ティラノモンさん究極体おめでとうございます

「アグモン、しんか~!」

 デフォルメされた肉食恐竜のような黄色いモンスターが、いきなり空を仰いでそう吠えた。
 そのモンスターは、今自ら口にしたようにアグモンという名前の、デジタルモンスターの一種だ。

 世代は成長期の爬虫類型。属性はワクチン種、必殺技は高温の火球を大きな口から吐き出す『ベビーフレイム』だ。

 今、自らを光の粒子に包んだ彼が始めたのは、デジモンとしての“進化”だった。
 デジモンは姿や性質を急激に変化させる生態変化を発生させることで成長し、この成長を(本来の生物学的な意味とは異なる)進化と呼ぶ。
 進化には段階があり、卵から生まれた直後の幼年期や、戦う意欲が出てくる成長期、力をつけた成熟期、強いデジモンが到達する完全体、その上を持たない究極体などがある。
 デジモンはこのような段階を踏んで進化して成長するが、進化した後のそれぞれの姿は最初から決められているわけではない。
 例えば仮にAの姿をしたデジモンが二体いるとして、片方はBの姿に進化しても、もう片方は別のCの姿に進化する事があるということだ。
 故にデジモンの進化は無限と言われており、デジモンの生態にとって重要な要素であるとされている。

 中でも、アグモンの進化の幅は他の追随を許さないほどバリエーションに富んでいる。
 特に有名なのは、やはりグレイモンの系譜だろうか。多くの究極体を持ち、さらにその先の境地に至るデジモンも決して珍しくはなく、デジタルワールドの歴史に名を刻む強大な存在にまで成長することも多い。

 このアグモンの進化にもまた、様々な異世界のモンスターにより行われる殺し合いをも左右しかねない、無限大な可能性が秘められていた――



 ――しかしそれは、進化が完了するまでの話である。

 どれだけの膨大な選択肢があっても、結局最後に選び取られた一つ以外、その他全ては『なかったこと』になる。

 例えばグレイモンに進化し、最終的には最強のオメガモンになって華麗に主催者を撃破する未来も。ジオグレイモンの系統に進化し、舎弟であるシャイングレイモンとなることで無敵の喧嘩番長の力を借り、殺し合いを打破する可能性も。エンジェモンの進化ルートに入り、勝率0%のやたら壮大な設定の噛ませ犬になってしまうというオチも。

 この進化が選ばれた以上は、全ては泡沫の夢に過ぎない――



「結局この姿かよ!」

 愚痴を漏らしたのは、アグモンが進化した赤い恐竜型のデジモンだった。
 一軒家ほどの巨躯を誇りながらも、そのシルエットはアグモンのそれと大差がない。色こそ違い、また背ビレなどの追加パーツはあるものの、それはまさしく正統進化と呼ぶに相応しい変化の仕方だった。
 このデジモンこそがティラノモン。有史以前の世界に存在した恐竜のようなデジモンである。発達した二本の腕と巨大な尾で全ての物をなぎ倒すが、知性があり大人しい性格のため、とても手懐けやすい。そのため初級テイマーからは重宝がられ、大事に育てられることが多い、もっとも基本的なデジモンの代表的存在と言えるだろう。必殺技は身体の色と同じ、深紅の炎を吐き出す『ファイアーブレス』。

 そんなデジモンの代表的存在の一つになったというのに、嘆いているとも憤慨しているとも取れる態度を元アグモンは見せた。

 というのも、ティラノモンは初代デジモンのパッケージも飾ったいわば“看板デジモン”だったのだが、デジモンアニメシリーズ初代『デジモンアドベンチャー』にて主役の座を同じVer.1初登場の恐竜型デジモンであるグレイモンに奪われてからは、その地位が凋落の一歩を辿った“不遇デジモン”であるからだ。
 このデジモンはアニメ化以降どこか影の薄い存在となり、事実十数年も続いたデジモンシリーズで、現在までに一体もティラノモン系究極体は登場していないのだ。
 ティラノモンは、初代パッケージモンスター――いわばシリーズの顔役だったのに、だ。
 対するグレイモンはウォーグレイモンを初め、ブラックウォーグレイモン、エンシェントグレイモン、シャイングレイモン、ビクトリーグレイモン等々、多数の強力かつ有名な究極体がいることを考えると、ティラノモンに進化してしまった元アグモンは、アグモンの中の負け組と言って差し支えない。微妙な反応もむべなるかな、であった。

