大空を自由に飛ぶ夢を見た。
それはついさっき体験したばかりの夢だ。
勿論流れる映像も、ついさっきのもの。
もう二度と戻れないけれど、確かに存在した時間の記憶。
高い山に登ることでは見られない、それこそ鳥にでもならねば至れない群青だけの世界。
色のない風も空を溶けこませているようで、頬に胸に体に、触れる風から青色を抱きしめる。
空は何処まで続くのか、高さは果てしないのか、知り得ない情報の一端に触れて否が応にも心が騒ぐ。
最初は緊張していた。
恐ろしい相手からなんとか逃げ切って、追いかけられるんじゃないかと怯えて。
でも長いこと、四方が自由な場所に居ると、そんな気持ちにも羽が生えてふわふわと軽くなる。
「フリスビーみたいにできるかは不安だったけどやってみるもんだなー」
ぼんやりとしていた僕の思いに滑りこむ声。
そうだ、これは夢だから。
「これもガー太郎……あ、ガーディのニックネームなんだけどよ」
ダッサイよなあ、絶望的にセンスを疑う。
呆れたように目を細めて、しかしすぐに口角を上げて。
「でも、いい名前なんだよなあ、あのご主人サマがつけたーって感じで」
その……人間なんだろうな、のことが大好きだと言わんばかりにしきりに納得しているジュペッタ。
僕は人間が好きじゃなかった、こんな殺し合いの場に招いたのも人間だし、もっと遡れば。
けどこんな顔で言われたら、何か酷いことを言える気持ちにはなれない。
「もしかしてジュペッタも……」
「な、ないない、俺はただのジュペッタだから、うん」
あるんだろうなあ……彼曰く飛びきりダサいのが。
「モンスターマスターって職業の人間がいるって聞いたけど、ご主人サマってそれなの?」
魔物を従え戦う者。
本当に噂でしか聞いたことがない存在だが。
「モンスターマスター?なにそれかっこいいな!ご主人サマはトレーナーだけど」
ふうんと腕を組んで、思案する。
「よし決めた、帰ったらご主人サマのことマスターって呼ぼう」
ダサさが半減するかもしれない、名案だとばかりにグッと拳を握った。
他愛もない話で、でも嫌じゃなかった。
嫌いな人間でも、ジュペッタが言うなら会ってみたくなる。
「っはーー……しかし全く、いつまで飛ぶのかね、この靴さんはよ」
焦れた様子で、辺りを落ち着きなくきょろきょろと見回すジュペッタ。
「でも、安全だと思うよ?」
少しずつでも変わりたいと願った。
しかし、当てるでもなく詠唱した呪文に震える指先、心。
僕には、勇気が足りなかった。
だからこの空の旅は僅かな、逃避の時間にも思えたんだ。
殺し合いという嫌なことからも、命を奪う敵からも、そのために変わらなくちゃいけない事実からも。
「まあなあ、このまま家に帰れたらそれこそ万々歳なんだが……」
楽天的だと自負するジュペッタも、不安そうにため息をつく。
「呪い、ってやつ?俺それなりに専門家だからさあ……あるんだろうなーってのがすげえ分かって」
胸に手を当て、遠くを見る。
僕も真似するけど、さっぱりわからなかった。
「僕が知ってる呪いは、装備品が外れなくなるのくらいかなあ」
それなら、シャナクや神父様のお祈りで解除ができる。
命を奪う呪いとは、やはり違うだろうけど。
「それとは違うんだよなー、なんだろね、この喉奥にコイキングの骨格もろとも引っかかったようないやあな感じ……」
分かりそうで分からない。
そう言いたいのだろうか、コイキングってなんだろう。
それを尋ねるのもなんだか見当違いな気がして、僕は言葉を止める。
聞いておけばよかったな、もっとたくさん、話しておけばよかったな。
僕の意識は風に溶け込んでいた。
