Theme of Evil Lucario

風のように鋭く早く大地を駆ける三つの影は留まることを知らない。
険しい山道だろうがお構いなしに突き進む、只管に突き進む。


「邪魔だホ!」


行く手を都合よく阻んでいた大樹を拳一つで遥か天高くその彼方まで飛ばすジャックフロスト。
開けられた道を共に駆けるキノガッサとルカリオが目指すのは邪悪の象徴飛行船。


ぶっ潰す。


唯一つ変わらない目標を共に乗せ三つの影は進んで行く。
足場も不安定のはずだが彼らの走りは全くそれを感じさせること無く迅速に大地を駆けていた。
しんそくを用い駆けるルカリオはこの速さに適応してくる二匹に対し疑問を抱くも考えるのを辞めた……。
飛行船を潰す事は三者一致しているが大きくかけ離れている点が一つ。
それはルカリオが全ての人間を殺すことを一つの目標にしているが二匹は違う。
彼らは甘い。甘すぎるのだ。
これ以上この悲劇を、醜い惨劇を繰り返してはならない。
クーフーリンが、ボナコンが。
死んでいった魂のためにも、数多多き全ての種族のために終わらせる必要がある。


仮に飛行船を堕す事が成功したとして彼らが人間抹殺を邪魔すると言うのなら。


ルカリオは殺す覚悟が出来ている。



「遅れるんじゃないホ。更にスピードを速めるホ」
「はっ!上げすぎて自分が崩れないように精々気をつけなッ!!」


軽い掛け合いに見えるもその速度から考えるとよく声を出せるものだ。
阻む物全てを気にせず駆ける両者は正に覇王の姿を連想させる勢いであり後ろに控えるルカリオの瞳にも猛者として写っていた。
(キノガッサはたしかに強い……がここまでの強さを誇っていたか?)


ジャックフロストに関してルカリオは全くの知識が無いため元の強さも種族の成り立ちも知らない。
だが同じ同胞のポケモンであるキノガッサについては知っているつもりでありその強さも感じたことが在る。
たしかに強い、がここまでの力だったのだろうか。余程良いトレーナーに恵まれていたのかもしれない。


(故に人間に対して甘くなる――)


誰が何と言おうと考えを変更する気はない。
先程は納得したような素振りを見せたが心の奥底では憎しみの波動が溢れていたのだ。
簡単に言葉で変えられるほどルカリオは冷静ではない。戦況を見る点からすれば勿論冷静ではあるが。


「あれだな……アンタ準備はいいよなぁ?」
「無論だホ。何時でも……万全だホ」
「思ったよりも早く見つけられたぞ――飛行船!!」


三者全員息は切れているが闘志は衰えていなく飛行船を捉えるや否や声を上げる。
「それじゃあルカリオ……アンタの波動をカマしてやんな」
「何……?」
「因縁あんだろ?一番槍をくれてやるって話」
キノガッサから斬込を託されるが二つ返事では済ませない。
記憶新しいボナコンの最期が頭の中を縦横無尽に駆け巡り彼に最初の一歩を踏み出させない。
「……アンタから聞いたことは覚えてる。呪いってのにやられるんだろ?でもダチがやられて腐っていられるのかい?」
「行けホ。こっちも好き勝手に暴れさせてもらうホ」


何だこいつらは。
何処から湧いてくるのだこの無謀なまでの挑戦精神は。
命が惜しくないのか?飛行船に危害を加えれば間違いなく死ぬ事になるのは説明済みだしあちらも了解済みだ。
それでも一番槍を任せるということはルカリオを捨て石にするつもりなのだろうか。


「しかしあの飛行船は――いや了解した」


そうか。


波動が疼く。行かせろ、出来る、絶対的な自身が湧いてくる。
「それに今ならこっちの居場所は割れてないから奇襲をかけれるホ」
「何アンタは全力をぶつければいいだけさ。『その前』と『その後』は任せな」


そして三者は深い森を飛び出し宙に飛んだ。



深呼吸を行い精神を統一するルカリオ。
宙に浮かび風を感じて今雌雄の時に馳せ参じる時が来ているのだ。
力とは心に在り。
波動は心に在り。
我は此処に在り。
浮かぶ飛行船はこちらに気付いてはいないため完全な奇襲であり好機は恐らく一度だけ。
謎のバリアが常時形成されている可能性が高いがその場合は崩せばいいだけの話。
この波動はそんな簡単に止められるものではない。

「波動は我に在り――いざ」
己の全身に波動を纏ったルカリオの瞳は飛行船に吸い込まれていくように見つめていた。
彼処には許されない存在が、断罪されるべき人間が多数乗っている。
確実に息の音を止める必要がありその役目はルカリオの努めである。
「それじゃあ準備はいいね」
「飛ばしてやる――だから決めてこいホ」

