不定形の王道

有り体に言うと、暇だった。
青い空、白い雲、それらがゆるりと様変わりしていく過程。
別にぼーっとしているわけじゃあない。
しかしこんなに暇があるのは、珍しいことだった。
だから使いあぐねた時間で、ちょっと意味のある暇つぶしをやってみることにする。

青い色は、見飽きたから。

グレイシア達と別れた後に、会話はなかった。
「ピギィ!ほっぺた擦りむいた!もうちょっと丁寧に扱えよ!」
どこが頬で顔だか分からないボンレススライムは喚く。
「っていうか、本当ににメタモンっていうの助けに行くの?そんなにお前暇なの?」
そう、会話はなかった。

「ちぇーーシカト決め込んでやがるよこのキモい植物」
返事の代わりにため息一つ。これは会話にカウントされない。

「くっさ、お前、その口臭どうにかしたほうがいいよ、お口クチュクチュモン……ギピィイイ」
ぎゅううと締めあげられて言葉を強制終了させられるボンレススライム。
自慢の武器である息を侮辱されたのもあるが、余りの雑音のひどさに予想外の力がこもる。
これ以上やるとボンレスを通り越してミンチになりかねなかった。
簡単なのは口に触手を突っ込んでやることだが……こいつの口に、触手を?冗談じゃない、考えるのもおぞましい。

「静かにするなら、解いてやろうではないか、え?」
バタバタともがくスライム。
命令するな!と言いたいのだろう。
全くここまで厚かましく生きている奴も珍しい。
もう二度と悪さしないと確約できるなら何処へなりとも捨ててしまいたい気分だ。
そんなことはあり得ないし、できないのだが。

あと数分はこれでも大丈夫だろう、いっそ気絶してくれればいいな。
珍しくなげやりな気持ちでモルボルはキングスライムを後方に紐付きで放り投げようとした。
ふ、と視界に入る青色。
空を写した水鏡、流れる不定形の道。
辿る先をなんの気なしに見れば、小高い山。
山岳地帯を縫うように続く小川か。


そう納得した瞬間、体の一部の感覚が消失した。

「ぷはあっ……なにすんだよう、もお……あれ?」
まとわりついた力のない触手は、ばらばらとスライムの周りに散らばる。
自由になった!と喜ぶより先に疑問符が浮かぶ。
スライムにしては、とても機敏に察知した。

どんなにぼんやりしたものでも気づくほどの殺気。
背後から迫るグラディウス。
鋭利な刃に削がれ、ぷるぷるとしたゼリー状の一部が持っていかれる。

「痛……くない?」
見事に切断されすぎたのか麻痺する痛覚。
モルボルも同じく、痛みなく驚愕のうちにその襲撃者を探す。
「気色が悪いな……」
じわじわと、正体不明の恐怖心が周辺を支配する。
どこから仕掛けてきた?
その答えは返っていくグラディウスが知っていた。
中空、高すぎず低すぎず、地上と空の合間。

獲物を握りしめ地に降りたそいつは、ニヤリと笑って。
かたかた、かたり。
かた、かたり。

何事かを、喋った?
錯覚かもしれない。

欠けた頭部から覗く虚ろ、血塗れの体、小柄で、まるで人形。
いや、人形の魔物か。
冷静に観察するうちに、じわじわと痛みがやってくる。
その分、得体のしれない恐怖心は薄まっていった。

緑の鞭が撓る。
まずは厄介なグラディウスを落とさんと、前方後方、左右、至るところに触手を伸ばし死角をついた。
軽業師の如く人形の魔物は触手を躱し、その細い鞭を渡っていく。
武器を投げるよりも、直に切り刻むほうがいいと触手の上を笑いながら走ってくる狂気。

「サンダガ!」
こちらも真正面から迎え撃とうと呪文を放つ。
電撃の塊は人形に炸裂し、粉々に吹き飛ばした。
そして耐え切れず散らばる血肉に目を背け――待て、血肉?
人形の体だが、やはり生物だった……いや、それではあの欠けた頭部は?

背けず、飛び出た軌跡を追いかける。
自在に空中を蹴り跳ねる人形。
通常あり得ない動き、いやよく見ろ、あいつは。
ふくろから、何かを投げている……何を?
青い色が消えかけた空に浮く、青い肉片。

それがなんなのかモルボルも、スライムも知らない。
支給された道具だろうか、違う。
道中見つけた生き物だろうか、違う。

獲物である。
人形が、チャッキーがしっかと殺した、獲物。
かつて夢を見て、目覚めた幻竜の亡骸達だ。

先程も同じように投げた肉片を足場にし、視界の外から攻撃していたのだ。
更に読めない軌道に防戦を強いられるモルボル。
スライムは闇雲にメラゾーマを撃っているが当たる気配はない。

