心重なる距離にある

心臓が高鳴る。世界に存在する音が自分の心音だけであるかのように感じられる。
この島でハムライガーは3匹の敵を仕留めた。だが、そこに自身の意思は無い。
人形であった。傀儡であった。心をなくした怪物であった。
だが今は違う。
ハムライガーが敵を――狼を、そして自らを救った勇者を殺す。

ゴクリと唾を飲み込んだ。
心拍数が加速する。
それでも、目線は敵から動かさぬ。彼の持つ武器の全ては今すぐに振るえる状態にある。
ハムライガーはアマチュアではない、生まれつきの戦士だ。

「――イガー、拙者は――たを信――み――」
敵の声は聞かない。
この島に信じられる者など、何一つとして無いことを若き戦士は学んだ。

信じるべきものはただ己と。
「ブリーダーさん……」
風が吹けば消えてしまうような、小さな小さな呟き。
今日は世界一幸福な日であるはずだった。
だが、そうはならなかった。
月が昇る。星が瞬く。もう誕生日は終わってしまう。

「ケーキ食べたかったな……」
泣かない、そう誓った。
血に濡れた体でもブリーダーさんのもとに帰ると、ハムライガーは誓った。

求めたりはしない。
もうあるべき幸福を、あるはずだった最高の一週間を望んだりはしない。

ただ、信じるだけ。
ブリーダーさんは僕が、血塗れだって抱きしめてくれる。

「…………」
「…………」

一歩、ガルルモンが間合いを詰める。

お互いに目を逸らさない。
いや、正確には見ていたのはガルルモンだけだった。

ハムライガーは、ガルルモンの先にあるものを――帰るべき場所を見ていた。

「そうか……ハムライガー」
二歩目、次にガルルモンが歩を進めた時。戦闘が開始される。

「そなたは、拙者が見れないのだな」
「…………」
ハムライガーは答えない。

わかっていたことだ。世界の全てがハムライガーを傷つけた。
現実は悪夢めいて、ハムライガーから何もかも何もかも奪い取っていった。
だから、見ないのだろう。
最後に待ってくれている者以外を。

「だが、それでは駄目なんだ……」
ハムライガーはこれから、殺し続ける。
帰れると信じて殺し続ける。
そして、最後の一匹になって――彼は帰れるのか?

モリーが、大人しく家に返してくれるのかということもある。
だが、それだけに留まらない。

殺し続けた結果、彼はハムライガーではなくなる。

ハムライガーが帰る場所に、ハムライガーでない者は帰れるのか?

三歩目。
ガルルモンが、ハムライガーが、跳んだ。

ガルルモンの巨体は、それそのものが武器と言っても過言ではない。
のしかかるだけで、ハムライガーは戦闘不能状態に追い込まれる。

ガルルモンの跳躍に対し、
ハムライガーは視線をガルルモンから動かさぬままに後方に幾度も跳ぶ。

「ハッ!」
先程までハムライガーがいた位置を、ガルルモンの前左足による薙ぎ払いが襲った。
爪は立っていない、肉球の拳であった。

リーチの差をハムライガーは考えなければならない。
ハムライガーが何十匹分でガルルモンになるか、といったサイズ差である。
ブリザードは通用しないために、必然的に攻撃は元々持つ肉体に頼らざるをえないが、
ハムライガーがガルルモンの心の臓を直接的に攻撃出来る位置に達するまで、
少なめに見積もっても5回はガルルモンはハムライガーへの攻撃を可能とする。

カタログスペックの上では完全にハムライガーはガルルモンに敗北している。
だが、当然であるがそれはハムライガーの敗北を意味するわけではない。

「ムッ……」
ハムライガーよりガルルモンの顔面に吹きつけられるブリザード、当然ワダツミによって無効化される。
だが、重要な点はそこではない。

ブリザードによってガルルモンの視界は遮られた。
そこにハムライガーが接近する。

さて、ガブモンがどれだけの戦闘経験を積んでいたとしても、ガルルモンにおける戦闘はこれが初めてである。
二足歩行から四足歩行への移行、急上昇した身体能力、未だ慣れてはいない。
対してハムライガーには、己がブリーダーと共に、積み上げたものがある。
それが相手に通用しない攻撃を利用する方法であったり、あるいは――

