さみしさの共振

 目が覚めれば、最高の一週間がやってくるはずだった。
 大きなあくびをして、あったかい小屋から外に出て、きれいなおひさまの光を浴びて。
 眠たさが吹き飛ぶくらいの爽やかな空気をいっぱいに吸いこんで、おいしい朝ごはんをおなかいっぱいに食べる。
 それからの予定は、ずっと前から決まっていた。
 大好物のおやつをごちそうしてもらって、ブリーダーさんと一緒に、一日中遊ぶのだ。
 トレーニングも、修行も、大会の予定もない。
 今日は、ボクのやりたいことを、好きなようにやってもいい、ステキな一週間のはじまり。
 やさしくてだいすきなブリーダーさんが、ボクとずっと遊んでくれる、ワクワクする一週間のはじまり。
 昨日の夜は、胸がドキドキしてなかなか寝付けなかった。明日、お昼寝をしたくなっちゃったらどうしようって心配しちゃうくらいに、眠たさがやってくるのは遅かった。
 それくらい、楽しみにしていた日だった。
 だって今日は、とくべつな日。

 ブリーダーさんがワガママを叶えてくれる――ボクの、誕生日なんだ。

 目が覚めれば、最高の一週間がやってくるはずだったんだ。
 なのに。
 実際に目が覚めたとき。
 硬くて冷たい床に放り出され、両足は痛いくらいにキツく縛られ、鉄色をした部屋に閉じ込められていて。
 そうして――もう一度眠って、気がついた時、ボクは川の音が聞こえる森の中にいたのだった。
 見たことがない場所だった。
 耳に届くのは穏やかなせせらぎのはずなのに、なんだかとてもぞわぞわした。
 悪いユメの中にいるのかと、ちょっとだけ思う。
 ユメならばいつか目が覚める。
 だけれど、足にくっきりと残るクサリの跡と、そこに感じるじんじんとした痺れに似た痛みが、ユメなんかじゃないと教えてくれていた。
 だったら。
 だから。
 あれは。
 動いて喋って怒っていたモンスターが、あっという間に動かない真っ黒なカタマリになってしまった、あの光景は。
 間違いなく、ユメではなくゲンジツなんだ。
 ゲンジツだったら、戦わなければいけない。
 あのよく分からない男は、ボクらに戦うように命令してきたのだ。
 言うことを聞かないと、真っ黒なカタマリにしてやるぞって、脅し付けて。
 それでもボクは、全然気が進まなかった。
 戦いがイヤなわけじゃない。大会で好成績を出したことだってあるし、修行先でノラモンと出会って戦うこともあった。
 けれどそのときと今では、違う。全然、違う。
 どうしてかは分からなくて、上手に言葉にできないけれど、なんだか違う気がした。
 わからない。
 わからないから、胸の奥がもやもやする。もやもやはとても気持ちがわるくて、答えを知りたくて。
 なんでも相談に乗ってくれるブリーダーさんに、お話をしたくて。
 ボクは、鼻をひくつかせた。
 色んな香りがする。
 いい匂いがする。イヤな臭いがする。知っているにおいがする。知らないニオイがする。 
 そんな入り混じった香りの中を、ボクは必死で嗅ぎ分ける。
 どんなに、そうしても。
 ボクが欲しい匂い――ブリーダーさんの匂いを、見つけることは出来なかった。
 そのことを意味しているのは。
 ボクが独りぼっちであるという、そういうことだった。
 そう思った瞬間。
 イヤな寒さが、全身を駆け抜けた。その寒さは血に乗って体中に広がっていってしまう。
 内側から来るその強い寒気には、毛皮なんてなんの意味もないようだった。
 全身が、ガクガクする。
 からだじゅうが、ヘンな震えを繰り返してしまっていて、壊れてしまったみたいだった。
 寒くて。心細くて。寂しくて。
 けれど、温めてくれるヒトはいてくれない。抱き締めてくれるヒトはいてくれない。
 そのゲンジツが、余計に震えを強くさせる。
 ただ、苦しかった。今まで感じたことのない苦しさが、おなかの底からせり上がってくるようだった。
 それに突き動かされるように、口を開けて――。

