ブルーディスティニー

どうしてこんなことになってしまったのだろう。


月に吠えるでもなく、心ここにあらぬままハムライガーは天を見上げる。


なぜこんなことになってしまったのだろう。


殺すと決めた。他のすべてを殺してでも帰ると決めた。
今度こそ自分の意志でハムライガーは決断し、自分の手で彼を救おうとしてくれたガブモンを殺した。
そのことに何も思わないといえば嘘になる。
抱きしめてくれたガブモンの身体を引き剥がそうとして、上手く引き剥がせなくて。
だんだん冷たくなっていくその身体を涙ぐみながらそれでも、それでもと突き飛ばして。
ようやく、ようやくまた歩き出そうとしたのがついさっきのこと。

そうだ。また歩き出そうとしていたのだ。
帰るために、信じるブリーダーさんの元へと還るために、心通わした相手を殺してまで歩き出そうとしていたのだ。
彼の心を救ってくれたプチヒーローと再会してもハムライガーは迷うことなく牙を向けただろう。
プチヒーローだけじゃない。他の誰が立ち塞がろうとも、たとえその相手がどれだけ優しく手を差し伸べてくれようとも。
ハムライガーはその想いを、心を受け入れた上で、それでも、それでもと跳ね除けたことだろう。
心は、取り戻した。もう二度と、奪わせはしない。信じることも思い出した。でも彼にとっての一番は揺るがない。

たとえ他のすべてを手に入れても、一番欲しい物がなければ意味が無いから。
だからハムライガーは全てを置き去りにしてでも、最短距離で、最も可能性が高い道を駆け抜ける――はずだった。


はずだった、のに。


彼の決意を嘲笑うかのように突如殺し合いが終わりを告げる。
いや、これが真に終わってくれてたのなら良かったのだ。
ガブモンを殺してしまったことは全くの無駄にはなってしまうけれど。
どうしてあの時手を重ねなかったんだと延々後悔することにはなったろうけど。
でも、ガブモンなら、あのガブモンなら、ハムライガーがこれ以上誰も殺すことなく、大事な居場所へと帰れてたのなら。
恨みなどせず良かったでござるなと、そう言ってくれただろうとハムライガーには信じられる。
信じられるからこそそうなってさえいれば、ハムライガーは自分を許せた。
そうならなかったからこそ、ハムライガーにはもうどうすることもできない。

何も映していなかったハムライガーの瞳に影が落ちる。
ハムライガーはその影を追うようにゆっくりとゆっくりと、視線を少しずつ落としていく。
影は、人間だった。
数多の人間だった。
天から降り注ぐ大勢の人間たちだった。
奇っ怪な光景、余りにも奇っ怪な現象を前にして、しかしハムライガーの心中に驚きはなかった。
信じられない過程を経て出来上がった光景が余りにも見慣れたものだったからだ。
遮蔽物の無い砂地を囲むように聳え立つ円形の観客席。
ハムライガーが大好きなブリーダーさんと共に何度も戦ってき場所を思わせる――闘技場。

殺し合いは終わった。終わって、次のステージへと移行した。
最後の一人になれば帰れると信じてきたハムライガーへと叩きつけられた突然のルール変更。
主催者の乱入。威容を誇る巨大なモンスター。
モリーは言った、諸君らに勝利はない、と。
つまり、そういうことなのだ。
モリーは自分たちを殺す気で、ハムライガーたちを元の居場所に帰す気なんてないのだ。

分かってはいた。
ハムライガーとてモリーが大人しく返してくれると盲目に信じていたわけではない。
そもそもモリーは優勝者に栄光を与えると口にしただけで返してくれるとは一言も言っていなかった。
有りもしない一縷の望みを抱いて勝手にすがりついたのはハムライガーだ。



でもそれにしたってこんなのはあんまりじゃないか


通りすぎてしまったハッピーエンド。
その帰路として提示された2つの道。
殺しあうか脱出するか。
ハムライガーは選んだ。
殺して殺して殺し尽くして帰る道を選んだ。
なのに。なのになのになのになのに。