 そんな悲しみに打ち震える元アグモンの頭上から、何者かが滑空する音が聞こえて来た。

「むっ、何奴!?」

 元アグモンことティラノモンも、同じデジモンであり、また成熟期の中では相当な実力者であるレオモンが、あの狂った人間の手で殺されたことで状況は理解している。
 ここが殺し合いの舞台であるなら、自らを脅かす敵が近づいてきているのかもしれないと緊張を高め、構える。
 しかし頭上からかけられた声には、予想された邪悪さなど欠片も混じっていなかった。

「――なんだ、ティラノモンか」

 拍子抜けしたような言葉とともに現れたのは、頭蓋骨のような白亜の頭殻で装甲した、青い体に紅蓮の翼の飛竜だった。
「エアドラモン! エアドラモンじゃないか!」

 現れたのは、ティラノモンと同じ成熟期デジモンのエアドラモンだった。

 エアドラモンは怪物というより「神」に近い存在と言われる幻獣型デジモン。高い知性を誇ると同時、その名の通りに空気や風を操る能力に長けており、声で嵐を、羽ばたきで竜巻を起こすなど天変地異も操る力を持つ。必殺技は巨大な翼を羽ばたかせ、鋭利な真空刃を発生させる『スピニングニードル』だ。

 そんな大層な肩書きと設定を持つが、ぶっちゃけ火を吹けるだけの恐竜と言ってもそこまで問題のないティラノモンと同格な成熟期のデジモンであり、もっと遠慮なく言うと、所詮黎明期の無責任な記述に過ぎないエアドラモンなど、近年神と呼ばれているクラスのデジモン達と比べれば雑魚も良いところ。アニメでの扱いも完全にその他大勢な役回りがほとんどで、正統な進化先すらも定まっていないモブデジモンである。

「……何か今、誰かに酷く馬鹿にされたような気がする」
「気のせいじゃね?」
 メタな会話を挟みながら、目線の位置ぐらいにまで降りて来てくれたエアドラモンと、ティラノモンは一先ず不遇デジモン同士の再会を喜んだ。
 不遇不遇とネタにされるデジモンの中でも、ティラノモンとエアドラモンは二匹揃って話題にされることの多い組み合わせだ。
 故に二人には面識があり、共に後から出てきて大きい顔をしているメジャーデジモン達への愚痴を交わし合った仲間であった。

「いやー、アグモン進化ー! なんて聞こえたからさ。また主役級に活躍するグレイモンが出てくるなら、そうはさせるかと思ったんだけどティラノモンだったのな」
「あー、そんなのいたら俺もぶっ潰してたわー、マジで」

 エアドラモンの言葉に相槌を打ってから、少しだけティラノモンは目を逸らす。

「……まぁ、アグモンの時、ホントは今度こそグレイモンに進化できたらなーって思ったんだけどさ」
「何か言った?」
「いや、何も」

 大きな頭を左右に振ってエアドラモンの追及を逃れたティラノモンは、ようやくこの場で話すべき事柄に触れることにした。

「それにしても、殺し合い、なぁ……おまえはどう思う?」
「正直、見栄えを考えるなら俺達なんかよりも、ロイヤルナイツや七大魔王みたいな人気どころにやらせろよって話だよな。あいつら普段おいしい思いばっかりしているのに、何でこんな厄介事は俺達がやらなきゃいけないんだよって思えて仕方ない」
 エアドラモンのぼやきに、ティラノモンは全くの同意見だった。
「そう考えると、やる気なんか起きないよなぁ……そもそも何であんな人間の言うことを聞かなくちゃいけないのか、って感じだし」

