決勝(4)


雷が詠唱者たるモルボルの体を焼きつくした時にハムライガーが思ったことは、まだ生きている――それだけだった。
モルボルを冷気の中で永遠の眠りにつかせんとした氷の棺桶は、王の雷によって葬られた。
成程、名案といえるだろう――彼に残った莫大なダメージを度外視すれば、だが。
そうだ、無感情な感想と共にハムライガーが一瞥だけをくれてやったのも、
まだ、ぎりぎり、なんとか、モルボルが生きている――が、手を下さなくても死ぬからだ。
例え誰かに助けられ命を永らえようと、少なくとも今自分がどこかへと行くのを、その傷で邪魔しようとするのは不可能であるからだ。
だから、
「……待て」
許されていいはずがない、火傷を通り越し、焼き焦げたその身体がこちらに向かってくることなど。
ハムライガーの身体が震えているのは、己が放ったブリザードが故では無い。
傷つけば傷つく程に、研磨される宝石の如く、モルボルから発せられる威圧感が増していく。

「AHHHHHHHHHHHHHHHHHhhhhhhh!!!!!!!」
「Yeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeecck!!!!」

新たに召喚された二体の悪魔が、モルボルの命を奪わんと迫る。
だが、無意味。
「退け」
一瞥すらくれずに、モルボルの触手が、彼らを打ち据えた。
風よりも疾い神速の鞭、悪魔二匹葬るに上等な威力である。

「……なんで?」
何故、己の邪魔をするのか。何故、そこまで傷ついても止まらないのか。何故、ああも容易く悪魔を討てるのか。
答えを知りたいわけではない、それでも答えを聞かなければ、今目の前にある理不尽を理解できない。
具体的な形を持たない問いであったが、モルボルはその質問の意図を理解したのだろう。

「ワシが王だからだ」
答えとしては理不尽そのものである、それでも、それはハムライガーの問いに対するモルボルの完全なる答えであった。

「ふざけるなあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
そして、答えがモルボルから発せられた瞬間、ハムライガーの全ては殺意の色に塗り潰された。
何もかもを消し飛ばすほどに、そのふざけた解答をハムライガーは許容出来なかった。

「僕はあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
叫びと共に、ハムライガーがモルボルに体を打ち噛ます。
怒りに戦闘技術を失ったか、否。
ブリーダーさんとの特訓によってハムライガーの体に刻み込まれた技術は、ハムライガーである限りは決して一時の感情で失われるものではない。
補足せんと伸ばされた触手を掻い潜り、ハムライガーの体はモルボルの目の前にあった。
「甘い!」
果たして、モルボルの巨体で許されるものであろうか。
いや、そもそも彼の体の原理的に有り得ることであろうか。
だが、失われた触手の分、彼の体も変貌したということか。
あるいは、彼が決めた覚悟が道理を覆したというべきか。

ハムライガーの身体が宙を舞う。
モルボルが放ったのは、触手によって行われた変則サマーソルトキックであった。

「ガッ……」
何故、何が、芽生えようとする疑問を、ハムライガーは次にするべきことで塗り潰した。
今、ハムライガーはモルボルの頭上にいるのだ、するべきことは決まっている。
何度でも、何度でも、何度でも、繰り返す、目の前の敵が己の邪魔をしないように、ハムライガーはブリザードを放った。

――また、さっきのように雷で氷を溶かすだろうか、それでいい。ちょっとでいい、隙を生んだなら……今度こそ逃げ切ってみせる!

しかし、モルボルが凍りつくその瞬間ハムライガーは見たのだ、その異形の風体にも関わらず、彼の表情を。
泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、複雑に感情が入り混じったその顔色を。

「サンダガ」
そうだ、モルボルは既に覚悟を決めていた。
己が再び氷の中に閉じ込められるであろうことも、そして――その瞬間、完全にハムライガーの意識はCOMPから離れるであろうことも。
だからこそ、自分という巨大な餌にハムライガーが食いついた瞬間、何をするかは決めていた。

モルボルの目線の先にあるものが、COMPであることを察し、そしてハムライガーはモルボルが何をするかを理解した。
COMPを守ろうと、全力で駆ける。
だが、間に合わない。
ハムライガーは雷よりも速くは走れない。

