目が覚めるとそこは深い森の中だった。
風と共に吹き抜ける湿った草の香りで、ここが故郷の世界だとすぐにわかった。
あぁ、帰ってこれたんだな。
安心してしまって、4本の足が同時にくたっと力が抜けてしまった。
そうしてそのまま、ゴロゴロと寝そべった。
こここそが僕の居るべき世界なんだ、と実感した。
「おいィ? 俺の縄張りに勝手に入るとはいい度胸だなァ」
ぼーっと余韻に浸る僕に、荒々しい声が掛けられた。
ノラモンだ。ロードランナーの一種だった。
そうだ、ゆっくりしてはいられないな、と思った僕はワンパンでノラモンを蹴散らし、あてもなく歩き始めた。
拐われる前とくらべて、気温はほとんど変わってなかった。
時間はそんなに経ってないのかもしれない。
だけどこれ以上ブリーダーさんに心配をかけさせちゃいけない、一秒でも早く帰らなくちゃ。
日が沈むまで走ってるうちに、見覚えのある場所にたどりついた。
ジャングルでのトレーニングで通った事がある道だ。
ファームまではまだまだ遠いけれど、なんだかもう泣きそうになってしまった。
少しだけ休もう。
僕はうずくまって身体を休めた。
「アタシは赦してあげないもんね」
白いボディコン服を来た悪魔が耳元で囁いた。
真っ暗な視界の中に、ニタニタと笑う彼女だけが鮮明に浮かび上がっている。
これが夢だと言う事にすぐに気が付いた。
「いや~見事生き残れてオメデトウ。すごいねェ~ハムライガー君。
どう? どんな気分? 何人もぶち殺して生を勝ち取った気分は??」
甲高く、不快な声で悪魔は煽り立てる。
「ホーント、生者たちってば勝手だよね。勝手だと思わない?
自分たちの解釈で罪を正当化して、その意識から楽になろうとしてさ~。
死人に口無しって言うじゃん? 残念だったね、今ここでアタシが死人代表で言ってあげる。
ぜっっっったいに、赦してあげなァ~~~~いwwwwwwwwwwwww
アタシらを踏み台にして幸せを勝ち取ったキミを恨みますゥ~!
ホイミスライムとハムも超痛かったって言ってたしィ、死んだみんなはホントもう苦しくて苦しくて……」
「ハムライガー、これは死者の言葉でも何でもない!」
言葉を遮ったのは、レナモンの声だった。
「この悪魔はお前自身の中にあるネガティブな感情だ。幻影にすぎない」
「あァん? キツネ風情は黙ってろし!」
「こんな悪意に耳を貸す必要など無い
現実の私達がお前を赦した、それこそが確かな事実なのだ」
当然ながらレナモンは、ハムライガーの意識の中に潜り込む事など出来ない。
このレナモンもまた、夢の中の存在だ。
「いーや、コイツはアタシの言葉を無視する事なんて出来ないハズよ。
確かな事実ならこっちにだってあるんだからね」
夢の中の悪魔は、レナモンの後ろに回りこみ、口をグイっと押さえつけた。
「ガブモンも、プチヒーローも、きっとキミの事を赦すだろうね。それは確信してもいいわよ。
……でもね、彼らはもう二度と新鮮な空気を吸う事が出来ないのよ。
青空を見る事も出来ないし、彼ら自身の友達にも会えない。
キミは、キミを救おうとした者から、その権利を奪ったの。
わかる? キミがこれから享受しようとしている幸せって、そういった犠牲の上に成り立つのよ。
赦す赦さないとか関係のない、動かしようの無い事実なの。どーう??」
悪魔は両手をパッと離す。
夢の中のレナモンは、何も言えなかった。
「あれあれ~、キツネちゃんでも擁護出来ないのかな~。
ヒヒヒ。さて、じゃあハムライガー君は今どう思ってるのかな?」
「く、ハムライガー……そいつの言葉に耳を貸すんじゃない」
心配しなくていいよ。
ほくそ笑む悪魔の目を、しっかりと見つめ返した。
これは戯言なんかじゃない。
単なる悪夢なんかじゃない。
僕を蝕もうとする呪い、背負わねばならない十字架だ。
僕はもう、それに立ち向かうだけの勇気を持っている。
心に動揺など全く無い。僕は静かに言う。
「僕はちゃんとわかってるよ」
「キミの身体は今、たくさんの返り血で汚れているって事実は?」
「わかっているよ」
「当然、命を奪った罪から逃げたりはしないよね?」
「みんなの死は受け入れるつもりだよ」
「よしよし、それじゃあキミはこれからどうするのかな?」
「ブリーダーさんのところへ戻るよ」
ハッキリと、淀みなく答えた。
悪魔は目を細めて、苦笑いを浮かべた。
「ふーん、心は傷まないの?」
「正直、謝りたい気持ちでいっぱいだよ」
「そんなキミが、ブリーダーさんと幸せな日々を送ってもいいと思ってるの?
何人もの命を踏み越えてきたキミが」
「逆だよお姉ちゃん。たくさんの命の上に立っているからこそ、僕は幸せにならないといけないんだ」
「ふーん……なんで?」
「僕が、僕自身の都合で奪い取ったもの。
僕を救うために……こんな僕なんかのために、捧げてくれたもの。
僕が今立っているのは、それらが積み重なった山の上なんだ。
ブリーダーさんともう一度会うために、僕はかけがえのないものをたくさん貰ったんだ。
それを無駄にするなんて、それこそ罪と向き合わない事だと思う」
「へぇ……でもアタシが、幸せに生きるアンタを妬ましいって言ったら、どうする?」
悪魔は右足をゆすりながら、ワンレングスの長い髪をかきあげた。
「ごめんなさい。……だけど、僕は生きていくよ。
お姉ちゃんの想いだって、逃げずに、向き合って、受け入れる」
「あ、そう」
悪魔は退屈そうに答えた。
どこからともなくタバコを取り出し、煙を吐いた。
「……アンタのブリーダーさん、喜んで迎えてくれると思う?」
「わからない。けど、確信しているから」
「ふーん……」
レナモンはハムライガーの元に歩み寄り、優しく頭を撫でた。
そして、つよくなったな、と微笑んだ。
「つまんないの。アタシ帰る」
真っ白な朝の日差しに包まれると共に、悪魔は跡形もなく消えた。
今までずっと生活してきて見慣れたハズのファームが凄く懐かしくて、また目がじわりと熱くなった。
ログハウスの窓から中を覗きたい気持ちを抑えて、ドアを叩いた。
心臓が急激に高鳴る。やっぱり不安になった。
ブリーダーさんはどんな顔で迎えてくれるだろうか。
居なくなっていた僕の事を、どう思っていたのだろうか。
いや、もしかすると僕が拐われる時にブリーダーさんがモリーに……。
中からコツコツと足音がした。
僕はそれがブリーダーさんである事を、祈った。
開いたドアの先には、驚いた顔のブリーダーさんが居た。
僕は一声「キャウン」と小さく鳴いた。
痛いくらいの抱擁と、僕の毛並みに零れた涙が、とてもとても温かかった。
【ハムライガー@モンスターファームシリーズ 償いは、幸福な日々によって】
fin
最終更新:2017年11月18日 23:59