クロス・ソングス

                     「ねぇねぇレナモン、どこいったの―?」
                     「またおかのうえなんじゃないかな―?」
                     「おかー?」
                     「おかー」
                     「そっか、おかかー」
                     「うんー」
                     「おかって、なにもないよね。レナモン、なにしてるんだろね」
                     「むずかしいかおしてたから、きっと、むずかしいことだよ」
                     「むずかしいこと? おとなだね」
                     「おとなだよ」
                     「ぼくたちもおとなになったら、むずかしいこと、できるかな」
                     「できるできる」
                     「だったらはやく、おとなになりたいね」
                     「ねー」「ねー」
                     「おとなになって、レナモンと、いっしょ。むずかしいこと、いっしょにがんばる!」
                     「いっしょに、かんがえる!」
                     「「るー!」」


▽ 


そよぐ風に乗って届く子どもたちの声に、仰向けに寝転んだまま頬を緩める。
ピンと立った大きな耳が伊達ではないことに感謝する。
街を見下ろせるこの丘にいようとも、子どもたちの声を受け取れることが堪らなく嬉しい。

ここははじまりの街。デジモンたちが生まれ育つ場所――。

あれから、ルカリオとグレイシアとハムライガーと別れを済ませてターミナルを起動させた私は奇しくもこの場所へと送還された。
子どもたちが沢山いる賑やかな場所を求めた私の意志が反映されたからか。
或いは連絡点となるターミナルがこの近くにも設置されていたからか。
はたまたここが全てのデジモンにとって始まりの場所でいつか還る場所だからか。
理由は分からない。
けれどもこの地へと辿り着けたことに私は運命を感じた。
いや、運命などという仰々しいものではなく、祝福とでも言うべきか。
君のやりたかったことをやりなよと、お節介な誰かたちが背中を押してくれたような気がしたから。
笑顔で迎えてくれた子どもたちに手を引かれて、私はこの街の住人となった。
デジタマを見守り、生まれてきてくれた赤ん坊を祝い、子どもたちと遊んで、大きく育った者たちと共に街を守る。
それが今の私で、充実した日々を送れている。
きっと私は笑えているのだろう。
一時は忘れていた笑顔。瞑っていた瞳。塞いでいた耳。
今は違う。ありたい自分として私はここにいる。
あるがままにこの世界を、時に残酷で、けれど私が愛し、私を愛してくれている子たちがいる世界を受け止めて。
私はここで生きている。

「クラモン」


「ココモン」


「ジャリモン」


「ズルモン」


「ゼリモン」


「チコモン」


「ウパモン」


「カプリモン」


「ギギモン」


「キャロモン」


「キュピモン」


「キョキョモン」


もう心配ないよと空に笑いかけて、続けて思い出すのはあの闘技場での戦いで出会ったモンスターたち。


「ガブリアス」


「コイキング」


「はぐれメタル」


「モー・ショボー」


「メタモン」


「エアドラモン」


「メタルティラノモン」


「シャドームーン」


「アリス」


「ピクシー」


「グレイシア」


「ソーナンス」


「ハムライガー」


「ルカリオ」


彼らだけではない。
私が忘れたくないと思うのは彼らだけではない。
だからその名前も口にする。

「スラリンガル」


「スライム」


「モリー」


「――人間」


モリーをはじめとした人間たち。
モリーや人間に従わされていたモンスターたち。
彼らのことも、想う。
ずっとずっと考えてきた。
ずっとずっと想ってきた。
あの戦いの最中では真っ当に想う時間もなかった彼らのことも。
想おうとも思っていなかったかもしれない彼らのことも。

取り出した“それ”に手を這わす。
“それ”は電源の切れたスマートフォン。
別れの前にハムライガーから返してもらい、グレイシアに譲ってもらったソーナンスたちの形見であり、スライムの墓標だった。

今でも忘れられない、画面からスライムのステータスが消えたあの瞬間を。

あっけなかった。
あまりにもあっけなく命が消えたことが表示されていた。
こんなものなのか。命が消えたというのに、たったこれだけ?

その簡素さに何が起きたのか瞬間には理解できなかった程だ。

命が消える、誰かがいなくなるなんてことは今まで何度も経験してきた。
子どもたちを守れなかった時、その命がこの掌から零れ落ちた時の嘆きはこの胸のうちに残っている。
世の中は劇的な死だけではないということくらい嫌なほど知っている。
ムゲンキャノンの一撃で、さっきまでそこにいた子どもたちが次の瞬間には跡形もなかったことだってあったのだ。

だが、あの死は違った。異質、だった。
スライムが死んだと次第に分かって来た時に感じたものは、これまでに経験してきたものとはどこか違っていた。
それは喪失感。
怒りや悲しみよりも先行したただただいなくなった、抜け落ちた、そんな感覚。
スライムのことを殆ど知らなかったからでもあるのだろう。
スライムの内面に殆ど踏み込むことなく、ろくに話すこともできなかったのもあると思う。
その点スライムと肩を並べて戦ったというルカリオは私がよく知る怒りや悲しみを抱いていた。
スライムのことを想い、私に感謝してくれた程だった。

『憎むべき存在に操られていた俺だからこそ分かる。
 共にモリーを相手に戦った俺だからこそ言い切れる。
 あいつは、スライムは自分の意思で戦えた最後に悔いはなかった。
 自分の生を送れたことをお前たちにも感謝しているはずだ。ありがとう、と』

