その心まで何マイル?

心とは、どこにあるのか。
胸か、頭か、口々に語られるも、誰も在処は知り得ず。
持て余し、蝕まれ、壊し、穴が空き、黒く染まり、それでも、それでも。

心は、どこにも無くなったりはしないのだ。
無限地獄に落ちようとも、心は、無かったことになど、存在しなかったことになど、できるはずがないのだ。


ガブモンの世界は淀んでいた。
歩けど歩けど、他者には巡りあえず、山を越えて歩む森は木漏れ日を赤色に変えて、きつくその青白い毛皮を照らす。
染みこむ、血のような赤。
やがて赤すら、ガブモンに寄り添うのを辞めて、月光があたりを照らしだした。
ふわりと、優しく包み込むそれを受けて、ガブモンは空を仰ぐ。
木々の合間から覗く月は、これから高みを目指す、天国にも届きそうなところを泳ぎ、太陽の光を受けて輝く。

濁りきった心中、瞳が少しばかり洗われて、開きっぱなしになってしまったものだから、涙が溢れた。
心が溶けていく、ガブモンは咄嗟に涙をガルルモンの毛皮で拭う。

そして、一体の近づいてくる獣の姿を捉えた。
茶色いふかふかの毛皮、大きな犬、似ても似つかないが、ガブモンは同行者を思い出し、目を見開いた。
油断はするな、あれは敵かもしれない、でも、守るべき相手かもしれない。
逸る心をなんとか制御して近づく。

「そなたは……いやこちらから名乗ろう、拙者はガブモン、殺し合いには乗っておらぬ……」
間合いは、大丈夫だ。
あちらが敵対生命体でも迎撃するには充分。
予想外の攻撃に対する予想は無意味、自分ができる最も素晴らしい戦闘間合いで、ガブモンは尋ねた。

「ぶりーだーさん」

「む……?」

「あいたい」

ガブモンは、夜より暗い空虚を見た。
瞳に月は見えない、決して、明けることのない、無の空。

「ブリーダー……そなたの仲魔か」
聞こえぬと、半ば理解してガブモンは言葉にした。
そのぽっかりと空いてしまった両目を見据えても、ガブモンがたじろがなかったのは自分と僅かに重ねていたおかげであろう。
目の前にいる獣も、無くしたのだ。
それが過去なのか未来なのか、ガブモンに見当はつかなかったが。

「ぶりーだーさん」
再び出た言葉の音は、先ほどと微妙に違った。
仲魔という単語に反応したのか?

「ぶりーだーさん」

「呼べども、かえらぬよ。そなたが拙者と同じ立場であれば……の話だが」
呼んで蘇るなら、いくらでも未来の名前を、声が枯れるほどに叫んだ。

「あいたい」
壊れた機械のように繰り返す。
ただ、機械にはノイズが走っていた。
単語の意味を、思い出してしまいそうな、ノイズが。

「会えぬよ、もう……死したものには……」
諭す言葉は、自身にも辛くしみた。
傷口に塗りたくっているこの考えが果たして薬なのか毒なのか。
それでも、ガブモンの心は痛みで繋ぎ止められていた。
義務感に、まだ、まだ他者の、先の未来……進化の後にある世界を杖にして。
この痛みすら感じなくなった時に、心は壊れてしまうのだろう。
だから、荒療治に過ぎるのかもしれない。

死を認識する、埋葬という行為。
ガブモンは逃げない、死者から、後悔から。

「あいたい」

「あいたい」

「ぶりーだーさん」

「あいたい」

頻度が早くなる。
散らばって砕けて踏みにじられたそれが、体中に突き刺さって暴れていた。
痛い痛い、どうして痛いのか、思い出しちゃいけない、いけない。

「……泣いて、いいのだぞ、名も知らぬ獣よ」

「泣いて泣いて泣いて……連れて行け、そのブリーダーとやらの……名前を、思い出を……未来を」

この獣は壊れている。
確信してなお、ガブモンは決断できない。
獣に施すべき治療は、死という安寧。
ただ、もう死は、見たくなかった。

「拙者のことを瞳に入れずとも、壊れたままでも、いい、守らせてくれ」
手を伸ばす。
獣は空虚を震わせた。

「アアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

思い出す、思い出してしまう、差し出された手、拐かす優しい言葉。
壊れた心が断片で光りだす、嫌だ、嫌だ、痛い、痛い。

みらい、かこ、なんだっけ。
おもいで、おもいで。

おもいだしちゃいけない。

こいつは、じゃまだ。

ハムライガーは牙をむく。
機械演算の邪魔をする障害を消すために、忘れるために。

ガブモンは構える、このまま戦えば、こいつを殺してしまう。
殺気と底なしの狂気だけは立派であったが、狂った思考の生み出す攻撃など。
しかし、一欠片の迷いは判断を遅らせ、爪と牙がその青白い毛皮を月光の下に切り裂いた。