「あ、あ、あ、あっ……ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


だから、もう逃げられない。

「嫌だよ。助けて、ブリーダーさん。僕――」
そのはずだった。


「僕……」
「僕……?」
「僕……か」

「何だ、簡単な事だったんだ」

ハムライガーは気づいてしまった、最も簡単に、この現状から解き放たれる方法を。
ただ、誕生日ケーキのろうそくを吹き消す。それだけで良い。

己を呼ぶモルボルの声が、もう"ハムライガー"には聞こえない。



「誕生日おめでとう」

"ハムライガー"の持つ前脚も。
"ハムライガー"の持つ後脚も。
"ハムライガー"の持つ爪も。
"ハムライガー"の持つ牙も。
"ハムライガー"の持つ毛皮も。

何も変わらない。
唯一つだけ変わったものは。








             「僕」


   【魔獣 名もない獣 が 一体 でた!】


巨大(おおき)いことはわかっていたことであるが、
それでも、勇車に近づくごとに精神的威圧感を伴って、その巨大さが染みこむように理解させられる。
強さの根本とは、精神よりも技術よりも何よりも肉体である。
なれば、その巨体は――存在するだけで千の言葉よりも雄弁にその強さを物語っている。
その間合いは――通常の生物の数十倍、数百倍。
近づけば訪れるのは確実な死――しかも、こちらが離れるよりも相手が近づくほうが速い。
巨大であるということは、それだけで疾いということにもなる。
だが、もとより逃げる気などは無い。
キュウビモン、グレイシア、ピクシー、ソーナンス、皆同じ心持ちである。
スラリンガルの攻撃範囲――死の間合いをくぐり抜け、生ける城塞であるスラリンガルの正門より侵入し、モリーを討つ。
このパーティーではスラリンガルを破壊するのに、圧倒的に力が不足している。
いや、ある手段を用いれば命と引き換えにスラリンガルを討つことが出来るやもしれぬが、
人間の分類するモンスターであっても畜生になったわけではない、
この殺し合いを開いた人間と同様に下郎に堕ちる気はないし、何よりも討つべき第一の敵はモリーである、それを見誤る気は無い。

50m――今まさに至らんとする、死の間合いまでの距離。

人間の足ならば、おおよそ八秒。
キュウビモンの足ならば、それよりも更に比べ物にならないぐらい疾く。

そして――スラリンガルは更に疾い。

「ようこそ!諸君!!私の方から出向かせてもらったよ!!」

キュウビモン達の接近に気づいたモリーが選んだのは、砲撃ではなく、スラリンガルの巨体を活かした突進であった。
勇車スラリンガルが最も恐ろしい点は、その巨体が動くという部分にある。
城の様に巨大(おおき)い勇車と正面衝突をかませば、そこにあるのは交通事故ではない――最早、交通災害である。間違いなく保険の対象外だろう。
スラリンガルはキュウビモンを正確に正面に捉えていた。
このまま衝突すれば、右に避けようとも、左に避けようとも、上に避けようとも、下に避けようとも、どこに逃げてもスラリンガルからは逃げ切れない。

故にキュウビモンは――逆にスラリンガルに向けて加速する!

「予定が早まっただけだ!スラリンガル内部に向けて……突入するッ!」
「望むところです!」
「任せて!」
「ソーナンス!」

正門をぶちぬいてスラリンガル内部に侵入する、それ以外にこの死の突進を避ける方法無し!
突入位置を間違えれば城壁に衝突し、ミンチ肉同然!
正門の破壊に失敗しても、やはりミンチ肉同然!
臆せば死ぬ、昂ぶれば死ぬ、真なるタイミングを見極め、あまりにも物理的に巨大な死の可能性を前にして冷静に――正しい判断を!
キュウビモン!グレイシア!ピクシー!ソーナンス!死のダイブに挑む!

「そうだ!それしか君たちの生き残る道は無い……がッ!」
スラリンガルの砲門が――キュウビモン達を狙う。
あまりにも単純で有効的な手段――絶対的不利の中に勝機を見出したところで、やはりスラリンガルの優位は変わらない。
砲撃が命中すれば当然死亡、避けた後状態を立て直すことが出来なければ城壁にたたきつけられてミンチ!
「お客様に茶菓子も出さない男じゃあないんだよ私はッ!」

りゅうせいぐん――砲口より放たれた隕石群は、ソーナンスとグレイシアにその技を連想させた。
だが、恐怖はない。今、目の前にある絶望に対して、彼女たちには決まりきった覚悟しか無い。

「私はスピードを緩めないッ!迎撃頼むぞ!!」
キュウビモンは上から降り注ぐ死を見ない、背に乗せた仲間たちが迎撃すると信じている。
故に、見るのはただ正面――モリーへと至る正門のみ!

「了解!ふぶき!」
天に向けてグレイシアが放つは、己が持ちうる最強のこおり――かつてカントー地方で少年にトラウマを残すほどに猛威を振るった荒れ狂う氷雪!
だが、隕石は止まらない。
天に向けて唾を吐くものをあざ笑うかのように、隕石はただスピードを落としただけで何も変わらない。

逆に、それが良い!


