決勝(1)


――かたり、かた、かた、かたかたかた

生き残った者の特権の一つは感情を露わに出来るということだ。
泣き、笑い、怒り、喜ぶ――死者には出来ない、死者の表情にあるのは最期の感情の残滓のみ。
ならばこそ、チャッキーは嗤う。殺した者の分も含めて、何もかもをも踏みにじって、嗤う。
下顎が上顎が噛合う度に、かたりと音が生じる。
ただの音だ、だが――彼にとっては笑いだ。人形故に己の頬は上がらない。
故に、これが己に張り付いた微笑だ。世界に産声を上げた己の笑いだ。

ああ――この時間が一生続けばいいのに。
不自然なまでに整えられた地面を噛みしめるように、愛おしむように、しっかりと、一歩ずつ足跡を刻んでいく。
一歩一歩足跡を刻む度に、距離が縮んでいく。ああ、いっその事――このまま永遠に歩いて行きたい。

だが、何時までも楽しい時間は続かないのだ。

辿り着いた。
ゆっくりとチャッキーは上を見上げた。
己がいる部分を最下層にして、すり鉢状に観客席がある。
急造――故に新造、そこには本来あるべき血の跡も破壊の跡も、あるいは未だなお生きているかのようにこびりつく怨嗟の念も無い。
あるのは、ただ人の群れ。
そして、それに付随する狂的な熱気だけ。
莫大な金と、矮小な命を賭け、最期の戦いを観戦しに来た人間達。

そう、己が蹂躙すべきメインディッシュだ。

「ふざけるなー!」
「殺し合えー!!」
「死ねー!」
「モリーに挑みかかれー!!」
罵倒と共に降り注ぐのは、観客の投げつけたポップコーンだ。
チャッキーはバトルレックスの骨を抜いた。
アトランダムに投げつけられたポップコーンが、鋭く尖った竜の骨に縦一列に綺麗に貫かれ、整列する。
骨付き肉ならぬ、骨付きポップコーンといったところか。

「返品だ」
射――と、観客席に向けて竜の骨が飛ぶ。

「ぎゃ……」
最初に漏れたのは反射的な音だった。
だが、右目から滴る物が口に触れた時、彼は認識し、叫んだ。
「あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
骨付きポップコーンの目玉添だ。
投げ槍の様に放られた竜の骨はポップコーンを投げつけた観客の一人の右目を中身ごと射抜いた、

恍惚の時だ。
世界中のどこを探してもこれ以上に楽しい時間はないだろう。
チャッキーはうっとりと悲鳴に耳をすませた。

「や、」
「や?」
右目から脳みそまでを貫かれてなおも、喋る元気があるものなのだろうか。
しかし、残る左目が爛々と殺意に燃えている。
成程、殺意――すなわち精神が肉体の死を超越して、男を動かしているのか。

「殺れッ!奴を!!殺せッ!!死なせろ!!」
なんという男だろう。
殺れ、殺せ、死なせろ、全て同じ意味だ。
たった一度言えば済むだけの事じゃないか。
スマートじゃない。

――かたり、かた、かた、かたかたかた

「おお!始まるのか!!」
「こっちでも人間VS殺人人形の決闘が!」
「ようし!俺はチャッキーに500賭けるぞ!!」
「だったら俺はオッサンに1000だ!!」

戦いに対する熱狂が、観客の恐怖を麻痺させている。
ここは戦いの最前線。安全地帯など――ましてや客席など、どこにも無い。
誰もが、気づいている。そして、気づかないフリをしていた。
獣が己の身を裂くその時まで、彼らは永遠に偽りの観客席にて、熱狂に心体を燃やし続けるのだ。

復讐鬼が、ありったけの球をふくろから取り出した。
中央部にスイッチと黒いラインがある。
そのラインで上部の赤色と下部の白色が分離しているのだ。
名を――モンスターボールと言う。

