決勝(3)

図らずしも二対二の形になったか、否。
ルカリオとベヒーモスは二であるが、黒き竜とチャッキーは敵同士であるが故に、決して組むことは無い。
二対一対一、これがこの戦場での正確な形だと言えるだろう。
ただし――

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
黒き竜の口より紫煙が吐出さされた。
文明の発展により、誰を狙うでもなく生み出された毒――スモッグ。
毒性はあるが、致死性は低い。
排気ガスという性質上、吸い込まないという手段による回避が可能なためである。
呼吸を止めて数秒、吐き続ける相手に一撃をくれてやれば簡単に毒の垂れ流しは終わる。
ただ、黒き竜の目的は当てることではなかった。

「毒だと……」
ルカリオとベヒーモスの二匹が、敵が吐くものの正体に気づかないか。答えは否、気づかないわけがない。
しかし、問題はその先にある。
意識を失ったプチヒーローは、何の抵抗も出来ずにこの垂れ流される排気ガスを吸い込んでしまう。
そして、いざ毒状態になったとして――治療の手段がない。
つまり、スモッグの届かない位置までプチヒーローを運ぶか、あるいは黒き竜を今すぐに止めなければならない。
決断時間、五秒。考える時間は無い。何故ならば、既にチャッキーは彼らの目の前に来ていた。

「かた」
スモッグという煙幕の中、彼は音もなく、影もなく、忍び寄り、ルカリオの脇腹を抉った。
チャッキーの波導を察しての咄嗟の回避である、失敗していれば、内臓をやられていただろう。
人形であるチャッキーの波導は特別に読み辛いものであるが、殺意の波動への覚醒という経験が、ルカリオにチャッキーの殺意を読ませた。
態勢を崩したチャッキーにルカリオが回し蹴りを放った。

噛――チャッキーの頭が猛回転し、ルカリオの蹴りを喰い、止めた。
人形であるが故に出来る防御法と言えるだろう。真似をすれば死ぬ。
「くっ……」
チャッキーに歯は一本もない、ちゃちな作りの顎が口の全てと言っていい――だというのに、いやだからこそと言おうか、何という咬筋力か!
ルカリオの足は噛み付かれたままに動かない。
じりじりと血が滲んでいく、噛みちぎられるのも時間の問題か。
「ハッ!」
直ぐ様、ルカリオは跳んだ。
バック転――遠心力がかかってもチャッキーは離れない。だが、それでいい!
地面へと、チャッキーの頭が叩き付けられた。
そう、噛み付かれたままにバック転をすることで、この動きはチャッキーに対しての変則的なバックドロップと化したのだ。

「ガ……」
流石のチャッキーと言えども、予想外の一撃と言えただろう。
ルカリオの脚を離し、唾の代わりに、喰い千切り損ねたルカリオの皮膚を吐き捨てた。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
連撃である、完全にルカリオの不意をついた形で黒き竜の尾がチャッキーごと巻き込んで、彼らに叩き込まれた。
剛と吹き飛び、二、三、彼らは地を転がった。

――黒き竜とチャッキーは、お互いがお互いの攻撃を利用することで、ベヒーモスとルカリオのコンビに対し、二対二無いし、二対一に持ち込まれる場合がある。

「人形を頼む!」
「ああ!」
幸運と言うならば、今黒き竜のたたきつけるを喰らったことで、ルカリオがチャッキーと共に吹き飛ばされたことだ。
ただ二匹を撃退するだけでなく、プチヒーローを守らなければならない以上、一対一×2の状態が一番望ましい。

「そういうことだ、木偶野郎」
ルカリオの鋭い拳が、チャッキーに突き刺さった。
果たして、ダメージはあるのか無いのか、その人形の体からは反応を窺わせない。

かたかた、かたり。
かた、かたり。

拳を受けたチャッキーは壊れた玩具めいて、地を転がった。
連撃を受けて、その生命は極限まで擦り減らされたからか?否。
ゆっくりと立ち上がり、彼は中指を突き立てた。

「うおおおおおおおおおお!!!!!」
幾本もの骨を投擲されながら、ルカリオはチャッキーに迫った。

喉――向かってきた骨を右手で掴む、投げ返す。
顔面――向かう骨に頭突きをかます、血が滲む。問題ない。
両膝――跳んで躱した。
同時に水月――突き刺さる!嘔吐する。吐血する。引き抜く。