「打ち頃ね……ソーナンス!」
「ソーーーーーーーナンスッ!」

速さとは破壊力!速さとは回避力!速さとは命中力!
ならば、速さを減じた隕石群はただの石ころ――ソーナンスのカウンターで以て、打ち返す!

バットの様にピクシーはソーナンスを抱きかかえた。
ソーナンスはピクシーの指示に合わせてミラーコートを発動すれば良い。
そのままの隕石を受ければ、ソーナンスの耐久力でもその後の戦闘に間違いなく影響を及ぼす。
そこでふぶきで隕石の勢いを減じ、
今までに数多くの戦いを勝ち抜いてきたピクシーが隕石の与えるダメージが最小限になるタイミングを見計らってソーナンスに、ミラーコートの指示を出す。
ソーナンスをバットのように振るうことも重要である、隕石の当たる面積を最小限に、なおかつ――運動力学的に隕石のダメージを増大させる。

「ミラーコートッ!」

見計らうは、これ以上無い今!最高のタイミングで!
隕石が正門に打ち込まれる、炎上!炎上!大炎上!!何がスラリンガルやねん。
正門破壊と同時に、キュウビモンがスラリンガル内部へと更に疾く駆ける!
ソーナンスが、ピクシーが、グレイシアが、ぎうとキュウビモンを抱く。
3匹のぬくもりを背負い、今――

「突入するッ!」

スラリンガル内部に侵入成功。

「そして、退場だ」

モリーは こしを ふかく おとし まっすぐに あいてを ついた!


みちづれ 【ゴースト】
わざを だしたあとに こうげきを うけて ひんしに なったとき こうげき あいても ひんしに する。


守らなければならないと思う前に、ソーナンスの身体は動いていた。
ふくろを咄嗟に周りの仲間に押し付け、そして、モリーのせいけんづきの前に立ちはだかり――死んだ。
向こう側が見えるほどに大きい穴を開けて、あっさりと死んだ。
具体的に何かを思う間も無かった、それほどにモリーのせいけんづきは疾すぎた。
だが、ソーナンスの思いは死んでなおも変わらなかった。
生涯でたった一度の最初で最後の――最凶のカウンター。
仲間をきずつけさせないという誓いのもとに放たれた――瀕死では済ませない、最悪の呪詛。

だが、通じない。
その呪いを受けて、死ぬはずのモリーは平然とした顔で立っている。
懐から取り出したのは装飾品――せいなるまもり。
この会場に置いて最強の呪詛使いの彼女の呪殺すらも防いだせいなるまもりを前にして、ソーナンスのみちづれは消え去った。
「念の為に……寄り道をしておいてよかったよ、チャンピオンが一撃死だなんて、つまらないだろう?」
モリー以外、誰も言葉を発することが出来なかった。
石になったかのように、動けない。

そんな彼女たちを守るかのように、ソーナンスは死体のまま両腕を広げて――立っている。
死体となってなおも彼女たちを攻撃からかばわんとするかのように、未だ生きているかのように。
はあ、と嘆息し。
モリーは、ソーナンスの死体の右腕を掴み全力で壁に放り投げた。
スラリンガル内部の城壁を突き破り、ソーナンスの死体が原型を留めぬほどに損傷して、スラリンガルの外に放り出される。

「ひょっとして勘違いしたのかな?私がスラリンガルよりも弱いと、誰一人犠牲を出すこと無く私に勝つことが出来ると、だとすれば、ショックだな……」
再度、モリーが構えた。
同時に、キュウビモンが、グレイシアが、ピクシーが構えた。

泣くことも叫ぶことも許されない。
目の前の敵はその隙を許さない。
それでも割り切れない、割り切れるわけがない。
さっきまで、ソーナンスは生きていた。
それを、こうもあっさりと殺されて、ゴミのように捨てられて――ピクシーの中で湧き上がる悲痛と憎悪。

その隙を見逃すモリーではなかった。
グレイシアがとっさにまもるを発動し、ピクシーの前に立つ。
せいけんづきが、グレイシアのまもるを打つ。
そのまもるが破られることは、アリスの放ったジハードのように――あらゆる耐性が通用しない万能の一撃でなければありえない。
そして、事実としてモリーのせいけんづきが、グレイシアのまもるを破ることは無かった。

同時にモリーへと向けて放たれたのはキュウビモンの鬼火玉とピクシーのギガフレイム。
火が炎を飲み込み、熱き濁流となってモリーを飲み込んだ。
だが、誰もそれで勝ったなどとは思わない。
距離を空けなければならない――モリーの近接戦闘能力は幾千もの戦いを乗り越えた三匹から見ても常軌を逸している。
だが、幸運なことがあるとするならば三匹が三匹とも飛び道具を持っており――勝機を見出すとするならば、モリーに近づくことなく攻撃し続けることである。

