4スレ目>>404~>>419


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404 名前: ◆kaGYBvZifE[saga] 投稿日:2013/07/18(木) 21:31:05.92 ID:UrDXlaAQ0 [4/19]
――――――――――

「地上の都市がカースに乗っ取られただと?」

思わずおうむ返しにしてから、オーバーロードは報告書を一瞥した。

「例の財閥経由の情報です。首謀者は不明ですが、都市全体がカースによって封鎖されていると」

情報部所属の士官が応え、オーバーロードは報告書をつまむ指に力を込めた。
この公邸の執務室で受け取る報告に、よい報告があった試しはない。

櫻井財閥経由でもたらされた情報の発信源は、日本政府やGDFに潜むアンダーワールドシンパの議員か、
それとも散発的な紛争と緊張関係を望む軍需産業のロビイストか。
どちらにせよ、断片的ではあるが情報の精度は悪くない。アンダーワールド政府が地上に放っている
諜報員からの情報と照らし合わせても大きく異なっていたことは今のところない。

しかし、今回の一件は寝耳に水の事態だ。

地上人の犠牲者が何人出ようとそれ自体はどうでもいいことだが、問題はカースの肉体を構成する呪詛の
泥による土壌汚染と、それによる地底への影響だ。
最新の研究報告によって、カースの泥による汚染が土壌や地下水にも及ぶことがわかっている。
特に水資源への影響は、アンダーワールドでは死活問題と言ってよかった。

「アンダーワールドへの影響は?」

「我が方のテクノロジストらに試算させていますが、ただちに影響があるとは……」

「これほどの大量発生は過去に類を見ない。例のGC爆弾とやらが投下された際の発生数をすら超えている。
前例がないということは、何が起こるか読めないということだ。用心にしくはない」

「はっ、失礼いたしました」

テクノロジストの研究の完了を待ち、結果を浄化施設の各種機材に反映させるには時間もコストもかかる。
しかし、今期予算の赤字と十数億のアンダーワールド人の安全を天秤にはかけられない。
三十秒ほどで試算を終え結論を導き出したオーバーロードは、太い首をわずかに傾けて言う。

「研究所のテクノロジスト達に連絡を取り、状況を督促しろ。対策は急がねばならん。
それから、状況によっては次の中央議会で特別予算の編成を提案することになる。資料作成を頼む」

ともすれば眉をひそめたくなる心持ちではあったが、オーバーロードは努めて無表情を装った。
どうせもっともらしい渋面を作るのであれば、議会の場で対立政党の議員や、御身大事の利権亡者どもを
相手取るときにすればいい。

指示を受けた士官が「はっ!」と短い声で応じて執務室を辞した後、オーバーロードは執務机の端末の
横に置かれたフォトフレームを手に取った。

観葉植物の鉢が置いてある以外は何も飾られていない殺風景な執務室の中で、愛娘のナターリアと
撮った一葉の写真が彼の心の慰めだった。

あまり身体の強くなかった妻は、娘を出産してすぐに死んだ。ナターリアは母親を知らずに育ち、
自分は妻の死後間もなく行われた選挙に当選し史上最年少のオーバーロードに選出された。
以降は四度の再選を繰り返し、現在に至るまで長い任期をこなしている。

オーバーロードとして多忙を極める生活の中でも、なんとか娘との時間を作るよう心がけた。
それは娘のためでもあったし、何より自分のためでもあったのだろう。愛する娘との語らいの時間は、
自分の背負っているもの、守るべきものを再確認するための儀式でもあったのだから。

(ナターリアは優しい子に育ってくれた。この父に似ず、まっすぐに育ってな……)

ふと、オーバーロードの強い髭面に愛嬌のある笑みが浮かぶ。

アンダーワールドの子供達が幸せに、豊かに暮らせる未来。そのための礎になることこそ大人の役目だ。
だが、地上人とアンダーワールド人すべてを受け入れるには、地球はどうやら狭すぎる。
だからこそ、近い将来地上人を排除し、地上を奪還しなくてはならないのだ。
どれだけ多くの血が流れることになっても、成し遂げなければならない。

いつか子供達が歩く地上の道が、大人達の血と屍で舗装されることになるのだとしても、その罪は
自分達の世代で終わらせなければならない。

(……救われんな)