だがルカリオは止まらない――止まっている時間は無い!
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
飛び蹴り――揃った足裏が、チャッキーを打ち付けた。
チャッキーにダメージの蓄積などは通用しない、徹底的な破壊、それのみが奴を死に至らしめる。

「ああああああああああ!!!!!!!」
態勢を崩した、チャッキーにルカリオはマウントポジションを奪取した。
鉄槌。鉄槌。鉄槌。鉄槌。鉄槌。鉄槌。鉄槌。鉄槌。鉄槌。
今、チャッキーは文字通り、手も足も出せない状況下にある、距離感で言えばこの段階で決めなければならない。

「……かた」
チャッキーは嗤った。ルカリオは気づいていない、手も足も出せないチャッキーが尚、攻撃手段を失っていないことに。

――突

胴体から射出された、チャッキーの頭部がルカリオの顎に突き刺さった。
決して、ルカリオの戦意が失われたわけではない。
これははっきりと断言できる、だが衝撃がルカリオの意識をたった1秒、刈り取った。
その隙を突いて、チャッキーはルカリオから逃れた。

「かた」
一息もつかず、チャッキーはグラディウスをルカリオの脳天に振り下ろした。
「甘い!」
真剣白刃取り――達人といえど超絶の技巧を要する、この技をルカリオが成功させることが出来たのは偶然に近いと判断して良いだろう。


くれてやる 」
だが、チャッキーはあっさりとグラディウスを握る手を離し――ルカリオの側頭部に回し蹴りを打ち込んだ。

意、識、が、揺れ。て、い、る。。。
状態を立ち直す間も無く、チャッキーの拳が、ルカリオの傷口に侵食した。
ぐちゅりと、肉々しい音がした。
チャッキーが何をしたか、彼の手に付着した粘ついた液と破片を見れば、言うまでもないだろう。

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ゙」
内臓は常に油断している、己は体内にあるのだから誰も己を攻撃できはしまいと、
だからこそ内臓への攻撃は、体のどの部位よりも正直に痛みを伝えるのだ。

ルカリオは悲鳴を上げ、痙攣し、涎を流し、涙を浮かべ、
「だからどうしたあああああああああああああ!!!!!!!!!!」
チャッキーの腕を取り、地面へと叩きつけた。

ピキ――この時、チャッキー、ルカリオ、共にはっきりと人形にヒビが入る音を聞いた。
「もういっぱあああああああああああああああつ!!!!!!!」
ルカリオの足裏が、何度も何度もチャッキーの体を打ちつける。

と同時に、ルカリオに突進を仕掛けてきたチャッキーの頭部に肘打ちを放った。
肘打ちでようやくダメージが入ったのか、チャッキーの頭部も地面を転がる。

子供が遊び飽きた玩具でもこうはならぬだろう、と言える程にチャッキーの体は傷めつけられた。
それでも未だ、ルカリオには破壊の確信が持てていなかった。
ルカリオには知ることの出来ぬ情報であるが、そもそもチャッキーは死んだモンスターの恨みによって動き出すようになった人形である。
死者に言葉を届けられぬように、どれほどにいたぶろうとも死んだ者は決して殺せない。
ならば、ルカリオがいつまでも確信を抱けぬのは当然のことである。

黒き竜と戦うベヒーモスのために戻りたい、その思いはある。
しかし、チャッキーに確実にトドメを刺してから向かわねばただ闇雲に敵を増やすこととなるだけ。
果たしてどうするか――結論から言えば、ルカリオがその問題について考える必要はなかった。

かたかた、かたり。
かた、かたり。

人形が嗤う。

ルカリオがもしも、チャッキーの目――今周りにある夜よりも、なお深き闇の色を見ていれば、結果は変わっていたのかもしれない。
だが、そうはならなかった。ただそれだけのこと。