「そこだ!」
かつて三匹を殺したように、躊躇なく急所を狙うセンスはここでも発揮された。
ワンツー――ハムライガーの磨きあげた最強の二連撃がガルルモンの心臓部を穿かんとする。

だが、足りない。
伝説の金属ミスリルに匹敵するガルルモンの毛皮の硬度を打ち破るには、ワンツーだけでは足りない。

最初の一撃で毛皮の硬度を確かめたハムライガーは、ガルルモンの連撃を回避しつつ後退。

「仕切りなおしだな」
「…………」

ここで逃げるか、ハムライガーは考える。
プチヒーローにブリザードを放つ、ガルルモンが庇いに行く。その間に逃げる。
駄目だ。自分の発想にハムライガーは頭を振った。
その程度の時間稼ぎでは、ガルルモンからは逃れられない。
何より――ハムライガーは信じない。そのようなガルルモンの善性など信じない。

いや、わかっている。
そもそも、逃げる気なんて無い。
ここで仕留められなければ、自分は永遠に帰れない。

今仕留められないガルルモンを誰かが仕留めることなど、誰かに託してしまうなど、有り得ない。

「帰りたいか」
戦闘中とは思えないほどに、穏やかな声だった。

「……」
言葉は返さない。
前足に自分の全体重を掛けて、ぶちかましに行く。

戦い方を変える。
目まではミスリルとはいかないだろう。
足を挫き、顔を下に引き摺り下ろし、両目を砕いてやれ。

ガルルモンはハムライガーの突進を避ける。
ガルルモンの間合い、ハムライガーへの攻撃がない。

「拙者にはそなたがわからん、何を見て、何を聞いて、そうなったのかなど、何もわからん」

顔面へと放ったブリザードをハムライガーは顔の前に上げた両前足を交差させて防いだ。
そのまま体が戻る反動を利用してのハムライガーへのクロスチョップ、ハムライガーは敢えてガルルモンの懐に入ることで回避。

ハムライガーの全体重を掛けた突進がガルルモンの前足に激突する。
巨体が揺らぐ、だが、倒れない。
ガルルモンの後ろ足にロープめいた筋肉が浮かび上がる。
バック転。
言葉にしてみれば一言であるが、信じられない光景である。
懐に潜り込まれた不利な立ち位置を、ガルルモンはバック転にて脱出。

「だが、一つだけわかる。このままではそなたは帰れん」
「何でそんなことが言えるんだよ!!!」


「そなたが拙者に勝てぬからだ」
言葉と共に、ガルルモンの巨体が消えた。

「…………」
目に見えて、動揺を表すことはしない。
ただ、攻撃を警戒して、ハムライガーは周囲360度に目を光らせる。

だが用心の必要は無かった。
真正面から、ガブモンが、ハムライガーに向けて、駆ける。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
何故、進化が解除されているのか、それをハムライガーは考えない。
例え、それが罠であるとしても容易に殺せる状態にあるのならば、罠ごと踏み砕いて、殺しきる。

「歯を!食い!しばれえええええええええええ!!!!」
どれほど多くの言葉を用いれば、ハムライガーに届くのだろうか。
それほど多くの言葉を、己は使えるのだろうか。

使えはしまい。
出来はしまい。

ガルルモンの状態で確信した。

だが、それは諦めることには繋がらない。
プチヒーローがハムライガーを救ったのならば、
自分もまた諦めない。

結局はいつもの様に、戦って戦い切ろう。

ガブモンの拳がハムライガーの頬を打つ、同時にハムライガーの爪が胸部分に突き刺さる。
頭突きでハムライガーを打撃を与え、胸に刺さった爪を無理やり引き抜く。

「ハムライガー!」
「……なんだよォ!」

間合いは再び開いた。
お互いに三歩ずつ、歩み寄れば殺しきる。

「泣いているな」
「!?」
三歩互いに駆け抜けてクロスカウンター、互いに吹っ飛ぶ。
開いた距離から、ハムライガーが試験的にブリザードを放つ。
ガルルモン状態で無くなったのならば、と思うもやはり氷は通用しない。