「……心頭滅却すれば火もまた涼し!」
ああ、理解していたことだ。
燃え盛る業火の中、いや、燃えているのはモリーの肉体そのものだ。
その全身が――肉の松明と化しているはずであるというのに、平然と――モリーは立っている。

「どうした、かかって来ないのかね。今の私はファイアーモリー、火もまた涼しと言ったところで、ダメージ自体は負っているのだよ?」
モリーの挑発に、しかし追撃を加える事は出来ない。
先程は隙を突くことが出来た、だがモリーの速さならば――こちらの攻撃と同時に、グレイシア以外のどちらか片方の息の根を止めに来るだろう。
人間の知能、人間の繁殖力、人間の残虐性、人間の悪意、モンスターを苦しめ、支配してきた人間の武器の何よりも、純粋な強さという最悪の武器は攻略しがたい。

「では、恥ずかしいことではあるが……火を消す時間を頂こうか、暑くはないが痒いのでね」
言葉と同時に、モリーは懐から取り出したモンスターボールを天井へ向けて開放した。
内より出たのはリングマ――その名の通り、熊の姿をしたポケモンである。
と同時に、モリーは己の下僕であるリングマへと技を仕掛けた。
タワーブリッジ――所謂、アルゼンチンバックブリーカーである。
理解が出来ない。何故味方へと技を仕掛けたのか。

だが、弓なりにそられたリングマの体が真っ二つに裂け――その血と臓物がモリーの全身に降り注いだ時、非常に単純で邪悪なモリーの意図が理解できた。
つまりは、消火のためだけに命を一つ使い潰したと。
ただ、それだけのこと。
成程、わざわざこのような闘技場を開催した主催者なのだ――そのぐらいの悪趣味な行いは平然とやってのけるだろう。
知っていた、知っていたのだ。そんなことは。
そして、知らなかった。

「しまったなぁ、ソーナンス君の死体を捨てなければリングマの命を使うことも無かったんだがなぁ……いや、失敗失敗」

仲間に対する侮辱が、ここまで腸を煮えくり返らせるものであったとは。

「モリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」
理性よりも先行して、身体が動いていた。
モリーに対して近づいてはいけない、そんな基本的なルールさえ忘れてしまっていた。
頭が熱を帯びている。
殴ってやりたい――ピクシーにあるのはそれだけだった。

ピクシーの拳がモリーの水月を打ち抜こうとして、そのか細い拳はモリーによって下段へと払われた。
そのまま、モリーはバックステップ。せいけんづきを完全な形で打つための距離の溜めである。
手打ちでも威力は十分である、しかし――モリーは挑戦者に対して、手を抜いてやるつもりはない。
持つものを出し惜しみしてやるつもりはない、鍛え上げた肉体も、磨き上げた技術も、そして相手の剥き出しの心に粗塩を塗りこむような精神攻撃も。

まるで世界が凍りついたかのようだ。
モリーを前にして、今更ながらにピクシーはそう感じている。
逃れようのない死を目前にして、あまりにもあまりにも世界はゆっくりと動いている。
肉体を置き去りにして、感覚だけが鋭敏に研ぎ澄まされている。
モリーのせいけんづきは、どうしようもなく――その魂に死を実感させた。

これでは何も変わっていない。
迫る拳を前にして、ピクシーは考える。
あの最後のステージと同じように、1人だけで突っ走って負けてしまった。

だから捨てられた――違う。
この闘いで捨てたのは、アタシだ。
アタシが、仲間を見捨てて走ってしまった。

だから死ぬ。
嫌だ。
死ぬのは嫌だ。
仲間を置いて、死ぬのは嫌だ。
モリーを倒せないのは嫌だ。
もっとやりたいことがあった。
もっと話したいことがあった。
謝りたかった。
皆に。マスターに。ソーナンスに。

死にたくない。

死ねない。

絶対にここでは死ねない。

鈍化した時間間隔の中、ピクシーは考える。
鈍化した時間間隔の中、ピクシーは拳を見ながら考える。
鈍化した時間間隔の中、ピクシーはソーナンスを思い出す。

鈍化した時間間隔の中、ピクシーは決めていた。

「カウンターッ!!!」
この一撃、ブチ決める。

相手によって受けたダメージを二倍にして返す、それがソーナンスのカウンターである。
物理技であるかどうかを見極めること、耐え切れる技であるかを見極めること、相手の攻撃タイミングを見極めること、相手よりも早く構え、そして遅く返すこと。
ソーナンスのカウンターは、技術というよりも現象――魔法の領域に近いが、
技術としてのカウンターも、彼のカウンターも、その極意は最終的に、相手の攻撃を見ること――ただ、それだけに集約される。

