可能性の魔物

抜けるほど青い空を鏡張りに映した水面。
透明な陽光は飲み込まれては弾かれて、きらきら光る。
川辺を守るように流れ着いた大きな岩に、どっかりと腰を据える猫背気味の後ろ姿。

「ポフィン……?ポロックはもう食えないって、きのみもいらんて……うう」

「ジュペッタ!きのみこれでいい?」

「うおっ!?………あ、ああ……」

木の枝に蔦を括り付けただけの即席釣竿が地面に落ちる。
「……寝てたの?」
少し、怒ったようにプチヒーローは尋ねた。
「ごご、ごめん……おおお、きのみ!さっすがプチヒーロー!ありがとよ!」
水鏡の盾の裏側にころころと盛られたきのみ。色とりどりのそれは、オレンやモモンと言ったポケモン達の助けになるきのみだ。

ジュペッタとプチヒーローは、ここから脱出するにもモリーをやっつけるにも、何をするにもご飯は必要だ!というジュペッタの提案のもと食料集めをしていた。
「マジにごめんって……はい……そもそも餌も針もないのに魚を釣ってやるぜ!などと意気込んで剰え惰眠を貪り申し訳ありませんでした……」

うつむきながら、つらつら謝罪を述べる。しかしなかなか返事がこないため、これは必殺土下座の体勢に入るかとプチヒーローの顔を見ると、ぽかんとした表情で川上を眺めていた。
それに習ってジュペッタも視線を向けると、どんぶらこ、どんぶらこ、と水流に乗って大きなモモン……ではなく大きなキノコが。

「あれ、なんだろう」
「キノコ?いや、もしかすっと……プチヒーロー!」
走りだしたジュペッタのあとを追い川辺に近づくと、川岸に引っ掛かりぐったりした大きなキノコ、否、キノコによく似たモンスターがいた。
やっぱり!と慌てて引き上げるジュペッタ。

「うぐぐ、重たい」
「ジュペッタ、知り合いなの?」
「いんにゃ、知らんけど……知ってるっつうか……」
なんだそれ、と困惑したが、プチヒーローも手伝う。
なんとか水から引き上げられたキノコのモンスターを大慌てで祠まで運んだ。
一応、今のところ一番安全だと言える建物。

落ち着いてそのモンスターを見ると、二体は言葉を失った。
打ち付けた傷に、酷い火傷。プチヒーローは、また震えていた。
自分たちがきのみを集めたり、魚釣りするふりをしながら寝てる間にも、こんな風にケガした魔物がたくさんいるのだ。
それは、いつか自分達にもふりかかってくる。

しかしそれより強い恐怖が、プチヒーローの目の前にはあった。

「とりあえずこれ食えるかキノガッサ、よしよし」
ジュペッタはイチゴによく似た不思議なきのみをキノガッサと呼んだキノコモンスターの口に押し込んでいる。
「あとはケガを治してやんなきゃなあ……なあプチヒーロー、お前何かいい方法知らねえか?」
血の気のない顔で、プチヒーローは順繰りに、ジュペッタを見て、キノガッサを見て、そして。
「ある、けど」
自分の掌へ視線はたどり着く。握手してもらったばかりだった掌は、水気を帯び、今はとても冷たい。
「ぼ、僕、薬草探してくるね!」
「あ!?おい待てよ!」
盾も持たずに駆け出したプチヒーロー。
あとを追おうと立ち上がると、背後からキノガッサの唸る声。

「んーとになんなのよ……」

『ほんっと、お前は役立たずだな!そのおててはなんのためについてんだよ!?』

役に立たないと、あのモンスターも死んじゃうんだ。

『努力もするし才能もあるし期待だってされてる!だのになんで役立たずに甘んじてんだよ、俺に喧嘩売ってるのか!?』

ごめんなさい、助けたかったんだ。君だって。

胸に反芻する怒鳴り声。自分を期待外れの役立たずと罵った一体のモンスター。

雨雲が空いっぱいに広がる昼下がり、ちょうど今ごろだった。
その日、プチヒーローは村外れの森できのみや薬草を集めていた。
『だ、だって僕、痛いのは嫌だよ……自分も、相手も……死んじゃったらどうするのさ』