全てが光の中に消える。


チャッキーは自爆した。

かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、
かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、
かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、
かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、
かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、
かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた、かた。

笑う声しか、残らない。

一方で、黒き竜とベヒーモスの死闘も泥沼の様相を呈していた。
あらゆる攻撃がメテオカウンターの呼び水となる以上、黒き竜は迂闊に攻撃を仕掛けることが出来ない。
しかし、黒き竜はこの問題をあっさりと解決することに成功した。
さて、先程仕掛けたスモッグでメテオカウンターは発動しただろうか、答えは否。
では、何故発動しなかったのだろうか、それはスモッグが攻撃ではなかったからである。
もちろん、おいおい何を言ってるんだこのトンチキは、どう見てもスモッグは攻撃だろ、という声はあるだろう。

しかし、日照り、突風、吹雪などの自然災害に対してメテオカウンターは発動するだろうか、答えは否だ。
何故ならば、攻撃してもどうしようもないからだ。
メテオカウンターはミュウツーの例を見るように敵意に関係なく、発動する。
しかし、何の制限も無くメテオカウンターが発動してしまえば、
ベヒーモスはタンスの角に蹄をぶつけるだけで住居を全壊させ、
冬に外に出歩けば、周囲にいた関係ない者が天に与えんとした罰の巻き添えを食らうこととなるだろう。

ならば、自然環境に対してはメテオカウンターは発動しないと、そう考えたほうが自然ではないだろうか。
黒き竜のスモッグは別に、ベヒーモスを狙ったわけではない、
ただ、周囲に毒を撒き散らそうと、排気ガスを吐いているだけのことである。
故に、メテオカウンターは発動しない、それだけのことである。

当然、ベヒーモス当人にとってはそれだけのことでは済まないが。

吐き出される毒に、ベヒーモスの焦燥が募る。
翼を持つ黒き竜にはベヒーモスの攻撃が届かない。
そして、スモッグの毒は着実にプチヒーローを蝕んでいる。

逃げるか――否、ベヒーモスと黒き竜は概ね同じ速さと言って良い。
ルカリオが時間を稼いでくれるならともかく、一匹で走る分にはすぐに追いつかれるだろう。

濃霧の様な排気ガスはベヒーモス達の未来を暗示するものか。否。絶対に否。
幻獣王の臣下たる己の終わりがこんなものでいいはずがない。

「ああああああああああああああ!!!!」
この時、周囲に蔓延する毒を――ベヒーモスは敢えて、吸い込んだ。
視界にある全てが二重になり、蜃気楼のようにぼやけ、急な発熱を起こし、発汗異常が生じ、嘔吐感がこみ上げる。
ベヒーモスは血迷ったか、否。
ベヒーモスは吸い込んだスモッグを黒き竜に向けて吐き出した。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
掟破りのスモッグ返し!
吹きつけられた毒の息吹が、黒き竜を悶絶させた。
さて、ベヒーモスにメテオカウンター以外で対空攻撃はあるのだろうか、
反射的に発動するメテオ以外にベヒーモスは魔法を使えず、その巨体では黒き竜の元まで跳び上がることも出来ない。
では、反撃のスモッグは黒き竜への意趣返し以外の何物でもないのか、否。
隙を作らねば、とても当てることは出来ないが――ベヒーモスには対空攻撃を可能とする必殺技を持っている。

「あまり調子に乗るな!」
闘技場の人工の地面が、ベヒーモスの二本の角によって弾丸のように黒き竜の元へと突き上げられた。
ベヒーモスの持つ最強の盾がメテオカウンターだというのならば、彼の持つ最強の矛は二本の角から放たれるしゃくりあげである。
当然、ゴルフスイングめいたこの使用法は本来の用途とはかけ離れているが、そこは幻獣王の臣下たるベヒーモスである、それは失敗する理由にはならない。
黒き竜の腹部に闘技場を構成する一要素たる古代コンクリートの巨大な破片が激突した。
「ドゥドドオ……」
黒き血を吐き出した彼は、よろめき落ちそうになるのを懸命に堪えた。
地に落ちた竜の辿る道は、古代の神話から死と決められている。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
まとわりつく弱さを振り払うように、黒き竜は雄叫びを上げた。
生きる理由は己には無い、だが生きていられる理由はある――勝利することだけだ。
ただ、勝利するためだけにシオンタウンで己の体は造られ、敗北したからこそ元々の主人を失うこととなった。