キノガッサとジャックフロストの拳に脚を預けるルカリオ。
屈み一瞬のブラストに全力を注ぐために全ての神経を脚に集中させる。
「ついてこれるかい?ヒーホー野郎」
「お前に今度鏡を買ってやるホ」
「抜かせッ!!」

無駄口事多きされど拳から伝わる波動は真の波動也。
「下噛むなよ――ッオオオオオオオオオオ!!」
「ヒーホオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


全開に腕を振るったその拳に乗っていたルカリオは凄まじい速度で飛行船に迫る。
従来のポケモンでは出せない異例の速度は神速を悠に超え今限界を超え悪を殺すために迫る。
「波動の力を――!!」
この先は恐らく飛行船の範囲内であり故に攻撃は一切阻まれる領域に侵入している。
この壁を超えられなくては自分が死ぬ。超えれば相手が死ぬ。
単純だ。命の遣り取り実に単純明快である。だから覚悟を決めれるんだ。


一度は弾かれた波動ならばそれをも壊す覇道を進むだけ――。







これは飛行船に向かっている時の会話である。
「呪いね……まぁ何が起きても不思議じゃないけどさ」
ルカリオが語る呪いと波動弾を反射した飛行船の仕組みを聞いたキノガッサとジャックフロスト。
そこにジャックフロストが見つけたターミナルエリアの件を含めればそこに何かしらの秘密があるのは確実だ。
本来ならば先にターミナルに向かうのが適作だろうが今はそんな事どうでもいい。
「飛行船はここからなら視認出来るホ」
まずは身近な飛行船に仕掛ける。これが三人の進むべき道であった。


「しかし私の波動弾を反射する程のあの呪いをどうしたら――」
「それはアンタ、自分の力を過信し過ぎじゃないかい?」
「何?」
違う違うそんな顔すんな。宥めるようにニヤリとしながら言葉を続けるキノガッサ。
「タイミングの可能性もあるって話。とりあえずもう一回飛行船に仕掛けてみなきゃその呪いってのが何かも分からないしね」
対策を練るにもまずは情報がなくては考えることも出来ない。
飛行船の仕組みを一度体験しなくては何も答えは出ず、このまま逆にターミナルに向かっても無駄足になるだろう。
「だが反逆すれば私達の命が!」
「そん時はそん時ホ。でも死ぬ気はないホ」


ジャックフロストの無責任な発言に苛立ちを覚えるも心の中に留めるルカリオ。
私は死ぬ訳にはいかない。散った仲間のためにも憎き人間どもを粛清しなくてはならないのだ。
この脳筋二人組に付き合った結果命を落としては話にも、それこそ彼らに会わす顔がない。
しかし飛行船の仕組みをよく理解していない今、もう一度飛行船に仕掛ける必要があるのは事実。
どうやらここはルカリオが腹を決めなくてはいけないらしい。
「ったくどの口が言うんだか……まぁやってみるしかないね」



「なぁルカリオ。アンタの波動弾は物理や特殊の枠を抜きで考えて遠距離技だよな
?」
「ああ。少なくとも私の手から離れるが……?」
当たり前の確認をしてきたキノガッサの問に疑問を浮かべるルカリオ。
この問に何の意味があるのか、しかしキノガッサは何か思い当たる節があるようで。
「だったら『物理』でいきゃぁ少しは違った未来が見えるかもな」
「男なら黙ってやるホ。『そこまでの手順』はこっちに任せるホ」
不敵に笑うジャックフロスト。呆れながらも瞳は真剣なキノガッサ。
この二匹が何を考えているかはルカリオには理解出来ないし、感じる波動も不明だ。
だが。何だろうか。この根拠はないが安心できる気持ちは。


「一発かましてそっから先は悔しいが一度退くしかない。そのままターミナル?ってのに向かう」
「理解した……しかしあの飛行船には」
「文句は試してから言うホ。まだ遅くはない」
そうか――ここまで来たら信じるしかないのだ。この溢れる闘気の波動を持つ二匹を。


それに人間に反逆出来るのならば。形は問わない。泥にまみれても。
この波動を用いて奴らを抹殺することが出来れば過程など気にする必要はない。
この二匹は人間に対し甘すぎる。奴らは抹殺しなければならないのだ。その役目は私が務める。