笑った瞳の奥の仄暗い光がフォトフレームのガラスに映り込んでいるのが見え、オーバーロードは
顔の表皮を機械的に苦笑させた。

――――――――――

アンダーワールド首都のアップタウンにある、私立のジュニアハイスクール。
広い教室に扇状に配置された長机の一角に、ナターリアは座っていた。

教壇に立つ壮年の教師が、眼鏡の位置を直しながら朗々と声を上げている。
課題の易しさからそれなりに人気のある教師だったが、それと比例するかのように授業は退屈だった。

「――であるからして、今年から人工太陽の照明ユニット改修のための工事が始まりました。
改修と言っても、実質的には造り替えに近い大規模計画で、工事完了までに10年を予定しています。
まずは最も老朽化の激しい第四ユニットから着手して、それから第一、第二と続く予定ですね」

個人用ノートパッドのバーチャル・ディスプレイに、教師用端末から配布されている資料画像が
ずらずらと表示されていく。ノートパッドは机に備え付けられた差し込み口とケーブルで接続され、
学校の内部ネットワークに接続されているのだ。

アンダーワールドでは、電話やネットは有線での使用が基本になっている。
その背景には、先人達が地底という過酷な環境を整備していくにつれて、人の住む地域が精密機械の
集積体と化していった事情がある。浄化施設などの生命維持に直結するシステムは勿論、建物の中の
空調や発電設備などの誤動作を防ぐために、電波の取り扱いが制限された結果だった。
デジタルデータの破損に備えて、重要なデータはプリントアウトしておくのも習わしである。

テクノロジーが高度化し複雑になっていく一方、どこかをアナログ化しておいた方が都合のいい場合もある。
数百年前の時代を復古する懐古趣味的なムーブメントが数十年周期で起こり、現在もアナログ志向の人間が
一定数存在するのも、そうした歴史の必然なのかもしれない。

「この計画は現オーバーロードが発案し、7年に及ぶ議論の末、ようやく始動したものです。
同様の人工太陽改修計画は600年前にもありましたが、その時は予算の関係と野党の反対から
小規模な補修工事に留まっており、その結果、電力系統のトラブルから第二~第五ユニットが
一ヶ月近く機能を停止したという事故が起こってしまったわけです」

無味乾燥な年表の羅列と、当時の事故の模様を物語る映像資料がディスプレイに浮かんだ。
一ヶ月も太陽が動かず光がないというのは、どれほど不便なのかとナターリアは考える。

空のないアンダーワールドの夜はあまりにも暗く、そもそも人工太陽がなければ昼夜が存在しないのだ。
きっと不安で、寂しくて、心細くて、何よりあるべきものがなくなってしまったような喪失感があるのだろう。

ナターリアがそうであるように、600年前の人々もそうだったはずだ。

四角くて細長い太陽が天蓋に設置されていて、毎朝6時になると唸り声のような振動音を上げながら
照明ユニットに電力が通い、光り輝く太陽がアンダーワールドを照らし始めるというのが当たり前の
日常だったはずなのだ。

(……パパのやるコトは、全部ナターリア達のためなんだナ)

そして、今年から始まる人工太陽改修のための10ヶ年計画は、父がその当たり前の日常を守るために、
アンダーワールドに住まうすべての人のために始めたことなのだという認識が、ナターリアの心を暖かくした。

ナターリアは社会科や数学のような暗記科目は苦手だったが、父の為したことにはやはり興味を禁じ得ない。

物心ついたときには父は既にオーバーロードの座についていたし、自分が生まれてからの14年間ずっと
オーバーロードとしての任を全うしていたというが、ナターリアは父の口から直接仕事の話を聞いたことは
ほとんどなかった。

週に一度か二度あるかないかという父との語らいの時間では、父は聴き手に回ることが多かった。
ナターリアの話す色々なことを、ただ優しく微笑みながら聞いてくれる。
ナターリアの抱える迷いや不安を、正面から受け止めて一緒に悩んでくれる。
そんな父の姿に誠実さを感じる一方、仕事のことを話したがらないのだと見て取れたのも覚えている。

確かに難しいことはよくわからないが、父のしている仕事をよく知りたいと思うのも子供心だ。
人伝に色々聞いたりすることはあっても、いつか父の口から直接話を聞きたいとナターリアは思っていた。

「ここ数年、人工太陽の照明ユニットの不具合や誤作動はたびたび報じられてきましたが、
だからといってアンダーワールドを捨てて地上へ逃れようなんてことは許されませんよ。
シビリアン以下の労働者は勿論、ジェントルマンでさえも、地上へ渡ることは許されていませんからね」

教室の窓の外は、昼過ぎのうららかな陽気だった。
中庭には綺麗に手入れされた芝生が広がり、背の低い樹が何本か植樹されている。中庭の向こうにある
グラウンドでは、トレーニングウェアに身を包んだ生徒達が球技に興じていた。