では私のこのもやもやは何なのか。
引っかかりは何なのか。
それをずっと私は考えてきた。
考えて、考えて、考えて。そして、思ったのだ。
それはきっと私とスライムとの関係性にこそ答えがあるのではないかと。
あの時の私はスライムのトレーナーだった。
ではトレーナーとは何なのか。
トレーニングをするもの、という意味ではない。
あの時の私が、所謂ポケモントレーナーとは何なのか。
自らのトレーナーのことを親や兄のようだったと口にしていたグレイシアには悪いが、敢えて言おう。
客観的に見ればあの時の私とグレイシアはスライムのご主人様だった。持ち主、だった。
小さな機械一つでスライムとの契約を一方的に操作できる存在。
命令することもできる存在。
スライムがモリーにしていたのと同じように、スライムを支配できる存在だった。
子どもたちは違った。
私の子どもたちという意識がなかったかと言えば嘘になるが、彼らは私のものではなかった。
保護者と庇護者という関係ではあれども、同じデジモンとデジモン、対称的な関係だったから。
失った、奪われた、失くしたという想いはあれど、あの子たちの命はあの子たちのものだということは力を追い求めていた時の私でさえも理解していた。
真に命を奪われたのはあの子たち自身で、あの子たちが生きた結果で、私がとやかく言えるものでもなくて。
だからこそ自分を責めるだけではどうしようもないやり場のない怒りと哀しみに私は逃げたのだ。

けれどスライムは違った。
スライムは紛れも無く私のものだった。
スマートフォン越しにでも私が逃げろと指示していれば逃がすことのできた命だった。
……分かっている。
そんなことをしていたのならモリーには勝てなかったということは。
スライムを含めあの日、あの時、誰か一人でも欠けていたなら今自分はこうして子どもたちと笑い合うことはできなかったろう。
ともすれば自分の意志で戦い散ったスライムへの侮辱にもなりかねない。

それでも、重くのしかかるのだ。
あまりにもあっけない生の喪失。
この手から消え去ったスライムの命。
全部が全部、私のものであったが故に――。

「重いな――」

守るでもなく奪うでもなく、命を、所持する。
それはその存在の全ての責任を自らに負うということ。
何から何まで本当の意味で自分の物とするということ。
人間は分かっているのだろうか。その重みが。
自分はもう真平ゴメンだ。トレーナーなんかに二度となりたいとは思わない。

「なんなのだろうな、本当に。人間とは何なのだろうな」

多くのモンスターたちがそれぞれの理由で人間を求めたあの場所で。
人間たちだってモンスターを求めた闘技場で。
私は人間を求めることがなかった。
モリーだってあくまでも私にとっては私が本当にしたいことをするための、みんなを忘れないための通過点に過ぎなかった。
あの場所に連れて行かれる前の私にとってもそうだ。
力を得るための一つの手段としては認識してはいたけれど、あの子たちを守れなかった後悔に押しつぶされていた私には。
人間の子どもを求めるなんて出来うるはずもなかったのだ。
だから今更ながらに考えることにした。

「モンスターと人間とは一体何なのだろうな」

デジモンとテイマー。
モンスターとブリーダー。
ポケモンとトレーナー。
悪魔とサモナー。
魔物とモンスターマスター。

「どこまでいっても人間とモンスターは別の存在で」

パートナーや仲魔とか言い換えたところで、人間とモンスターは異なる存在で、その関係性だってイコールではない。
家族のように対等であっても絶対に非対称な関係。
それが人間とモンスターで、その違いは絶対だ。
なのにどうして2つの存在は交ざってしまったのだろう。
人間同士、モンスター同士で向け合うような感情を抱いてしまったのだろう。

「いや、或いはそれこそが答えなのかもしれないな」

モンスターと人間は違う。
でもモンスターと人間は違うからこそ、モンスターとモンスター、人と人ではありえない関係が生まれるのかもしれない。
違うからこそ強く憎めてしまう。
違うからこそ心許すこともある。
違うからこそ愛を尊く感じられる。
違うからこそ命を軽くみなしてしまう。

モンスターと人間は違うからこそ同族に向けるのとは別の関係を築き上げてきた。

それは良くも悪くもきっとこう言えるものなのだ。

特に分かたれた別なる存在――特別な存在、と。

「はは、そうか、特別か。どこまでも別モノだからこそか!」

天啓を得たりとばかりに納得がいき思わず笑い声を上げてしまう。
あの知恵を求めたコイキングならこの答えをどう評すだろうか。
頷いてくれるだろうか。首を横にふるだろうか。
どっちにしろきっと彼なら話に乗ってくれて、この答えで留まらずずっとその先も答えを探し続けたはずだ。
私も、そうしよう。
忘れないということは足を止めるということではないのだから。



                     「たいへんたいへん!」

                     「こども、こどもー?」

                     「レナモン、キテ、キテ!」

                     「きみだれー? なにー?」



思考の海から帰ってくると、街の様子が騒がしい。
子どもたちの声からして事故が起きたとかそういう危険な話ではなさそうだが心配には心配だ。
とにかく急いで戻らなければと全力で駆け出すためにスマートフォンをしまおうとして気づく。
さっきまで握っていたはずの、すっかり見慣れたスマートフォン。
それはこんな形だったろうか?
切っていたはずの電源もいつの間にか点いている。
もしかしたら考え事に没頭するあまり変なボタンを押してしまったのかもしれない。
異界の機械の全容を把握はしていない以上それも十分有り得る。
……いや、考えるのは後にしよう。
今は子どもたちのほうが心配だ。
今度こそしまって走りだす。




  丘を駆け下り




    街の門をくぐり抜けて




      子どもたちのはしゃぐ広場へと到着して





        そして私は




           私たちは出会った。





              「ようこそ、始まりの街へ。私はレナモン。デジタルモンスターだ」






【レナモン@デジタルモンスターシリーズ&???――――――――to be ∞ Dreamers!!!!!!】