 ティラノモン達を不遇不遇と、ネタ扱いし続けたのは他でもない人間達である。
 愛ゆえのネタ扱いだのと言われても、そんなものイジメっ子の理屈以外にはなりえない。好感を抱けと言われたところで、簡単な話ではない。
 いや……それでも、例えどれだけ歪んでいても、確かにティラノモン達に関心を持ってくれる人間になら、何かを応えてやりたいと思わなくはないが……あのモリーという人間は、ティラノモン達を本当に見ていない、知ろうともしていないように感じられた。
 そんな奴の言うことを聞いて、モンスター同士互いに傷つけ合う気は起きない。

「こんなとこで優勝したって、テイマーができるわけじゃないしなぁ」
 そして何より、それが一番だった。

 テイマーという、パートナーの人間を得ること。それは他の可能性と交わることで進化を得ようとする、デジモンの本能が欲することだ。
 グレイモンが選ばれ、パートナーと黄金の時を過ごして行くのを、指を銜えて見ているしかできなかったティラノモンにとっては、テイマーとの出会いは恋焦がれる遠い夢だ。
 そもそも何故ティラノモン達は、不遇であることを嫌うのか――それはテイマーとなる人間達に、パートナーデジモンとして選ばれ難くなるから、というのが一番の理由だ。
 進化に限界のある、よくて他のデジモンの進化ルートに乗っけて貰うしかないデジモンを育てるより、どこまでも強くなる、その者だけの進化があるデジモンの方が、テイマーも当然育て甲斐がある。

 その逆では、つまらない。

 言うなれば、報われないのだ。ティラノモン達のテイマーになる者は。
 ただでさえそうだというのに、こんな悪辣なゲームで優勝したなどという曰くがあっては、微かな芽はさらに摘み取られてしまうだろう。
「……むしろ逆効果、だもんな」
 遠い目をしているエアドラモンもどうやら、同じ心境のようだった。
「……となると、殺し合いに乗るのはなしかー、やっぱ」
「何か歯向かうのも難しいみたいに言ってたけど、まぁ、やるだけやってみようぜ」
 そんな風にダラダラと、ティラノモンとエアドラモンの成熟期デジモン対主催タッグが結成された。



「――ティラノモン。おまえやっぱり死ね」



 そして、今後のためにと互いのふくろの中を確認した直後。
 エアドラモンの口から、突如としてそんな言葉が紡がれた。

「えっ?」
「『スピニングニードル』!」

 突然のことに、ティラノモンの理解が追いつくよりも速く――エアドラモンの必殺技が放たれていた。
 真空の刃にその分厚い皮膚を切り裂かれ、突風の強烈な圧に吹き飛ばされながら、ティラノモンは何とか巨大な両足で大地を噛む。巨体が着地した衝撃に、今出来たばかりの擦過傷から鮮血が吹き出し、全身を伝わった激痛に息が詰まる。
 軽い目眩を堪えながら、ティラノモンは困惑と疑念とが綯交ぜとなった視線をエアドラモンへ向けた。

「……おい、何するんだよいきなりっ!? たった今、不遇デジモン同士こんな場所からおさらばしようぜって決めたばかりじゃないか!」

 自分達だけさっさと逃げようという発想が既に主役デジモンに相応しくないという事実に気づかないまま、傷を舐め合う相手だったはずのエアドラモンへティラノモンは約束を反故にされた憤りを爆発させる。

「黙れこの裏切り者っ!!」

 だがエアドラモンから返ってきたのは、そんなティラノモンの理不尽への怒りなどたちまち吹き飛ばすような、大気を震わす怨恨と憎悪の咆哮だった。

「おまえだけは……おまえだけは仲間だと思っていたのに……! だから戦う種族などと言われるデジモンなのに、戦いで得られるメリットを捨てて一緒に逃げようと思っていたのに……!」
「おいおい、そりゃこっちの台詞だぞ!? 仕掛けてきたのはおまえだろ!?」
「まだしらばっくれるかぁっ!」

 エアドラモンの羽ばたきが、伝承通りの竜巻を発生させてティラノモンに迫る。
 これまでのどの作品でも、成熟期程度には許されなかった設定通りの力を引き出すほどのエアドラモンの本気を感じ取り、身体の芯を冷やしながらティラノモンは問答を続ける。

「待ってくれ、俺には本当にわからないんだ! どうしておまえが怒っているのか、俺が悪いなら謝るから教えてくれ、頼む!」
 必死の問いかけに、エアドラモンはその形相を恐ろしく歪めながら、細長い尻尾の先を翻させた。

 エアドラモンの尻尾が掴み取ったのは、彼自身のふくろ、の中身だった。

「これを見やがれ!」
「これは――Vジャンプ!?」

 2013年6月号!