ふくろからまた肉片を、今度は骨のついた部分ばかりを選び、お手玉しながらくるくると魅せつける。
数えて五つ、口に咥えたグラディウスも合わせれば六つか、その小さな掌が描く円は淀みなかった。
「器用なものだ、もっと他のことに活かせばよかっただろうに」
その気があって心改めるなら、道化師にでもなればいいと冗談をくれてやるが、人形は当然にこりともしない。
一つ、鋭い骨の切っ先が触手をかすめる。
二つ、三つ、地面すれすれで急上昇する肉片を横薙ぎに振り払った。
四つ、五つ、ブーメランじみて背後から迫る肉片も勿論同じく。

そして六つ目、当然来るだろう人形本体。
上空から攻めこむつもりだったろう人形を、あるだけの触手で抑えこみ捉えこもうと。



もう一度、恐怖が中空を舞った。

触手の檻の中、逃げ場を無くした、顔のない人形。

七つ目の追撃、人形と別行動をしていた頭と武器。
均衡されるそれらは、風や投げ方の工夫で操られているに過ぎない。
しかしその頭部は、文字通りチャッキーの体の一部として動き、自由自在に斬撃を振るう。
刹那、檻は破られ、モルボルは武器となる触手を失う。
頭部を取り戻し嗤うチャッキーのふくろの肉片はどれだけあるのか、他に隠し持つ武器はないのか。
まるで予想がつかない。

戦い方そのものが奔放に過ぎ、また外道を極めていた。
底知れぬ狂い、見えない思考。

「メラゾーマ!」
一瞬の好機、偶然、なんでもいい、とんでもない恐れ知らずのラッキーがモルボルの頭上を飛び越えていく。
チャッキーは、檻から脱出すると同時にまた手頃な肉片をばらまく、メラゾーマの威力を持ってしても落としきれず、本体は狙えない。
なれば。
「サンダガ!」
その火球に、雷撃を加えてやる。
想定しないコンビネーション。
勿論火と雷は仲違いし、争い、急上昇した温度と光を爆発させる。
それでいい。

チャッキーの足場となるはずの哀れなそれらは蒸発し、或いは四散していく。
「いけ!スライム!!」
「ボクはキングスライムだ!!命令するなばかちん!!!」

スライムは憤りながらも、それよりムカつく相手をやっつけるために突進していった。
なんせ切られた当初はどうともなかった箇所が痛くてたまらない。
しかもこんなにまで整っていた自分の体を欠けさせたのだ。
この世で一番価値のある自分の体を、削った罪は重い。

すううとありったけの空気を吸い込んで、キングスライムはぷくぅーと膨れ上がる。
山に届かんばかりに、王を名乗るに値する巨体を持って不敬者にぶつかってやるのだ。
普通の大きさでもタブンネの全身の骨を砕き死に至らしめた体当たり。
この大きさなら、骨すら残るまい!

「はいドーン!!」







ざくり。
「ん…………?」

痛い。
鈍痛。
しかし鋭い。
矛盾した感覚に、静止した己の体と、相手を交互に見て。

――風船というものがある。
空気を詰めた、薄い袋だ。
それは大きければ大きいほど表面が空気で膨張し、薄くなる。


「スライム!!」

シューーーーっと、漏れ出る音に、かき消されていく。
口はしっかり閉じてるはずなのに、どこから空気が。
ピタリと、チャッキーに届く寸前で動かないからだ。
突き立てられたグラディウス。
嘲笑うチャッキーの顔。

キングスライムが、疑問を言葉にしようとした瞬間、空気が漏れる刺し傷が広がる。
痛いと訴えるより速く、その体は空気を吐き出して彼方に吹っ飛んでいった。

【キングスライム@ドラゴンクエスト 死亡】


「くっ……」
正直惜しんでは居ない。
死に受ける哀しみも少ない。
でも、憤りは覚えた。

モルボルに残された武器をフル活用するよりも先に、凶器は飛んだ。
翼を得た狂気の前に、何者も残りはしない。

【モルボル@ファイナルファンタジー 死亡】



血が残らない刃物。
いい脂払いになったな。
どうでもよさそうにチャッキーはその場を去ろうとする。

美しい刃に、青い鋼に映る、背後の軍勢。
暴力的に青一色、鬱陶しいほど沢山。
新手にしては早いな、それでもいい。

また殺せる。
チャッキーは振り向き、何年ぶりかに、驚きという感情を思い出した。

地平線の彼方より疾走するは、王の軍勢。
王であった、軍勢。

キングスライムは、小さなスライムという弱小モンスターが寄り集まって生まれる王だ。
彼らにも想いが、理が、願いがあったろう。
それらすべての具現者ははじけて消えた。

だから彼らは、どんなに愚かな王であったとしても、自分たちの王を殺された復讐をするために走ってきたのだ!