珍しく反論すると、モンスター……プチファイターは呆れ返って持っていた斧を地面に叩きつける。
プチヒーローはびくりと盾の影に隠れた。

『意味わっかんねえんだよ、お前はそんなんでもプチヒーローに生まれついてんだからちゃんとしてくれよ』
俺が死ぬほどなりたかった英雄様なんだからよぉ!
プチファイターが悲鳴じみた怒声をぶつけてくる。

『おらぁ!剣じゃねえけど持ってしゃんとしろや!』
斧を押し付けられたプチヒーローは、震えながら後退りそれを見下ろす。
『呪文でも、斧でもいい、俺にぶちあててみやがれ』
じゃないとてめーをぶっ殺す。
プチファイターの本気の言葉に、プチヒーローは泣き出す。だがプチファイターは止まらない、真っ直ぐに拳を構えて突進してくる。
プチヒーローには呪文を操る力があった。剣の腕だって、そこらの魔物には負けない程度に。
ただ、そのすべてを魔物……生きているものにぶつけることができなかった。
プチヒーローは盾を構えて、同じように突進した。
攻撃ではなく防御のために前へ進む、それだけで、プチファイターは跳ね返されて尻餅をつく。

『クソがっ!ふざけやがって!』

手を差し伸べられたプチファイターは、その手を払い立ち上がる。
そしてそのままプチヒーローに背を向けて去ろうとした。深いため息をつきながら。
その側面に、巨大な火球が衝突し、雨雲に包まれた暗い大地が燃えた。
笑う人間の声、燻る炎の匂い、水が消えていく音。

ぽつり、落ちてきた滴を、三回数えたところまで、プチヒーローの記憶に残っている。



土砂降りのなか、プチヒーローは立っていた。
周りにはプチファイターしかいない。
焦げ臭い何かと、雷嵐の音。
自分が何をしたのか、覚えていないが理解できた。
歩くたびに込み上げる吐き気をこらえて、プチファイターに手をかざす。
癒しの呪文を、そう掌に力を込めたが何も起こらない。
魔力が切れた訳じゃあない。プチヒーローは知っていた。

当てられないんだ。

違うのに、攻撃じゃあないのに。

理解できても、体は動かせなかった。人間たちと戦って、余計に悪化したらしい。

『ごめん……ごめん、なさい……』

ぷちり、ぷちり。
摘んだ薬草を手に束ねて、プチヒーローは涙をたたえる。
命がなくなる恐ろしさ、命を奪ってしまう恐ろしさ。痛み、悲しみ、苦しいことすべて。
そんな臆病な気持ちが、誰かを助ける邪魔になって。
最悪なまでの役立たずだ、こぼれた涙を拭う。空は晴れ渡っていた。



カシャ カシャ カシャ カシャ


自然のなかに相応しくない、無機質な足音。


カシャ カシャ カシャ カシャ


ぞわぞわとした寒気に、プチヒーローは息を呑む。
ぱたり、薬草の束が崩れて散らばった。


虫のような、人のような魔物がそこには立っていた。

「……小さいな」

魔物、スティングモンは呟く。
小さな、死に怯え震える魔物。そんないじましいものを屠れば、確かな地獄への一歩になるだろう。

私の、地獄への片道切符になってくれ。

それは言葉にならず、スティングモンの両手から打ち出された。







キィン


澄んだ金属音の連続、余韻。

風を切ってきた、水鏡の盾。


「ぎりぎりちょんぱぁ!!」

突如目前に突き立てられた盾の裏側を驚きほうけて見ていたプチヒーローの耳に響く声。

「ああもう、アイドルが戦うとかマジにないわ……」

木立からプチヒーローの隣に降りてきたジュペッタは頭を抱えていた。

「ジュ、ジュペッタ!キノガッサは……?」
「一応きのみを口に押し込みまくってきた、安静にしてりゃあいいだろうよ」

「それより、どうやってトンズラするかだよ」


スティングモンは、乱入してきた魔物に少々驚いたがその程度。

「虫タイプ?あれ虫タイプなのか?」
「わ、わかんない……」
二体はこそこそと会話を交している。

今度は直接貫けばいい。

盾ごと、壊してしまえばいい。


「た、たんま!なああんた止めたほうがいいぜ!」
ジュペッタが、盾から半身を出してスティングモンに人差し指をびしりと向ける。
「なんせ俺は頭が良くてかっこよくてしかも強い!だから、さっさと降参し……うわぁあこっちきたぁああ」
聞く耳持たず、というかそもそも聞く必要のない戯言だ。スティングモンはスパイクを構えて走りだす。
「ちくしょー!これでもくらいやがれーッ!」