「――……」

 そうして。

「――…………」

 そうして、ボクは。

「――――…………」

 あったかいものがほしくて。

「――――――――――…………………………ッ」

 抑えきれない気持ちに任せて、遠吠えを上げていたのだった。 

「――――――――――――………………………………ッ!」 

 喉が枯れ果てそうなほどに、遠吠えを上げていたのだった。

 ◆◆

 寂しそうな呼び声が、細木の枝葉を震わせる。
 まるで木々がもらい泣きをしているような音を聞きながら、わたしは歩いていた。
 声が聞こえるたびに、一歩ずつ。
 声の先へ向かうべく、一歩ずつ。
 ひたり。
 ひたり。
 そうして歩くたびに、呼び声は鮮明に耳に届いてくる。
 ひたり。
 ひたり。
 鮮明さを増すが故に、その声に乗せられた苦しみが、よく伝わってくる。
 ひたり。
 ひたり。
 声に宿る感情は寂しさであり悲しさであり苦しさであり心細さであり恐怖であった。
 ひたり。
 ひたり。
 それは、とても心に響く感情であり、強く共感できる感情だった。
 ひたり。
 ひたり。   
 やがて、呼び主の姿が、目に見える。
 鳴いているのは、こげ茶色と白の毛並みをした、鋭い角の生えた狼のようなモンスターだった。
 だが狼と呼ぶには、その目はあまりにもつぶらで可愛らしい。
 彼から感じられるのは、狩猟者の持つ凄みではなく、愛らしさだった。

「……誰を、呼んでいるの?」

 尋ねると、彼は驚いたようにびくついて遠吠えを中断し、けほり、と咽返った。
 彼は慌てて、威嚇するようにわたしを睨みつけてくる。
 唸り声を上げるその様さえも妙に愛らしく、あまり威嚇にはならないとは思うけれど、その感想は胸の奥に封印し、わたしは首を横に振った。
「……いきなり声を掛けて御免なさいね。貴方を傷つけるつもりはないわ」

 可愛らしい狼さんを前にしても、自分の声は、やはり平坦でしかなかった。
 あの日から。
 家族が、友人が、焦がれた相手が、目の前で皆殺しにされたその瞬間から、わたしの表情と声色は完全に壊れてしまった。
 愛想よくできればとは思っても。心に感じることがあったとしても。
 表情は一切変わらず、声色に起伏を持たせられなくなっていた。
 今のわたしは、感情を外に出せないのだ。
 そんなザマで傷つけるつもりはないと嘯いても、説得力は感じられないではないだろうか。
 そう思い、わたしは首を傾げてみる。
 すると、可愛らしい狼さんも同じように首を傾げ、鼻をひくひくと動かしてみせた。
 しばらくそうしてから、彼は、ふーっ、と長く息を吐き、ぺたりと地面に座り込んだ。

「よかったぁ……」

 安堵に満ちた一言に、わたしは内心で同意する。
 どうやら、疑われずに済んだようだった。

「……誰を、呼んでいるの?」

 落ち着いたところで、もう一度同じ問いを投げかける。
 そうしたら、可愛らしい狼さんはきょとんとして、でもすぐに、少しだけ恥ずかしそうにして、口を開いてくれた。

「だいすきな――ブリーダーさんだよ。逢いたく、なっちゃって」

 とても素直で、裏表のない答えだった。
 それを聞いて、わたしは、くっと胸を詰まらせずにはいられなかった。
“ブリーダー”さんというのが誰なのか、わたしは知らない。
 だけれど、可愛らしい狼さんのとろけるような微笑みと、やさしさに溢れた声色が、“ブリーダー”さんへの愛情を、何よりも明朗に物語っていた。
 逢いたいと思える相手がいるのは、幸せだ。
 わたしが逢いたいと願う相手は、もういない。
 みんな、みんな、残虐なまでに容赦なく虐殺されてしまった。
 ニンゲンが享楽に耽るために、殺されてしまった。
 残されたわたしは、殺されたみんなのうらみを、ニンゲンどもに叩きつけるために生きている。
 そう。
 わたしは、憎しみ支えられて立っているのだ。

「……そう。ほんとうに、だいすきなのね」

 そんなわたしにとって、目の前の幸福はひたすらに眩かった。
 えへへ、と笑って肯定する可愛らしい狼さんの幸福を、羨ましくないと言えば嘘になる。
 けれど、彼が溢れさせる純粋さと素直さの前では、そんな羨望などあっさりと霞んでいく。
 羨みよりも、彼が握り締める幸福を守りたい気持ちが先に立つのだった。
 幸福が不当に喪われてはならない。
 わたしのような想いをするモンスターがいないのが、最良なのだ。