遠い昔に戦争で犠牲になった人達がいて、この地底を照らす太陽を造るのに人生を捧げた人達がいて、
地底世界を人の住めるように整備した人達がいて、彼らの遺産によって自分達は生かされている。
そして父は、現在を生きている自分達と、さらに未来の人達を生かすために仕事をしている。

その中で生きている自分は所謂『戦争を知らない子供達』で、今日と同じ明日が訪れることに疑いを
持つことはない。人工太陽の明りが消えても、すぐに復旧されて次の日からは問題なく動くと思い、
よほど運が悪かったのだと思えば他人事と呑み込むことができる。

それがいいことなのか悪いことなのか、今のナターリアには判断がつかなかった。

――――――――――

「知ってる? 地上で今、カースってのが暴れてるんだって」

昼休み、クラスメイトの女子が、ノートパッドにニュース画面を表示させながら言った。
どうやら社会科の講義の際、外部サイトからダウンロードしていたらしい。

カースという怪物が黒い泥の身体を震わせながら、人間を襲っている様子が映っている。
画像の不鮮明さが不気味さを際立たせており、本文には現在アンダーワールドでカースが出現したという
報告は今のところないとも書かれている。

それを見たクラスメイト達は口々に感想を漏らし、論を交わし合っていた。

「それ、俺も知ってるぜ。ヒーローとかいう奴らがカースを狩ってるってさ」

「うわ……これがカース? キモーイ」

「……地上ってやっぱり危険なところなのかなぁ。先生もさ、地上は大気汚染がひどいって言ってたろ」

「そんなの、私達を地上に行かせたくなくてわざと大袈裟に言ってるのよ。地上がそれほど危険なら、
どうして地上人が生きていけるわけ?」

「そりゃあ、地上人は地上人で変な進化をしてるのかもしれないだろ?」

「でも実際にこんな化け物が出るんだし……危ないことには変わりないわ」

「なあ、ナターリアはどう思う?」

急に話を振られ、ナターリアはドキッとしながら振り向いた。

「エート、なに?」

「聞いてなかったのかよ? これだよこれ、カースってやつ」

「お父さんから何か聞いたりしてないの?」

「ウゥン。パパ、ナターリアにはお仕事の話しないヨ」

ナターリア個人としては、父のオーバーロードとしての仕事ぶりはニュース配信や議会中継などで
見られる範囲内のことしか知らない。だから地上で『カース』なる怪物が暴れているらしいことは
ほとんど初めて知ったし、それについて父がどう考えているのかもまるで知らない。
父が普段から仕事の話をしたがらないのだから、仕方のないことではあったが。

「地上のコトもそんなに……アッ、でもスシは食べたことあるヨ! スシ!」

「スシ……? 何それ?」

「地上の料理だヨ! ニギったコメの上にサカナが乗ってるんダ」

「米の上に魚って……ライスボールかカナッペみたいなもの?」

「なんか想像つかなーい。それって美味しいの?」

「ウン! 細長くテ、ノリ巻いてあるのもあるヨ!」

ナターリアのクラスメイトは皆、アンダーワールドの貴族であるジェントルマンの子弟ばかりだが、
さすがに地上の料理を食べたことのある者は少ない。アンダーワールドは公には地上との交流はなく、
レシピや調理技術が伝わってこないからだ。

「スシはとってもおいしくて、お口がとろけテ、ほっぺた落ちちゃいそうだったヨ♪
それからスシ職人もすっごくカッコよかったナ! イタマエっていうノ!」

「職人? 職人っていうと、テクノロジストみたいな……」

「スシって作るのにすごい技術が要るのか?」

クラスメイト達がナターリアから聞いた断片的な情報から想像したのは、レストランの厨房で、白衣を着て
防護マスクをつけたスシ職人が、植物工場で生産された米を炊いて四角く成形したものに、地底湖で養殖
されている脂の乗った地底魚のソテーを乗せているというおかしな光景だった。

