殺し合いっていうのもジョークに決まっていますよ」 「ほら、見てください、この地図」 「え?まだ地図を見ていないんですか?」 「ほら、このデイパックの中に入っていましたよ」 「菊人くんのデイパックは……あれですね、開けてみるといいですよ」 「地図の他にも、コンパスやら食料やら水やら……って、今それは関係ないんです」 「血の池、針の山、鬼が島、悪魔城ときて、ここ」 「地獄遊園地……これが恐らく、閻魔とかいうこのゲームの主催者のいる場所ですよ!」 「薬か何かを使って、参加者を全員眠らせてからこの島に運び込んだんです」 「そして、地獄遊園地に辿り着いた参加者には、特別プレゼントがあるんです!」 「……なんて、全部僕の想像ですけどね」 「でも、そう考えたほうが自然じゃないですか?殺し合いなんて、どう考えてもおかしいですよ!」 「これはゲームです、ゲーム。そうですよ、絶対」 「ええ、ですから菊人くん、一緒にこの遊園地を目指しませんか?」 ■ およそ数十分の間、会話は滞りなく進んだ。 会話といっても、その殆どは景人の言葉に菊人が相槌を打つ、というものだったが。 途中で、菊人は初めてデイパックを手にして、中身を検分した。 それ以外には、特別なことはしていない。 情報交換というには些か粗末なものだったが、菊人は一つ、ある確信を得た。 「景人さん、だったか」 「?……ええ、そうですよ。どうかしましたか?」 「お前、剣道かなにかやってるか?」 菊人の問いに、景人は初めて口を閉ざした。 目は口ほどに物を言う。 菊人は景人の目が僅かに泳いだのを見て、言葉を継いだ。 「……やってるんだよな」 「……なぜ、そう思ったんですか?」 景人の声は、僅かに震えていた。 それが動揺からくるものか、はたまた別の理由からか、そこまで菊人は判別できなかった。 より詳しい反応を見るために、菊人は返答した。 「俺がお前に大声を出したとき、お前は脚を一歩後ろにずらした。  俺にはあの動作が、後退りしたんじゃなくて、体勢を整えたように見えたんだよ」 「っ、それだけで?」 そう、ただそれだけのことだった。 人間観察を趣味と言えるほどには、菊人は多くの人間を観察してきたつもりだった。 ましてや菊人はマフィア。 裏社会に生きていれば、達人と称される人間に出会う機会も少なからずある。 そして、景人の身のこなしは、剣の達人のそれに酷似していた。 「お前は剣の達人。それも、相当な使い手だろ」 それに加えて、菊人自身も剣術を習っていた時期があった。 その為、景人の動きを、剣術を習った者の動きと判断するのは難しくなかったのだ。 「ええ、確かに。僕は祖父に剣道を習っていました」 「……やっぱりな」 「ですが、それがどうかしましたか?黙っていたのは、言う必要がないと思ったからですよ」 あくまで丁寧な口調を貫く景人。 だが、菊人は、景人が喋りながら一歩前に踏み出したのを見逃さなかった。 もともと遠くなかった二人の間の距離は、今や五メートルもない。 目測でそのことを確認してから、菊人は景人に向かって言った。 「お前、殺し合いに乗ってるんだろ?」 その言葉を聞いた景人は、瞠目した。 そして次の瞬間には、菊人は景人と鍔迫り合っていた。 菊人はデイパックに入っていた模擬刀。 対する景人は、背中から取り出した仕込み刀だ。 「……よく対応できましたね」 口ではそう言いながら、景人は菊人に向けて強大なプレッシャーを放っていた。 景人の使う“孤刀影理流”は、不意打ちを得意とする流派。 ほんの少し経験があるだけの菊人が対応できたのは、最大限に警戒していたからだ。 とはいえ、“孤刀影理流”の唯一の継承者としてのプライドが傷ついた景人は、怒りを隠そうともしていない。 「……でも、単純な力量では負けませんよ」 二人とも上背がある方だが、僅かに景人の方が上だった。 さらに、景人は持ち前の長い腕で、力を刃に上乗せしていく。 菊人は次第に劣勢になっていった。 「ぐっ……」 「それにしても……」 若干の余裕が生まれたのか、景人は菊人に対して言葉をかけた。 景人が刀に加えていた力が、僅かにだが緩む。 「よかったらなんで僕が殺し合いに乗っていると考えたのか、教えてくれませんか?」 「……へっ……そんなの……決まってるぜ……」 菊人は冷や汗を垂らしながら、それでも返事をした。 景人のことは、純粋に怪しいと感じていた。 最初、見ず知らずの人間であるはずの菊人に「こんにちは」と言ったときから。 初対面の相手にそこまで親しげにできるのは不自然だ。 例えそれが景人の人間性だったとしても、そんな輩は信用できない。 