ベルフェゴールとの戦いに敗れたユズは、一旦彼女の知る最も安全な場所である世界の狭間の魔力管理塔へ杖にすがりつくようにして歩きながら帰ってきた。
扉を開くと同時に倒れる。何とか力を振り絞り、棚に置いてあった彼女をデフォルメしたかのような二体の人形に魔力を注いだ。
するとまるで生きているかのように動き出し、ユズの頭上へ飛んできた。
白い鎌を持った個体が癒しの魔法を使い、黒い鎌を持った個体が魔法で彼女をベッドへ運ぶ。
「…ありがと。」
「「みーっ!」」
それらは彼女の作った使い魔だ。いざという時の為に回復魔法を記憶させておいてよかったと安堵し、眠りについた。
暫くして、目を覚まし、再び使い魔に今度は濃い魔力を注ぐ。
ユズはベッドから起き上がると使い魔に指示を出す。
「地下から魔術書を…何でもいいから4冊もってきて!片方はサタン様への報告書を書いて!」
「「みっ!」」
白い鎌は地下へ、黒い鎌は紙と羽ペンを持ってきた。
塔の二階へ上り、様々な道具を出し入れしながらサタンへの報告書の内容を告げ、使い魔が紙に書いてゆく。
ベルフェゴールと遭遇したこと、人間に憑依していたこと、敗北したこと、竜帝の娘と思える少女と姫が接触していたこと…
「『…以上がユズの報告です。』…終わり。送っておいて。」
「みー!」
使い魔が黒い鎌を報告書に向けると、テレポートの魔法か、一瞬で報告書が消えた。
「っと…ここに入れてあるはず…あった!」
それとほぼ同時に、塔の大道具入れから大きなノコギリを取り出した。
杖に跨り、塔の中央に鎮座するクリスタルの周りを飛び回り、不必要だと判断した部分を切り取る。
魔力を纏ったノコギリは綺麗にクリスタルを切る。
塔のクリスタルはもちろん普通の宝石ではなく、魔力そのものだ。
魔力の流れ自体は、塔の窓を水門のように使うことで管理する。しかし、濃さはそれでは管理できない。
魔力の流れが濃いときはこのクリスタルに一部の魔力を流し、逆に薄いときはクリスタルの魔力を開放することで魔力の濃さを管理できているのだ。
濃い魔力を吸収しすぎて不自然な形になったクリスタルは塔の壁を破壊しかねない。そうすれば大変なことになる。だから時々削るのだ。
…しかし、ユズの目的はそれだけではなかった。
地面に落ちたクリスタルをさらに握りこぶし程のサイズにする。
魔力そのものであるクリスタルは管理人以外が触れてしまえば霧散してしまう。
だからどんなに加工しても特に意味はないはず…なのだが彼女はこのクリスタルのいい使用方法を知っていた。
「みぃ!」
「あ、遅かったねー…いや、逆に丁度良かったかな?」
丁度白い鎌の使い魔が4冊の魔術書を持ってきた。
すぐにそれらを開き、クリスタルをそれぞれの上に浮かせる。
共鳴するかのようにお互いが輝き、魔術書の文字が光を放ち、クリスタルに注がれていった。
火、風、水、雷属性の基本的な魔術書と、4つのクリスタルが4組全てそうなっていた。
こんな管理塔にある魔術書は、もちろん普通の本ではない。
属性・使用種族・世界ごとに分けられた、異世界・平行世界を含むすべての世界で使用された魔術・魔法が記され続けている、魔術専用アカシックレコードのようなものだ。
その内容はユズには読むことができない。しかし、こうして魔術書の方から知識を植え込んでもらうことで、物体に魔術を記憶させることができる。
暫く待ってクリスタルを外す。
赤、黄緑、青、黄色。それぞれの属性にしっかり染まっている。
それらを均等に並べると、杖を構える。
『管理者の名のもとに、使い魔の肉体を生成する。生まれよ、新たな偽りの命よ。』
杖から放たれた4本の光線がクリスタルを直撃する。
すると、それぞれ赤い鎌、黄緑の鎌、青い鎌、黄の鎌をもった使い魔がクリスタルのあった場所に誕生した。
「「「「みー!」」」」
「赤、黄は大罪の悪魔を探して。見つけたら刺激せず白に連絡。」
「「みー!」」
「黄緑、青は姫様の監視。随時黒に報告して。姫様に危機が迫ったら敵を攻撃してもいいよ。」
「「みー!」」
「カースは見つけ次第破壊。いいね?」
「「「「みー!」」」」
「よーし、いってこーい。」
ユズが杖を振ると、4体の使い魔は消えた。
「さて、アタシも…。」
ユズはノコギリを片づけ、使用した魔術書を持って地下に降りる。
地下には大量の魔術書が入った本棚がまるで円を書くように並べられている。
ユズはその本棚の中央に椅子を置き、座る。
『死神の力を用いて、我が肉体と魂の繋がりを断ち切らん。再び繋がりが戻るその日まで。』
ユズは肉体と魂を切り離した。
魂だけの状態で椅子に座る肉体に杖を振る。
一斉に魔術書が本棚を飛び出し、それぞれが光を放ってユズの脳に、肉体にその内容を刻んでゆく。
ベルフェゴールとの戦いで無力さを思い知ったユズは生きながら魔術書となることを決めた。
決してクリスタルの魔力を全て肉体に注ぎ、世界を操れるほどの力を手に入れるわけでもなく、誰かに頼るわけでもなく、自分の使える能力と権威を考えた結果だ。
補助魔術も操作魔術も自分はまだまだ。その結果がきっとあの敗北なのだろう。
…だから、自分にできる全てを使ってできる、最高の強化をした。
あくまでも、自分の力で勝ちに行くつもりなのだ。
魂のユズが発動を見届けると、一階に戻る。
まだだ。魔術だけでは勝てない。
「…ちょっと出かけてくるよ。しばらくお願いね。何かあったら連絡して。すぐ行くから。」
「「みっ!」」
ユズは白と黒に魔力の管理を託した。
これで大丈夫。鎌と杖とちょっとした小道具を持って、ユズは扉を開き、世界の狭間に身を投げた。
落下先は魔王の鍛錬でよく連れてこられた場所。
地獄の修行場とも呼ばれる場所。練武の山だ。
ユズは持ってきた杖と小道具…二つの魔力の宿った宝石のついたブローチを掲げて詠唱する。
『時の管理者よ。空間の管理者よ。我が名はユズ。魔力管理者の権限に置いて、この空間を支配し、時の流れを歪めることを許せ!』
天空から光が降り注ぎ、練武の山は彼女の管理下となる。
時間を歪め、空間を切り離す。この山はもともと緩い管理だからこそできる事だ。
この空間の時間はその他の空間の何倍も遅くなった。
地面から意思を持たない魔物が次々に湧いてくる。
ユズは大地を蹴ってその魔物達を切り裂いてゆく。
魂だけで活動することは、単純に言えば防具を捨てているのと同じ事。
一撃でもくらえば致命傷になる。だからこそユズは俊敏に、尚且つ冷静に切り捨てる。
終わりが来るのかさえ分からない、ユズ一人の鍛錬が始まった。