絆のカタチ

 澄み渡る空気をいっぱいに取り入れ、降り注ぐ柔らかな陽光を全身に受ける。
 足裏に感じる岩肌は硬く、吹き抜ける風は微かな冷たさを孕んでいた。そよぐ風の強さと空気の薄さが、標高の高さを物語っていた。
 荒野によく似た山地の中腹。そこに佇むのは、茸のような頭部が特徴的なポケモン――キノガッサだった。
 その瞳はしかと閉ざされている。故にキノガッサは見ていない。
 眼前に在る、巨大で無骨で硬質な岩塊を、その瞳に捉えてはいない。
 キノガッサは目を開けない。
 黒く閉ざされた視界のままで、キノガッサは、すっ、と足を動かした。
 その所作に音も淀みも乱れもない。
 自然と一体化した――否、自然そのものの動作で、左手を水平に翳し、左足を前に出す。
 その動作に続くのは、右半身の引き絞りだ。流れるように右膝を曲げ、右拳を握り締める。
 されどその身は柳のようにしなやかで、緊張めいた力は微塵も感じられない。

 呼吸が挟まる。
 深い吸気で体内に力を巡らせる。密な呼気を以って余分なる力を外に出す。
 力が濾過され純化される感覚が、充足感のように満ち満ちていく。
 内で力が高まっていき、そして。
 開眼と同時に、解放される。
 引き絞られた右半身が、激流のように前へと駆け抜ける。右足の踏み込みが大地を揺らし、放たれた矢を思わせる拳が大気を貫く。
 甲高い音を立て空気を引き裂いた拳が向かう先は、キノガッサの体躯を優に超えるサイズの岩塊の中点だ。
 拳が、岩に接触する。
 瞬間、静寂が場を支配した。
 音もなく動きもなく、大きな岩塊と打ち付けられた拳だけがその場に在ると錯覚するような、静の気配がたちまちに広がった。
 時間が制止したかと思われる空間で、真っ先に音を立てたのは岩塊だった。

 ぴしり、と、軋みが響く。
 一度軋んでしまえば、もはやその音は止まれない。止まれない音は静けさを一瞬にして喰い破る。
 岩塊の表面にひびが入る。そのひびは悲鳴めいた軋みを上げて深さを増し、亀裂となり傷となり、みしみしと岩塊を刻んでいく。
 断末魔の音を立て、岩塊が、砕かれる。
 塊ではなくなった石の欠片を一瞥し、キノガッサは構えを解いた。
 戦う力も培った技も、確かにこの身に在る。モリーと名乗った男が望む通り、戦いに身を投じることは可能だった。

 ――昔のあたしなら、喜んでやり合ってただろうな。

 かつてのキノガッサは、喧嘩っ早かった。
 腹の立つ奴はぶっ飛ばし、反抗する奴は捩じ伏せ、そりの合わない奴は殴って黙らせた。
 そうして暴力を振るい頂点に立てばちやほやされた。頂点に立てた。必要とされていると実感できた。
 いち早く進化したこともあり、そんなことができるだけの強さがなまじあったせいで、暴力があれば何だってできると思い込んでいた。
 今思えば、恥ずかしくてたまらない。
 結局あの頃の自分は、情けないほどに弱かったのだと思う。
 そう気付けたのは、一人の人間と出会ってからだ。
 草むらを歩くその人間にキノガッサが抱いた第一印象は、なんとなく気に入らないという程度ものだった。
 そして、その程度の気持ちがあれば、殴りに行くには十分だった。
 だから、飛びだした。
 勝てると信じて疑いはしなかった。何せ、相手はたかが人間なのだから。

 けれど。
 けれど、キノガッサは敗退した。
 その人間が繰り出したポケモンにではなく。
 その人間自身の、拳に負けたのだった。
 それは、ずっと抱えてきた自尊心が、粉々になった瞬間でもあった。砕かれた自尊心は手の中からボロボロと零れ落ちていった。
 そうして空いた腕の中に収まるのは、悔しさと屈辱でしかなかった。
 悔しさは尖ったトゲまみれだった。屈辱は鋭い刃のようだった。
 痛くて、身を切るようで、黙って抱き締めてなどいられなくて。
 キノガッサは、人間に声を投げかけたのだった。