「行けェ!行けェ!行けェ!行けェ!さぁ!さぁ!さぁ!さぁ!行け行け行け行け行け行け行け行け行け行け行けェ!」
「来い」


――来い、という声を確かにハムライガーは聞いた。

暴走したCOMPは、世界はそれ単一を以て完結するという欺瞞に満ちたベールを剥ぎ取った。
上がった幕の向こうに見えるものは何だ。楽園か。否。
だが、ハムライガーにとって少なくとも、この場所が楽園であることは絶対に有り得ず。
そしてまた、開かれた門の向こう側の世界が――楽園でないことは、誰にも証明できない。
楽園とは何処の事だ。この島で無い場所のことだ。
己の利己主義のために、誰かを裏切らず、誰かを殺さず、誰かに裏切られず、誰かに殺されず、帰還を求めず、帰還を求められず、
見上げず、見上げられず、喜ばず、喜ばれれず、祝わず、祝われず、
そこ以外ならば、もう――何処だって楽園だ。

気づけば、日付は終わっていた。もう誕生日なんかじゃない。
それでも、帰らなければならない。

門の向こう側から、誰かが手を振って己を呼びかけてくれている。
その声は誰よりも優しくて――
その姿は何よりも暖かくて――
ああ、ふうわりと風に載った甘いクリームの匂いが鼻をくすぐる。

帰らなければならない。

例え、その門の向こうが、神曲に語られし地獄であるとしても。
己以外の誰も、その声を聞けなかったとしても、その姿を見れなかったとしても、その匂いを嗅げなかったとしも。

はっきりと自分だけは感じているのだ。■■とは違う。ブリーダーさんを。

「だから邪魔を――」
モルボルには見えないのだ、ハムライガーの帰るべき場所が。
なれば、一片の慈悲もなくハムライガーの帰還を邪魔してみせる。
いや、だからこそか――?ハムライガーの罪を裁く執行人であるが故に、モルボルはハムライガーに安楽な終焉を許さぬのか。
そうであったとしても、お願いします。

僕を――

「するなァァァァァ!!!!!」

              ――見ないで。

叫びと共に放たれたブリザードは、容赦なくモルボルの肉体を襲う。
ガブモンに対しては有効打とならなかったこの冷撃は、
一切の容赦なく、無慈悲なる冷気を以ってモルボルを襲う。

「くッ!」
巨体故に猛吹雪を完全に避けきることは出来なかった、右触手の三割が行動を停止する。
冬の風の冷たさに痛みを感じることは往々にして有り得ることだが、
モルボルにとっては幸運な事に、そしてモルボルの肉体にとっては不幸なことに痛みは存在しなかった。
「……さらば我が触手!」
そこからのモルボルの行動は早かった。
クッキーのように脆くなった冷凍触手を健全な触手により破壊、破棄す。
余計な荷物を抱えている余裕はない、今背負っている王位【もの】はあまりにも重い。
触手はそのうちに再生できるであろう、だが、今躊躇えば戻らないものがある。

「おぬし……ええい!」
ハムライガーに言葉を掛けようとすれば、召喚された悪魔が牙を剥く。
全ての悪魔が真っ先にモルボルへとかかる。
――成程、溺れる犬は打て。か。
傷を負い、敵を増やし、それでも今はハムライガーの元に攻撃がいかないことをモルボルは安堵した。
「ワシは寛大じゃ、どうだ……王たるワシに仕えてみるというのは?」
「GAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!!!」
「やれやれ」
少々気落ちしないでもないが、元々会話の成立は期待していなかった。
召喚されし三匹は特異な能力を有さないのか、技も魔も無く存在に元々備わった爪が牙が、あるいは体躯の乱雑な攻撃を試みる。
それらの攻撃に対し、モルボルがやはり触手での肉弾戦に応じたのはサンダガあるいは臭い息で、万が一にでもハムライガーを巻き込まぬため。
一体目、突進してきた妖獣を触手でいなす。
その勢いのままに宙を舞い、妖獣はモルボルを討ち果たすためのスピードでもって、己の体を地面へと打ちつける羽目になった。
それと同時に、二体目モルボルの触手に噛み付き、そして数十回転の末に宙を舞うこととなる。
その時点ではモルボルも未だ己の爆弾には気づいていなかった。

三体目、右からの攻撃に一瞬反応が遅れた。
このことに関して、一切の問題はない。
敵の突進が直撃する、このことに関してもモルボルの致命傷足り得ない。
だが、威力そのものは問題ではない。
三体目の妖獣を振り払い、そこでモルボルはバランスを崩し倒れこんだ。
触手の数の減少、人間で言えば肘から先の消失に等しい。
失って早々に慣れる、そういうものでは決してないのだ。