夢で動く僕とは別に、それを静観していた。
風の音が吹き抜ける程度、途切れた会話。
そのまま黙っていれば、ジュペッタがきっとまた全然関係ない話をしてくれていたはずだ。
けれど僕は、僕の中の少しの勇気は、口を開かせる。
「ねえ、ジュペッタ」
「どしたよ」
逃げていても終わりがやってくる。
その終わりが、いいものであるようにと願うのは、当然だ。
「相談、したいことがあるんだ」
砂粒一欠片ほどの勇気を使って、僕は変わるために、自分のことを話す。
どう変わればいいか皆目見当がつかないから。
勇者として生まれてきた自分のこと。
誰かを傷つけるのが怖いこと。
回復魔法すら他者に向けられないこと。
仲魔……仲魔を死なせてしまったこと。
「そっかあ……」
うーんと唸る声。
僕は、風を吸い込んで頷く。
初めてこんなに長いこと、自分の気持を言葉にして喋ったような気がする。
「あの……シャドームーンじゃないけどさ、僕も変わりたいんだ」
傷ついた魔物を見て、戦いを経て、僕はこのままじゃいけないと改めて思った。
誰かに傷ついてほしくない、死にたくない、今更当たり前の感情が心の底から沸き上がってきて。
臆病な気持ちに押しつぶされそうでも、なんとか持ち上げる。
「あんだけすげーかみなりを持ってるのになんで……とは思ってたがよ」
「ごめんね、あのキノコの魔物に回復魔法が使えればよかったんだけど」
そうすれば、あの時にシャドームーンに会うこともなかったんだろうな。
「自分や、ジュペッタ……それだけじゃない、もっとたくさんの魔物に傷ついてほしくない」
「だけど、ここにはシャドームーンみたいに戦いが好きな魔物もたくさんいる」
こんな意気地なしが抱くには、だいそれた願いなんだろう。
答えが見えてこないのがその証拠だ。
「僕はどうしたら、変われるんだろう」
「ま、今は沢山悩むといいさ」
ジュペッタの軽い返事に、僕は目を丸くする。
「悩むって……それだけでいいの?」
「いや、良い訳はないけども」
空中の姿勢に慣れてきたのか、ジュペッタはリラックスした体勢で。
「どう考えたってすぐに出る答えじゃねえだろ?ま、安心しとけって、
お前が答え出せるまではこの強くて格好良くて頭がいいジュペッタ様がなんとかしてやるからよ」
なんとかなるさ、とケラケラ笑うジュペッタに、僕は自分でもびっくりするぐらいの声で怒鳴る。
「ジュペッタ!僕は、僕は……!」
「俺だって嫌だよ、アイドルが怪我させるとか、まして殺すなんて最悪だわ」
怒鳴るのを想定したように、静かに入り込んだ言葉に、僕は面食らう。
考えればそうだ、誰かを傷つけるのが好きじゃないのが、僕だけではないなんてこと。
「ちょいとやりすぎた感あるけども、まあアレはああでもしねーと退かなかっただろうし」
言葉を濁しつつ、水鏡の盾に残る体液の跡を見やる。
「プチヒーローは当てられなくたって、強い技が出せるんだろ?」
木をなぎ倒して目眩まししたように、傷つけ戦えずともできることはあるとジュペッタは言う。
「それに変わりたいとか、強くなりたいって思えるのはそれだけでもすごいことなんだぜ?」
「ずっこい手段かもしれないけどよ、逃げて、生きて、悩んで、そんでプチヒーローなりの答えを探そうぜ」
自分で時間が有限だと、ことが早急だと決め付ける必要はどこにもないと、笑っていた。
「どうして」
どうして、僕をそこまで信じてくれるのか。
ジュペッタの言い分は、いつか僕が強く変われると、胸を張って言えるのなら成り立つ。
「いやーやっぱり、決められただの生まれだの関係なしにプチヒーローは凄いやつなんだって」
