「君は……誰?」
「私はアリス」
「そっか、僕はハムライガー」
邪教の館.exe――つまりは、悪魔合体プログラムを起動し、ハムライガーは自分の肉体を失った。
自分の肉体と二つの魂、そして一つの魔晶によって――新しい者が誕生するのだろう。
そして、それは――ハムライガーの望みであり、少女の望みだった。
きっと、誰かが止めなければ――何時の日か、何処かの世界で、それこそブリーダーさんが住まう世界に、少女は現れるかもしれない。
だから、ハムライガーは彼女を呼ぶことにした。
「ねぇ、何で僕を呼んだの?」
暴走COMPは呼んでいた、その中にある邪教の館アプリを利用するものを――すなわち、アリスを召喚する者を。
シャドームーンによって、アリスは討ち倒された。
だが、肉体を失い、魂の欠片を失い――それでも、眠っているだけだった。
だから、逃げ場所を探していたハムライガーはCOMPに引きつけられていた。
悪魔合体を行えば、ハムライガーはハムライガーをやめることが出来る――アリスになることが出来る。
「アナタが……みんなが私を望んでいるから」
「みんなって?」
「人間を望む者……人間を愛し、人間を憎み、人間に救済を求めるモンスター達」
「君は……何?」
「私は悪魔【アリス】 私は悪魔【えいえんのしょうじょ】 私は悪魔【にんげん】 私は悪魔【デモノイド】
私は悪魔【しき】 私は悪魔【まじん】 私は悪魔【まおう】 私は悪魔【てんし】 私は悪魔【きゅうさいしゃ】
私は悪魔【スケープゴート】 私は……あなたの悪魔【おともだち】」
少女はやわらかな微笑みを浮かべていた、モンスターである彼にも理解できる美しさだった。
見ているだけで、凍りついてしまいそうな美しさだった。
「……言っている意味がわからないよ」
「そう……じゃあ、すこしお話しましょ」
何時、現れたのだろうか。
彼女は背もたれのないチェアに腰掛け、ティーテーブルの上の紅茶を飲んでいる。
向かいのチェアにハムライガーも飛び乗った。
ティーテーブルの上のシフォンケーキをアリスはカットすると、ハムライガーに差し出した。
ケーキを見て、哀切の表情を浮かべるも、ハムライガーは勧められたケーキを一口に食べる。
マッド・ティーパーティーの始まりだ。
「知ってる?私はモリーに呼ばれた参加者じゃないのよ?」
「えっ、と……そうだったんだ」
そもそも、ハムライガーはアリスが闘技場の参加者であることを知らなかった。
だが、不思議なことに、アリスが闘技場に参加していることを知っていた。
記憶が混じっている――ピクシーの記憶、チャッキーの記憶、アリスの記憶、悪魔合体の影響下にある故か、ハムライガーはそれを知っている。
「モリーは祈ったわ、自分と戦えるぐらいに強いモンスターが出てきますように。
そして、モンスターは……例えば、あなたのお友達のトンベリは人間を憎んでいた。人間に見られているのに、殺せない。
人間を殺したくてしょうがない……エアドラモンはパートナーが欲しかった……悪魔たちは人間無くしてはいられない……
金の子牛と同じように……目に見えぬ神ではなく、形をもった神が……つまりは、この闘技場のモンスターは人間を求めていた。
私は悪魔……だから、その願いに応え、召喚された」
「僕達が君を呼んだの?」
「それが悪魔の本質……呼ばれれば来る、呼ばれなくても来る。全ては、召喚者の願いを叶えるために。だから、私は……あなたになるために来たのよ、わかるでしょ?」
「じゃあ、悪いんだけど……それには応えられない」
「どうして?」
「僕はもう救われたから」
「そう……」
音もなく、アリスは紅茶を飲み干すと、チェアから降りて、思いっきり伸びをした。
「なんで、悪魔が誰かを救いたがっているのか知ってる?」
「……知らない」
そして、その背の羽根を――堕ちたる天使の六翼を広げた。
「結局、悪魔自身が一番救われたいの」
ハムライガーがチェアから降り、アリスを見た。
「私はアリス――起源【オリジン】が無い故に無限の可能性を内包する者、それ故に、モンスターを救う者として召喚された悪魔。
そうあれかしと誰かが祈るから、アリスとして振る舞う悪魔。アリスのミーム。求めるものは信仰【おともだち】、私はあなたを殺し、アリスになる」
ハムライガーはアリスの元へゆっくりと歩き、その横に座った。
アリスはハムライガーをその羽根で吹き飛ばした。
しかし、何度も何度も、ハムライガーはアリスの横に座った。
「誰かが、言ってあげればよかったんだ」
「生きていても、一緒に歩いていけるって」
「大丈夫、僕は君を受け入れる」
「ピクシーも」
「チャッキーも」
「一緒に帰ろう」
「僕はやり直す勇気をもらったから」
「きっと、一緒に進んでいける」
「君のとなりで」
◇
モリーの持っていたスイッチを押すと、闘技場は元の島の姿を取り戻し、観客席の観客は全員、闘技場の変形に巻き込まれて死にました。世の中にはそういうこともあるのです。
そして、戻ってきたハムライガーを加え、片足と両腕を失ったルカリオをキュウビモンの背に乗せて、ゆっくりとスマートフォンが指す方向へと歩いて行きました。
移動している間、お互いに見たものや聞いたことについて話し合いました。
先程会ったばかりですが、たくさん話しました。
自分が会ったモンスターたちのことを忘れないように、覚えていてもらえるように、たくさん話しました。
そして、目的地に着きました。
そこにあったものはターミナル――転送装置です。
きっと、この装置を起動させれば、元の世界に戻ることが出来るでしょう。
ターミナルが起動する少し前、ハムライガーは言いました。
ピクシーのような言い方で、ほんの少し困ったような笑い方をして、
「また、会えたね」
少しだけ泣いて、
ハムライガーの中にピクシーが少し残っていることを話し、
それから、取り留めのないような話をして、彼らは元の世界に戻って行きました。
それからしばらく経って、どこかの世界のどこかの森に手紙が届きました。
手紙にはたった一文だけ、拙い文字でこう書いてありました。
『勇者プチヒーローに救われました』
プチファイターはそれを読んで、悔しそうに、そして嬉しそうに、言いました。
「やっぱり、勇者だったんじゃねぇかよ」
最終更新:2017年11月18日 23:58