「 さ よ な ら 」
完璧なタイミングで、二度目のブリザードがモルボルを襲った。
目前にした冷たい死の感触が、モルボルの時間間隔を限りなく濃縮する。
冷気を肌に感じ、その冷たさが痛みより変わるよりも先に無へと変わっていくのを、どこか傍観者染みた視点で感じ、
いくつもの、いくつもの、思い出が、モルボルの心を駆け抜けていき、
何もかもが真っ白になり、そして、この会場で、モルボルが、何をしたを、何が出来なかったか、
全ての記憶が今へと追いつき、そして――


――まだ、貴方は
――まだ、ワシは


――死ぬべきじゃない、
――死ねはしない、


――生きる価値のある、
――生きる価値のある


――大切な命だ
――大切な命を

「導け、王者の雷」


すぐにでもスラリンガルによる戦いを始めたいところであったが、
モンスターにも準備がいるのと同様に、モリーにもまた、ある準備が必要だった。
そのためのちょっとした寄り道を終えたモリーは、巨竜にも匹敵する重量の鎧を纏ってのシャドーによるウォームアップを行っていた。


「むっ……」
今、見たものの衝撃がモリーの動きを止めた。
天より降り注ぐ莫大なるエネルギー、王者が呼びしそれはスラリンガル越しにもモリーの目にしっかりと焼き付いている。
あの光を探して己は戦い続けていた。
勇者はデイン系統という雷を操る呪文を使うと、お伽話で読んだことがある。
そう、お伽話だ――勇者は太古の昔に消えてしまった。
少年の頃の憧れだった勇者は、憧れのままに永遠に終わってしまった。
勇者の証明たる雷はただの自然現象という事実の前に、手の届くことのない光エネルギーと熱エネルギーと音エネルギーの世界に行ってしまった。
だが、少年の頃の憧れは今再び――実体を持って、己に手を差し伸べてくれた。

そうだ、少年の頃。己は誰よりも――近所の子供よりも、年上のガキ大将よりも、学校の先生よりも、モンスターよりも、強かった。そして、それで終わりだった。
だから、お伽話の世界の勇者に憧れた。勇者にはいたのだ。自分よりも圧倒的に強い、魔王という敵が。
勇者はどんな悪にだって立ち向かい、勝利する、最高に格好いい奴だ。
そんな勇者は、誰よりも強い己に勝てるのだろうか――いや、そんな勇者にこそ、勝ちたかった。

だが、現実に勇者はおらず。
少年から青年になり、そして壮年、中年になって久しい今でも、己を満足させる相手とは出会えなかった。
勇者は己の世界にはいなかった。

「幸福が罪というならば、わしが受ける責め苦は地獄で永遠に許されぬか、あるいは魂を消されて余りある程の罪状だろう……望むところだ。
これから訪れる数分の至福のために我が人生はあった……後悔などするものか!!」
未だあの光は目に焼き付いている、だが――もう呆けている時間はない。
己も戦場に立った。そしてこれより敵が来る。
スラリンガルのガラス越しに窺えるのは、怒りの形相でこちらへと向かうルカリオに、勇者――ジュペッタだ。
いや、プチヒーローと言うべきだろうか。いや、どうでもいいことだ。
勇者と戦える――あるいは、勇者に匹敵する最強のモンスターと戦える、あるいは己が蟲毒で創り出した魔王と戦える、重要な事はそれだけだ。
ごほん、と咳払いをしてスラリンガル内蔵のカメラにピースサインを送る。
戦いが始まる。視聴者の前に、何か一つメッセージを送ろう。
己の人生の中で最高の戦いを彩るメッセージを。

「勝って来る」
そう言って、スラリンガル内部の滑り台より流れ落ちてきた隕石(この場合、実際の隕石ではなく、流星の如く敵に降り注ぐ砲弾を指す)を両手に十個ずつ持ち、砲台へと向かった。