「う~ん……」

「地上人はヘンテコなものを食べてるんだなぁ。母さんの作るモグラウサギのパイの方が美味そうだよ」

「ナターリアも最初は驚いたヨ。でもすっごくおいしいんダ! ミンナも食べてみたらわかるヨ!」

「へぇ……ナターリアさんがそういうなら、私も食べてみたいかな?」

「どちらにせよ、そうそう食べられるものじゃないわよ。私達が地上に行くことなんてないんだし」

「でも何ヶ月か前、どこかの名家の娘が地上に行ったって噂になってただろ」

「アッ、ナターリア知ってるヨ。イブキっていう名前の、カレッジの学生だっテ」

「噂は噂でしょ?」

「火のないところに煙は立たないし、人の口に戸は立てられない。まったくデタラメな話でもないと思うな」

「……しかし、わざわざアンダーワールドを出てどこに行こうってのかな」

「ああ、理解に苦しむよ。僕はアップタウン以外に住みたいなんて思わないね」

男子の一人が切って捨てる声音で言う。

実際、この場にいるほとんどの人間が同じ思いを共有していただろう。
アンダーワールド人の常識として、自分達が地上の追放者の末裔であることは誰もが知っていることだが、
2000年前の怨恨を連綿と受け継いでいる者もいれば、先人達の努力によって開拓され整備された世界を
故郷と想い慕う者も同じだけいるのだ。
ジェントルマンという特権階級に属する少年少女達は、そういった意味では愛郷心豊かな存在だった。

確かにアンダーワールドは楽園と呼ぶにはあまりに不十分な世界だ。
だがその中で不自由なく暮らすことができ、大切な家族や友人がいるのならば、それで十分ではないか。
どうして今の暮らしを壊してまで住み慣れない地上に出る必要があろうか。

「土地とか食糧とか、色々なものが足りなくなるかもしれないって言われてるけど、今までだって
技術を進歩させて乗り越えてきたんだしさ。増えすぎた人口もなんとかできるさ」

こうした彼らの感性は自分達が「増えすぎた人口」のうちに含まれないという無根拠な確信に基づいて
いるものではあったが、ミドルタウンやダウンタウンに住むシビリアンにしたところで、実体のない理念や
理想や信条よりも、現実の生活を優先するはずだ。

だが逆に言えば、政府がまっとうな仕事と生活を保障してくれるのであれば、彼らは間違いなく地上への
移住を支持するだろう。大衆とは常に、ごく短期的な視座においては誰よりも利口な者達なのだから。

「地上になんて行きたがるのは、食い詰めたアウトレイジやスカベンジャーばっかりじゃないか?
そうでなけりゃよっぽどの物好きか」

「どこかのバカなテクノロジストが、地上人に、『ジェントルマンみたいな暮らしをさせてやるから
アンダーワールドの技術を寄越せ』って言われたのかもよ」

「でも、地上に行くような奴がいたとして、もうアンダーワールドに帰ってこられなくなるってのは
わかってるのかな」

地上への渡航が全面禁止され、公的に鎖国状態にあるアンダーワールドにおいて、無許可で地上へ行くのは
れっきとした犯罪だ。違法出国者がノコノコと戻ってきたところで当局が黙っていまい。

アンダーワールドでの身分も暮らしも捨ててしまえるほど地上が素晴らしい場所なのか、確証はない。
それだけの知識も情報も子供達は持ち合わせておらず、そうしたいとも今のところは思っていない。

畢竟、パンドラの箱の蓋を開ける勇気も力もないと言えばそれまでだが、それはそれでひとつの見識だ。
今までの日常を躊躇いなく投げ捨ててしまえるのは果たして正常な神経の持ち主と言えるだろうか。

「そうだナ……ナターリアもスシは食べに行きたいケド、帰ってくるのはアンダーワールド以外にないヨ」

ナターリアの認識もまた明瞭だった。

生まれ育った故郷を去ることの恐れと悲哀は、多分、地上から追放された始祖達も同様だったに違いない。

――――――――――

天頂に横たわる太陽の基部では、青いジャンプスーツを着た作業員や白衣を着たテクノロジストが慌ただしく
動き回り、第四照明ユニットの改修工事に従事していた。

膨大な熱と光でアンダーワールドに朝をもたらす人工太陽のひとつは、工事が終わるまで稼働することはない。
当然、この第四ユニット直下にある区画には工事終了まで太陽光が一切届かなくなるため、該当する区画に
住む者達には代わりの住居があてがわれ、ひと月前にはすべての住人が引越しを終えていた。

休憩時間に喫煙室で紫煙をくゆらせる技師長も、二ヶ月ほど前に家族総出で余所の地区に引っ越した
ばかりだった。

妻も息子もすぐに引っ越しを承知してくれたのはよかったし、地上車の共同駐車場が近い物件だったのも
もっけの幸いだったが、息子の転校や住所登録の変更など、煩雑な手続きに追われてとても忙しかったと
妻が愚痴を漏らしていたものだ。