他ならぬモリーから、ブリーダーさんと引き離した殺し合いの主催者から、最後の一人になる道を否定された。
お前は間違っていたんだと否定された。

「なんだよ、これ。なんだんだよ、これ」

観客席を追っていた視線を遮る要塞のごとく巨大なモンスター。
戦場のど真ん中に位置しながらも挑戦者を待つかのように今はまだ動きを見せない。
あれと戦えとモリーは言う。ここに自分はいるぞとモリーは誇る。
結局は、結局はハムライガーはモリーと戦うことになってしまった。
主催者であるモリーがそういうのだから、ハムライガーにはそうするしかない。


けど、けどさ。どうせこうなってしまうのなら。モリーと戦うしかなくなってしまうのなら。
どうして僕はあの時、ガブモンの手をとれなかったんだろ。
どうして僕は殺してしまったんだろ。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして――




――僕はこんなにも死に囲まれているのだろう。




ハムライガーの周りには死体があった。
幾つもの死体があった。
まるでハムライガーに引き寄せられるように。あるいはハムライガーへと這い寄るように。
島の浮上からの闘技場への変形は彼を中心に彼が関わったありとあらゆる死を引き寄せた。


スライムが死んでいた。


トンベリが死んでいた。


ハムが死んでいた。


ホイミスライムが死んでいた。


マンイーターが死んでいた。


ギリメカラが死んでいた。


ゲルキゾクが死んでいた。


ガブモンが死んでいた。


ハムライガーが殺したから。ハムライガーに関わったから。彼らはみんな、死んだ、殺された。
無意味に。無価値に。無駄に。殺した。殺された。

「う、うわあああああああああああああああああああああああああああ!」

帰れると信じたからガブモンを殺した。
帰れると信じてきたからガブモンを殺したことにも耐えられた。
帰るためにはこれしかなかったから。
これが一番可能性の高い方法だったから。
殺してでも帰りたい場所があったから。

だから、だから、ならば。
それが全部無駄であった以上、殺しても帰れない以上、殺したのに帰れない以上、ハムライガーは罪悪感に耐えられない。
血にまみれてしまった自分自身を受け入れられない。
殺してしまったモンスターたちを見返すことが、できない。

ハムライガーは逃げた。
死体の群れから逃げた。
自らが呼び込んだ死から逃げた。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。
逃げる彼を数百、数千、数万の目が追いかける。
喜色が伝わってくる。歓声が聞こえる。
慣れ親しんだはずの光景、かつてはブリーダーさんと共に声に答え、勝鬨をあげ、尻尾さえも振った彼らの視線が、怖い。
全部見てきたぞと嘲笑っている彼らが、全部見てきたのに笑えている彼らが、■■が、怖い。

浮かびかけた言葉を塗りつぶす。辿り着いてはいけない思考を塗りつぶす。
しかしどれだけ苦しもうと、どれだけ辛かろうと、一度壊し尽くされ、そこから掬い上げられた心には現実から逃げることも許されない。
そうだ、逃げ場なんてどこにもないのだ。
追いかけてくるのは■■の目で、死者の目で、そして自分自身の目だ。
誰も自分からは逃げられない。

逃げられないと分かっていて尚、否、分かっているからこそハムライガーはこの世界から逃げたかった。
モリーと戦うという選択肢はもう彼にはなかった。
そうするしかないと分かっていても、そうしたところで帰れる未来が思い浮かべなかった。
モリーを殺したところで自分を追いかけてくる目が一つ増えるだけだ。
そしてきっと、■■たちは、自分たちの親玉が殺されたとしても大盛り上がりでハムライガーのことを称えるのだ。
闘技場とはそういうところだ。
闘技場に降り立った以上、モリーは主催者であると同時に参加者で、チャンピオンであると同時に挑戦者だ。
何度も何度も何度も闘技場で戦ってきたハムライガーだからこそ断言できる。
これが死合だろうとも試合である以上、■■たちは勝者へと歓声を贈る。
■■にだろうが、モンスターにだろうが、人殺しにだろうが、彼らは偉業だと、素晴らしいと熱狂する。

その未来図がどこまでもおぞましかった。
これまでハムライガーがブリーダーさんと歩んだ過去が冒涜されているようで。
これからハムライガーがブリーダーさんと歩みたい未来までも急に色褪せて見えて。

ああ、なんてことはない、ガブモンが言ったのはこういうことだったのだ。
殺してしまっては帰れない。
どれだけブリーダーさんが受け入れてくれたとしても、他ならぬ自分自身が取り戻したはずの場所を受け入れられなくなる。

