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朋子は自販機の前に立ち、ポケットの小銭を探った。
ピー、ガコン。さらにコイン投入。
ピー、ガコン…ピー、ガコン。

3本のコーラを布製の巾着に詰め込んだ。
口元をキュッと絞ると、そこを右手でしっかり握った。

買い出しをしているわけではない。
あるいは誰かと乾杯するためでもない。
ダッシュする。思ったとおり、曲がり角からいくつかの人影が慌てながら飛び出した。

朋子は四つ角まで全力で走りながら、急角度で物陰に滑り込んだ。

ブンッ!最初の人影の顔面に即席の“ブラックジャック”が叩きつけられた。
「あがッ!」追っ手の前歯が吹っ飛ぶ。
朋子はコーラ入り巾着をすくいあげるように、
今度はアゴに叩きつけた。ガゴンッ!どさりと地面に大の字にのびる追っ手。

「次はどいつだい?」朋子は穏やかに、しかし殺気を込めて訊いた。

「くそッ!覚えてやがれッ!」お約束のセリフを残して、
追っ手たちは一目散に駆け出していた。

「フゥ…」朋子は服装の乱れをきちんとなおして、歩きだす。
この街では敵を作り過ぎたかな…。
いつも今回のように敵を察知して回避できるとは限らない。
狙われる心当たりがありすぎて、おちおち気が抜けない。
「潮時かな…転校でもすっか…」
プシュッ!振り回したコーラが勢いよく顔にかかって朋子はため息をついた。

 

ホコリ臭い体育館倉庫。
転校初日だというのに、いきなりトラブルだった。
自分は避雷針のように厄介事を引き寄せているのだろうか。
朋子は自嘲的に唇を歪めた。

「ツッパッてねーでなんとかいえよ」
グイッと胸ぐらをつかまれた。
ケンカに明け暮れる毎日に嫌気がさして、遠い街に引っ越してきたのに、
生まれ持った宿命なのか、あきらめの気持ちで朋子はゆっくり拳を握った。

「あなたたち、止しなさい!先生呼ぶわよ!」
朋子が振り返ると、タヌキ顔の女の子が立っていた。

「なんだコラ。すっこんでろよ」
不良グループのひとりが威嚇する。
あいつ…たしかクラスにいたな…。朋子はそのおせっかいな女の子の顔を見た。
ああ、委員長だ。風紀を乱すなってか。

「フン、なんかしらけたなあ。いこうぜ」
予想に反して不良グループは朋子から手を離した。
ジロッと朋子をにらみつけて、その場を去っていった。

「大丈夫?」心配そうにタヌキ顔が近寄ってきた。
「礼をいう気はないよ。頼んだ覚えもないしね」
つっけんどんな態度に面食らったようだが、すぐさま笑顔になった。
「私、宮崎由加。分からないことは聞いてね」

由加はかなりの変わり者だと分かった。
秀才でとてもヤンキーには見えないのだが、
名の知れた不良校の連中と交流があるらしかった。
校内でちょっとした影響力を持っているのはそのおかげか。
太鼓持ちめ。徒党を組まずヤンキー道を突き進んできた朋子には、軽蔑の対象だ。

そんなある日のこと。
高校が所有する郊外の実習場を整備することになった。
草刈りをして、農耕地にできそうな土地を確保する。
キツい重労働である。

「どこ行くの?」フラフラと山道を歩いていく朋子に、由加が声をかけた。
「フケるんだよ。こんなことやってられない」朋子は吐き捨てた。

「ほっときなよ」ヒソヒソ声が耳に届いた。
転校してきてから一向にクラスに溶け込もうとしない朋子は浮いた存在だった。
話しかけてくるのはおせっかいなタヌキ顔だけだ。
なおもなにかいいたげな由加を無視して、朋子はスタスタ歩み去った。

街を見下ろせる小高い丘に着き、朋子は深呼吸した。
ゴミゴミした街だ…。転校、失敗したかな…。

「いッ!」突然、太ももに激痛が走る。
一匹のマムシがシュルシュルと逃げていった。
「うッ」立っていられず、その場に倒れる。
薄れていく意識のなか、誰かが駆け寄ってくるのが見えた。