ピクシーは今までの戦いで、数えきれぬほどのモンスターの攻撃を見ていた。
蓄積された経験は、自身が放つカウンターの最良の構えを取らせる。

ピクシーは鈍化した時間間隔の中、ひたすらに迫るモリーの拳を見ていた。
モリーの拳に対して、余りにも鈍すぎる自分の身体を、それでも懸命に動かした。

ピクシーはソーナンスを見ていた。
ずっと見ていた。だから大丈夫だ。

打つべきタイミングが分かる。


ピクシーはモリーの腕を取る。
モリーは止まらない、止まるわけがない。

ピクシーの胴体が貫かれる。
ピクシーは止まれない、止まれるわけがない。

流水の如く、威力が流れるままに――ピクシーは完璧に決めてみせる。

「これが私達の……怒りだッ!」
「んぬぅぁッ!?」
変則パイルドライバーの形を取って、モリーの身体が床に沈む。
「あッ!」
だが、モリーの攻撃の威力は床を破壊するだけには留まらず、攻撃の主たる彼を――更に沈める。
「あッ!」
生半可な金属よりも硬いであろう床は粉微塵に粉砕され、彼を地中へと誘う。
「あああああああああああああッ!!!!」
悪戯で掘った落とし穴に沈むかのように、モリーの攻撃の威力がコロシアムの地面を掘り進み、
沈む。沈む。沈む。

(ごめんね……)

誰に謝っているのか、ピクシー自身にもわからない。
それは、マスターへの謝罪なのか、ソーナンスへの謝罪なのか、仲間への謝罪なのか、自分自身への謝罪なのか。

「いいよ」

深い闇の中で、ピクシーはその声を聞いた。
その声はソーナンスの声のようにも聞こえたし、マスターの声にも、あるいは彼女自身の声にも聞こえた。
ただ、ピクシーは良かった、と思い。

ほんの少しだけ笑って、戦闘終了後の盛大な拍手に備えて、一礼をした。
その後は、きっとマスターが迎えに来てくれるのだろう。


「……終わった、わけがないか」
カウンターの威力によって地底人の住処まで辿り着かん勢いで掘り進められた穴を前にして、キュウビモンが呟く。
ピクシーの最初で最後のカウンターによってモリーは自身の破滅的攻撃の威力を自分でたっぷりと味わうこととなったが、
それでも、モリー自身を殺すには至っていないだろうという確信がキュウビモンにはあった。

「ふぶきを……放ちます」
穴に落ちたモリーは籠の鳥も同然、放たれるふぶきを避ける術は無いだろう。
そして、それはピクシーの死体をも破壊することになるだろう、だが――ソーナンスとピクシーが命を懸けて討ち倒さんとしたモリーだ。
今、ここで確実に殺したい。

頭上から避けられない攻撃を一方的に撃つことに対し、モリーに対して罪悪感は一切感じない。

「終わったら……どうしようかな」
安堵からか、魂ごと肉体から離してしまいそうな心持ちだった。
それでも、モリーへの攻撃に集中するグレイシアの周囲へと警戒を怠らない。
失ったものが余りにも多すぎた、取り戻したものも零れ落ちてしまった。
それでも、死んだものの念を継いで、生きていかなければならないのだろう。
やり直すことは出来ないが、過ちを繰り返さないことは出来る。
キュウビモン――レナモンは、もう一度本当にやりたかったことをやるのだろう。

「まぁ、どうにでもなるよな」
「……きっと、そうなるといいですね」
ふぶきを放し尽くし、グレイシアが人心地ついた。
グレイシアと交代にキュウビモンが近くに散った瓦礫を勢いをこめてモリーのいる穴へと放り投げる。
どこまでやれば殺せるのかがわからない、出来ることを徹底的にやるのだ。

「グレイシア……この後、君はどうするんだ?」
キュウビモンが鋭く尖った闘技場の破片を穴に放りながら尋ねた。
「さて、どうしましょうか。帰る場所はありますが、帰りたい場所はありません。どこか遠くに行きましょうか、戦わなくていいような、遠い遠い静かなところへ」
グレイシアがれいとうビームを穴に放った後、答える。