「ぬっ!?」
何事か生じたのか、ベヒーモスの表情が一変した。
黒き竜はそれを見て、己の勝利を確信する。
プチヒーローの右肩から手先まで、びっしりと草が芽吹いている。
また、ベヒーモスの胴体にも同じことが言えた。

黒き竜が蒔いた種は無事に芽吹いた。
種の名はヤドリギ、ポケモンのみが扱える寄生植物の一種であり、
寄生した動物から栄養分を強制的に吸い上げ、種の主へとその栄養を届ける性質を持っている。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
吸い上げた栄養分が黒き竜の傷を癒していく、と同時にベヒーモスを――そして、何よりも守らなければならないプチヒーローを苦しめる。
「くっ……」
最早、黒き竜は何もする必要がない。
ただ、ベヒーモス達が枯渇するのを待って悠々と空を舞えば良い、それだけで全ては終わる。
ベヒーモスの先程の攻撃もそうそう当てられるものではない、
地面をしゃくりあげるという予備動作を見た時点で、黒き竜は回避に専念すれば攻撃は決して当たらない。
そして逃げることも出来ない、いや今となっては黒き竜も喜んでベヒーモス達を逃がすだろうが、
逃げれば、後は何も出来ぬままにヤドリギに殺される。

「卑劣漢がああああああ!!!!!!!!!!!!」
ベヒーモスは叫んだ、何よりも何も出来ぬ己の無力さに怒りを込めて。
ルカリオは今も戦っているだろう、だというのにプチヒーローを託された己は何も出来ぬのか。

――轟

鼓膜を裂かんとする爆音が生じた。
音源は――チャッキーが吹き飛ばされた方向であり、ルカリオが向かった方向である。
振り返ることは出来ない。
黒き竜はベヒーモスに直接的な攻撃は出来ないが、プチヒーロー相手ならば別である。
振り返り、隙を見せれば、プチヒーローが殺られる可能性がある。
そうだ、振り返ってはいけない。

結末は明らかだ。


――突

矢のように一直線に射られた竜の骨が、黒き竜の右目を貫いた。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

かたかた、かたり。
かた、かたり。

「ルカリオおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」

背後には、見るものへの呪いを思わせる邪悪な表情を浮かべた人形の顔はそのままに、
ただ、首から下だけがバトルレックスの死体となったチャッキーが立っている。

「かたかたかたかた」
人形が嗤う音がする。

自爆したチャッキーが何故生きているのか、その説明をしなければならないだろう。
まず、彼は自爆に巻き込まれなかった。
何を言っているんだ、このウスラトンカチは、と言いたくなるだろうが、まずはその拳を収めていただきたい。
彼は頭部を切り離しても、胴体を遠隔操作することが可能である。
この事実は、先の事例のみならず、キノガッサとの交戦時の様子を見ても明らかである。
もちろん、胴体と頭部に別の意思が宿っているということも考えられるだろうが、
そもそも、このモンスター闘技場が最後の一匹を決める戦場である以上、二匹で一匹のモンスターを参戦させるなどとは考え辛い。
よって、チャッキーはルカリオに己の胴体を破壊させるままにした。
そして、頭部のみで移動し、彼は己のふくろのなかに入り込んだ。
後はただ、不要となった胴体を自爆させるだけで良い。
ふくろそのものの耐久性はともかく、袋の中の空間に関して言えば、魔力により如何なる物も収納できる一種の超空間となっている。
実質的にこの会場で最も信用できるシェルターと言って良いだろう。
そのふくろの中に己の体を入れ、爆発から身を防ぎ、そして新たな体としてバトルレックスの遺体を選んだ。

重要なのは、チャッキーの本体である死者の念とも言うべき存在が新しい胴体を人形として認識できるかどうかである。
チャッキーの亜種は幾つもある、ならば人形という認識さえ行えれば、新たな胴体に乗り換えることが出来るかもしれない。
一種の賭けではあったが、チャッキーは勝利を確信していた。
そして、当然の如く、チャッキーはその賭けに勝利した。