幼いころ求めていた憧れは、すぐ側にある。

「モリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!」
雄叫びと共にルカリオはモリーの元へと駆ける。
遠目から見ても、その巨体故にスラリンガルの位置ははっきりとわかる。
そして、その巨体故の敵の強大さもまた理解しているが――感情が、それを度外視させる。
元々、敵が強大だから逃げる――そういう戦いではなかった、そして実際目の前に物質的な形で強大な敵を出されたとしても、関係ない。
拘束によって抑えこまれていた感情は過剰なまでにルカリオという存在を完全に再生させた。

心理的な障害は消え、物理的な障害もまた、闘技場の完成故にルカリオの進撃を阻めず。
ルカリオは、今!
スラリンガルとの戦闘圏内への第一歩を踏み出した!

――いつか、そん時が来るのかもしれないけど、今回は俺の番だ。俺の見せ場だ。だからしっかり、俺のかっこ良さを伝えてくれ

「俺は!今がその時なんだよ!!ボナコン!!」
友の言葉と共に、ルカリオは両手の中に波導を練り上げていく。
あの時飛行船に放った波導は届かなかった、だが今回は――ボナコンの分まで、波導を込めて、放つ。
絶対に届く。届かないわけがない。


(俺はお前みたいになれるか?)
ルカリオは心のなかで、ボナコンに問うた。
(なれるわけがない)
ボナコンは答えない。死んでしまったのだから。
答えたのは自分の声だ、人間に支配され罪を背負った、ルカリオという名の獣の声だ。

(だから……)

殺意の波導――そう、ルカリオがイービルスパイラルの支配下にある時、波導は波動だった。
何が違うかといえば、その両方は限りなく同値に近いために差異は見いだせない。
ただ、はっきりと違いを述べるならば、これはルカリオ本来の力だ。

赤々と毒々しく燃える波導が球状に練り上げられ顕現する。
あの時と同じ、ルカリオの持てる全ての気を込めた波導弾だ。

ただ、隣にボナコンはいない。
ルカリオの家族も、友も、恋人も、仲間も、いない。
クー・フーリンも、ジャックフロストも、キノガッサも、誰もいない。
すれ違った相手も、もういない。

「人間ンンンンン!!!!死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
手の中に収まりきらないほどの、一生命が持つには大きすぎるほどの、極大の波導弾が今、スラリンガルへと放たれた。
放たれた波導弾は徐々に加速をつけながら、真っ直ぐにスラリンガルへと向かう。
と同時に、スラリンガルの二対の砲台より放たれた流星群が、ルカリオを襲う。
避けなければならない――と、頭では理解している。だが、体はそれを許さない。
幾度もの連戦――そして、この波導弾。ベホマで回復したとはいえ、PPが回復したわけではない。
足りない分のPPごと、体力全てこの波導弾に注ぎ込んだ。

「報いか」
人間に操られていた――そんな言い訳など、殺した者の前で出来ようものか。己はこの手を罪無き者の血で染めたのだ。
仲間を殺した報いとして、最も憎む相手に殺されるのか。
アイロニーが効きすぎている。だが、当然の結果と言える。

仲間か――そうか。
一緒にいた時間が短すぎて、自分が抱いた思いに、違和感すら覚えていた。
だが、その違和感はすぐに消えて――ただ、自分の思いにはっきりと気づいた。

そうか、私達は仲間だったのか。

死の直前にもならなければ、はっきりと言葉にしようだなんて思えなかった。
奪われた仲間達のことばかりを思っていて、今この場所にいた仲間達を仲間と呼ぼうなどとは思わなかった。

「……皆、ごめん」
すぐ目の前にある死を前に、ルカリオはゆっくりと目を閉じた。

「ギガスラッシュ!」
暗闇の中、ルカリオは勇者の声を聞いた。
瞬時に目を開くと、力を失った流星群が真っ二つになって、あらぬ位置に落ちていく。

「お前は……」
「あきらめちゃ、駄目だ」
必死でルカリオを追いかけてきたのか息は荒く、そして今放った技のために疲労は隠しきれぬ様子だった。
それでもなお、プチヒーローはルカリオを庇うように剣を構えてルカリオの前に立っている。