 投げ渡されたそれを大きな掌で受け取ったティラノモンに、エアドラモンは苛立った声で矢継ぎ早に命令を繰り出す。

「137ページのデジナビのコーナーを開いてみろ!」
「待って、雑誌小さいからちょっと難しい」
 人間用の書物を、その何倍も巨大なティラノモンの手でピンポイントに開くのは至難の技であった。エアドラモンもそれを察したのか、ティラノモンがページを捲るのを黙って待っていた。

「こ……こいつは!?」

 やがて広告ページである、エアドラモンに指摘されたそのページに辿りついたティラノモンは……予想もしなかった衝撃に打ちのめされ、一瞬彫像のように固まっていた。
 そこでは圧倒的な人気を誇る主役デジモンの一角・アルファモンとともに、新デジモンの姿が公開されていた。
 赤錆に覆われた、鋼鉄竜の姿をしたそのデジモンこそ。

 ティラノモンの究極進化、ラストティラノモン。

 多くのファンが、そして誰よりティラノモン自身が、切望して止まなかった――正統なティラノモン究極体。

「は……ははっ」

 わなわなと震えながら、口からは乾いた声が漏れる。
 ティラノモンの目尻を濡らすのは、歓喜の涙だった。

「すげぇ……すげぇよ! 俺、俺ついに究極体が……!」
「そうだ……十五周年記念を飾る花形の一角としての、初代パッケージデジモンの究極体。卵から究極体までの進化ルートも完備されたおまえはもはや、不遇デジモンなどではない」
「やった……やったんだ俺! エアドラモン、教えてくれてありが……」
「だから死ねぇっ!!」

 再びスピニングニードルの真空刃に晒され、ティラノモンは歓声を呑み込んで身を躱す。
 逃げ遅れたVジャンプが跡形もなく引き裂かれ、紙吹雪を散らす向こう、エアドラモンの怨嗟の声は止まらない。
「何が不遇仲間だ……元々派生種も何もない俺のこと、本当は馬鹿にしてたんだろっ!」
「はぁ!? 何言ってんだよ、そんなの被害妄想だ!」
「黙れ四種類も直系完全体を持つくせに! シードラモンの奴より多いじゃないか!」

 同じ悲しみを背負う仲間と信じてきた相手が、その心の内に秘めていた自身への悪意を剥き出しにするのに、ティラノモンはVジャンプの誌面を見たのとは正反対のベクトルの、それに匹敵する衝撃に見舞われていた。

「派生種もいない、それらしい究極体は居ても、橋渡しになる完全体もいない! まるで進化の袋小路な俺の横で、究極体がいないって嘆いていた素振りで……ホントはおまえ、自分より下がいるって安心していたんだろっ!」
「違うっ!」
「だったら何で! 俺の完全体が出るより先に、おまえの究極体が……十五周年の締めで、あのアルファモンと同じだけの誌面を使って紹介されているんだよぉっ!?」

 エアドラモンの言葉には、まるで理屈が通っていない。
 確かにエアドラモンに比べ、究極体ができたティラノモンは恵まれ過ぎている。だが、それを分けたのはただの運であり、ティラノモンがエアドラモンをどう思っているかなど関係がない。
 そんなことがわからないでもないだろうに……エアドラモンはいっそ哀れなほどの必死さで、ティラノモンを攻め立てる。