目が覚めたのは病院のベッドの上だった。
蛍光灯の乳白色がぼんやり病室のなかを照らしていた。

「気がついたかね?」白衣の医師がカルテを片手にベッドの脇に立っていた。
「見事な応急措置だったね。お友達に感謝しなさい」
まだはっきりしない頭で朋子は医師の言葉を聞いていた。

「毒を吸出して、しっかり止血したおかげで全身に毒がまわらなかったんだ」
「…だ、誰が…」朋子は訊いた。

「お友達もちょっと怪我をしててね」医師がいう。
「君を背負ってから、一番の近道をしたんだろう。
獣道の急傾斜を駆け降りたんだ。
ここに着いた時には、何ヵ所か骨折してたよ」

断片的な記憶が、朋子の脳裏によみがえってきた。
駆け寄ってくる由加の顔。
太ももに口をつけ、毒を吸出している様子。
「しっかりして!」叫びながら私をおんぶした…。

朋子の頬を涙が一滴伝い落ちた。

終業のベルが鳴った。
教室からゾロゾロとあくびを噛み殺していた生徒たちが出ていく。
退屈で身が縮んだとでもいうように背伸びをしながら。

「金澤さん、おしまいまで教室にいたとは珍しい」
松葉杖をつきながら由加が朋子を冷やかした。
「ああ、自分でも驚いてる」

命を救われた一件以来、朋子は由加と一緒の時間を過ごすことが多くなった。
なにしろ自分のせいで怪我をして不自由な思いをしているのだ。
そしてなにより命の恩人である。
――迷惑でなければ、足が治るまで送り迎えをさせてほしい――
これまで一匹狼でやってきた朋子にとっては、かなりこそばゆい提案だったのだが、
由加は満面の笑みで受け入れてくれた。

しかしベルが鳴るまでなんと退屈だったことか。
時間がこれほど遅く流れる場所は他にあるまい。
ロッカールームは下校の生徒たちで騒がしかった。
朋子は由加の帰り支度を待った。

そこへ、いつぞや朋子に絡んできた集団が通りかかった。
「よう宮崎、誰かさんのせいで大変だったな」
朋子を無視してリーダー格の女生徒がいう。
「そうでもないわよ」由加はきっぱりした口調で応じた。
チロッとリーダー格の目が、はじめてそこに朋子がいたのかと気づいたふうに向いた。
「はん、いろいろ聞いたぜ…おまえ、とんだ疫病神だな」
ピクリと朋子の手が動いた。

「だめよ金澤さん!」
あわてて由加がその腕を押さえた。
「ふん、せいぜい気をつけな。ハードラックに…」
グッと朋子が詰め寄る。
「やるか!」ザッとリーダー格が半歩下がって身構えた。

「やめて!」由加が足を引きずりながら間に入った。
向こうの仲間がガムを噛みながらニヤついている。
動こうとしない朋子を無理に押し戻した。
意地で固まっているような肩を。

「おう宮崎、近々な、決着つけようと思ってんだぜ」
「決着ってなんのこと?」
「ここのアタマは誰が相応しいかってことだよ、あん?」
ヘビのような目つきで由加と朋子を見やった。

「いつでも相手になってやるよ」朋子がにらみ返した。
ふん、と鼻を鳴らしてリーダー格が踵を返す。「いくぜ」
その足跡をそのまま踏みしめるように仲間たちは尾いて校舎から出ていった。

「あんな連中と張り合うなんてやめましょう」
「向こうがちょっかい出さなきゃ、こっちからは仕掛けないよ」
この高校でも権力争いは絶えない。
ちょっと肩が触れ合った摩擦熱でも、すぐに火種になる。
そして油が注がれ燃え上がるのだ。

由加をトップにしてまとまれたら、抗争なんかとは縁をきれるかもね…。
朋子は由加の鞄を持ってやりながら、並んで歩いた。
空のまぶしさに顔をしかめながら、朋子は提案する。
「ねえ、アタマやってみる気ない?」