あろうことかジュペッタは水鏡の盾をぶんなげた。
唯一の防御とも言えるそれを投げられたのだから、プチヒーローも怖がるより先に驚く。
水平に飛んでいったそれをなんなく躱し、スティングモンは腕を振り上げた。

「ああっ!?」

「だから止めたほうがいいって言ったんだよなぁ……」

ブーメランのごとく舞い戻った水鏡の盾がスティングモンの腕を肩口から切り離した。
飛び散る体液を想像し、ジュペッタは嫌そうに目を背ける。
失速することなく返ってきた水鏡の盾は、ジュペッタとプチヒーローの手前で急停止する。

「サイコキネシス、まー虫タイプにはあんましきかないだろうからこうやってやらせてもらったんだわ」
重い盾に念力で浮力を与え操る、かつてコンテストでフリスビーを操ってガーディと協力した時の応用だぜ!
ふふんと肩をそびやかし、青白い光を放つジュペッタ。

「な、退散してくんねーかなー……うえ?」

からんからん。集中力が途切れて盾は転がった。

「進化の……秘法?」

プチヒーローの疑問の声のなか、スティングモンの腕が再生していく。より強い腕へと。

「なんだよ……それ」

ぼごり。濁った産声とともに生えた腕。
スティングモンの腕は変わった。

「昔話でしか、聞いたことがなかったんだけど……」

曰く、それは禁じられた外法。
錬金術の研究から生まれ、天空の神がこの世から消し去ろうとした悪魔への進化。
施されたものは強い力や知性を手に入れ、どこまでも際限なく強く強く変わっていく。

「いいことづくめじゃねーの」

「ううん、ダメだよ。強く変わって……全部変わって……自分が無くなってしまうんだ」

かつてある魔王が、憎しみの果てに自分を無くした。
進化の先に、さらに先に、無くしてしまったものを埋めるために突き進んだ。

「じゃあ、あいつも……おい聞いてたんだろ!虫タイプ!」

「ああ、良いことを聞いた。私は変われるのだな、より強い……私の願った姿へ」

腕の調子を確かめていたスティングモンは、酷薄な笑みを作る。
変わればいい、変わってしまえばいい。
遺伝子の無限の可能性を一筋に集約させた力そのものに。
彼女を守れれば、彼女の、ロザリーのいる地獄へ、力となって、向かえばいい。

「……それから、私は虫タイプなどという名前ではない。私はシャドームーン、地獄を目指すただの……力だ」

「そんなの……」

おかしい、そう言いたかったが二の句は次げず。
変わりたかった。強く、命を守るために、あの時助けられなかったプチファイターのために。
そもそも、自分がまるっきり違う何かであったなら、あんな出来事は起きなかったはずだ。

強く、皆が期待して、皆を守れる偶像に、英雄そのものに変われれば。


自分なんかいらない、かもしれない。


「ありゃダメだ、頭おかしいわ」

ジュペッタは盾を水平に構える。

「ジュペッタ」

「体を張った芸ってのは、やりすぎると、ドン引きモンなんだよなあ!」

空いた掌に影が集まる。
球状になったそれは地面に弾けて、粉塵の緞帳が視界を覆う。

警戒し、盾が飛んでくるのを待つスティングモン。
案の定青白い盾が粉塵を切り裂いてこちらに向かい、通りすぎた。

「なっ」

また追撃が、と目をこらした先に見えた、盾に乗り込んだ二体の魔物。

「やってらんねえから、逃げる!」

「ふ…………」

サイコキネシスを機動力に逃走する背中を一瞥し、スティングモンは薄い羽根を広げ後を追う。

「げっ、追い掛けてきた!」
青白い光を放つ流線型は予想外の敵の能力に歯噛みする。
絶対無敵で素敵な逃走方法だったはずなのに!