「もうおまえは不遇でもなんでもない! その上子供に人気のティラノサウルスだぜ!? 次のゲームからは、おまえ達ティラノモンはいろんなテイマーに引っ張り凧だろうよ! でも俺は……っ!」
 そこで言葉を詰まらせたエアドラモンは何かを呑み込んだ後、暗い炎の燃える細い瞳孔でティラノモンを睨みつけた。
「だったら良いさ、もう自分の正統な進化なんて望まない! とにかく強くさえなれば、今よりはきっと、きっと誰かに必要にされる……だったらこの島にいる奴らを倒して、倒して、倒しまくって! 勝率稼いで、他人の進化ルートだろうが何だろうが進化してやる! 俺にはもう、遠慮する相手なんかいないんだからな!」

 仮にも神にも近いと言われたエアドラモンが本気になって攻撃を加えるのに対し、仲間と思って来た相手と戦う覚悟のつかないティラノモンでは、防戦一方となるのが精一杯だ。
 周囲の木々を薙ぎ倒す強風に押され、じりじりと後退し続けたティラノモンはやがて、川辺にまで追い詰められていた。

「なぁ……エアドラモン、頼む。もうやめてくれ……」
 戦意の不足と、ダメージの蓄積。それと、弱々しい姿を見せることで情が引けるのではないかという打算から膝を着いたティラノモンは、エアドラモンへと懇願する。
 エアドラモンの気持ちはティラノモンにもわかる。もしも、エアドラモンと早々に遭遇していなければ……モリーに従うのは癪ではあるが、多くの程好い強さの敵と戦う機会の得られそうなバトルロワイアルをチャンスとして、乗っていた可能性も否定できなかった。
 というのも……進化できるデジモンであるか、もしくは既に十分に強い、魅力ある存在でなければ――アニメのグレイモンのように、パートナーと黄金の時を過ごす資格など、得られはしないのだから。

 デジモンは戦う種と呼ばれている。強い闘争本能を持ち、また戦いを重ねることで様々な要素が変化し、それが進化を促すからだ。
 故にティラノモンやエアドラモンのような恵まれないデジモンは、多くの戦いをくぐり抜けることでようやく進化の芽が出てくる……
 手間をかけても進化しない、成長もしない弱いままのモンスターのテイマーになるなどと、そんな報われないことを望む者がいるはずがない。
 孤独を殺すためなら修羅にもなる。そんな気持ちになってしまうのは、ティラノモンにも経験があった。
 それを癒してくれた仲間は今、そんな悲壮な覚悟と憎しみを燃やす目を、ティラノモンへと向けていた。

 そんな姿を見てティラノモンが感じたのは、怒りでも恐怖でもなく……悲しみ、だった。

「俺は、おまえと戦いたくないし……冗談抜きに、おまえに手を汚して欲しくないんだ……っ」
 自分の感情を認識した時、ティラノモンは気づかないうちにそんな言葉を口にしていた。
 ふざけなければ、真っ当に向き合っていては辛いからと、不真面目な態度で茶化すようにして様々な物事に接するようにしていたというのに。
 事ここに至って吐露された本心に、エアドラモンの決意の瞳が翳りを見せる。
「お、俺は……」

 言葉が途切れると同時、鋭い歯を噛み合わせ、軋ませたエアドラモンは……一度、目を閉じた後、今度は泣き出しそうな顔でティラノモンに絶叫した。

「――俺は、おまえに見下されたくないんだよっ!!」

 咆哮と共に、エアドラモンの羽ばたきが大気を震わせて。
 ティラノモンへと、風の凶器が殺到した。



 目を背け、全力攻撃を繰り出した後――エアドラモンの視界からは、ティラノモンの姿が消えていた。
 エアドラモンの攻撃でティラノモンはその命を散らし、電子の海に還ったのだろうか。
「――いや、違う」
 ティラノモンが死んだのなら、そのデータをリロードできるはず。
 まだ殺していない。そう確信して注意深く辺りを観察すれば、ティラノモンがいた後ろの水面には波紋が残っていた。
 どうやらエアドラモンの攻撃によって生じた煙幕に紛れて、ティラノモンは川の中へとその身を隠したようだ。
 あの巨体のままであれば姿を隠すなど当然不可能であるため、アグモンにでも退化したのだろう。
 となると、そんな小さな目標が川の流れを利用し遁走していることになる。
 エアドラモンなら空から終えるとしても、見つけ出すのは少々骨が折れる。
 いや……本当に殺す気なら、多少の難儀さなど気に留める必要もない、のだが。

