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チコク!チコク!チコクーッ!!
アップフロント地区郊外、しゃれた家々が建ち並ぶ住宅街。
その中央を走る道を、「チコク」という言葉だけを呪文のように唱えながら、
鞘師里保のチャリンコは全速力で爆走していた。

爆走という言葉にウソはない。チャリンコは土煙をあげ、
里保の両足は、それこそSLのピストンのごとく目にも止まらぬスピードで動いていた。
恐るべき勢いで疾走していく。速い。とてつもなく速い。

ここ最近、得体の知れない睡魔のせいで遅刻し続けていた。
そして、今日もまた遅刻すれば連続遅刻のモー商記録をうちたてることになる。
そうなったら特別表彰してあげようと、担任はうけあってくれた。
もちろん顔をひきつらせながら。
――そんなことされたら乙女の恥じゃ!
すでに恥はたっぷりかいている気もするが、とにかくそれだけは避けようと頑張っている。

というと普段は堂々と遅刻しているようにも聞こえるが、実はそんなことはない。
毎日毎日、間に合うようにと、里保は常に頑張ってきた。
ただ結果がそれに伴わなかったに過ぎない。今日に関しても…。


同じ頃――。とある家の影に隠れるようにして、ひっそりと立ちすくんでいるひとつの影があった。
植村あかり。まだ、それほどグラマーというわけではないが、
しかし、いずれそうなるだろうことを十二分に予感させるスタイル。
顔もそれに見合った、こちらは掛け値なしの美少女と呼んでいい。大人びた色気すらある。

「来た!」そのあかりが、うなるような声をあげた。
土煙。あり得ない勢いでこちらへ向かってきているチャリンコが視界に入った。
あかりはポケットから何かを取り出した。
真っ白な封筒に「りれきしょ」と書いてある。
「待って!」片手にその封筒を握りしめながら、
あかりはズイッと足を前に踏み出した。

「ギェエエエーッ!!」時すでに遅い。
行く手に立ちふさがるようにして姿を現した人影が、
猛スピードで爆走するチャリンコと衝突して、
悲鳴だけを残して地上から消え去っている。
「ごめんなさーい!」里保は大声で謝った。だがスピードをゆるめようとはしない。
むろん、立ち止まるなど論外だ。
今の里保には、他人の命よりも大切な目的がある。

「そんな…アホな…」
その、里保が走り去ったあとの道路の片隅に、
ズタボロになって倒れながら、それでもあかりは必死に身体を起こそうとしていた。

その手には、封筒が握りしめられている。
さきほどポケットから取り出した“履歴書”だ。

あかりは、里保が走り去った方向へ、かろうじてその封筒を差し上げながら、
しぼり出すような声をあげた。
「で…弟子に…うちを弟子に…!」

その、封筒を持つ手がプルプルと震えた。
そして、あかりは再びガックリと道路の上に突っ伏してしまう。

その身体の上を、乾いた一陣の風がヒョオーと吹きぬけた…。