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呼び止められて振り向いた視線の先には、ひとりの女性が立っていた。
「なあなあ、鞘師里保っておるやろ?
あんた知ってる?」

こんな先生いたっけな…?質問されたほうの小柄な少女は、訝しげに眉を寄せた。
新任の先生かしら…?それとも…。
「あのゥ、保護者のかたですか?」

女性の顔がピクリとひきつった。
「は?保護者ちゃうわ!うちはティーンエイジャーやでティーンエイジャー!」

いわれてみれば同世代に見えなくもない。
スラリと背が高く、大人びた顔立ちではあるが、どこかあどけなさもある。

「…ということは、他校のかた?」
「J農の植村あかりいうモンや。で!鞘師のこと知ってんの?知らんの?」

つい先日もあんなことがあったばかりである。
「最強」の看板を背負うのも大変だ。
わざわざ先輩の手を煩わせることもない。

小柄な少女は軽くステップすると、いきなり回し蹴りを放った。
「な!」突然のことに驚きながらも、あかりは機敏に半歩下がり、その蹴りを避けた。
しかし少女はそのままくるりと半転する。
驚異的な滞空時間。勢いをつけたバックハンドブローが、あかりのこめかみを狙った。
すんでのところでグッとのけぞり、かわしたものの、
あかりの高い鼻に、チリッと裏拳がかすった。

鼻先が赤くなっている。「…いきなりなんやねん…やる気なん?」
小柄な少女はコクリとうなずいた。「鞘師さんはお忙しいので…この小田さくらがお相手します」

対峙しながら、あかりはじっと出方を探った。
かなりの体格差がある。どう考えても自分が有利だ。
だが、今しがたのまるで猫のような身のこなし…。ナメてかかるわけにはいかへんな、ウン。

「うりゃッ」間合いを計りながら、前蹴りを繰り出した。
通称“麦踏みキック”。リーチ差を活かさなければ。

さくらがバックステップで蹴りを避ける。
本能的に腹部を守ろうとガードが下がった。
「お返しや!」あかりの一歩はやすやすと間合いを詰めた。
長い脚からハイキックが放たれ、さくらの側頭部をとらえた。

ガシッ!側頭部にヒット…するはずが、ガードされた。
さくらは左手首を右手でつかんで、両腕の力でハイキックを防いでいた。
しかし、やはり体重差が大きい。重量級の威力はそのままさくらをなぎ倒した。

「くッ」倒れたさくらの上に、あかりが容赦なくのしかかった。
「力なら負けへんで」もがくさくらを押さえ込もうと、あかりが馬乗りになろうとする。

半身になったその時だった。またしても猫のように、さくらはぐるんッと弾んだ。
「え?」あかりの胴体にさくらの脚が巻きついてカニ挟みになる。

「いででででッ!」肋骨を絞めてくる脚をほどこうと、あかりは力任せに立ち上がった。

「こんにゃろめッ!」脚をほどこうとするが、きっちりロックされていて外せない。
「ギブアップですか?」ギリギリ絞めながら、さくらが見上げながら訊いた。

「だ、誰が、ギブアップなんか…」あかりはヤケクソになって回転した。
「わ、わ、わぁッ!」ジャイアントスウィング状態で、ブンブン振り回される。
たまらず、足首のロックを解くが、今度はあかりにつかまれて離れない。

どんどん回転速度があがっていき、「室伏ッ!」というかけ声があかりの口をついた。
お互いの身体が反対方向へ投げ出された。

「………」よろめきながら両者は同時に立ち上がった。
「ま、まだ勝負はついてへんで…」
「も、もちろん…こ、これからですよ…」
目を回していて、足元がフラフラしていた。
ファイティング・ポーズをとりながら、ジリジリ詰め寄るが、
両者ともに前のめりに倒れるように、お互いの額が衝突した。
ゴツンッ!星と火花が飛び散るなか、あかりとさくらは気を失った。

 

「あいたた…」目を覚ましたさくらが額に手をやると“冷えピタ”が貼ってあった。
「あら、気がついた?」傍らには飯窪春菜が座っている。
モー商の保健室のベッドの上だった。

「あの…J農のひとは?…」おでこをさわりながら、さくらが春菜に訊いた。
「大事にしたくないからさ。リーダーさんに連絡して迎えにきてもらったよ」
春菜が柔らかな口調で応じた。

「いったい何しにきたわけ?」こちらは対照的にピリピリしたトーンで工藤遥が尋ねる。
「…鞘師さんを探してるみたい…でした」ちょっと考えるふうな素振りのあと、さくらが答えた。
「ふん、あのひと倒して名前売りたいやつ多いもんな。その類いか」いまいましそうに遥が吐き捨てた。