「……わたしは、トンベリっていうの。貴方は?」
「ハムライガー、だよ。お父さんがライガーで、お母さんがハムなんだ」

 可愛らしい狼さん――ハムライガーくんが、素敵な笑顔を向けてくれる。
 その笑顔と、共に在りたいと思った。この幸せを、翳らせたくはないと望んだ。
 これは、みんなのうらみだけを抱いて往くわたしが、久々に抱いた温かな気持ちだった。

 だから、懐に潜ませた重みを強く意識する。
 そこにあるのは、『ふくろ』に入っていた鋭い刃物。愛用の包丁ではないけれど、充分な殺傷力を持つ刃。
 名を、こおりのやいば。
 ニンゲンの手によって用意されたものであるのは癪だが、これでニンゲンを刺し殺してやる瞬間を夢想すれば多少なりとも気分は晴れる。
 わたしは、あまねくニンゲンに憎しみを抱いている。
 わたしのたいせつな同胞を殺した輩は、数多いニンゲンのうちの一握りでしかないと、理解はしていたとしても。
 けれど、あらゆる感情を吸い尽くして肥大化した、水底でわだかまる汚泥のような憎悪は、わずかなニンゲンを怨むだけでは飽き足らない。
 そう。
 この武器は、憎きニンゲンを殺すために使うべきだ。みんなのうらみを晴らすために使うべきだ。
 けれど、もし。
 ハムライガーくんを傷つけるモンスターが現れるのならば、この武器を容赦なく振るっても構わないだろう。

 だって、そんなことをする奴というのは。

 わたしたちモンスターを檻に閉じ込めて殺し合わせようとする、腐り切った屑ニンゲンに従う唾棄すべきカスだということなのだから。

 わたしは、想うのだ。
 ニンゲンなどに心を奪われた輩は。
 ニンゲンなどに同調する外道は。
 あまつさえ、ニンゲンの存在を肯定する愚図どもは。

 それらは須らく、ニンゲンに心を毒された汚物でしかないと。

 故に。
 故に、そんな穢れた存在は死ぬべきであろうと、わたしは、想うのだ。

「トンベリ、さん? どうしたの? ボクの声、聞こえてる?」

 心配そうなハムライガーくんの声に、ハッとする。
 どうやら、心の底から這い上がる憎悪に、意識を奪われていたらしい。

「……大丈夫、聞こえてる。御免なさい。少し考え事をしてしまっていたわ」

 それでもやはり、わたしの声は平坦だった。きっと、表情も変わっていやしないのだろう。

「……考えていたのは、これからのこと。ねえ、ハムライガーくん」

 嘘をつくのには便利だ。
 けれどそんなこと、少しも嬉しくなんてないから、ほんとうの気持ちを告げることにする。

「……よかったら、わたしと一緒に、行動しない?」

 ハムライガーくんが抱く純粋な幸福を守り、共に在りたいのは紛れもない本心だ。
 なのに、嘘と変わらない様子で言えるわたしは、やっぱり壊れてしまっているんだろうなと、改めて実感するのだった。

【F-5/森/一日目/昼】

【ライガー(ハムライガー)@モンスターファームシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(不明支給品1)
[思考・状況]
基本:ブリーダーさんに逢いたい。殺し合いはしたくない。
 1:トンベリと話をして、トンベリの提案をどうするか考える

[備考]
オス。ブリーダーに育てられている。種族はハムライガー(ライガー×ハム)。一人称は「ボク」

【トンベリ@ファイナルファンタジーシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:こおりのやいば@ドラゴンクエストシリーズ
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:ニンゲンを殺す。殺し合いに乗る気はないが、ニンゲンを肯定するモンスターは殺す
 1:ライガー(ハムライガー)の幸福を守り、共にありたい

【備考】
メス。目の前でニンゲンに仲間を皆殺しにされた経験があるため、ニンゲンを激しく憎んでおり、感情表出ができなくなっている。一人称は「わたし」
“ブリーダー”をモンスターの名称だと思っており、人間であるとは思っていない。

《支給品紹介》
【こおりのやいば@ドラゴンクエストシリーズ】
永久に溶けない氷を刃として加工した短剣。道具として使うとヒャド系の呪文が発動する。


No.05:モンスターだって何にでもなれる 投下順 No.07:Fantastic Future
ハムライガー(ライガー) No.21:上手くズルく生きて楽しいのさ
トンベリ No.21:上手くズルく生きて楽しいのさ