新たな肉体を得たチャッキーは考える。
今、己の体は不安定だ。
肉体の性能が変わることで生じる変化がどれほどのものか想像できない。
慣れるまで、戦うのは危険だ。

だが――戦う。

身に染み付いた殺戮の技術の殺戮の快楽、それだけがチャッキーを構成している。
肉体を捨て、精神まで変えようとするのならば、それはもう、チャッキーでは有り得ない。
自分が自分であることを重要視するわけではない、
だが、殺せる相手がいるのに殺さない自分は――決して許容できない。

かたかた、かたり。
かた、かたり。

未だに竜の死体――新たなる胴体に残る肉を千切り、複数個、黒き竜へと放り投げた、当てることが目的ではない。
放り投げられた肉片に、チャッキーは飛び乗った。
新たに手に入れた竜の肉体の重量に沈む肉片、だがそれも一瞬のこと、チャッキーは再び跳んだ。
水の上を走るにはどうすれば良いか、足が沈む前にもう片方の足を出せば良い。
それと同じだ、チャッキーは肉片が沈む前に跳び、更に高所にある肉片へと飛び移る。
新たなる胴体を手に入れたことで、チャッキーの重量は飛躍的に上昇したが、沈む前の一瞬ならばどれ程の重量がかかっていようが関係ない。

「 かた かた かた かた 」
共に竜の肉体を持つもの同士が空中で向かい合う。
だが、それも一瞬のこと、次の瞬間、両者は攻撃に移っていた。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
やどりぎのタネを植え付けて逃げるなどという選択肢を選ぶ気はない、今ここで確実に殺す。
わざマシンとは、ポケモンに技を習得させるための道具であり、それ以上でもそれ以下でもない。
しかし世界でただ一匹、ここにいる黒き竜のみわざマシンそのものの名を関した技を持つ。

――わざマシン29

ペゾ  〓レベル157〓〓〓〓〓〓〓〓プチキャプテン
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓ジョンイイイイイイイイイイイイイイイ
゙?????|>はい  7 おめでとう!
いしはら アア いいえアネ゛デパミはピッピにしんかした!
イイイイイイイイイイイタイプ1みずイ;:'なかよしバッヂイイ
タイプ2サトシひよごちか2かいしねしねこうせん
イイけつばんおじぞうバッヂののののののののののののの
バーか!これはすばらしいニックネームだ

「!??!?!?!?!」
ノイズがチャッキーの中へと流れこんでいく。
この技はわざマシンの原理を応用したものと研究者の間では言われている、
すなわち技のイメージをポケモンに刻むことで技を覚えさせるように、ダメージのイメージを敵に直接刻み込んでいるのではないかと。
そもそも、黒き竜の存在自体がイレギュラー中のイレギュラーである、研究など進むようなものでもないが、地元ではこれが定説であるとされている。
さて、チャッキーにとってはこの技は実に相性が悪い。
チャッキーは肉体的なダメージに強い、というよりもどうすれば殺せるかわからない。
例え五体をバラバラにしようとも殺した――ではなく、行動不能にした、と表現した方が良いと思われるほどに凄まじい生命力を持っている。
それ故のわざマシン29である。
チャッキーの本体である死者の念に対して直接ダメージを刻みつけるこの技は、現状では唯一チャッキーを傷つけることの出来る技と言って良い。

「か……ガ……」
苦痛に悶えながら、それでもチャッキーは今やるべきことを見失わなかった。
へし折ったバトルレックスの牙を、失ったグラディウスの代わりに黒き竜の翼を切り裂く。
「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!!」

両者が両者共痛みに悶え、そして地へと落ちていく。
「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!!」
翼を傷つけられたせいで、やどりぎのタネが回復させるに十分な栄養を送るまで黒き竜は空を失った。
チャッキーは生まれ落ちて初めて、筋繊維に針をねじ込まれるような激痛を感じている。