「れもさ、これおいひいよ」会話とはまったく無関係に石田亜佑美が割って入った。
J農のリーダー、宮崎由加が“迷惑かけてごめんなさい”と
フルーツ詰め合わせを持参してくれていたのである。
こういう律儀なところが、春菜とどことなく馬が合う由縁かもしれない。

「ちょっとあなたたち!先輩たちの分も残しといてよ!」
夢中になって口を動かしている亜佑美と佐藤優樹に、春菜は呆れながら注意した。

「J農とは仲良くしとこうよ。こんな美味しいもの食べられるんだし」
「うん、まーちゃんも賛成」
相変わらずモグモグとフルーツを頬張りながら、2人は呑気に軽口をたたいた。

そんな様子を横目で見ながら、遥には気がかりなことがあった。
J農とは敵対関係にあるわけではない。
むしろある程度は友好な関係でさえある。
ただし、ただしである。J農には“あいつ”がいる。
煮ても焼いても食えない曲者…。

ガキンッ!大口を開けてブドウを頬張った亜佑美の顔がこわばった。
「は…は…は…」
「どうしたの、あゆみ?」優樹がそのブドウを確かめてみた。
「…これ…パ、パチンコ玉?」

急いで駆け寄った遥の顔が曇った。「あいつ…」
「歯…歯…」涙目の亜佑美を無視して、遥は春菜に向き合った。
「これは、ケンカ売られてるだろ?」
「そんな、ゆかちゃんはそんな子じゃないよ」
「…ふう…いるんだよJ農にはさ。とっても厄介なやつが」

それぞれの思惑が渦巻くなか、歯車は次第に狂い始めていた。
「歯…歯が…」亜佑美の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
 

「なにかの間違いだと私は思うんですけど…」
春菜は、緊張の色を浮かべつつも、道重さゆみの言葉を待った。

さゆみは無言でフルーツ詰め合わせの箱を見つめ、
それから泣いている亜佑美に視線を移し、
遥、また亜佑美と移して、最後にもう一度詰め合わせの上に戻す。

くだんのブドウ(鉄製)も稚拙な作りで、よく見ればブドウではないことは一目瞭然。
がっついた亜佑美が悪い気もする。
なぜそんなモノが混入していたのかは分からないが、
遥が主張する“宣戦布告”だとは到底思えなかった。

「その植村という子が鞘師にどんな用事があったか分からないけど、
J農とやり合うつもりは、さゆみはないよ。
ただでさえスマ高で頭が痛いのに」

春菜はホッと胸をなでおろした。遥は不満げな顔をしていたが、総長の意向に逆らってまで、という気はないようだ。

「ね。気をとりなおして食べましょう。道重さんも一緒に召し上がってください」
春菜は明るい調子で、まだ開けてなかった箱をさゆみの前に置いた。
パカッ。「――――!?」たちまち部屋中に異臭が広がる。
「うげッ!」「くさッ!」「ど、ど、毒ガス!?」
まともに臭気を吸い込んださゆみは、そのまま椅子ごと後ろ向きに倒れた。
「げはッ!げはッ!道重さん!」
あわてて近寄った春菜は、なにが起きたのかようやく分かった。
箱の中身は、ドリアンだった。

“フルーツの王様”を窓際に置き、扇風機を3台使って換気をした。
「意見を聞かせてちょうだい。あいたた…」
後頭部のコブをさすりながら、さゆみは一同を見回した。

口を開いたのは譜久村聖だ。
「最初に小田ちゃんがやり合った子は偵察に来てたんじゃないでしょうか」
聖がつづけた。「一度目は偶然。二度目は不運。三度目は…敵対行動としか考えられません」

「そんな!決めつけはよくありません」春菜があわてた。
「高級フルーツですよ!悪意とは思えません」

さゆみは胸のうちでため息をついた。
スマ高とのゴタゴタ以降、校内がどことなくギクシャクしている。
後継者と目される2人は事あるごとに対立する始末だ。
内部分裂するような事態だけは避けなければならない。
頭が痛いわ…。

「あれ?」重苦しい雰囲気のなか、亜佑美がスットンキョウな声をあげた。
いつの間にやら窓際に陣取り、ドリアンをつまんでいた。
「匂いはアレだけど…濃厚な甘さ、舌触り…デリーシャス!」
歯はもう治ったのか。呆れつつも、他のメンバーたちが興味津々で近づいた。
扇風機のおかげで、強烈な芳香もさして気にならない。

「ホントだ!」「おいしーッ」
さゆみはその光景を微笑ましく見守った。だが胸騒ぎはおさまらない。
嵐がくるかもね…。晴れ渡る空の向こう、ほんのわずかの黒雲が目に入った。

「みにしげさーんッ!」優樹が手づかみのドリアンを無理やり口に突っ込んできた。

 

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