――刹那、澄んだ金属音が響き渡る。
蒼白の月が落ちてきたのか、ハムライガーはそれに弾かれ地面に着地する。

「間に合った……!!」

灰色の、夜が似合う人形が宙空を舞う。
ガブモンは目前の盾と人形に面食らったが、すぐさま意識を持ち直し人形を見据えた。

「ハムライガーさん……」
「そなたは、あの獣の知り合いか?」

呼吸すら感じさせずに殺意だけを迸らせるハムライガーを見遣り、ガブモンは問うた。
「さっき出会ったばかり、かな」
でも、と人形は続ける。
「僕と……僕と同じだから、止めてあげなくちゃ、助けてあげなくちゃ」

人形は盾を取る。受け止めるための盾を。
「……ふふふ、なんとも、奇縁だな」
ガブモンは笑う。
似た境遇のものが集まるとは、そして相対するとは。
違いは、あげれば山ほどある。

プチヒーローは無くした友の心を携えて、友の体で真っ直ぐに歩んできた。
ガブモンは亡くした者の心を引きずって、それでも決して捨てずに歩んできた。
ハムライガーは、失うものがあり過ぎて、砂のような心がざらざらと体の中でひっかかていた。

三者三様、しかし、心は確かに全て、そこに存在していた。

「拙者は聞きたい、そなたらのことを、しっかりと聞きたい」
もう何も知らずに失うのは嫌だ。

「僕も……僕も」
上手く言うことは出来なかった。
後悔したくない、話がしたい、失いたくない、それらがごちゃまぜに成った言葉を、プチヒーローは知らない。
「拙者の名はガブモン、そなたの名は?」

「プチヒーロー、プチヒーローだよ」
お互いの名前を名乗りあい、微笑む。


「ぶりーだーさん……?」
おもいだしたくないおもいだしたくないおもいだしたくない。
なまえ、なまえ、なまえ?

ハムライガーは吠える。
遠く遠くに吠える。
ノイズを消せ、邪魔者を消せ。
ハムライガーの世界に何かが存在してはいけない。
そもそもハムライガーとはなんだ?
自分、じぶん、ボク、ぼく?

ハムライガーは突撃する、ひっかき、突き、連携した流れる攻撃は盾を跳ね上げた。
しかし盾は超常の力により空中にとどまりなおもハムライガーをいなす。
「聞いてハムライガーさん!!勇気を、僕の手をとって、勇気を受け取って!!」
手の届かない闇の底へ手を伸ばす。
勇気を、悲しみを連れていける、乗り越えてともに歩ける勇気を。

手は勿論振り払われた。
プチヒーローは、ガブモンは、知らない
ハムライガーが見ているのが悪夢であることを。
ねじ曲がった現実であることを。
それすら、壊されてしまったことを。

彼らとは、徹底的に『違う』ことを。


もしも、それを彼らが知っていたらなにか変わったのだろうか?
いや、一切変わりはなかったに違いない、もっと、もっと強い思いで引き上げていた、それだけだ。

プチヒーローは腕を、限界の先まで伸ばす。
届け、届けと、心まで、遥かな、余りにも茫洋たる道のりへと。
牙は伸びた腕を格好の獲物として捉える、鋭い痛みが走り、プチヒーローは腕を引き抜きかけ、とどまる。

「プチヒーロー!!!」
今にも食いちぎられそうな勢いで暴れているハムライガー、慌ててガブモンが駆け寄った。

「大丈夫……大丈夫だよ」
痛い、とても痛い。
でも今は、勇気を、伝えるんだ。

「ベホマ!!!」
届いてくれ。
「ベホマ!!!!」
君の心まで。
「ベホマ!!!!!」
ありったけの声で、呪文を贈る。
癒しのおまじない、人を思う気持ちの結晶。
本来体を癒やす術を、内側へ注ぎ込む。
無意味かもしれない、届くことなど幻想なのかもしれない。
だがプチヒーローにはこれしか、これ以上の方法を見つけることは出来なかった。