――わざマシン29
――旋風脚

それでも、お互いに攻撃を止めたりはしない。
「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!!!!!!」
悲鳴を上げ、苦痛に悶え、それでも互いの思いは共通している。
目の前の相手を殺してやる。

「死ねええええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
殺意――それはこの二匹だけに共通する感情ではない、二匹はこの時、蚊帳に置かれた三匹目を意識の外に置いていた。
バトルレックスの巨体が、黒き竜の巨体が、木の葉の様に軽やかに宙を舞った。
この時、ベヒーモスが放ったしゃくりあげは彼の長きに渡る生の中で、最も完璧な決まりと言って良い。

この時、完全に不意を突かれた形になった黒き竜はそもそも現状を理解できなかった。
それ故に、束の間ではあるが、空を取り戻した後――
「一度で終わると思うな!!!!」
「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
再度、木の葉の様に宙を舞うこととなる。

「ぐっ……」
二度も喰らえば学習するというもの、落下地点を調整することで追撃を防いだ黒き竜であったが、そもそもその必要はなかった。
毒により消耗した上、やどりぎのタネによる吸収攻撃を受けた状態で連続でしゃくりあげを放てば、流石のベヒーモスも三度目を放つ体力は残されているはずもない。

「それがどうしたああああああああああ!!!!!!」
体力を消耗し、気力を擦り減らし、それでもプライドがベヒーモスが倒れることを許さない。
メテオカウンターという巨大な壁に阻まれて見えなかったベヒーモスという誇りのみで生きる生物の姿を、黒き竜はしっかりと見据えた。

――殺す。

「ドゥドドオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
メテオカウンターを恐れていた、だが真に恐れるべきは――プライドを傷つけられた手負いの獣!
「かたかたかた」
黒き竜がベヒーモスを恐れると同時に、チャッキーは愉悦に表情を歪めた。
そのような輩を無惨に殺してやるからこそ、最高に楽しいのだ。

「我を舐めるな……小童共が!!」
託されたプチヒーローは極限まで苦しみ、盟友となったルカリオは――死んだ。
何一つとして、戦場において特別なことではない。
だが――幻獣王の臣下たるベヒーモスが、むざむざとこのような状況を許すなど、許せぬ。

――わざマシン29

魂すらも削る苦痛の一瞬にベヒーモスの意識が消失と覚醒を繰り返し、それでも、彼は敵だけを見た。

「 天から ふりそそぐ 星よ 全てを 滅ぼせ 」

メテオカウンターは発動した。

「かたかたかたかた」
「ルカリオを殺した貴様を……逃すと思ったかッ!」
逃げようとするチャッキーを、ベヒーモスは全体重を掛けて押し潰した。
フライングボディプレス――いくら、バトルレックスの肉体が巨体と言えども、
それを上回る巨体であるベヒーモスに喰らってしまえばどうしようもない。

「……ハハハハハハハハハハハ!!!」
ベヒーモスの下で、チャッキーは嗤った。
この笑い声の真意は何か、ベヒーモスはわざわざ問い質すことはしない。
「ドゥドドドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それよりも、目の前に未だ尚、戦意を失わぬ黒き竜がいる。
飛べぬ飛竜がメテオを回避するのは不可能、かと言って逃げる素振りすら見せないのは不可解に思えたが、
今の雄叫びで最期の最期まで、黒き竜は戦い抜くものなのだとベヒーモスは理解した。

「良いだろう、貴様の犯した罪の分、まだまだ痛めつけてやる」
「ドゥドドドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ベヒーモスは心の中で幻獣王に詫びた、
申し訳ございません、我が私怨のために私は貴方の元へ帰ることはないでしょう、と。
本来のベヒーモスならば、この状況でも何よりも生存を優先しただろう。
だが、湧き上がる怒りと――そして、本人は気づいていなかったが、ルカリオの死を思った時、彼は幻獣王の元への帰還を諦めていた。
それ程に彼は、ルカリオを信頼していたのだ。