「まだ迷ってるのかよ……俺は」

 苦難を共にしてきた仲間の栄光を、祝うのではなく、呪うことを。
 待つだけでは叶わぬというのなら、修羅に身を堕としてでも力を手にし、夢を叶えようということに。
 そして何より……思わず口走ってしまった言葉に。
 ぎりり、と犬歯が軋む。

 ――あれは、なしだ。ノーカン。

 自らの心の中を占める感情を、そうしてエアドラモンは整理する。

「……いいさ別に。あいつに執着する理由なんてないんだ」

 この島に存在する敵は多い。ティラノモン一人を執拗に追いかける必然性などどこにもない。
 そう自分に言い聞かせて、エアドラモンは飛翔する高度を上げる。

「次に会った時は必ず仕留める……下手に気にする必要なんてない、それで良いんだ」

 自らを欺瞞で塗り固めた飛竜は、新たな獲物を求め移動を開始した。


【C-3/川辺/一日目/昼】
【エアドラモン@デジタルモンスターシリーズ】
[状態]:疲労(微小)、迷い
[装備]:なし
[所持]:なし
[思考・状況]
基本:メガドラモンとかで良いから進化するために他の参加者を倒す
 1:他の参加者を見つけて戦う
 2:でもヤバそうな奴は避ける
 3:ティラノモンは次に会えば倒す
[備考]
デジモンに性別はない。が、オス寄り。
長い不遇生活でやや後ろ向きかつ、理屈っぽい性格。
アグモンともども、少なくとも参加者のうちでシリアスなレナモンとは別の世界観出身の可能性が高い(断言はしない)。



 バシャン、と水が跳ねる。
 現れたのは黄色い前足。三本爪の生え揃ったそれが水面を叩いて、勾配による流水とは別の動きを川に生み出す。
 やがて海に近い砂浜に、アグモンはその両足を突き立てていた。
 周囲の様子を確認することもなく、とにかく陸に上がったアグモンは手足を着いて息を乱しながら、何とか体力を安定させる。
「エアドラモン……」
 アグモンが真っ先に思い浮かべたのは、自らを傷つけた友のことだった。
 彼が血を吐くようにして叫んだ、その真意を知ってしまったから。

 それは、アグモンにも経験のある感情だった。
 同じボタモン、コロモン、アグモンと育ってきた者達がグレイモン達に進化し、人間とパートナー関係を築いた後の。
 独りぼっちなティラノモンとなった自分に向ける、あの無自覚な視線への嫌悪感は。
 ――ひょっとすると彼らは別に、見下したりなんかはしていなかったのかもしれない。
 それでも選ばれなかった者は、どうしても勘ぐってしまうのだ。
 だって選ばれなかったのは……本当は自分が悪いのではないか。どうしたって自分には無理なんじゃないか、と疑ってしまっているのだから。

 そんな苦しみをアグモンが堪えられたのは、エアドラモンという仲間がいたからだ。
 しかしティラノモンが不遇ではなくなったのなら……もし人間のパートナーデジモンになれてしまえば。いよいよエアドラモンは、一人になってしまう。

「……馬鹿野郎が」

 アグモンの口を衝いて出たのは、修羅に堕ちつつある友と、己の不安を他者への悪意に変換させ逃げていた過去の自分への、怒りの声だった。

「そんなことで今更、俺達の思い出が変わるわけじゃねぇだろ……!」

 勝手に引け目を作って。勝手に追い詰められて。勝手に暴走して。
 どう見たって馬鹿だ。救いようのない大馬鹿野郎だ。
 だが放ってはおけない。
 だって自分も同じ馬鹿だったのだから。

「大体なんだよ、強くなりゃパートナーが見つかるって……違うだろ。確かにデジモンとしての本能は強くなるためかもしれないけど、俺達はそれだけでパートナーが欲しかったわけじゃねぇだろーよぉ……っ!」