「泣きながら戦っては、拙者どころかヌメモンも倒せんぞ」
「…………」

別にヌメモンが弱いという話をしているわけではない。

「……そなたの意思で殺すと言った、そなたの意思で帰ると言った、
それ自体は間違いないだろう、そなたの言葉には決意がこもっていたのだから。
だが、心などは全てが一つの方向を向くというわけには行かぬ、
殺意も真なら……殺したくないというそなたの悲鳴もまた真ではないか?」
「……君は!何をォ!」
ハムライガーの爪が宙を切った、ガブモンはハムライガーを見据えながらバックステップ。

「気づかないでか!ハムライガー!!殺してでも帰りたい場所は、殺しては帰れない場所であることを気づいているのだろう!!
だが、その矛盾を押しつぶしてでも帰りたいのだから!!そなたは泣いておる!!帰れぬことにそなたは心で泣いておるのだ!!」

獣泣き――!!

「だから、そなたは……泣いて、いいのだ、ハムライガーよ!!
泣いて泣いて泣いて……連れて行け、そのブリーダーとやらの……名前を、思い出を……未来を!!
拙者が……拙者達がそなたを運んでやる!!」
「僕を……」
「そなたを!」
「ブリーダーさんの……」
「ところへ!」

「そなたが帰るべき場所へ!!」



手を差し伸べたガブモンを見て、ハムライガーはゆっくりと目を閉じた。
今となっては有り得ない誕生日パーティーを思い、
トンベリがケーキを切り分けてくれたことを思い出し、

「誕生日ケーキ、一緒に食べたかったな……」



「フフ……フ……」

爪が、心の臓を、貫いた。

「駄目であったか……」

ハムライガーは泣いた。
涙を流して、それでも、ガブモンを攻撃した。

「わかっていたんだ僕も、君がいったことを」
「……そうか」
「でも、僕はブリーダーさんを信じているから、きっと帰れるって信じてるから」
「……そうだな」
「だから、これはただ単純に……モリーに従って殺しあうか、君たちに協力して殺し合いから脱出するか、どっちが帰れる可能性が高いか、それだけの話なんだ。
そして僕は……前者を選んだ、本当にたったそれだけ」
「…………」

「信じるよ、僕を治してくれたプチヒーローも、君のことも」
「だとすれば……ほんの少しだけ…………」
報われたような気がする、そんな最後の言葉が出てこない。

「でも、何よりも大事なのはブリーダーさんなんだ。それにね……もう意味が無いんだ」
もう息絶えたガブモンを振り返ったりはしない、ただキルカウントを一つ増やしただけだ。
もう、三匹殺している。これ以上、殺さないことに何の意味もない。
帰れない場所であるというのならば、やはりガブモン達がいる場所もまた、帰れない場所だった。


「……ひとりぼっちは寂しいな」



「ハムライガー……」
「プチヒーロー」
傷を癒やし、ガブモンの下に来たプチヒーローだったが、最早何もかもが遅かった。

「ガブモンは……?」
「ごめんね」

叫びたかった。
無茶苦茶に暴れたかった。
また――救えなかった。

それでもプチヒーローは、自暴自棄になったりはしない。
勇者たる自分を捨てない。

「ガブモンが出来なかったことを……」
「君が出来ると思うの?」
「出来るかじゃない、やるんだよ」

「君を……」
「まだだ!」
「「!?」」

声を聞いた。
ありえるはずのない声を。
ガブモンの声だった。

「…………心臓を貫かれて死んだはずじゃ!?」
「心臓を貫かることと……死ぬことは別だ!!」
よろりと半死人の体で立ち上がるガブモンはやはり、どう見ても死人の体であった。

「ガブモン……」
「済まぬ……プチヒーロー……だが、拙者はまだ終わってはいない」
吸引したマガタマが、第二の心臓の役割を果たしているのだろう。
だが、まだハムライガーを救っていない以上、例えマガタマが無かろうともガブモンは立ち上がったに違いない。
彼は勇気をもらっているのだから。

ガブモンはハムライガーを見た。
ハムライガーはガブモンを見た。

プチヒーローは無言で一歩退いた。

「ありがとう、プチヒーロー」

「拙者は生憎だが、心臓を貫かれた程度ではそなたをひとりぼっちにはしてやれんようだ」
「…………そうだね」
「行くぞ、ハムライガー」
「うん、今度こそ決着をつけよう」