ベヒーモスは黒き竜にしゃくりあげを見舞い、受けたダメージを、
ダメージを与えた張本人であるベヒーモス達から吸い取ったエネルギーで回復し、そして反撃する。
ある種パターンめいた戦いは、全ての終わりまで続く。
このパターンが最善だからというわけではない、
ただ互いに、疲労からか技を組み立てていく余裕が無くなっただけだ。
それでも、戦意だけは鈍らない。
お互いがお互いに、殺しても足りぬ殺意を持っている。

「ドゥドドドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
黒き竜は観客席に届くよう、叫んだ。

人造ポケモンにとって、人間こそが親である。
だからこそ、彼は己の周りのポケモンを排除し続けた――勝利が親を喜ばせると知っていた。
愛されたかった、それだけだ。

だから、死ぬ間際まで殺し続けよう。

「ドゥ、父゙オ父オ゙父゙オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

――わざマシン29
――メテオ

激痛の中、ベヒーモスは己が逃れられぬ死への道を歩んでいることを自覚し、
ルカリオとボナコンの事を思い出し、
ティラノモンの結末を思い、
ミュウツー達に祈り、
プチヒーローと最期まで言葉を交わすことが無かったとため息をつき、

そして、全てを頭から消した。

申し訳ないという思いはあるが、それでも己が最期に思う者はただ一つだけだ。

「幻獣王様……申し訳ございません」

ベヒーモスが死ぬと同時に、黒き竜の命もまた、星によって潰えた。


かたかた、かたり。
かた、かたり。

そして残ったのは嗤う人形、死に体の勇者、そして――

――剛

下段回し蹴りを己の脚部に叩きこまれたチャッキーは、何故、と問うことはしなかった。
ただ、未だ生きているならば――死ぬまで殺す、それだけを思った。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ゙!!!!!」

かつて彼が味わった地獄と、今ここにある地獄は役者の違いを除けば彼にとっては同一のものと言えた。
燃え上がる世界、消えていく仲間達、伸ばせども掴めない手、そうだ、また、目の前で仲間が逝ってしまった。
そして、己も自爆によって彼の肉体は消滅した、

――良いのか?
――気にするな、お前達に死なれた方がモリーを討てる可能性が低下する。

彼がその時、ベヒーモスからそれを受け取っていなければ、そうなるはずだった。

マガタマ、名をサタン。
ガブモンに支給されたワダツミと同じく、宿主に莫大な力を与える。
それが放つ邪悪な波導がイービルスパイラルを想起させ、プチヒーローに与えることも、己自信が使うことも忌避していたが、
死の寸前、己の消失を恐れたサタン自身がルカリオへと寄生する。

そして、ルカリオの意識が消失する。
元々の重症に加え、自爆によって与えられた致命傷、その治癒のために、サタンは強制的にルカリオに睡眠を取らせた。
意識存在が持つ精神エネルギーであるマガツヒ、マグネタイトと同じく悪魔を構成する物質であるそれを吸収すればルカリオの回復は容易い。
だが、どうやって?

その問題はさほど間をおかずに解決される。

ベヒーモスと黒き竜の死亡。
肉体の死によって解き放たれたマガツヒをサタンは吸収する。
ルカリオの傷は癒やされてしまった。


――我は……この場所で、誰かに背を預けられるとは思っていなかった。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ゙ッ゙!!!!!」
決して理性など失ってはいない、だが己の中でリフレインするベヒーモスの言葉にルカリオは思考を停止してしまいたかった。
己がベヒーモスを殺したわけではない、しかし――ベヒーモスの死のみを掬い上げて糧とする己は、それよりも尚悪い。

それでも、とルカリオは願った。
「まだ、俺を戦わせてくれ」

正拳突きが、チャッキーの顔面を捉える。チャッキーは動じない、知っている。
返すチャッキーの後ろ回し蹴りの蹴り足を掴み、地面に叩きつける。
「かたかたかたかた」
チャッキーの掌に生じていた球状の炎の二連撃が、ルカリオを打つ。
炎はルカリオの弱点である、関係ない、ルカリオはチャッキーに踵落としを見舞う。