「遠い静かなところか」
「賑やかなのも好きになってたんですけどね、でも、今は……静かなところへ行きたいです」
「私は賑やかなところへ行きたいな、子どもたちがいっぱいいるような、そんなうるさいぐらいのところへ」
一通り、穴を埋め尽くし、スラリンガルが自身の治癒力によって床を再生した後、キュウビモンとグレイシアはスラリンガル内部の散策を開始した。
機械のようで生命体、デジモンにはそんな例が山ほどある。
今は動きを止めているが、スラリンガルのコアを見つけ出し、破壊しておく必要があるだろう。

奥へ、奥へ、と進んでいく。
心臓部へと続く門は侵入者の存在を拒むように、何重にも存在している。
それを一つ、一つ、破壊して、コアへと向かう。

コアの元へ向かいながら、取り留めのない話をぽつりぽつりと話した。
それは後になって思い出せないような些細な話で、たまに二度と忘れられない仲間たちの話をして、
そして、彼女たちはコアへとたどり着いた。
文字通り、ハートの形をしているコアだった。

これを破壊し、そして、生き残りと合流し――それで全て終わり、とグレイシアが考えていたその時、
ぞっ――と、心の髄まで凍りつくような正体不明の悪寒が走った。
憎悪、絶望、悲嘆、憤怒、狂気、恐怖、あらゆる負の感情をごちゃ混ぜにして、叩き付けられたような悍ましさ。

咄嗟に二匹は飛び退く。
そして、その判断は正解だった。
轟々と立ち昇る黒煙――回避行動を取っていなければ、二匹は理解する間も無く死んでいただろう。

先ほどまで誰もいなかったはずだ――そう訝しむ二匹だが、神ならぬ彼女たちにはわからぬこともある。
スラリンガルのコアは心臓機能と脳機能を兼ねている。
といっても、脳機能と言っても操縦は他人が行うため、基本的には砲撃の命中補正や、自走の際の重心制御の役割程度しか持たない、
しかし、モリーは100%利用されていない脳機能に目を付けて、悪魔召喚プログラムを組み込んだ。
脳も極端なことを言えば超高性能のコンピュータ、それもスラリンガルという半機械ならば尚更である。
モリーは、己が戦うことになるであろうモンスターを一人で平らげてしまうつもりであった。
しかし、自分が退けられ――スラリンガルを破壊されそうになった時、
敵の強さに敬意を表して――電子化されていたモリーの最強のモンスターが悪魔召喚プログラムによって召喚される、そのような絡繰である。

「モリーは討ち倒されました、私達が戦う必要はありません」
姿を表したモンスターに対し、グレイシアは声を掛ける。
モリーに操られているモンスターであるというのならば、可能性は低いがモリーの敗北によって交渉の余地はあると判断していた。

「痛い」
「何でオデがごんな目に」
「お前も苦しめ」
「喰ッテヤル」
「マスターどこ?」
「パパ」
だが、モンスターは言葉に応じない。
ただ、会話をする気が無いように自分自身の言葉だけを発している。

「……モリーは倒した、無理に戦わず逃げるという選択肢もあるが……」
キュウビモンが前傾した姿勢を取る、その声音は怒りに震えていた。

「……ええ、逃げる気なんてありませんよ……」
その横でグレイシアが構える、その声音には哀切が混ざっていた。

「解放してやろう」

最強のモンスターに関して、かつてモリーはこう言っている。

『マダンテのみを覚え、あらゆる敵の耐性を無効化して滅ぼせるモンスターか。
あるいは、全属性の呪文を覚え、どのような耐性にも対応できるモンスターか。
私はこの拳を鍛え上げた、この一発一発がマダンテも同様、今更小技を覚える必要性は感じない。
だが、私のモンスターは逆に、あらゆる強さを習得させようと思う。
……結局最強のモンスターというのは、相性バトルというものを否定した先にあるのだろう」

そして、モリーが望むモンスターが誕生する時が訪れた。
悪魔合体――その技術がもたらされた時、モリーはひたすらにそれを繰り返した。
元の姿が何だったのかなど、誰にもわからない。
なるべき姿が何だったのかなど、誰にもわからない。
あらゆる種族の長所を持つが故に、その姿は不定。
あらゆる種族の技を持つが故に、その姿は不定。

シュレディンガーの猫は、未確定であるが故に生きている猫と死んでいる猫の両方が存在しうる。
それ故に、そのモンスターもまた――未確定であるが故に、あらゆる種類の可能性を包括している。

その体はドロドロに溶けている。
その体は何か特定の形を取ろうとしては失敗し、元のゲル状のそれに戻る。
その体は成りたかった姿になることはない。

何もかもを合体し、そして誕生する究極はそれである。




   【外道 スライム が 一体 でた!】


結局のところ、己の行いはハムライガーの最後の線を踏み越えさせてしまったに過ぎないのか。
あるいは、救われることのないハムライガーに発狂という形で救いを与えたのか。