菊人は、マフィアとしては未熟でも、人を観察する目は養っているつもりだった。 「初対面で親しげに話しかけてくる奴は、とんでもない能天気か、腹に一物抱えた野郎って決まってんだ……!」 菊人は言い終えると同時に、模擬刀に渾身の力を込めた。 景人は予想をしていなかったのか、押し負けてよろめいた。 「つっ……!」 「まあ、勘の部分もあるけどな」 無警戒に見えて、その実、無防備ではない。 その上、言葉から思考を誘導させようとしている。 それらの事柄と、菊人がこれまでの人生で培ってきた勘から、菊人は景人を怪しいと考えたのだった。 「……勘とは恐れ入りました」 黙って菊人の言葉に耳を傾けていた景人は、静かにそう言った。 そして、一歩退き、背中から刀の鞘を取り出して刀を収めた。 その動作には一切の無駄がなかった。 「どういうつもりだ、お前」 菊人は、強い語調で訊ねた。 対する景人は、わざとらしく肩をすくめて、こう言った。 「どうもこうも、菊人くん。これ以上刀を合わせる理由はありません。  君は僕の審査に合格しました。百点満点中なら九十五点をあげましょう」 菊人は、景人がおかしくなったのかと思った。 まるで先生か何かのように点数を述べる目の前の男が、なにがしたいのかわからなかった。 その心中を把握しているかのように、景人は言葉を続けた。 「要するに、今までの僕の行動は殆ど演技だったんです」 そう前置きをしてから、景人は滔々と話し始めた。 曰く、殺し合いに呼び出されて、まず仲間を募ろうと考えた。 曰く、少し歩いたところに、偶然目付きの悪い少年を見つけた。 曰く、この場所で生き残るために役立つかどうかを判断しようとした。 曰く、妙な会話をしたのも、刀で斬りかかったのも、全てそのためだ。 「君は殺し合いを殺し合いと認識しています。  そうでなければ、僕の妄言を疑おうとはしなかったでしょう。  また、襲撃に備えて模擬刀を取り出しやすいようにしておいたりもしません」 菊人は、景人の言葉を聞いている内に、心が傾いていた。 景人は怪しい、という思考から、景人は自分を試していた、という思考に。 それくらい、景人の話し方には説得力があった。 「菊人くん、君をこの殺し合いを打破できる人間と見込んでのお願いです。  僕と一緒に、あの閻魔大王のもとへ向かい、この馬鹿げた殺し合いをやめさせましょう」 最後にこう締めくくり、景人は菊人に手を差し出してきた。 握手をしよう、ということだろう。 今や景人が怪しい、という思考を脳の隅に追いやっていた菊人は、素直に手を差し出した。 結果として殺し合いを認めることに繋がるが、それでもいいと思い始めていた。 共に行動する相手ができるのは、嬉しいことだ。 その相手が自分を認めてくれているとなれば、尚のこと。 菊人は、ある種の希望を抱きながら、景人の手を握った。 「甘いですよ」 熱い。 攻撃的な熱さが菊人の掌を襲った。 ■ サリー・レスターは、常人よりも血の臭いに敏感だった。 とはいえ、サリーは血を飲むことを好む吸血鬼でも、血に飢えた狼でもない。 他者を恐怖させるという面では、あながち間違いでもないが。 連続殺人鬼『切り裂きジル』として街を騒がせるサリーは、単に人間の血液を嗅ぎ過ぎているのだ。 そんなサリーは、この島でも血の臭いを嗅ぎつけた。 サリーが最初にいたエリアはB-8。 地図には血の池があるが、五キロメートル近く離れているのでその臭いではない。 となれば、誰かが出血したということに違いない。 撃ったのか、斬ったのか、殴ったのか。 手段は判別しようがないが、出血した被害者は確かにいる。 そして、その近くには出血させた犯人が、犯罪者がいる。 些か短絡的にも思えるが、それだけサリーは犯罪者を憎悪しているということだ。 サリーは、さながら猟犬の如く、臭いのする方向へと歩いていった。 「……!」 そして、発見した。 掌から血を流して蹲る、オレンジ色の髪の毛の少年。 赤く塗れた短刀を手に持っている、長身痩躯の少年。 どちらが攻撃をしたか。 どちらが傷付けたか。 どちらが犯罪者か。 一々考えることもせず、反射的にサリーは支給品のダーツの矢を投げた。 「ぐっ!」 矢は正確に、短刀を持った少年の右腕に突き刺さった。 否、正確ではない。 サリーが狙ったのは少年の首筋だった。 少年は風切り音に気付き、矢が到達する寸前に腕で首を庇ったのだ。 サリーは少年の反射神経に驚いた。 「くっ……誰、ですか、貴女は!」 「…………」 サリーは少年の問いには答えずに、もう一本ダーツの矢を取り出した。 それを見た少年は踵を返すと、どこかへと走り去っていった。 