「やめろ……」
口に出してからルカリオは気づく、自分は何に対してやめろと言ったのだろう。
己の死を邪魔したことか、己のためにあの巨大なモンスターに立ち向かうことか。

「私のために……死ぬな」
「死なないよ」
事も無げに、プチヒーローは言葉を返した。
見れば、恐怖だろうか。身体がわずかに震えている。
それでも、ルカリオの前に立っている。

「生きて帰って、色々としたいことがあるんです。
死んだ彼らのことを残された方たちに伝えたり、ちゃんとした墓を元々居た場所に建てたり、
この場所で生き残れた皆を、元の場所に帰る手伝いをしたり……生きて帰ってしたいこと、本当に色々あるんです」
スラリンガルの方を向いているために、プチヒーローの表情は見えない。
だが、その声に涙が混じっていることを、ルカリオは感じた。
失ったのは己だけではない、そんなことはルカリオにとって解りきっていたはずのことだった。
ただ、この場所では、初めての出会いだった。

「名前を教えてもらっていいですか?」
「ルカリオだ」
「ルカリオさん……一緒に帰りましょう」

――森に帰って仲間を助けたとして、その後はどうする?  人間と敵対して生きるのか、それとも人間達のいない場所でひっそり生きるのか?

プチヒーローの言葉に、クー・フーリンの言葉が蘇った。
帰れるのだろうか――その先があるのだろうか。
飛行船に波導弾を放とうとした時、己は帰ることを諦めた。
仲間への思いよりも人間への憎しみが勝っていた。

ジャックフロスト、キノガッサと会った時。
己は答えへと手をのばそうとしていた。
何のために人間を殺したいのか――仲間とともに平穏に暮らすためか、憎悪の感情を発散したかったのか。

「どこに……?」
この言葉が、今のルカリオにとって最も相応しい言葉のように思えた。
どこに帰ればよいのだろう、誰が待つ場所へ帰ればよいのだろう。

仲間は救えるのだろうか。
自分は何をしたいのだろうか。

「わかりません」
当然だ、とルカリオは思った。
自分でもわからないのに、他者がわかるはずがない。

「だけど僕は……ルカリオさんと一緒に、いつか帰るところを探す手伝いが出来ます。
わからないなら、わかるまで、探し続ければいいんです。
ここじゃなければ……きっと、探す時間はいっぱいありますよ」
「そうか……」

きっと言葉にすることで、お互いがお互いに理解している事柄に誤差が生じているのだろう。
それでも、探し続けるなどとは考えたこともなかった。

「私は……私達を苦しめた人間達を殺したい、元の生活を取り戻す以上に……私はそれを望んでいるのかもしれない。だから――」
「ジュペッタは……僕の友だちは、人間のご主人様が大好きだった」
ルカリオの言葉を遮って、プチヒーローが喋り出す。
人間が大好きだった、その言葉に暗い衝動が喉元からこみ上げてくるも、ルカリオは咄嗟に抑えた。

「僕とルカリオさんの姿は違います、僕とジュペッタの姿も、僕とギルガメッシュさんの姿も、この場所で出会った誰一人として僕と同じ種族のモンスターはいませんでした。
ルカリオさんが憎むような人間は……います、今ここにいる人間だって……僕達を嘲笑っているッ!でも、全員が全員……同じような」
最後まで言葉を言い終えぬまま、ルカリオがプチヒーローの胸ぐらを掴みあげた。
「私達を好奇な目で見る……あの観客達が!!今まさに私達を殺そうとするあの男が!!ボナコンの死を嘲笑ったあの人間達が!!
証明じゃないのか!?人間は皆……ドス汚れていると!!」
「僕は……信じています!!人間ではなく、自分のご主人様が大好きだったジュペッタを!!」
「それで俺にどうしろっていうんだ!!」
「わからない」
「は?」
「わからないんです……僕はルカリオさんが怒るのも当然だと思ってます、でもジュペッタの思いも……真実だと思うんです。
ただ、僕はルカリオさんに殺してほしくない。復讐が正しいとか、正しくないとか、わかりません。
でも……ルカリオさんは同じになってしまうと思うんです……ルカリオさんが憎んだ人間と同じに」
「私が……人間と同じに?」
「僕たちはモンスターとして、一緒くたにこの闘技場に集められました。ルカリオさんも、一緒くたに人間を殺すんですか?」
「それとこれとは……」
「違うと思います、でも僕から見れば……同じに見えてしまうんです…………」
「くっ……」
「僕が手伝います、だから……一緒に帰れる場所を探しませんか、お願いです」