「第四ユニットの工事が終わるまで半年か一年か……こんな大計画には付き物の弊害かもしれんがね」

慨嘆と共にタバコを吹かし、技師長は寝癖のついた頭を掻きむしった。
もう一週間以上アパートに帰っておらず、技師宿舎のベッドを第二の家と決め込んでいるのは彼に限った
ことではない。向こう何年こんな生活を送る羽目になるやらと考えると、実に憂鬱だった。

「大変ですね、技師長。俺は独り暮らしだからその辺はスムーズに行きましたけど……」

工専を卒業して間もない新米のテクノロジストが、新しいタバコをケースから取り出して言う。

「でも、研究所や現場からも遠くて大変ですよ。こんなことなら元のアパートに留まりたいです」

「朝も昼もない暮らしでもか? あの区画は電力供給が制限されるから街灯もつかないぞ」

「それはそうなんですけどね……」

各々のくゆらせる紫煙が束の間たゆたい、喫煙室に備え付けられた空気清浄機に吸い込まれていく。

タバコはアンダーワールドの歴史の中で一度は絶滅しかけたが、今日に至るまで生き延びていた。
人体や精密機械への影響を最小限に留める低タール低ニコチン化や、化学剤と遺伝子組み換えによる
低温度燃焼葉の発明、空気清浄機の不断の改良などによってなんとか生存し、シビリアン以下の階級に
ある者達の様々なストレスを軽減する慰めとなっている。

政権が代わるごとに酒やタバコやドラッグに関する規制案が議会の俎上に上がり、タバコも全面禁煙を
呼びかける団体は多いのだが、彼らが人類の歴史から抹消される日は遠いらしかった。
現に、彼ら現場の人間の楽しみとして受け入れられているのだから。

「考えてみりゃあ、太陽を修理するってとんでもない話ですよね。壮大っていうか」

「おいおい。それなら、その太陽を造ったご先祖はもっと壮大だろう」

「なけりゃあ不便なものだってのはよく理解してるし、俺もこのプロジェクトに参加できてよかったですけど、
思ってたよりずっと大変でしたよ」

「まだプロジェクトは始まったばかりなんだぞ。気持ちはわかるがな」

歴史的な大事業に臨む誇らしさはあるが、生活の不便はまた別の話だ。
技師長も新米テクノロジストも、突き合わせた顔に偽らざる本音が書いてあった。

「さて、そろそろ休憩時間も終わりだ。お前もワーク・ロボットの整備に戻るんだな」

「了解。あーあ、俺も技師長みたいに新型核融合炉のテストに参加してみてぇなぁ」

「お前にはまだ早い。さ、行くぞ」

灰皿にタバコを押しつけ、灰と吸殻が自動で吸引されるのを確認してから、二人は喫煙室を辞した。
そして戸口をくぐる際、技師長は喫煙室の戸口で新米の背中を大きな掌で叩いた。

「お互い環境の不便はあるけどな。それでもこのプロジェクトは大きな意義がある。わかるよな?」

「は、はい。勿論」

新米は軽く咳き込みながら応えた。

「世界には常に改善の余地があるが、同時に適材適所って言葉もある。そうだろ?」

「ええ。俺らみたいなのがアンダーワールドを支えて、将来のことはお偉いさんやガキどもが考えるんでしょ。
技師長、いつもその話するじゃないですか」

「大事なことだからさ。そのうちお前にもわかるよ」

ニッと笑った技師長につられて、新米もまた口元を緩ませて笑った。
それ以上交わすべき言葉もなく、二人のテクノロジストはそれぞれの持ち場に戻っていった。

――――――――――

その頃。

穢れと呪いに満ちた街に降り注ぐ清浄な雨が、徐々に、だが確実に、街を浄化しつつあった。

だが地表に溶け出した澱みと歪みは、厚い地層を通り抜け、固い岩盤をもすり抜けて、今、地底深くへ
到達しようとしていた。
数百数千体に及ぶカースの残滓――おぞましい呪詛を湛えた泥が、地球そのものを汚染し始めていたのだ。

そして――

地底世界アンダーワールドに、未曾有の異変が起きようとしていた。

 


イベント情報
・アンダーワールドでは憤怒の街の情報が100%伝わっていません
・アンダーワールドでは現在、人工太陽改修計画が進行中です
・カースの泥による汚染が地底へと到達しようとしている……?

ジェントルマンの子供はおおむね現状に満足してるけど、アウトレイジやスカベンジャーはその限りではないよねという話