DARK KNIGHT

太陽に向けてスティングモンは得たばかりの手を伸ばし、そして掌にその輝きを収めた。
「…………」
もちろん、太陽の輝きは一生物の掌に収められるものではなく、
ただの果てしない距離が錯覚させる手遊びに過ぎない。
収められた太陽は何一つ変わること無く、ただただ穏やかに熱と光を放ち続けていた。

「…………これか」

何一つとして変わらないものに対し、
スティングモンは震える程の力を込めて更に太陽を握り締める。
遥か彼方よりも遠い場所から送られた太陽の過去を握りしめた所で何の意味が無いことなどわかっている。
何も変わらない、何一つとして変わらない。
それでも、スティングモンはただ、掌に収めた太陽を離すまいと手を握っている。

「勝利を掴む感覚というものは」

その為にスティングモンは芋虫の体を捨て、進化したのだ。
己の手を取るために、勝利を掴み、離さない。その為の手を得るために。

「十分だ」
逆光を浴びて影の色に染め上げられた己の強く握りしめられた拳。
その手を大きく開き、そして重力と共にゆっくりとその手を地上に向ける。

太陽に背を向けて、スティングモンはゆっくりと歩き出した。

カシャ カシャ カシャ カシャ

決して大きい音ではない。

カシャ カシャ カシャ カシャ

しかし、その金属質な足音は何処までも響き渡った。

カシャ カシャ カシャ カシャ

それは、魔王の行進を妨げる事の出来る者が誰一人としていないことの証左。

カシャ カシャ カシャ カシャ

恐怖に従えられた空気が、何処までも何処までもその行進音を伝えていく。

カシャ カシャ カシャ カシャ

「足とは良い物だな…………」

カシャ カシャ カシャ カシャ

「地獄まで征くのに都合が良い」

カシャ カシャ カシャ カシャ……

カシャ カシャ カシャ カシャ

「うわっ!ひっどい傷!!大丈夫芋虫君?」
「い、芋虫なんかじゃないよ!僕にはワームモンって立派な名前があるんだぞ!!」
「芋虫は芋虫でしょ~」
「うるさいなぁ、放っといてよ!!それに進化したら僕だってヒーローみたいに格好良くなるんだぞ!!」
「はいはい、ほらこっち来て、こんなトコロでボロボロになっててもしょうがないでしょ。ほら、ロザリーお姉さんに付いて来なさい!」

カシャ カシャ カシャ カシャ

行進の中、スティングモンが思うのは己がただの芋虫だった時の記憶。
恐るべき敵によって、デジタルワールドから傷ついた体のまま人間界へと逃げ出し、パートナーと出会った全ての始まりの記憶。

カシャ カシャ カシャ カシャ

「……へ~、君みたいな子をデジモンって言うんだ」
「うん、それで僕は……」
「逃げ出して来たんだって?」
「うん…………」
「まぁ、いいんじゃない。逃げれる時は逃げなくちゃ」
「…………」
「誰かが助けてくれたら、私も逃げなくて済んだんだろうけど、
まぁ、こういうのはしょうがな~い」
「ロザリーも逃げてきたの?」
「うん、戦って、戦って…………でも、勝てないからさ、
逃げ出して、逃げ出して……それでも逃げきれなくて、その結果、今……殺し屋やってるよ」

カシャ カシャ カシャ カシャ

「なによ~、ワームモンって種族名みたいなもんじゃない、君自身に名前は無いの?」
「僕はワームモンだから、ワームモンなんだよ~」
「甘い!甘い!あまぁ~~い!!じゃあ君がその進化……って奴をしたらワームモンじゃなくなっちゃうじゃん!
君はワームモンだけど、ワームモンってだけじゃないの!」
「う~~~~」
「決めた!私が君に名前を付ける!!絶対付けるんだからね!!」

カシャ カシャ カシャ カシャ

「……地獄?」
「うん、きっと私は死ぬ……多分、っていうか…………絶対に死ぬ…………自分の体のことだから、よくわかっちゃうよ」
「……いや、きっとロザリーは天国に行けるよ、だって僕にこんなに優しくしてくれたじゃないか」
「うん、でも私殺し屋だからね…………救われないし、救われちゃいけないよ」
「…………でも」
「そうだ、そろそろ君に名前をあげる…………遅くなりすぎちゃったけど、まだ大丈夫だよね」
「名前なんていいよ!!遅くなりすぎたなんて言わないでよ!!」
「名前を……いいなんて言っちゃ駄目。名前があるから、私は人間の中の誰かさんじゃなくてロザリーでいられるし、
君だって……ワームモンから、私の大好きな君になれるんだから」
「…………うん」
「君の名前は今日から…………」