「「「うおおおおよくもボクらを殺したなこのアホ野郎ぉおおお!!!」」」


……前言撤回する。
彼らもまた、愚かだった。
考えれば、まあ分かる。
そんな殊勝な集団の作る王があんなお馬鹿な道理はない、全くない。

だが愚かでも、数があると侮れはしないのだ。
津波の如く迫ってくる、青々青々青!
半透明の波にさらわれて、チャッキーはもみくちゃにされ小川を遡り流されて行った。
一匹を切ろうとそこに新たな一匹が加わる、犠牲を厭わぬ行軍。
命の価値を知らぬ、特攻。

「捕まえた!」
「このまま流し殺してやる!」
「いや押し潰そうよ!」
言いたい放題好き放題に軍勢は突き進む。
モルボルが生きていれば何処まで行くのかと呆れていただろう。

かたかた、かたり。
かた、かたり。

「あん?」






モルボルは、意識の底に居た。
死に向かう心境、閉ざされた道。
全てを悔いても遅かろう、王になれずとも、死するときこそ、王らしく。

『死なないで』

それは先ほどまで耳障りで仕方なかった声。
まさか、と聞き返す。

『ボクは王様じゃないよ、ただのスライム』
悲しそうに、スライムは笑った。

『あんな王様じゃなくて、いい王様になりたかったなあ』
あえて言うなら、彼は元来キングスライムにあるべきだった賢さと良心。
軍勢の中で一番小さなそのスライムは、波に流されずモルボルの遺骸の前で嘆く。
『でもみんなが欲しかったのはあのキングスライムだから、仕方ないね』
民が求める王は、民の理想だ。
モルボルは、一つの王の道を知る。
あれもまた、王道であったのか、と。

『ボクには、ボク達には作れなかったいい王様になってね』
是非とも請け負いたいが、無理な相談だ。
今にも死神は己の魂を黄泉へ連れて行くだろう。
そこで様々な王に出会って一からやり直すのが、一番だ。

『まだ、貴方は死ぬべきじゃない、生きる価値のある、大切な命だ』



「なんて言ったのオンボロ人形」
「命乞いかよ、遅い遅い」
「不敬なばかちんはーーー死刑!」

「「「死刑!!」」」

かたかた、かたり。
かた、かたり。

「はあ?ボソボソ喋ってネクラかお前はピゲッ」

青色、一つはじけて。
「グピィ」
二つはじけて。

連鎖するように、はじけて飛んで。
初撃は剣戟、鋭い刃物が弧を描き切り裂いた。
追撃は二翼の凶器。
切り上げた回転で勢いをつけて、ただ真っ直ぐ投げることのみ目的にした幻竜の翼はスライムたちを轢き潰す。

「ま、負ける……また死ぬ!」
「いいや、まだ手はあるぞォ!」
轟音を上げてやってくる死に抗う悲鳴。



『死せる魂よ、導きに応え、違えし道から戻り給え』

体より透明な声。
復活を願う祈り。

「ザオリクだ!ボクらがザオリクを唱えて復活すればイイ!!」

そして押しつぶすのだ。
押して固めて、もう一度、勝者の王になる!。

『汝の運ぶ命に、祝福の光あれ――ザオリク!』

二箇所で、全く同じタイミングで呪文は詠唱された。







「青い色は、見飽きたんだよ」

チャッキーの目の前から青色は消えた。
空にも、赤色が満ちている。
血の色を想起させる赤に、無表情に笑い、粘りつく酸化した夜に向けてチャッキーは歩き出す。
また獲物を探すために。


【D-6/中央川辺/一日目/夕方】

【チャッキー@モンスターファームシリーズ】
[状態]:頭部左端欠損
[装備]:グラディウス@ファイナルファンタジーシリーズ
[所持]:ふくろ(ブイモンの遺体)
[思考・状況]
基本:いつもどおりに殺戮する
 1:獲物を探す




触手が全て戻り蘇ったモルボルを見て、スライムは安心して息をつく。
「貴様は……」
途端、消えていく自分の体。
王の破片であるがため、もう一度王に戻れなければ、スライムは死ぬ。
離れた場所で仲魔は全滅した、もうキングスライムには、なれない。
「おい、待て!!!」
よかった、とスライムは、瞑目する。


次は、いい王様になりたいな、みんなに愛される、キングスライムに。
小さな小さな王の欠片は、静かにこの世から消えていった。


【キングだったスライム@ドラゴンクエスト 死亡】
【モルボル@ファイナルファンタジー 蘇生】

【D-7/橋付近/一日目/夕方】

【モルボル@ファイナルファンタジー】
[状態]:健康
[装備]:スライムのかんむり@ドラゴンクエスト
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:殺し合いの中でも王になることを目指す。忠臣がほしい。
 1:ゲルキゾクのような忠臣が欲しい
 2:蘇生の術か……
 3:スライム……



No.63:心蝕 投下順 No.65:救いの手
No.52:そんなものはない キングスライム 死亡
No.52:そんなものはない モルボル No.83:先見えぬ王道
No.29:眠ったままで チャッキー No.82:殺戮人形は祭りの時を待ち望む