あれからどれくらい経ったのだろう。Berryz工業熊井友理奈は未だ凹んでいた。
言うまでもなくベリ工戦争において、格下の徳永千奈美に不覚を取ってしまったことである。

世間の声は辛辣で曰く、「ただデカイだけのウド熊井」、「所詮体格頼みの喧嘩素人」、「熊井ちゃん終了のお知らせ」等々。言いたい放題であった。
中には、「デカイだけ?いいじゃないか。喧嘩に強くなる事は自分の意志で出来るけど、デカくなることは自分の意志じゃできない。それは天性のモノだ。」
そう言って慰めてくれる者もいた。
しかし、熊井の心は癒されなかった。

自発的にウェイトトレーニングに励んでみたり、通信教育で空手を学んでみたりもした。
しかし、何をやっても長続きせず大して状況は変わらなかった。

今の状況を変えるには何かもっと別の切っ掛けが必要。
熊井自身何となくその事に気づいてはいたが、それが何かまでは分からなかった。
そして、その切っ掛けはひょんなことから訪れた。

ある日の夕刻、日課である愛犬ミントの散歩途中。ミントがけたたましく吠えだした。
普段は滅多に吠えないミント。嫌な予感から周囲を見回す熊井。
すると物影から、熊井自身がかつて見たことのない巨大な獣が現れた。

それが今朝がた隣町の寺田さん宅から逃げ出した土佐闘犬、光男号であることをその時の熊井は知るよしもなかった。

「何?犬?ライオン?象?ってかこれホント何?」
熊井は混乱していた。見たこともない程巨大な獣。
光男号はゆっくりとその歩みを熊井とミントに向け進めた。

ウォンッ!
光男号が恐ろしく低い声で鳴いた。ミントはプルプルと震え怯えている。
しかし、震えるミントを見て逆に熊井の心は落ち着いた。
「テンパってる場合じゃない!この子は私が守らなくちゃ!私が守るんだ!」

熊井は冷静さを取り戻した。そして光男号に対して分析を始める。
「ワンッ!って鳴いたって事はコイツは犬ね。犬の天敵は熊よ。昔そんなアニメがあったもの!」

熊井は自身の両手を大の字に広げ、拳を熊手にして叫んだ。
「私は熊だ!熊になるんだ!ガオー!!」
熊井は自身を熊だと強く思い込んだ。

精神一到何事か成らざらん。一念岩をも通す。

人は何かを強く思うことで、想いを実世界に投影する事ができる。
巨大な蟷螂と闘ってみたり、腕の関節を無数に増やしてみたり、別の生物にさえなる事ができる。…できる、できるのだ。
狐憑き、犬憑き、そして、熊憑き。全て′人間の想い′が実現した結果である。

…残念ながら熊にはなれなかった。が、熊っぽくなった気はした。
熊人友理奈はその熊っぽい気持ちのまま、光男号を熊手の一撃で撃退する。ミントは恐怖のあまり糞便を漏らしていた。

散歩の帰り道。愛犬ミントの糞便が入った袋を手に、熊井はとても上機嫌だったという。
「さっきの私、ちょっと熊っぽかったかもw」


その後、繰り出される熊手の攻撃で並みいる猛者どもを倒しまくるベリ工熊井の姿があったという。


熊井伝 完

最終更新:2013年08月26日 17:45