カシャ カシャ カシャ カシャ


ロザリーが死んだ時の事は、いまでも昨日の事のように思い出せる。
「…………死ぬっていうのも、中々にあっさりしてるね」
「………………」

ロザリーは病気だった。
決して治らない、しかし金が続く限りはゆっくりと魂を消耗しながら生きるだけの事は出来る病。
親にも兄弟にも友だちにも見放された彼女は、他人の命を奪う殺し屋という職業で自分の命を繋げていた。

だが、それも限界だった。
徐々にベッドにいる時間が長くなり、ゆっくりと彼女の肌は白くなっていった。

「いやいや、銃弾以外で死ねたんなら…………中々、悪いものじゃないね」
「やっぱり死んじゃうんだね…………」
「悲しい顔しないの、笑顔で見送ってよ。あっ、死体は適当に放っておいてね」
「逝かないで……」

今にも消えそうな彼女の微笑みに、私は泣く事しか出来なかった。

「この泣き虫め~」
「…………グス」
「違うでしょ、そこは泣き虫なんかじゃないよ!って言い返すところでしょ!
そして、君は自分の名前を名乗るの…………ね?」

「泣き虫なんかじゃ……ないよ…………僕には……僕には…………
ロザリーにもらった…………シャドームーンって立派な名前があるんだ…………」

ロザリーとの出会いは月の無い夜だった。
その夜にちなんで、私は……影に隠れた月…………シャドームーンと名付けられた。
それはきっと、未だ進化の出来なかった私に対して、
影に隠れていても月であれ、という祈りが込められていたのかもしれない。

「……ねぇ」
「何?」
「お月様ってね、夜の全てを照らしてくれてるわけじゃないの」
「……?」
「月で照らし切れない影っていうのは、どうしても生まれちゃうの」
「…………」
「私みたいに太陽の下で生きられなくて…………でも、月の明かりを受けることの出来ない人、
そんな私みたいな奴って、多分色んな所にいるの」
「…………うん」

「太陽にも月にも救われない人…………ねぇ、シャドームーン……貴方がいつか進化して、ヒーローみたいに格好良くなったら、
そんな救われない人を救う……影だって照らす月になって欲しいの…………ダメ?」
「…………そんなこと、無い、よ」
「良かった……安心したら、なんか……眠…………」
「ロザリー!?」

「シャドームーン…………」
ゆっくりとロザリーの瞼が降りて行き、そして、何かを掴もうと彼女の手が虚空に伸ばされた。
私は彼女の手を掴みたかった。

だが、ワームモンの私には…………
芋虫には彼女を握る手が無かった。


この闘技場に連れて来られ、進化の秘法を見た私がそれの使用を躊躇することはなかった。
私は彼女に手を伸ばしたかった。
虚空など掴ませたくはなかった。

「そして、私はスティングモン…………スティングモンのシャドームーンとなった」
これこそが、求めた力だった。
ならば、躊躇しない。

「君はきっと地獄に堕ちたんだろう……だから、私も地獄へ堕ちよう」
救われぬ人を救う──彼女の遺言を実行しては、それではきっと地獄へは行けないだろう。

「罪を重ねよう、ただ地獄へと進むために」
彼女の遺言は出来れば、守ってやりたかった。
しかし、握り返せる手を手に入れたのならば──

「私は、名も知らぬ有象無象よりも…………名を教えてくれた君を救いたい」

私は再び、太陽へと手を伸ばす。
掴みあげた虚空は、きっと勝利の感覚なのだと──私は信じている。

【D-3/森林/一日目/日中】

【ワームモン@デジタルモンスターシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[所持]:ふくろ(空)
[思考・状況]
基本:地獄へ征くその日まで、殺し続ける

[備考]
オス。一人称は私。



No.31:バトロワ中にエクササイズやったら死ぬ 時系列順 No.33:タチムカウ-狂い咲く己の証明-
No.31:バトロワ中にエクササイズやったら死ぬ 投下順 No.33:タチムカウ-狂い咲く己の証明-
No.14:ワームモン「俺の体には全進化の秘法をつぎ込んだ」 ワームモン No.36:可能性の魔物