「うぉおお奥の手発動……するにもあいつはええな!」
ジュペッタの集中力が切れてサイコキネシスが無くなると勿論盾はただの盾に戻り墜落する。
そうすれば、逃げることも戦うことも難しくなる。

「なんかないかなんかないか、足止めできそーなもの……」

「あのさ、ジュペッタ、足止めって」

「あん?」

「当てなくても……いいんだよね?」

変わるための、一歩。
プチヒーローはぎゅっと拳を握る。

「あ、ああ……さっきみてーに目眩ましができれば……」

「僕に、まかせて」

くるり、振り替えれば姿勢を低くして羽ばたくシャドームーン。

今は少しで良いんだ、変わるのは。
晴れた空をか細く揺れながらも突く指。

「きたれ勇者の雷……ライディン!」

詠唱に応え、晴天の稲妻は轟音とともに木々を倒し、大地に導かれ炸裂する。

「よしっ!掴まれプチヒーロー!」

金色の二対の靴が空中に放られる。
サイコキネシスが切れると同時に盾から踏み切り飛び出した体はくるくると回って、落ちかけた盾をもう一度サイコキネシスで取り戻し曲芸でも魅せるかのように靴に着地した。


傷一つなく、周囲を焦がした雷撃の跡地に立つスティングモン。
生木が焼けた匂いに顔をしかめつつ複眼から見える景色に集中するが、どこにも反応はない。

「逃げられたか」

如何様な方法を用いたのか、スティングモンに推測するすべはない。
ジュペッタとプチヒーローが使った奥の手、それは空飛ぶ靴。
魔法の施された遺物、時空の狭間に住む生き物と諸説あるが、それは履いたものを名前通り飛行させ、どこかへ連れて行く。

スティングモンは再び歩き出す。
自分を見て迷って怯えていた魔物は、どこか昔の、ワームモンであった頃の自分に似ていた。
背後で大木が倒れる。
力を秘めた臆病ないきもの。
力はないが頭は回るいきもの。
全て屠り、忘れてしまおう。
変わってしまえばいい、進化のままに、悪魔の刃に成り果てて。
無機質な足音は荒れた世界に染み渡り、やがて消えていった。

【D-3/森林/一日目/日中】

【ワームモン@デジタルモンスターシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(空)
[思考・状況]
基本:地獄へ征くその日まで、殺し続ける

[備考]
オス。一人称は私。

【D-3/上空/一日目/日中】

【ジュペッタ@ポケットモンスター】
[状態]:健康 、疲労(小)
[装備]:空飛ぶ靴@ドラゴンクエストシリーズ
[所持]:ふくろ(きのみが数個)
[思考・状況]
基本:殺しあいとかアイドルのやることじゃねえ!無事に家に帰るぞ!
   1:プチヒーローと一緒にいく
   2:シャドームーンってやつはおかしい……

【備考】
オス。自称アイドルポケモン。ここにつれられてくる前はコンテストポケモンとして育てられていた。一人称は「俺」

【プチヒーロー@ドラゴンクエスト】
[状態]:健康、魔力消費(小)
[装備]:水鏡の盾@ドラゴンクエスト
[所持]:ふくろ(中身無し)
[思考・状況]
基本:殺し合いはしたくない、家には……
 1:ジュペッタと一緒に行く
 2:変わりたい
【備考】
オス。泣き虫でこわがり。プチット族に期待されていたプチット族の勇者。一人称は「僕」

※ジュペッタとプチヒーローが飛ばされた先は後続にお任せします。

【D-4/祠/一日目/日中】

【キノガッサ@ポケットモンスターシリーズ】
[状態]:火傷。失神。火炎ダメージおよび落下のダメージ(大)。 きのみ療養中。
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(不明支給品1)
[思考・状況]
基本:殺し合いに抗う
 1:…………

[備考]
メス。かつては喧嘩っ早く、暴力で全てを解決し、自尊心を満たしていたが、師と仰ぐ人間との出会いにより、“心”を知った。
それでも荒々しい性格は健在で、あまり口はよろしくない。
一人称は「あたし」



《支給品紹介》

【空飛ぶ靴@ドラゴンクエストシリーズ】
ジュペッタに支給されたもの。履いたものを靴に決められた位置までワープさせる。
決められた位置にしかワープさせられないので移動用には不向きというか使えない。



No.35:偶像崩壊 時系列順 No.37:高く翔べ
No.35:偶像崩壊 投下順 No.37:高く翔べ
No.05:モンスターだって何にでもなれる ジュペッタ No.49:show me your brave heart
No.05:モンスターだって何にでもなれる プチヒーロー No.49:show me your brave heart
No.21:絆のカタチ キノガッサ No.54:言葉も想いも拳に乗せて
No.32:DARK KNIGHT ワームモン No.41:NEXT LEVEL

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最終更新:2017年08月31日 20:37