この波動は奴らを殺すための覇道也。






ルカリオを大きく射出したキノガッサとジャックフロストは役目を終え宙にいる。
いや、宙にいるのだ。翼を持たない二匹は存在することなど不可能。落下するのみ。
「さぁて……アイツらも人間だ。夜ならワンチャンって言ったところかい?」
「その線は薄いホ。だがこれだけ勢い付けて放ったルカリオでも通じないなら話が変わるホ」
波動弾。己を波動弾と化したルカリオの一撃はキノガッサとジャックフロストの手助けもあり、尋常じゃない威力となっているだろう。
もしこの一撃を防ぐ技術、或いは呪いだとするならば。此処から先は厳しい事になるのは確実。


そのルカリオは一直線に飛行船に飛んで行く。
話が本当ならそろそろ謎のバリアか何かに弾かれる頃だが――。
「……何も起きないね。やっぱり夜だと警備とか曖昧なのかね」
「――!?いやあの部屋……外れだけ一室光ってるホ!」
一度波動弾を防いだような壁は無くルカリオは問題なく飛行船に近づいているがジャックフロストは灯りを見つける。
そしてそこには怪しい人影が幾つか確認可能であり、最悪の場合罠の可能性もある。


「チィ!あいつら何をする気だ!?」
「どっちにしろルカリオに任せるしかないホ――今は落下中」


これから起きるであろう事に不穏を感じながらも今この時は何も出来ない。
落下する二人の瞳は飛行船から離れることは無かった。






纏う波動は憎き対象を消滅させるべく放つ殺意の波動。
キノガッサとジャックフロスト。両者には納得した素振を見せてはいたがやはり人間に対し甘くなれない。
大切な友を失った。誰のせいだ。これは誰に責任があるのか。
「それは薄汚い貴様らだ――人間共ッ!!」
今此処で。あの時果たせなかった鉄槌を下す。


ルカリオの想いが届いたのか否か。波動弾を弾いた謎の障壁は存在しなかった。
故に己に波動を纏わせたルカリオは苦戦することなく飛行船に接近することに成功、波動弾を放つ体勢に入る。
位置する地点は飛行船の側面、波動弾の着弾地点はホールエリアと言った所だろうか。
何にせよやっと反逆の、抹殺の第一歩を刻むことが出来る。
腕を胸の横に移し己に纏わせた波動を一点に集中させ――瞳を強く。


「――!?」
ジャックフロストが遠目で気付いた灯りのある謎の一室。
肉薄しているルカリオもまたそれを確認した。そしてそこには黒い影。
「あれは……まさか!?」
あの人間たちには見覚えがある。いやあの服装に見覚えがあるのだ。
自分は直接関与した事がないため深い理由は知らないが世間で言う悪の組織。
何故此処に。知らぬが其れは良い理由ではないのは確定であり抹殺対象に入る――何故此処に。







「呪いが発動しなかったのはこちらで一時的に全てを失くしただけ……君達モンスターは何一つ遮断出来ていないのだよ」
一室から声は届く事はないが呟く黒服が一人。



飛行船の一室は研究室のような雰囲気を帯びていた。
巨大なモニターは分割で各エリアのモンスター達を映していてその手前には操るであろうキーボードもある。
近くにはパソコンが数台とある程度の設備は整っているようだ。
「こちらの準備は出来ました……が」
何か設備を調整していた一人の団員がリーダー格で在ると思われる人物に声を掛ける。
「どうした?調整には問題無い筈だろう」
「これで『あの方』は戻ってきてくれるのでしょうか?この――モリーのやり方は間違っていると私は……いえ、出すぎた発言をお許し下さい」
「そうか。君は変革期から入った新人だね?たしかに『あの方』は戻ってこないだろう、今は我々の組織だからな」
「――ッ!」


この非道な行為に嫌気が差す人間は少なからず存在しており、それは運営側にも然り。
「まぁ金にもなるこの仕事は素晴らしい……さぁルカリオに対する準備を進めろ!」
「「「「ハッ!」」」」
リーダー格の男の伝令で一斉に作業を開始する黒尽くめの団員達。
一つの窓が開き謎の機械には一つの首輪。
(俺は何処で道を間違えたんだ……『あの方』もたしかに悪の組織として俺たちを導いてくれた。
でも今の組織は、モリーは……自分たち以外の生物をゴミ以下として……すまないポケモン達……)
そして苦悩する男が一つのスイッチを押した時一つの首輪がルカリオに向けて発射された。





波動弾の構えを解き飛んでくる物体に対処しようとするルカリオだが時既に遅し。
初動が遅れたが故に首輪はルカリオに装着され黒い電流が走る。
「ぐわあああああああああああああああああああああ」
苦し悶え首輪を外そうとするが一向に外れる気配もなく落下するルカリオ。
「この波動は――やめろ、私に何を――」
脳内に、全身に。流れてくる邪悪な波動はやがてルカリオの全てを飲み込み――。