「俺は……」
起き上がると同時のサマーソルトキックが、ルカリオの顎を打つ。
宙に浮き上がったルカリオを意趣返しとばかりに、チャッキーがルカリオの足を掴んで地面に叩きつける。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
「俺はなぁ……!!」
打ち付けられる度に、膨れ上がる波導の渦をルカリオは左手に留めた。
瞬時、異変を察したチャッキーがルカリオを遠投するが、遅い。

「このままじゃ終われないんだよ!!!!」
重力から解き放たれた態勢で、ルカリオは波導を放つ。
放たれた攻撃に咄嗟にチャッキーは構えるが、それは無駄に終わる。
咄嗟に防御の構えを取った両腕ごと、未だ立つ下半身を嘲笑うように、チャッキーの上半身だけが地に落ちた。
波導剣――薄く、刃のように練り上げた波導弾を相手に当てることで敵を斬撃せしめるルカリオの新必殺技である。

チャッキーは瞬時に、己の死を悟った。
目の前の敵は、己を破壊ではなく消滅させることができる。
何故、殺したはずの相手が以前よりも力を持って蘇ったのか、そんなことはどうでもいい。
殺されてでも、殺したい。

「いつも通り、殺す……そうだろ、マスター?」
それがチャッキーの全てだ、過去の何一つにだって後悔してやるものか。

かたかた、かたり。
かた、かたり。

永遠の伴侶と裂かれた下半身が、ルカリオに向かって駆ける。
目的は自爆であることなど、ルカリオにも解りきっているだろう。
だから、チャッキーは自爆などしない。
全身を波導で覆い防御態勢を取ったルカリオに、チャッキーの下半身は蟹挟みを食らわせた。
直ぐ様、足を振り払わんとした所で、チャッキーの顔面がルカリオへと射出される。

――斬

波導剣が、チャッキーの顔面を断つと同時に、下半身が自爆した。
防御に回していた波導を波導剣へと回した隙を突いた、チャッキーの捨て身の一撃。
結果など見る必要はない、ただチャッキーは笑って、逝った。

最期までチャッキーは己の勝利を信じ抜き、自爆を耐え抜いてみせたルカリオの姿を見ることはなかった。

「この勝負、私たちの……勝ちだ」
この戦いの勝利は所詮通過点に過ぎない、それでもルカリオは死したベヒーモスのために勝ち名乗りを上げた。
自爆のダメージは決して軽いものではない、しかしルカリオは確かな足取りでプチヒーローの元へと向かった。

「ありがとう……ベヒーモス」
どれ程の激闘があったか、ルカリオにはわからない。
それでも、プチヒーローは生きている。偉大なる幻獣王の配下、ベヒーモスは約束を違えず、プチヒーローを守り切ってみせた。
ならば、ここからは己の仕事だ。

――いやしのはどう

ルカリオの放つ波導が、プチヒーローの体に力を満たしていく。
サタンがもたらした力により、ルカリオは波導の力を高めている。
今まで戦いのみに使っていた波導を癒しの力に応用できたのも、波導の強化による恩恵である。

「プチヒーロー……俺は、また生かされてしまったみたいだ。
しょうがないよな、俺は……まだ、何もしちゃいない。何も出来ないままに、死なせちゃくれないよな」
未だプチヒーローは眠りについたまま、それでもルカリオは思いを吐き出さずにはいられなかった。
何の応答もないからこそ、淀みなくルカリオは言葉を吐き出していく、己が生きる理由を証明しなければ、生きていられない。

「俺は、モリーを倒す……何があろうとも。そこだけは絶対に動かさない。
例え首がふっとばされても胴体だけで倒す、
体全部無くなったら、怨念で呪い殺す……怨念で呪い殺せるなら、モリーなんてとっくに死んでるなんて言うなよ、決意の話をしてるんだ、俺は」
ルカリオは息を深く吸い込んだ、肺を満たす空気にルカリオは己が生きていることを改めて確認する。
「モリーを倒したら、俺は仲間を助ける。その後はお前に付いて行きたい、
ここまで生きてしまったのなら、モリーではなく、俺が殺した者の仲間に殺されたい」

「だからな、プチヒーロー……改めて、頼む。
私と共に、モリーを打ち倒すため、戦って欲しい」



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「はい!」



―――決勝(4)