 どうして、あんたはそんなに強いんだ、と。

 キノガッサの言葉など、人間に通じるはずもない。
 そんなことが分かっていても、問わずにはいられないほど、悔しさと屈辱は痛かった。
 せめて目を逸らさずに言えたのは、残り滓のようなプライドが胸にこびりついていたからだろうと、キノガッサは今にして思う。
 けれど、目を逸らさずに言えたからこそ、あの人間は、こちらへと手を伸ばしてくれたのだ。

 そのときの言葉を、キノガッサは覚えている。

「お主の拳には足りないものがある。それを求めるならばついて来るがいい」

 覚えている言葉を、記憶の内から外に出すべく口にする。

「共に――“心”を磨こうぞ」

 そうして、キノガッサは拳を握り締めた。
 岩塊を砕いたこの拳は、喧嘩っ早かった頃の拳とは違う。気に入らないものを力でねじ伏せるための拳とは違う。自尊心を満足させるための拳とは違う。
 この拳は。
 初めてキノガッサを負かした人間――師と共に磨き上げた、“心”の宿る拳なのだ。
 師はもう、側にはいない。キノガッサに“心”を伝えると、彼はふらりと何処かへ行ってしまった。
 それでも、彼に教わったことは、キノガッサの中で根を張り芽吹いている。
 それは、絆だった。
 共にいられなくても、彼から教わったモノがある限り、彼と絆で繋がっていると思えるのだ。
「あたしの“心”はさ。こんなの、間違ってるって言ってるんだ」

 胸の奥、息づく“心”を確かめるように、キノガッサは呟いた。
 ただの腕試しであるならばいい。実力を競い合うだけであれば、乗ってみるのも悪くはない。
 けれど、だ。
 モンスターを捕獲し脅迫し、無理矢理に殺し合わせるこの催しは、腕試しとはとても呼ぶことはできない。
 だからこそ、胸中の“心”は言っている。
 なんとなくではない、確固たる信念として、この催しに抗うべきだと、“心”が叫んでいる。

「あたしは戦うよ。あいつに従うんじゃあなく、あたしの意志で、戦うよ」

 言葉にしたのは誓うため。
 握り締めた拳に。
 大切なことを教えてくれた師に。
 他ならぬ、自分自身の“心”に。
 折れぬ誓いを立てるためだった。

 奇妙な音が聞こえたのは、そのときだった。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 木で地面を叩くようなその音はリズミカルで、聴覚に深く響き渡る。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 一定のリズムを刻むその音は、陽気な打楽器を思わせる。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 けれどキノガッサは、徐々に近づいてくるその音に、違和感を覚えるのだった。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 その音は、あまりにも規則的過ぎた。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 音と音の間隔は一定だった。一音の乱れすらありはしなかった。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 それは、酷く無機質で、不自然で、気味が悪いものだった。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 癖になりそうなリズムだった。いつまでも続きそうな気さえする、面妖な音律だった。

 かたかた、かたり。

 けれど、それは。
 何の前触れもなく。
 ぷつりと、途切れた。

 直後、キノガッサの背筋を悪寒が駆け抜けた。
 言い知れぬ嫌な予感に突き動かされて身を逸らす。顔の真横、空間を貫いて飛ぶ鈍色が見えた。
 金属が地に突き立つ音を置き去りにして、岩肌を蹴り、ひねった身を立て直す。構え直した瞬間、再度何かが飛んでくる気配がした。
 対応すべく、身構える。

「――ッ!?」

 新たな飛来物を視界の正面に捉えた瞬間、キノガッサは目を見開いた。
 勢いのままに飛んでくるそれは、山吹色をした布――帽子を被った球体だった。

 帽子を被っているということは、つまり。

 つまり、それは。

 胴体から切り離された、アタマなのであった。

 アタマにある蒼い双眸は無機質で作り物めいていて、趣味の悪い玩具を思わせる。
 その瞳は、どうしようもなさを感じさせるほどに濁っていた。
 冷え固まってどす黒くなった血液を思わせる昏い光で、底が知れないほどに濁り切っていた。
 その両眼と、目が、合う。
 瞬間。
 にぃっ、と、その口の端が愉快そうに歪み、開く。
 そうして露わになった口内は、おぞましいほどのどす黒さに染まり切っており、ところどころに見える元の色が薄く見えるほどだった。
 開かれた口から――哄笑が上がる。
 耳障りな笑い声は果てが感じられないほどに無機質だった。神経を引っ掻くような不快な声は、聴く者のたましいを削り取るような音の群れだった。
 そこには、純化された殺意が塗り固められていて、それがただの作り物ではないということを物語っていた。
 掻き毟られるような本能的な恐怖がキノガッサの身を竦ませる。

 ――……竦むんじゃ、ねェッ!