自分の心を、気持ちを、勇気を、呪文に込めて込めて込めて、相手の心へ流し込んだ。

心は、どこにあるのかわからない。
しかし心は、無くならない。
砂は、雨を受けて硬さを得て。
硬さは、形を取り戻させて。
形は、破片になって。
破片は、繋がって。


「ベホマ!!!!!!」


ガブモンの言葉は包み込む月光。
プチヒーローの呪文はうららかな陽光。




全て、全て遅すぎたが。






涙がこぼれた。
温かい雫が、プチヒーローの腕に落ち、じわりと馴染んだ。
想いのぬいぐるみの体に、心の返事が、届いた。





ボクは嫌だった。
ボクは嫌だった。
ボクは、ボクは。


一つ一つ思い出す、認める、理解する、してしまう。
壊れた心は修復された。
元通り、しかし、経験や過ぎた時間は戻らずハムライガーの心になる。


そこにいるのは、他者に翻弄され続けた純真な獣ではない。

一体の、覚醒したモンスターだ。


冷気が、プチヒーローの腕を舐め上げた。
凍結する、消えた痛み。
ガブモンが引きずり出さねば、全身が氷付き砕けていただろう。

「ハムライガーさん、ハムライガーさん!!」


「ありがとう、ボクは、思い出したよ」
告げた感謝の言葉は本心。

「でも、ボクはもう誰も信じない」
願いを思いを優しさを希望を、何もかも利用されて。
幼いハムライガーは、学んだ。
本来ゆっくりと培うべき、世の不条理を、哀しい側面を。
覚えた、怒りを。
醒めた、甘い夢物語から。

「ボクは……帰る、帰るんだ。誰かに言われたからじゃない、誰かに命令されたからじゃない」
復元した心を氷が固めて守りぬく。
もう壊されてたまるか。
奪われてたまるか。

よくも、よくもボクを壊してくれたな!!!!

「ボクは、ボクの意志で、君たちを……皆を殺してブリーダーさんのところに帰るんだ!!!」
こんな世界、そもそもいらないのだ。
いらない世界の者は消せばイイ。
本当に大事なものは自分が信じられるものだけ。
ハムライガーの世界は、ブリーダーさんと歩んできた、優しい世界だけだ。

「それが……そなたの答えか」
顎を開き、ハムライガーの喉奥に冷気が充満する。
悲しげに、ガブモンはそれを見ていた。

「そんなの、そんなのダメだよ!」
「うるさい!!君も、君たちもボクを利用する癖に!!!」

ブリザード、返礼の吐息はハムライガーの精神を吐き出すがごとく。

「ガブモン、進化」
静かな言葉とともに、ガブモンは青白い毛皮を纏う巨大な獣に変わった。
吐出された吹雪をその巨体は受け止め、打ち消す。
ガブモンはワダツミの力を知らなかった。
それでも受け止めた。
心の冷たさを、痛みを知るために。

「拙者は、弱き者を守るために進化した、そう信じたい」
「ガブモン……?」

進化して、ガルルモンの名前を頂いた。
だが、まだだ。
進化した意味を、自分の信条を全うできねば、自分はまだ『ガブモン』の頃と、何も変わらない。
失った未来に、顔向け出来ない。


「進化だ、変わらないために変わる、進化だ」
その言葉は、プチヒーローの心の琴線に触れる。
ハムライガーは静観していた、否、ガルルモンの一挙一動を観察していた。
いつでも必殺の一撃を繰り出せるように、ブリーダーに教わった闘いの基本に忠実に。

「ハムライガー、拙者はそなたを信じさせてみせる」

それができねば、本当に自分がなんのために進化したのか、わからなくなってしまう。

「僕も……!!」
「そなたは、下がってその腕を癒しておけ」
プチヒーローの申し出を断る。
労りの意味もあるが、この場においてプチヒーローは適役とは言いがたいのだ。
ガブモンから見ても、彼はあまりに眩しすぎた。
きっと彼は進化を遂げたあとなのだろう。


だからガブモンは、進化を目指す。
ハムライガーとともに、進化を。

【E-7/森/一日目/夜】



【ライガー(ハムライガー)@モンスターファームシリーズ】
[状態]:覚醒
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:皆殺して帰る。
 1:もう誰も信じない。



【プチヒーロー@ドラゴンクエスト】
[状態]:魔力消費(小)
[装備]:水鏡の盾@ドラゴンクエスト、ヒノカグツチ@真・女神転生Ⅰ
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:勇気を与える者になる
1:ハムライガーさんを救う
【備考】
オス。泣き虫でこわがり。プチット族に期待されていたプチット族の勇者。一人称は「僕」
死後、心をジュペッタの死体に宿らせることで復活しました。



【ガブモン@デジタルモンスターシリーズ】
[状態]:ダメージ(中)
[装備]:マガタマ(ワダツミ)
[所持]:ふくろ(空)
[思考・状況]
基本:殺し合いからの脱出
 1:ハムライガーを信じさせてみる

[備考]
できるだけ早く進化したいと思っている。なぜか侍口調で話す。一人称は「拙者」。
ワダツミを装備することで、ガルルモンへの進化が可能となりました。

《支給品紹介》
【ワダツミ@真・女神転生Ⅲ】
マガタマの一種、氷の力を持つ。
氷結無効/電撃弱点

No.70:僕たちは世界を変えることができない。 投下順 No.72:CALLING YOU
No.69:黒く蝕み心を染めん ライガー No.80:心重なる距離にある
No.69:黒く蝕み心を染めん プチヒーロー No.80:心重なる距離にある
No.63:心蝕 ガブモン No.80:心重なる距離にある