大地に落下した。








「おい大丈夫か!?」
一足速く大地に落下していたキノガッサとジャックフロストがルカリオに駆け寄る。
この二匹は落下のインパクトに合わせ拳を叩きつけ直撃を回避したがルカリオは受け身も取れていない。
そのルカリオだが見慣れない首輪が一つ、そして何処か黒くなっておりその闘気もまた黒。
「……!?離れるホ!ソイツは――」
ジャックフロストの言葉の通り今のルカリオは『ルカリオ』ではない。
キノガッサも異変に気付き尻尾を力強く大地に叩きつけ後方へと飛ぶ。そしてその時。
ルカリオを中心に黒紫色の波動が爆発し辺りを包み込んだ。


「んだよこれ……感じ悪くなったなァルカリオ!」
飛びながら言葉を飛ばし着地するキノガッサ。
「悪魔の……何があったホ?」
何処かで感じた事のあるこの異変に心当たりが有るかどうか考えるもその必要は無いようだ。
光が収まるとそこには倒れていたルカリオが立ち上がっておりこちらを見つめていた。
しかし以前の様な気は感じられず邪悪な悍ましい闘気を放っており最早別のポケモンとなっていた。


「私は目覚めた、殺意の波動に。このイービルスパイラルによって。
そしてこれより全てを抹殺する――覇道は我に在り」


とある世界でデジモンを苦しめたリングが今ポケモンのルカリオに発動されていた。
その邪悪はルカリオが持っていた人間に対する憎悪に狙いを絞り彼の全てを乗っ取ったのだ。
今彼は人間側に一部洗脳された哀れな人形。その行動は全てのモンスターの抹殺。


殺意の波動に目覚めたルカリオが誕生した。


「おいおい……本の数分の間に随分つまんねぇ奴になったなぁオイッ!!」
言葉を出した時には既にマッハの速度で距離を詰め拳を振り上げていた。
顔面一直線。パンチなんて生温い。この拳で目を覚ましやがれ、と。
「今の私にそんなものは通じない」
拳が届くよりも速く闘気が放出されその衝撃で飛ばされるキノガッサ。
瞬時に両腕を交差させ威力の軽減に務めるもその勢いを殺す事は出来ずに大きく後方へ運ばれてしまう。
入れ替わりで上空から殴りかかるジャックフロストもまた大きく天に昇る。そしてその高さを利用する。
「ヒィィィィィホォォォォォォオオ!!」
高さからの落下と己に発動したタルカジャも併さりこの一撃は強烈な攻撃となるだろう。
「鉄拳制裁ってやつだホ!これでも喰らって少しは――」


「絶!!」
落下するジャックフロストに合わせるように波動を纏い拳を昇竜の様に放つルカリオ。
その拳はジャックフロストの拳とぶつかり、勝り、彼の首を強く掴む。この時ジャックフロストの口から唾が垂れる。
首を掴んだ腕を弱めずに彼を下にして大きく落下するルカリオ。
「塵と共に滅せよォ!!」
落下の瞬間大地に触れたジャックフロストを中心に黒紫の波動が大きく爆発を起こしエリアを破壊する。
余談だがこの時ジャックフロストの顔は笑っていた。


「冗談じゃねーよ……あの首輪にどんだけの力が秘められてんだよ……アンタも簡単に洗脳されてんじゃねぇよ!!」
しかしルカリオに言葉が届くことはない。
「言っただろ、私は全てを抹殺するだけだと」
「そんなチンケな首輪に何操ら「今度はお前がぶっ飛べホォオオオオオオオ!!」
大地に寝転んでいたジャックフロストの拳はルカリオの不意を突きド腹に命中し彼を後方へ。
牽制に放たれた波動も拳で粉砕しバックステップで体勢を立て直す。
「おいアンタその左肩――」
「こんなの余裕だホ、それよりも来るホ」


ルカリオはジャックフロストの攻撃を喰らっても気にはしていない。
それ程までに今の彼は強い。そして強い。


「もう迷いはない……全てを抹殺するだけだ」



膨れ上がる殺意の波動は留まることを知らず永遠に溢れ続ける。
「おいおい冗談じゃねぇぞ……」
その邪悪さは引いてしまう程。しかし威力は本物であり願い下げである。


「滅――」


「そうだ、これだけ言っとくよ」
キノガッサはルカリオが波動を高める中ジャックフロストに語りかける。


「同じポケモンなんだ、だったら後始末ぐらいさ」


「波動!!ダァアアアアアアアアアアアアアアアアン!!」


殺意が放たれたから全てを包み込むのに時間など要らなかった。


暗き闇夜に灯る人影の紫はまるで葬火の様に美しくも全てを消し去って――。





―――brave heart