「ガブモン進化――」

進化しながら、ガブモンは思う。
プチヒーローに最後、何と言おうか。
ああ、そうだ。自分は死ぬ。
次にハムライガーと闘えば、確実に死ぬ。
奇跡はそう何度も起こりはしない。

任せた、でもなく。
頑張れ、でもなく。
ありがとうも、言ってしまった。
ああ……

「なぁ、プチヒーロー……良い剣だろう」
ハムライガーの下に駆けながら、ガルルモンは言った。

「この島で一番最初の友が持っていた剣なんだ、大切にしてくれ」
詳しい事情はわからない。
キラーパンサーの仇をプチヒーローが討ってくれたのかもしれないし、
冗談みたいなくだらない理由であの剣を手に入れたのかもしれない。

それでも、プチヒーローがあの剣を持っているならば、何とでもどうにでもなりそうだった。

ハムライガーが向かってくる。
ガルルモンはハムライガーを見た。
タイミングを見計らう。
合った。
ガルルモンはハムライガーの背中をひょいと牙で噛むと、そのままどこかへと走り去ってしまった。

「……ガブモン」
あっという間に、プチヒーローの目の前からガルルモンとハムライガーは姿を消した。
どうにもならなかった時に、プチヒーローに危害を及ぼさせないためなのだろう。

プチヒーローは、ヒノカグツチを強く握りしめた。

【E-7/森/一日目/夜中】

【プチヒーロー@ドラゴンクエスト】
[状態]:魔力消費(大)
[装備]:水鏡の盾@ドラゴンクエスト、ヒノカグツチ@真・女神転生Ⅰ
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:勇気を与える者になる
1:…………ガブモン

【備考】
オス。泣き虫でこわがり。プチット族に期待されていたプチット族の勇者。一人称は「僕」
死後、心をジュペッタの死体に宿らせることで復活しました。








砂浜が近づく。
山生まれではあるが、海の側で死ぬのは悪くないように思われた。
ハムライガーは身動き一つしていない。
大人しく運ばれてくれている。
冷えた砂の感触が足につたわったので、ハムライガーを砂浜の上に放った。

「いざ尋常に……勝負だ」
「うん」
きっと、ハムライガーはここで自分を殺しきるだろうと思った。
放っておいても死ぬだろうが、それでもハムライガーは自分にトドメを刺す。
そうでなければ、彼は全員を殺せない。
最も、ここで殺されてやらなくても全員を殺しにかかるだろうが。

視界が霞む。
足元がふらつく。
死が迎えに来るのが早過ぎるように思う。
いや、とっくに死んでいるのだから、早く死ねよと催促しているだけなのか。
もう少し待て、せっかちな男は進化出来んぞ。

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
ハムライガーが来る。
目が血走っている。若干目が潤んでいる。
必死だなぁ、とどこか他人ごとのように見ていた。
そうだよな、必死だよな。
当たり前だ。
だから、拙者も必死でやらしてもらおう。

ガルルモンの進化が切れる。
体がガブモンに戻る。
ハムライガーは読んでいたのか、攻撃を変えたりはしない。

ワンツーが迫る。
どうにも死に際というのは、何もかもがゆっくりに見えるらしい。
ワンツーを軽々と避けてみせる。
さて、

「拙者の一世一代のカウンター受けてみよ!」
最期の力で叫ぶ。



そして、


「……なんだよ…………こんなのズルすぎるよ!!!!」



ハムライガーを抱きしめた。

【ガブモン@デジタルモンスターシリーズ 死亡】

【E-8/砂浜/一日目/真夜中】

【ライガー(ハムライガー)@モンスターファームシリーズ】
[状態]:覚醒
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:皆殺して帰る。










「お疲れ&ガブもふー!」
「やめんか!阿呆!!」

No.79:蛇足 投下順 No.81:闘技場完成
No.71:その心まで何マイル? ライガー No.89:ブルーディスティニー
No.71:その心まで何マイル? プチヒーロー No.84:勇者の誓い
No.71:その心まで何マイル? ガブモン 死亡