 震える身に発破を掛ける。“心”に意識を繋ぎ、震える身に力を注ぐ。

 ――負けるものかッ! 負けてたまるかッ!!

 向かってくる殺意に負けるほど、磨いた“心”は弱くはない。
 弱くあって、たまるものか。
 拳に力を得るために。恐怖に打ち勝つ、“心”の力を引き出すために。
 キノガッサは、吼える。

「動けよあたしッ!」

 間違っているものを正すために。

「あたしの“心”は! 磨いた“心”はッ!」

“心”に抱く信念を貫くために。

「そんなもんじゃあ、ねェだろうッ!!」

 叫びを上げれば力は来る。恐怖の震えを武者震いに転じさせる。
 竦みを叫びで振り払い、キノガッサは拳を握る。
 アタマはもはや迫り切っていて、回避はもはやままならない。守りに入るのが最善だと思いながら、それでもキノガッサは防御を選ばない。
 抗いの意志を見せるため。
 キノガッサは、握った拳を前に出す。
 彼我距離が近づきすぎていて、クリーンヒットへは至らない。
 されど掠めた拳には破砕の感触があり、視界にあるアタマの軌道がぐらりと逸れる。
 アタマが、落下して転がっていく。その左端が砕けているのは、キノガッサの拳が触れた証だった。
 それでも、そのアタマはけたけたと哄笑を上げ続けていた。
 こいつを、放っておいてはいけない。
 そう直感したキノガッサは、未だ嗤うアタマを砕こうとして足を踏み込む。

 かたかた、かたり。

 瞬間。

 かた、かたり。

 すぐ背後から、音が聞こえたのだった。
 息を呑み、振り返る。

 息がかかりそうなほどの近距離で。
 全身をどす黒い血痕で彩った、首のない人形が、跳びあがっていた。
 それは、キノガッサの眼前で、宙を舞うように身をひねらせる。
 人形の小さな脚が見せるその動作。それが回し蹴りであることに気付いたのは、キノガッサの側頭部に、容赦のない踵が叩き込まれてからだった。

 非力にしか見えないというのにその蹴りは重く、キノガッサの意識を一瞬の間白濁させる。
 たたらを踏みながら意識を強く持ち、キノガッサは急ぎ敵を再捕捉する。
 目に映ったのは、左端の砕けたアタマを抱えた人形。そいつは、アタマを持たない手を引き絞り、投擲モーションに入っていた。
 投げの動作を、視界の中心で見る。
 人形の手から解き放たれたそれは、大気を揺らめかせるほどに、燃え上がる熱だった。

 ――マズいッ!

 思うが、認識に体は追い付いてはくれなかった。
 熱い衝撃が、キノガッサを強く吹き飛ばす。
 猛烈な炎が植物の身を灼いていく。堪え切れないほどの熱量が身体を侵していく。体組織が焼け焦げる臭いが、熱を帯びた大気にむわりと広がった。
 めりめりと表皮が剥がされる激痛を堪え切れず、絶叫が、迸る。
 そんなキノガッサを嘲笑うように、纏わりついた炎はその身を舐め、焦がし、侵食していく。
 吹き飛ばされた勢いに負け、キノガッサの身は落下を始めた。
 けれど火だるまとなったその体に、現状を把握するだけの余力は一切もない。全身を蝕む激痛の刺激に、意識は耐え切れなくて。

 ――ちく、しょう……ッ!