道が、閉ざされる。
帰り道が、閉ざされる。
物理的にも、精神的にも閉ざされる。
袋小路、袋のネズミ。
ハムライガーは追い詰められていた。
逃げ場のない世界で追い詰められていた。

だからこそ、それは。
世界から、未来から、■■から、自分自身から、逃げたいが一心で当て所なく走り続けていた彼の目に入ってきた“それ”は。

ハムライガーにとって地獄へと垂らされた蜘蛛の糸だった。

「……あ」

ハムライガーには“それ”が何なのかが一目でわかった。
モンスターとしての自分の本能がその小さな機械が何なのかを彼に理解させた。
先ほどまでの様子が嘘のように走るのをやめ、ふらり、ふらりと、吸い寄せられるようにハムライガーが“それ”へと歩み寄っていく。
その小さな機械からは暗黒の瘴気が溢れだし、形を作ろうとしていたがハムライガーは気にもしなかった。
涙で曇っていた視界が黒く染まろうとも、もとより、今のハムライガーには“それ”しか目に入っていなかった。
“それ”は門だった。ここでとは違う世界へと繋がる小さな門だった。
ハムライガーをこの世界から逃してくれる門だった。

そっと、ハムライガーは前足を伸ばし、門へと触れようとする。
門は小さくて身体丸ごとがくぐり抜けられるような大きさではなかったけれど。
不思議とハムライガーにはこうすれば、自分の望みが叶えられるという確信があった。
その確信に応えるように、門から引力が生じハムライガーを“この世から消し去って”くれようとしたところで。

「何をしておるか、サンダガ!」

雷が降り注ぎ、闇を照らし瘴気を払う。
続いて伸びくる触手が、門との間に割って入った雷に思わず条件反射で手を引いてしまったハムライガーを弾き飛ばす。
ごろごろと大地を転がるハムライガー。
彼が身を起こし、怒りを湛えた瞳で前を睨みつけた時、そこには、門の前に立ち塞がる唯一匹の王がいた。


✡  ✡  ✡

間一髪のところだった。
そう息をつく間もモルボルには許されなかった。

「何をしておるか、だって……。君の方こそ何してくれてるんだよ!
 僕は僕は帰らないといけないんだ、帰らないと全てが無駄になっちゃうんだ!」

怒気を叩きつけてくる手負いの獣、彼が何を願い、何故かような危険な機械に手を伸ばしたのか、モルボルには分かる気がした。
ゲルキゾクと同じようにこの獣にも帰るべき場所が、頭を垂れたいと願う主がいるのだ。
きっとそれは勘違いではないだろうと、モルボルは自らの直感を信じる。


そもそも彼がぎりぎりで割り込めたのは偶然ではなかった。
見失った暴走COMPを一刻も早く見つけ出そうとモリーさえも後回しにして探しまわっていたモルボルは悲痛な叫びを聞いたのだ。
急いで駆けつけた時には叫び主は去った後だったが見覚えのあるモンスターの死体がモルボルを出迎えた。
言うまでもない、ゲルキゾクの死体だった。
見渡せばそこにあるのは死体は一つだけではなかった。
ゲルキゾクの仕業だろうか、余りにも多くの死体が転がっていた。

ぐっと言葉を飲み込むモルボル。

もしそれが、そのうちの何匹かでもゲルキゾクがなした死だというのなら、それは彼の生を許したモルボルの罪でもあった。

「許せ、とは言わぬ。ただ、お主らの死をワシに背負わせて欲しい」

僅かな間だけ目を閉じ名も知れぬモンスターたちに黙祷を捧げる。

「ゲルキゾクよ……」

目を開き、志半ばで息絶えたとある女の忠臣へと声をかける。
あれだけ拘っていた契約を履行できなかったのだ。さぞかし無念であったろう。
しかしその無念はゲルキゾクのものであって女主人とやらのこともよく知らぬモルボルが語っていいものではない。
だからこそ、モルボルは違う言葉を口にした。