サリーとしては、追って殺したかったが、傷付いた少年がいるのでそれは止めた。 サリーはダーツの矢をしまうと、蹲った少年に近付いた。 「ぐ……ありが、とう」 「…………」 オレンジ髪の少年は、サリーの予想に反して、素直に感謝の言葉を述べた。 サリーは答えず、否、答えられずに、少年の様子を観察した。 掌に付けられた傷は深い。 出血が止まる気配はなかった。 顔色も悪い。 「俺は、赤川菊人っていうんだ。  とりあえず、そ、そのデイパックを取ってくれないか……っ」 「…………」 近くにあったデイパックを、無言で差し出す。 菊人は左手を使い包帯を取り出すと、それを傷口に巻いた。 不恰好になってしまったが、止血の意味はあるだろう。 菊人が包帯を巻いている間に、サリーは地図の裏に言葉を書いていた。 『私はサリー・レスター  理由があって喋れない  貴方はこの島でどう動くつもり?』 サリーは菊人にこの文章を見せ、反応を待った。 ここでもサリーの予想に反して、菊人は迷うことなくこう言った。 「このふざけた殺し合いを、ぶっ壊してやる!  飯綱も閻魔大王も死神も、殺し合いをしようとするやつは全員敵だ!」 「…………」 子供っぽいな、とサリーは心中で思ったが、考えは自分のそれと近い。 それに、至極単純で分かりやすい。 これも何かの縁だ。どうせ行くあてはなかったのだから、菊人と行動するのもいいかもしれない。 サリーはそう思い至った。 再び地図の裏に文章を書いて、菊人に見せた。 『気に入った  一緒に行動しよう』 菊人はしばらく目を丸くしていたが、サリーが右手を差し出すと、おずおずと手を出してきた。 そして今度こそ、二つの手は固く結ばれた。 「いっでえぇぇ!!」 【B-8 荒野/未明】 【赤川菊人】 【状態】疲労(小)、右の掌に深い傷(包帯が巻いてある) 【装備】模擬刀 【所持品】基本支給品、ランダム支給品×1、包帯 【思考・行動】 1:殺し合いをぶっ壊す 2:サリーと行動する 【備考】 ※飯綱景人を危険人物と判断しました。 【サリー・レスター】 【状態】健康 【装備】ダーツの矢×9 【所持品】基本支給品、ランダム支給品×2 【思考・行動】 1:犯罪者は殺す 2:菊人と行動する 3:ナイフが欲しい 【備考】 ※飯綱景人の顔を覚え、犯罪者と認識しました。 ■ 荒野を歩きながら、景人は憎々しげに口の端を歪めた。 腕に刺さったダーツの矢を乱暴に引き抜いて捨てると、舌打ちを一つ。 菊人の前では見せなかった、景人の“裏”が出ていた。 「ちっ……」 ここに来てから、ずっとロクなことがない。 たまたま出会った菊人と、情報交換をするところまではまだよかった。 菊人に剣士と見破られたところから、嫌な予感がし始めていた。 鍔迫り合いで負けたときは屈辱的だった。 その後は、慎重に殺そうと考えた。 言葉で心理を誘導し、握手をすると見せかけて、短刀を突き刺した。 手から血がぽたぽたと流れ出る様を見たときには、勝利を確信した。 だが、まさか第三者の介入があるとは予想外だった。 しかも、人殺しを迷わない種類の人間のものだったから余計に驚いた。 自分と同じ種類の人間が、そういるとは思っていなかった。 要するに、油断していたのだ。 この先は油断しない。 赤川菊人は次に会ったら、絶対に殺す。 人殺しが許容されている、それだけ考えれば最高の舞台だ。 自分よりも弱い相手は嬲り殺す。 では、自分よりも強い相手はどうするか。 『暗殺剣法』である“孤刀影理流”がどこまで通じるかはわからない。 強者を確実に殺す手段を考えるのが、当面の課題だ。 「まあ、せいぜい愉しませて貰うぜ……この殺し合いゲームをなぁ!」 下卑た口調でそう呟くと、歪んだ剣士は口角を上げて、声もなく笑った。 【B-8 荒野/未明】 【飯綱景人】 【状態】右腕に傷 【装備】仕込み刀、短刀 【所持品】基本支給品、ランダム支給品×1 【思考・行動】 1:この殺し合いを愉しむ 2:強者を確実に殺害する方法を考える 3:赤川菊人は次に出会ったら絶対に殺す 【備考】 ※赤川菊人の個人情報を得ました。 【全体備考】 ※血の付いたダーツの矢がB-8に落ちています。 ---- **SSリンク |[[「好きこそものの全てなれ」]]|前話|次話|[[地獄の沙汰も楽しみ次第]]| ---- **このSSの登場人物 -[[赤川菊人]] -[[飯綱景人]] -[[サリー・レスター]] ---- [[本編SS目次へもどる>本編SS目次]] [[トップページへ>トップページ]]

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