 そうして重力に身を任せて、キノガッサは、意識を手放してしまうのだった。

 ◆◆

 抱えた頭部を元に戻し、チャッキーは、崖下の川に落下した獲物を、昏い瞳で眺めていた。
 無言のまま無表情のまま、しばらくの間そうしていたチャッキーは、不意にくるりと踵を返す。
 死亡の確認をこの目でしておきたかったが、流石に無理そうだった。
 残念さは残る。けれど、固執していても仕方ない。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 そう気分を切り替え、突き立った凶器――グラディウスを引き抜くと、チャッキーは音を立てて山道を歩き出す。
 頭部の左端が割れてしまったことを気に留めることなく、無表情のままで道を行く。 

 チャッキーにとって、殺戮は日常だった。
 その身に叩き込まれた殺戮の術も、その身に刻み込まれた殺戮の技も、これまでチャッキーが生きてきた証だった。
 知らないのだ。
 チャッキーを育てたブリーダーは、そういうものしか教えてはくれなかった。
 けれどチャッキーは、彼を怨んではいない。むしろ、感謝しているくらいだった。
 怨みに根差す殺戮の本能を抱えて生まれたチャッキーは、他の生き方などいらなかった。
 ほんとうに、ブリーダーには感謝をしている。
 だから決めたのだ。

 初めて殺す相手は、この男にしよう、と。

 ブリーダーを惨たらしく殺した日のことを、チャッキーは覚えている。
 教わったあらゆる殺戮の術を、ブリーダー自身の身を以って実験した。教わった全てを見せることで、喜んでもらえると思った。
 返り血で赤黒く濁った視界と、口中に広がった鉄錆めいた味を、チャッキーは忘れない。
 その時に浴びた返り血を、拭うつもりはない。
 この、黒く固まってこびり付いた血痕こそ、絆だ。
 チャッキーに生き方を教えてくれたブリーダーとの、絆なのだ。

 かたかた、かたり。
 かた、かたり。

 殺し合い。
 今更そんなことを言われるまでもないと、チャッキーは思う。
 呼吸をするように殺戮を繰り返してきているのだ。そういう生き方しか、チャッキーはできはしない。
 だからやることは決まっている。
 普段と変わらない、血と悲鳴と鉄臭さに満ちた日常を、チャッキーは、謳歌するだけなのだった。

【D-4/川中/一日目/日中】

【キノガッサ@ポケットモンスターシリーズ】
[状態]:火傷。失神。火炎ダメージおよび落下のダメージ(大)。
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(不明支給品1)
[思考・状況]
基本:殺し合いに抗う
 1:…………

[備考]
メス。かつては喧嘩っ早く、暴力で全てを解決し、自尊心を満たしていたが、師と仰ぐ人間との出会いにより、“心”を知った。
それでも荒々しい性格は健在で、あまり口はよろしくない。
一人称は「あたし」

【D-5/山中/一日目/日中】

【チャッキー@モンスターファームシリーズ】
[状態]:頭部左端欠損
[装備]:グラディウス@ファイナルファンタジーシリーズ
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:いつもどおりに殺戮する
 1:獲物を探す

[備考]
オス。殺し合いという生き方しか知らないため、食事や睡眠など、生きるために必要なこと以外は殺戮しか行わない。
普段は一切の感情が現れないが、殺し合い中は感情が高ぶり、異常なまでのハイテンションとなる。
一人称は「オレ」

《支給品紹介》
【グラディウス@ファイナルファンタジーシリーズ】
聖属性のついた、攻撃力の高めな短剣。


No.20:上手くズルく生きて楽しいのさ 時系列順 No.22:何も無条件で海に突き落としたわけではない モリーも「このサーフボードに乗っては如何でしょうか」と事前に対策を立てている どういった行動を取るかという決定権はピカチュウさんサイドにある その上でご自分の意志で波乗りしていらっしゃるのだからすなわち責任はピカチュウさんサイドにある なぜモリーが責められなければならないのか なぜモリーがピカチュウさんに謝罪せねばならないのか むしろ殺し合いの中、安全地帯にいるピカチュウさんこそが我々に謝罪すべきではないだろうか
No.20:上手くズルく生きて楽しいのさ 投下順 No.22:何も無条件で海に突き落としたわけではない モリーも「このサーフボードに乗っては如何でしょうか」と事前に対策を立てている どういった行動を取るかという決定権はピカチュウさんサイドにある その上でご自分の意志で波乗りしていらっしゃるのだからすなわち責任はピカチュウさんサイドにある なぜモリーが責められなければならないのか なぜモリーがピカチュウさんに謝罪せねばならないのか むしろ殺し合いの中、安全地帯にいるピカチュウさんこそが我々に謝罪すべきではないだろうか
キノガッサ No.36:可能性の魔物
チャッキー No.29:眠ったままで