「忠道、大義であった。後は任せよ」

ゲルキゾクだけではない。
ここに眠る全てのモンスターたちに誓いを立てる。
彼らはモルボルの臣ではない。だがモルボルの民ではあった。
そうだ、モルボルは王なのだ。
民を、纏め、導き、背負うものなのだ。
国あっての王、民あっての王。
モルボルがまずすべきことは臣下を得ることではなく、民を省みることだったのだ。
先王に王冠を託されてようやく、モルボルはそのことを思い出した。
知っていたはずなのに。彼が憧れた王とは民に求められ、民のために立ち上がった者だったというのに。
なればこそ、今ここに王となったモルボルは改めて全てのモンスターの意思と遺志を背負う。

ゲルキゾクは最後まで主に尽くそうとしていた。
グレイシアたちは仲間の無事を願っていた。
横暴なスライムたちは勝者となるべく力を求め、善良なスライムはみんなに愛される王を願った。
チャッキーは今も殺戮に酔いしれていることだろう。

それら全ての願いをよしとしよう。
無論、王とは願望機ではない。
何もかもを無差別に叶えるわけでもなく、モルボルとしてもチャッキーの虐殺などは許すつもりもない。
だがチャッキーというモンスターがそのような願望を抱いたことは刻んだ上でそれを裁き、王として一人の民を誅しよう。
なるべきはモンスターマスター(モンスターの支配者)にあらず。
モンスターキング(モンスターのための王)なり。



その一歩としてモルボルは立ち去った叫び声の主を足跡を頼りに追いかけた。
王として嘆く民を捨て置くわけにはいなかった。
そうして追いついた先にいたのが、主のもとに帰ろうとする獣で、更には探していたCOMPまでも見つけられたというのなら。
これは運命が、いや、ゲルキゾクたちが導いてくれたに違いあるまい。
王は民を導く者だが、王道を示すのは民の願いである。


ならば、王として応えねばなるまい


前門の獣、後門のCOMP。
状況は決して良いものとは言えない。
獣は今にもモルボルに襲いかからんとしているし、COMPに至っては明らかに先刻よりもゲートが大きくなっている。
放っておけば何が起きるか分からない以上、モルボルは獣を止めながらもCOMPの破壊を敢行しなければならない。
それはつまり獣とCOMPから召喚される悪魔を同時に相手にしなければならないということだが……。


ここで退くわけにもいくまいよ


COMPが何をなそうとしているのかは分からない。しかし“贄”を求めているのは確かだ。
ここでモルボルがどけば、獣はCOMP自身に吸収され贄とされるか、COMPが呼び出した悪魔に殺されてしまうことは目に見えている。
王としてそれだけは看過する訳にはいかない。

「ワシの名はモルボル。王をしておるよ」

では続けるとしよう、王道を。
民を護り外敵を討つという王道を。
かつてモルボルが憧れた人間の王のように。
民に請われ、モルボルへと立ち向かい、劣勢にあって尚民の、臣下たちの声に立ち上がったあの王のように。


たとえその結末があの王と同じく――であろうとも。


【E-5/平地/二日目/黎明】

【ライガー(ハムライガー)@モンスターファームシリーズ】
[状態]:涙に浮かぶ曇った未来
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:帰■た■――逃げたい

【モルボル@ファイナルファンタジー】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[装備]:スライムのかんむり@ドラゴンクエスト
[所持]:せいなるまもり
[思考・状況]
基本:民はここにあり、臣とは我に続くものなり
 1:モンスターキングとして民を導き、逆賊を裁き、外敵を討つ
 2:獣(ハムライガー)をCOMP及び召喚される悪魔から護りつつ、COMPを破壊する
 3:託された意思と背負いし遺志は全て我が胸に

[備考]
[備考]
オス。王による討伐を受けて尚、彼はここでこうしていきている。ならば――。
唯一匹のモルボルを王道へと導くことで、民を護り国を守り抜いたとある人間の王のその生き様にこそ憧れた。

※モー・ショボーの支給品、COMP@デビルサバイバーの暴走が進んでいます。
 門が人の手がくぐれるくらいには大きくなったことでより強力な悪魔を召喚できるようになっています。

※F-5などにあった死体などはE-5に再配置されたようです。


No.87:It's Time to Play 時系列順 No.90:剣に勇気を、胸に怒りを
No.88:ハルモニア 投下順 No.90:剣に勇気を、胸に怒りを
No.80:心重なる距離にある ライガー No.91:決勝(1)
No.83:先見えぬ王道 モルボル No.91:決勝(1)