何が正しいのだろう。いや、何一つとして正しくないのだろう。
ただプチヒーローは、ルカリオに手を差し伸べている。それだけは真実だった。

「私はここに来て、二匹を見殺しにし、三匹をこの手で殺した、それでも私に帰れる場所はあるのか……」
「だから、探すんです!!」
「消えない罪を背負った私がか!?」
「消える罪なんてあるわけないじゃないですか!!それでも生きるしか無いんです!!」
「何故だ!?」
「君は生きてるじゃないか!!」

何か言葉を返そうとして、プチヒーローの目が潤んでいるのをルカリオは見た。
己に言った言葉なのか、いや――プチヒーロー自身が自分に言っている言葉ではないか。

「あの時死んだなら、良くはなかったけど……それでもしょうがなかった!
でも僕は生きてる!ルカリオさんだって生きてる!
だったら死ぬよりもこの世界で出来る事は多すぎるぐらいにあるんだ!まだ死んでる場合じゃない!!
それに伝えなきゃ……ジュペッタの死を、ギルガメッシュの死を、ギリメカラの死を、ゲルキゾクの死を。
僕達が罪を背負ったというなら、その罪を告白するまで、絶対に死ねないんです。
罪悪感があるなら、死んで楽になるより、生きて苦しみ続けてください」
「私は……」

「グッドな攻撃をありがとうボーイ達!!」
何を言おうとしたのだろうか、だがスラリンガルに内蔵された拡声器から放たれたモリーの声がそれを掻き消す。

「さて……」


「……やられたかッ!」
地を割かんばかりに、ベヒーモスは叫んだ。
この殺し合いの破壊に成功し、後はターミナルから脱出するだけであったはずだ。
しかし、闘技場の完成によって完全に地形は変化し、ターミナルに辿り着くどころか、ターミナルの位置すら確認出来ない。
その上に――ベヒーモスは忌々しげに、スラリンガルを見上げた。
小城の如き巨体を誇る青い玉葱を模した本丸は城壁で覆われ、下にはその巨体を動かすに足る車輪が付いている。
青い玉葱正面部に備え付けられた二対の砲台の砲口の巨大さから、その砲弾の大きさとその威力は容易に察せられる。
ここまで来て負ける気は一切しないが、相手の強大さは認めざるをえない。
とにかく生き残りと早急に合流しなければならない、あの巨体に轢かれるか、あるいは砲撃を喰らえば――メテオカウンターを発することも出来ず、死ぬ。

「……なッ!?」
他の生き残りを探し、駈け出してからしばらく経過した後のことである。
付かず離れず、スラリンガルを監視しながらも移動していた。
そして、ベヒーモスは見たのだ。
スラリンガルに叩き付けられた超質のエネルギー弾を。

「戦っているのか……戦っているのだな!」
その超絶の威力。スラリンガルの城壁を破壊し、一時的な行動不能状態に陥らせているのか。
好奇と言うべきか、今――あの攻撃を放った者と接触するか、あるいはスラリンガル下部の門より侵入し、直接的にモリーを打ち倒すか。
少なくとも、今あの巨体は動きを止めているが永久にそのままということはあり得ないだろう。早急に決断しなければならない。

「リジェネだと……」
しかし、どちらの選択肢を取るにしても――そのための時間は余りにも短すぎた。
スラリンガルの自己修復機能が働き、城壁の破損箇所が肉が盛り上がるように、新たな城壁が湧き上がっていく。
ベヒーモスは、一定時間に応じて自動的に回復する治癒魔法であるリジェネといったが、概ねその認識で間違いはない。
ただ、それ以外にもスラリンガルには恐るべきスラリンガル真実が隠されているが、彼らも――また、我々も未だその真実が届くところにはない。
今はただ、その真実が明かされる時まで備えよう。