モルボルは考えない。

王は常に正しくなければならない。
正しい行いをするから王なのではなく、王だからその行いは正しいものにならなければならない。
故に、モルボルは振り返らない。

自身の行いが欺瞞に満ちていることはわかりきっている。
それでも何一つ、後悔することはない。
王の歩みは止められない。

自分はハムライガーの終わりを防いだ、だからハムライガーは生きている。
そして次はハムライガーの狂気を止める。
何をすべきかがわかりきっているのだ、これほど容易いことはない。

死に体の身体でもモルボルは、そう考えていた。

ハムライガーが牙を突き立てる。
モルボルは避けられない。

ハムライガーが爪で切り裂く。
モルボルは避けられない。

ハムライガーの放つブリザード。
モルボルは避けられない。

感情は行動に移させることで強制的に発散させてやることは出来る。
だが、今攻撃を受け続けているのは、受け止めてやろうという思いからではない、ただ単純に――肉体的な限界が来ていたからである。

ハムライガーが咆哮を上げる。

その叫びには何の意味も込められてはいない。
ただの叫びだ、ただ音を発しただけだ。
ハムライガーはもう何も考えない。

喜びもない。怒りもない。
悲しみもない。絶望もない。

ハムライガーは獣になった。
「ワシは……」

度重なる攻撃で、如何様にしても落ちることのなかった冠が――頭部から零れ落ちた。

落ちた冠をハムライガーがその足で蹴りあげる。
何の意図があったわけでもない、ただ自分の進路の邪魔になっていたから、ただそれだけのことだ。

冠も無く、配下も無く、そして今目の前の獣を導くことにも失敗した。
もう、モルボルに王としての資格はない。




空を切り裂いて、雷が落ちる。




「……そなたを待っていた」


放たれたギガデイン――突如として現れたプチヒーローとルカリオを一瞥し、ハムライガーはスラリンガルの方へ向けて駆け出した。
それは二対一は分が悪いと判断したゆえの逃走にも、あるいは決戦の地に先に向かっているようにも、
あるいは別の理由があるようにも思えたが、今のハムライガーの心を知る術を持つ者は誰一人として存在しない。

「大丈夫ですか!?」
「まぁ、大丈夫ではないわな…………」

消えいく意識の中、かろうじて精神力だけで肉体を魂に食い止めているモルボルであったが、
言葉通り――死は、もう目の前にあった。
声を掛けるプチヒーローの姿も存分に認識できていないのだろう、どこにあるかわからない目の焦点は虚ろであった。

「ベホ……」
「構わん、ワシはもう死ぬ……無駄な魔力を使うな」

モルボルは最上級治癒呪文の詠唱を行おうとするプチヒーローを押し留めた。
当然、それに納得できるプチヒーローではない、再度呪文を唱えようとして、
「ダメだ……もう波導が感じられない…………」
ダメ押しするかのように、それをルカリオが押し留めた。

「悔しそうな顔をするな、なに……これもワシの業よ……あまりにも……あまりにも……壮大な夢を持ってしまった故の罰かも知れん。
一介のモルボルには不釣り合い程に巨大で素晴らしい夢を持ったが故のな…………」
「でも……!」
「聞け」

モルボルにはプチヒーローのこともルカリオのことも、何一つとしてわかりはしない。
それでも、モルボルは王だった。
王冠を失い、配下も持たず、もう失せてしまった獣を導くことも出来なくても、それでも王であることを望んだ。
だから、決めていたのだ。

「勇者よ……そなたが来るのを待っ……ておっ……た。
いずこと……もなく現れ……た悪魔……の化身、モリーは……とうとう我らの舞台へと降りてきた……
勇者よ、モリーを倒し、その手から我らの未来を取り戻してくれ……
わしからの贈り物じゃ……そこに……あ……る王……冠を……と……るが……よ…………き……そ……役に…………つ……」

魔物が勇者に希望を託すなど、なんと滑稽な行いだろうと、誰かが笑うだろう。
それでも、王であるがゆえに――モルボルは勇者に希望を託した。
結局王として大したことは出来はしなかった。
それでも、宝を渡し、勇者を送り出すぐらいのことを行っても罰は当たらないだろう。

「ワシ……出来な……お前……が……お……が……」
最後の最後ぐらい、王らしくありたい。
魂と肉体をつなぐ綱を、今にも切れんとする細く脆い綱を、モルボルは――モルボルキングは最後に強く握りしめた。

「お前が、皆を……そして、あの子供を……救って、くれ」

「……はい、王様」
最後に王と認められたモルボルは、無念な顔で――そして、ほんの少しだけ笑って死んだ。
プチヒーローもモルボルのことなど、何一つとしてわかりはしない。
それでも、モルボルの死は――王と呼びたくなるような、威風を感じさせた。