 力や名誉、地位を得るとか。そんなことは、本当は副次的なものに過ぎなかった。
 ただ、同じ時間を生きる幸せを共有する、相棒が欲しかったのだ。
 駒のように、強い弱いで選ばれたいのではなく。心を強くする絆が欲しかったのだ。
 ――果たして他者を我欲で傷つけた先に、そんな物を手にする資格が得られるだろうか。
 アグモンは――ティラノモンは、そうは思わない。

「おまえは俺のことを、もう不遇じゃないって言ってくれたよな……」

 そして、きっと子供に人気が出て、夢にまで見たテイマーを獲得することができると。
 事実として誌面では、ラストティラノモンはあのオメガモンに次ぐ人気の主役デジモンであるアルファモンと同等の扱いで紹介されていた――
 これが主役候補の一体でなくて、果たして何だと言うのだろうか。

「だったら俺は、もうグレイモンに嫉妬ばかりするのはやめにするさ。そんなことするのは、全然主役らしくないからな。
 そんなことより、俺がやるべきなのは……このふざけたゲームをぶっ壊すことだ!」

 エアドラモンが――そう考えた結果がどんな事態を招いたとはいえ――ティラノモンがこれから、スターダムに上り詰めるのだと思ってくれたのなら。
 友がどれほど切望しても得られなかったチャンスを手にしたのなら、それを活かしきることが彼への礼儀だろう。
 何より自分自身が、この喜びを抑えることができないのだから。
 だから素直になる。ティラノモンは――主役を目指す。

「俺がもう不遇じゃなくて、パッケージデジモンとして主役を務められるんなら……俺にもパートナーができるよな。なのに俺が悪い奴の言いなりで殺し合いをしたことがあったなんてことになれば、未来の俺のパートナーは良い気がしないに決まってるからな!」

 主役という肩書きに恥ずかしくないようにこれからを生き抜くと、今ここに誓う。
 そうでなければ、いくらラストティラノモンになれたところで、人間からティラノモンが望むような形のパートナーとして求められることは絶対にないのだと、確信できているのだから。

「……もちろん。友を見捨てるような真似したら、俺のテイマーになってくれる人間に顔向けできなくなっちまうだろーが!
 おまえのことだって絶対に何とかしてやる。だから待ってろよ、エアドラモン!」

 こうして、太古からの願いにより満たされた恐竜は。
 新しい絆の代価として失われるはずの絆も手放さないという、新たな野望を持ったのだった。



 なお。

 彼が本当にグレイモンから主役の座を奪える時が来るのかは、また別のお話――



【C-2/砂浜/一日目/昼】
【ティラノモン(元アグモン)@デジタルモンスターシリーズ】
[状態]:ダメージ(中)、疲労(小)、全身に微細な切り傷
[装備]:なし
[所持]:不明支給品×1(確認済み)
[思考・状況]
基本:主役に相応しくなるため、対主催として真っ当に戦う。
 1:仲間を集めてモリーに立ち向かう。
 2:何とかエアドラモンを止めてやりたい。
[備考]
デジモンに性別はない。が、オス寄り。参加者のエアドラモンとは旧知の仲。
参戦時点では消耗してアグモンに退化していたが、どうやら何度進化してもティラノモン系列にしかなれないハズレ的存在だったらしい。
ティラノモン状態が基本のため、コンディションを整えればティラノモン系統のいずれかの完全体には進化可能(どの完全体への進化経験があるかは不明だが、少なくとも完全体になった経験はある模様)。
逆に消耗するとアグモンへ退化することもある。
長い不遇生活でやや卑屈だが、本質的にはお調子者な性格。


《支給品紹介》
【Vジャンプ 2013年6月号@現実】
デジモンファンに衝撃を与えた、『ラストティラノモン』の存在が公表された月刊誌。



No.26:お酒はほどほどに 投下順 No.28:歪みの国のアリス
アグモン No.45:そんなことよりきのみが食べたい
エアドラモン No.37:高く翔べ