あれ程の攻撃でも、一撃でスラリンガルを破壊するところまではいかない。
そして、小規模の攻撃を積み重ねても一回のリジェネによる回復量が上回り、破壊するに至らない。
ならばどうするか、考えるまでもなくベヒーモスには手段がある。

あのエネルギー弾には劣るとも、宇宙より降り注ぐ隕石の一撃一ならば、リジェネの回復量は上回れる。
それを何度も叩きこんでやれば、完全破壊はそう難しいことではない。
そう、メテオならば。

「グッドな攻撃をありがとうボーイ達!!」
拡声器によって倍増されたモリーの声が、ベヒーモスの思考を強制的に中断させる。
魔法でも掛かっているのだろうか、その声はベヒーモスの脳内に過剰なまでにうるさく響く。

「さて……十匹になるまで生き残ったボーイ・アンド・ガール!まずは君達の名前を讃えさせてもらおう!!観客のレディース・アンド・ジェントルメンも盛大な拍手を!!」
「このタイミングで……舐めているのか!?」
ベヒーモスの声はモリーに届かない、いやこの場所にいる誰の声もモリーには届かない。
だからこそ、彼らはこの闘技場に連れて来られたのだから。

「ベヒーモス!レナモン!グレイシア!ソーナンス!ピクシー!プチヒ……ジュペッタ!ルカリオ!チャッキー!ハムライガー!モルボル!
よくここまで勝ち残ってきた……おめでとう!!私は君達を心の底から祝福する!!」
モリーの言葉と共に聞こえ出した観客席からの拍手は津波のように勢いを増し、音の洪水となって闘技場全域に染み渡った。

「よくやった!」
「大儲けさせてもらったぜ!」
「楽しかったぜェ!」
「とっとと死にやがれ!」
「ナイスファイトだった!」
「面白かったぞ!」
「ありがとうモリー!」

原始的な音の熱狂は、言語を伴って闘技場へと降り注ぐ。
そうだ。この闘技場で起こった何もかもが、観客にとっては――ただの娯楽だ。

「何故、このタイミングで言わせてもらったのか……答えは一つ、今しかないからだ!
私の攻撃は迎撃され、挑戦者が王者たる私に完璧な一撃をかまし……観客席の熱は最高潮!
そして何より……ここまで生き残った十匹が十匹とも、まだ生きている!!そう……まだ私に殺されていない、今はまだ、ね」
「成程……」

舐められている。モリーの言葉を聞いて、そうベヒーモスが判断するのは容易いことだ。
腹立たしい、その気持ちを内に沈め今聞いた情報を冷静に処理する。

話だけに聞いていたエアドラモン――確実に人間の味方になる者は死に、その友であったアグモンは死んだ。
何があったかはわからない、だが決着を着けたのだろう。
朗報といえば、ルカリオが生きていることだ。
すれ違っただけとはいえ、性格の概ねなところは知っている、ここまで来た以上、協力は問題なく行えるだろう。

そうか、一匹だけか。

元からモリー打倒のために、狂獣でなければ誰とでも組むつもりであったが、
知っている生き残りが一匹だけとは、この場所で己が会わないままに死んだ者の多さに乾いた笑いすら出る。

自分がこの場所で行ったことに砂粒一粒程の後悔もない、出来うる限り最善を尽くしたと言える。

それでも一匹か、と思う。
悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ、困惑に似た奇妙な感情だけがある。

「そうか……」


モリーの言葉を聞き、グレイシアは何かを言おうとして、言葉にしあぐねていた。
グレイシアは鮫竜を知っている素振りを見せていた、それでもあえて聞こうとは思わなかった。
もう一度会って、直接名前を聞きたいと思っていた。

「呼ばれなかったのだな、彼の名前は」
努めて気丈に振るまい、事実のみをキュウビモンは言った。
もとよりこの場所において絶対は無い。覚悟は出来たと思っていた。
そんなもの、ただの思い込みだった。
遥か昔に置いてきたはずの感情は、この小さな島で取り戻してしまっていた。

「レナモン……」
「別に悲しいっていうわけじゃないんだ……でも、胸に穴がぽっかりと開いてしまったような、いやこれが悲しみなんだろう…………私は、この感情をずっと忘れていたんだ」
ほんの少しだけ、キュウビモンは目を伏せた。それで十分だった。己もまた、泣いてなどいられない。