サラリーマンが宇宙飛行士になると言えば難しそうな話であるが、子供が宇宙飛行士になると言えば、難しさは変わらないが可能性はあるだろうと感じられる。

氷精【ジャックフロスト】は火炎魔法【アギダイン】を放てない。
電気鼠【ピカチュウ】は蛸大砲【オクタンほう】を覚えない。
風龍【エアドラモン】は電気鼠【ピカチュウ】にはなれない。

可能性というレベルの話をするならば、それはもう既に何かになった者よりも、まだ何にもなっていない者の方が良い。
例えるならば、数多の進化形態を持ち、そしてこれからも新しく発見されていくであろうイーブイのそれだ。

「ア……ア……アトミックブフーラ!」
スライムのゲル状の身体が、氷精の手を形作り――ジャックフロストのみが扱えると噂される氷結魔法を放つ。
「ラァァァァァリィィィィィホォォォォォ!」
更にゲル状の身体から抜け出たいかのように、内側から勢い良く悪猿の手が形作られ、睡眠呪文が放たれる。
「ぐ ら び で」
スライムの頭頂部なのであろう部分がキマイラの顔を形作り、重力魔法を放つ。

「れいとうビーム!」
「鬼火玉ッ!」

敵の攻撃をギリギリで回避しながら、反撃を加えるグレイシア達――だが、思ったようにダメージは通っていない。

彼女たちが一度攻撃する間に三度、俗な言い方をするのならば1ターンに三回の行動。
それがスライムの行動速度と言っても良い。
モリー等は単純に一回の攻撃が凄まじく速い。
だが、このスライムは違う。
スライムの中に意識もそのままに融け合っているモンスター達が、一度に顕在化出来るのが三体。
そして、ヤマタノオロチの八つ首のように、それぞれが同時に、そしてバラバラに敵対者を襲うのだ。

その上、矛盾する様々な耐性をスライムはその身に宿している。
例えば火一つ取ってみれば、スライムは火に弱く、それと同時に火に強く、火を無効化し、そして火を吸収し、火を反射する。
全てを貫く矛と全てを防ぐ盾は同時には存在し得ない、しかしあらゆる攻撃に破壊される盾とあらゆる攻撃から守る盾は同時に存在することが出来る。
最弱の盾の分も最強の盾で攻撃を庇ってやれば、最強の盾は破壊されることが無いのである。

つまり、グレイシアとキュウビモンは詰んでいる。

モリーが最強のモンスターと呼んだのは伊達ではない。
闘いとは、つまりは如何に相手の土俵に乗らないかにある。
つまりは、自分が傷つかず相手を一方的に殺せるのが戦闘の理想である。

数多のモンスターの血と嘆きと死の上に、この理想は顕在している。

「DIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIEEEEEEEEEE」
単眼の牛頭が放ちし咆哮。

「DIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIEEEEEEEEEE」
獅子頭の放ちし咆哮。

「DIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIEEEEEEEEEE」
人によく似た顔の怪物が放ちし咆哮。

咆哮を三度重ねて、爆音。
その音を聞いたものを麻痺させる、悪魔の技。
その名をバインドボイス。
数多の悪魔を、数多の人間を葬りさった、死の声が彼女達に牙を剥いた。

「くッ……」
「あああッ!」
戦闘中に眠りながら生き延びる勇者というのもが、この世界とは近くて遠い異世界に存在するが、
そんな勇者でも戦闘中に麻痺を受ければ死んだも同然である。
そして、事実としてバインドボイスによって身体が痺れて動けない彼女達は死に体である。
スライムの攻撃を受けて死ぬ以外に無い。

「死ねば」
「よい」
「ト」
「おーもーう」
「っていうか」
「死ネ」
「俺たちのように」
「アタシたちみたいに」

スライムの中に内在する数多ものモンスターの声が、彼女達に降り注ぎ、
そして、新たな三つ首を形作った。

「ガルダイン」
最大級疾風魔法【ガルダイン】――つまりは空気。


「呪いの言葉」
最大級呪詛詠唱【呪いの言葉】――空気は呪詛によって蝕まれ死ぬ、つまりは空気の死――星の終わり。


「グラダイン」
最大級重力魔法【グラダイン】――星の終わりの後に訪れる重力の暴走――すなわち、




合体魔法――宇宙に穿たれた穴【ブラックホール】


誰も確認出来ないが故の永遠の未知、永久の虚無。
恐るべき闇が世界に召喚され――そして、グレイシアとキュウビモンは消えた。



―――決勝(5)