1スレ目>>344~>>347


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鷺沢文香の休日は、その大部分が伯父の経営する古書店の店番に費やされる。
 
年季の入ったヒノキ材のレジカウンターに座り、日がな一日ハードカバーの本を開いて
じっとしていることも珍しくない。
大学の友人達に遊びに誘われることもあるが、騒がしい場所が苦手ということもあり、
彼女は暇な時は大抵ここにいる。
 
余談だが、ページをめくる指と、数秒感覚の瞬き以外は微動だにしないその姿から、
近所の小学生の間では、あの女の人は幽霊か魔女かロボットかという賭けが横行しているらしい。
その話は文香自身の耳にも入っていたが、彼女は殊更に憤るわけでもなく、
さもありなん、という心持ちだった。
 
しかし、文香の読んでいる本の内容を知っている者は誰もいない。
試しに彼女の後ろから本を覗き込んでみても、それは全てのページが白紙なのだ。
 
大多数の人間は、白紙の本をじっと眺める彼女を変わり者と断じてしまうが、
その「変わり者」という人物評はあながち誤りではない。
 
そのハードカバーには、彼女にしか読めないものが刻々と綴られているのだから。
 
 
(――西暦19XX年。ウサミン歴4581年。
 辺境惑星調査観測員ナナによってウサミン星に地球の文化に関するデータがもたらされる。
 その功績を讃え、一部の者達はナナを≪グレート・マザー≫と呼び始めた……)
 
(――西暦19XX年。ウサミン歴4600年。
 ウサミン星宇宙軍がクーデターを実行。首都ウサミンシティは完全に掌握され
 軍事独裁政権が樹立。しかし市民の抵抗運動が多発し400万人に及ぶ死者が出る……)
 
(――西暦20XX年。ウサミン歴4608年。
 軍内部にて他星を侵略し植民地を獲得すべしとする『征星論』が台頭。
 一部のタカ派将校は艦隊を率いて外宇宙へ遠征……)
 
白いページの上には、本来地球人に知る由のないウサミン星の歴史が綴られている。
他の誰にも読めない、彼女だけに読める文字で。
 
彼女の瞳が不可視の文字を追うごとに、次々と新しい情報が浮かび上がっていく。
 
ウサミン星のことだけではない。
彼女はすべての事物の歴史を紐解き、すべての運命を知る。
現在・過去・未来の情報のすべてを閲覧し、すべての人の意義、存在理由、カルマを読むことができる。
 
それは、宇宙の歴史すべてを記録したデータバンク――アカシックレコード。
 
彼女は、アカシックレコードへのアクセスを許された数少ない人間だった。
 
 
先日、街に現れた怪物――カースが特殊な能力を持つ少女達に蹴散らされたのをテレビで見た。
その日のうちに文香は、彼女達全員の名前、年齢、趣味に始まる秘密のすべてを知った。
 
都内の総合病院から一人の少女が謎の失踪を遂げたという事件をネットのニュースサイトで見た。
北条加蓮がカースと一体化し、仮初めの命と引き換えに世界を呪い続ける運命を垣間見た。
 
白いウサミミの怪人の目撃情報が数多く寄せられていると、常連のオカルト好きから聞いた。
そして文香は今、10万光年の彼方にあるウサミン星の歴史を紐解いている。
 
しかし文香は、アカシックレコードを最後まで読み進めることはせず、
適当なところで切り上げてアクセスを遮断することにしている。
自分自身の未来を閲覧したことも、当然一度だってありはしない。
 
アカシックレコードに書かれていることはただひとつの誤謬もなく、また覆りようのない真実だ。
すべての人や宇宙の過去と現在と未来のすべてが記録されているということは、
すべての人には抗いがたい宿命が存在するということになる。
普通の人間には絶対的に認識不可能であるがゆえに、個人の主観からすれば人生に運命や宿命など
存在しないことになるが、アカシックレコードの読み手である文香にとってはそうではない。
 
ひょっとしたら、アカシックレコードの読み手である文香自身の行動や意志までも、
アカシックレコードに記録されている通りに支配されているのか。
だとすれば、人間の一生に歴史の駒以外の意義などなくなってしまう。
 
そう考えたとき、ページをめくる手がぴたりと止まってしまう。
未来を読むことに対する表現しようのない恐ろしさに駆られて、本を閉じてしまう。
 
いっそアカシックレコードを金儲けに利用してやろうか、と、ちらと考えたこともあったが、
その考えすらアカシックレコードに記録済みなのではないか? と思うと、
途端にバカバカしくなってしまうのだった。
 
 
(……人は運命に逆らえない。より正確に言えば、運命に逆らおうとする行為自体が、
 既に定められていることなのだから……)
 
(……本当に?)
 
(……でも……私には、それを確かめる勇気はないから……)
 
「すみません!」
 
深く思索に耽っているところ、出し抜けに声をかけられ、世界がぴしりと引き締まったような気がした。
ふっと声のした方に目をやると、古びた魔術の本を持った銀髪の少女が目を輝かせながら、
 
「こ、この本買います!」
 
と言ってきた。
 
ここでやっと文香は、ああ、と得心が行った。
そういえば自分は伯父の古書店の店番をしていたのだ。
 
「あ、はい……350円になります……」
 
会計をしている間も、少女はその本を読みたくてたまらないような様子だった。
きっと魔術とか、そういうオカルト趣味に傾倒しているのだろうと思い
まああのくらいの年頃にはよくある話だと、未成年の自分を棚に上げて年寄りじみた感想を抱く。
 
嬉しそうに店を後にする少女の背中に視線を注ぎながら、
 
(……あの子もきっと、自分の運命を知らない。知る由もない……
 でもその方が……ずっとずっと、幸せなのかも……)
 
と、ぼんやり考えるのだった。