「教えてくれ、グレイシア……彼の名を」
「……ガブリアス、だと思います」
「そうか、ガブリアスか……ありがとう、グレイシア」
ガブリアス、ガブリアス、と名前を何度も呼んだ。返事はあるはずがない。
彼との記憶は、思い出というにはあまりにも殺伐としていた。
それでも、もう一度会いたかった。

「……レナモンさん」
「言うな、何も……泣いてなどいられない、だろ?」
慰めの言葉を掛けようとしたグレイシアを、キュウビモンは制止する。
優しくされれば、きっと今懸命に堪えているものを抑えきれなくなってしまう。
ただ、彼女自身は気づいてはいなかった。
己の目から伝うものを。

「……ええ、泣いてなど、いられません」
風の中に溶けていく涙を、グレイシアはそっと凍らせて、結晶に散らせた。
誰も泣いてなどいない。
誰もキュウビモンの涙など、見てはいない。

「急ぐぞ……もう、名前を呼べなくなるのは嫌だからな」
キュウビモンのスピードが更に上昇する。完成した闘技場にキュウビモンの足を遮るものはない。
一歩進む度に、スラリンガルが近づく、終わりへと近づいていく。

だが、終わらない。拍手の音が鳴り止まない。
何時までも何時までも、パチパチパチとピクシーの脳内で反響を繰り返す。
キュウビモンの背に揺られながら、ピクシーはかつて闘技場で戦っていた日々を思い出していた。

ああ。煌めいているように思えたニンゲン達の視線は、何よりも己を沸き立たせる拍手の音は、
こちらの心まで弾ませるような客席から聞こえる歓喜の声は、あんなにも醜く歪んだものだっただろうか。

「違う……」
否定の言葉が口を衝いて出た。頭の中で留めておくにはこの考えは膨らみすぎていた。
「ピクシー?」
隣に座るソーナンスが不安げにピクシーを見つめる。
「……この闘技場は間違ってる」
「ソーナンス!」
我が意を得たり、と肯定するソーナンスにピクシーは静かに首を振った。
「違うの、間違っているっていうのは違わないけど……その、なんて言うんだろう。
でも、多分ソーナンスが思っていることと、アタシが思っていることは違う」
「ソーナノ?」
「アタシは……好きだったの、ニンゲンが。ううん、今も好き……好きなはずなの。違う、そういうことじゃない……なんだろう、その……えっと…………」
拍手の音が鳴り止まない。過去の音色と今の音色の不協和音が止まらない。

『ピクシー』
拍手の中、ピクシーはその声を確かに聞いた。
幻聴以外には有り得ない、そこにいるはずがない、聞こえるはずのない、届くはずのない声。
己の名を呼ぶ、マスターの声。
だが、その声は真実だ。嘘だろうと、幻だろうと、ピクシーはマスターを信じた。

「アタシは、この場所が好きだった。エデンなんかじゃない、闘技場が好きだった。
私は……ここにいるニンゲンは嫌い。でも目を輝かせてアタシ達の戦いを見るニンゲンは好きだった」
迷い続けていた、今もまだ迷っている。それでも、ピクシーは取り戻した。

「アタシは勝つ」
「ソーナンス!」
「本当のモンスターバトルってものを、ここのニンゲン達に魅せつけてやるわ」
そう言って、ピクシーはだから――と言葉を続ける。
先の自信に溢れた言葉とは違って、少女のように不安に満ちた声色で。

「だから……きっと、マスターもアタシを迎えてくれるよね」
自分に言い聞かせるように、ゆっくりと、しっかりと、言う。
返事を求めたわけではない、ただの独り言だ。
自分の言葉に、何の保証もない。
ただ、許されるのは信じるという行為だけだ。

「もちろん」
そう言ったソーナンスの声音が、似てもいないのにピクシーにはマスターと重なって聞こえた。
ピクシーはソーナンスの手を握った。
ぬるりとして冷ややかで、そして暖かいソーナンスの手が、それを握り返した。

「帰ろう……きっと何もかも大丈夫だから」
揺れるキュウビモンの背で、ピクシーはゆるりとした安らぎに包まれていた。


―――決勝(2)