「強くて格好良くてオマケに優しい、うんうん、俺の次ぐらいにはイカしてるよ、プチヒーロー」
優しさと臆病は表裏だと、僕は思っていた。
ジュペッタは違うと断言する。
「自分を好きになればいいんだよ、いいとこも悪いとこもひっくるめて、自分を好きになるのさ」
いつも、期待はずれだと、勇者のくせにと、どうして勇者になれないのかと、そう言われてばかりだった。
じゃあ僕は、僕は自分のことをどう感じていたんだろう。
好きなのか、嫌いなのか。
「変わりたいって言うならさ」
向かい風が追い風に変わる。
「プチヒーローは何になりたい?」
変わりたい、何に、強い自分に。
強い自分とは何か、それは勇者、みんなが理想にする勇者。
僕は、みんなが理想にする勇者になりたいんだろうか、違う気がする。
「分からないや……」
「そんじゃあまずはそれを考えようぜ」
僕は、この笑顔をよく覚えている。
何にもなれない僕を、何かになれると言外に示してくれた笑顔を。
あの時は、何も言えなくて、うつむくだけだった。
風が、時間が、僕を遮る。
ここに僕は居ない、だけど、だけど伝えたい。
ありがとうと。
あの時に言うべきだった言葉を、とびきりの笑顔で。
赤い光が瞼の裏を刺す。
ゆっくりと、理解しながら、僕は目を開き起き上がった。
夕焼け空は、過ぎてしまった世界をありありと伝えて僕の周りに広がっている。
夜の闇が降りてくれば、思い出も塗りつぶされそうな不安が襲ってくるだろう。
だけど僕の胸の、大事な勇気は記憶を思いを照らしてくれる。
自分のものではない体に宿る記憶と、自分の記憶を重ねて。
戦いの跡地に横たわる、立ちはだかった魔物。
彼はジュペッタを殺し、僕を殺した恐ろしい敵だった。
でも、声が聞こえていた。
僕達を称賛する声が。
恨む気になれない程に、彼の最期は潔かったのだろう。
鮮明な記憶に残っていなくとも、その死に顔を見れば思うものがある。
だから、傍に落ちていた剣を拾い上げて彼の、ギルガメッシュの遺体の前に突き立てる。
夕日に一筋の陽炎を落とす剣。
戦いに生きて、剣に生きた魔物の墓標にこれほどふさわしいものはない。
ギルガメッシュのように強く好戦的な魔物と対峙することがまたあるだろう。
例えばシャドームーン。
彼らと、どう向き合うべきなのか。
すぐに答えは出ないが、見つかるまで戦うことが今はできる。
からん。
背後から聞こえた音に振り返ると、剣が倒れていた。
深く差し込んだはずなのに、そう訝しんで拾い上げる。
「いらないの?」
この剣の使い手の声がした。
『冥府への道連れにするより、良き使い手に振るわれることを剣は望むだろう』
思い込み、空耳かもしれない。
それでも僕は、この剣を、ギルガメッシュの心を連れて行きたくなった。
「一緒に行こうか」
炎の化身の剣に話しかける。
手に馴染んだ剣は、応と返事をするようで。
握りしめたぬいぐるみの手は、友達のもので。
僕たちは、自分の影に寄り添って走りだす。
誰かに勇気を与えるために、守るために、戦うために。
【G-6/草原/一日目/夕方】
【プチヒーロー@ドラゴンクエスト】
[状態]:ダメージ(中)、魔力消費(大)
[装備]:水鏡の盾@ドラゴンクエスト、ヒノカグツチ@真・女神転生Ⅰ
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:勇気を与える者になる
【備考】
オス。泣き虫でこわがり。プチット族に期待されていたプチット族の勇者。一人称は「僕」
死後、心をジュペッタの死体に宿らせることで復活しました。
最終更新:2017年08月31日 20:57