『櫻井財閥』の名前を知らぬ者は、おそらくこの地上の人類の中には居ないであろう。
それは、信じられないほどの財力をもって、
世界を表から、裏からコントロールしていた巨大組織。
かつては世界の支配者に最も近いとまで言われた超大財閥であるのだから。
もっとも、それはあの”運命の日”までの話だ。
宇宙から、地下から、異世界から、闇の底から、時空の果てから、
多くの来訪者がこの世界を訪れたことによって、
『櫻井財閥』は世界の支配者から遥かに遠ざかった事は間違いない。
とは言え、彼らとて異端なる者たちの来訪にただ手をこまねいて見ていた訳でもない。
彼らは能力者を纏め上げ、多くのヒーローを排出する組織を立ち上げた。
彼らは宇宙や地下に独自にコネクションを作り上げ、少しずつ信頼関係を築き上げている。
彼らは悪と戦う者達に惜しみなく投資し、影ながら人類を守る存在を支えてきた。
彼らはそれらの行いは全て「世界の秩序のためである」と掲げているが、事実はわからない。
確かに、あの日『櫻井財閥』は世界の支配者から遠ざかった。
だが、『櫻井財閥』の名が世から忘れられていないのもまた確かであろう。
――
支部長「い、以上が現状の報告であ、あります・・・・・・はい。」
『櫻井財閥』が運営する対カース防衛局、
その傘下に存在する、ある地方の支部の
支部長は目の前にその男が居ることが信じられなかった。
サクライP「ああ、よくわかったよ。ありがとう。」
『櫻井財閥』の現当主、サクライP
櫻井のトップもトップ、トップオブザトップ。
そんな男が自分の前に立っているのだ。
サクライP「ハハ、そう緊張しなくてもいいよ。リラックスリラックス。」
支部長「は、はぁ。しかし・・・・・・貴方の様なお方がわざわざこのような場所に来られるなんて」
彼は椅子に座りながら世界を動かせる男、
本来ならばこんな所に居ていい人間ではないはずだ。
サクライP「確かに、僕はこことは離れたホテルの一室で、」
サクライP「葉巻を咥えて新聞でも読みながら、その場の思いつきの命令を下すこともできるだろう。」
サクライP「けれど現場に自ら足を運ばないと、わからない事の方が多いんだ。」
サクライP「わからない事をわからないままにしておけば、いずれ間違った判断をしてしまう。」
サクライP「だから僕は、自分の目で見る現場のリアルを大事にしたいのさ。」
サクライP「それに君は僕の事を買かぶり過ぎだよ、僕にできる事なんて大した事無い。」
サクライP「実際に人類の敵、カースと命懸けで戦っている君達の方がよっぽど優秀さ。」
支部長「は、はあ・・・(そうは言われても)」
サクライP「しかしそうか、人類にとって事態は思っていた以上に悪い方向に転がっているようだね。」
サクライP「『キングオブグリード』、『嫉妬の邪龍』、各地に出没する大型カース。」
サクライP「世界中でカース達の活動が活発化している。懸念するべき事態だが、」
サクライP「それ以上に、何か良くないことが起きる前触れかもしれない。」
サクライP「早急に戦力の増強が必要だね。さらに軍資金を用意しよう。」
支部長「よろしいのですか!?」
サクライP「当然だよ。世界を守るためだろう。」
サクライP「ああ・・・・・・それと、」
サクライP「以前言っていた対カース兵器に必要な技術のことだが、何とかなるかもしれない」
支部長「なんと!本当ですか!?」
サクライP「大きな声じゃあ言えないが、地下の世界の技術の一端さ。」
サクライP「連中は相当出し渋っていたようだが、こちらも異界から拾ってきた技術を提出する事で手打ちになった。」
サクライP「まあ、彼らとてカースが地上に蔓延っているのは気持ちのいいものではないだろう。」
サクライP「いずれ手に入れるつもりの物が泥まみれに汚れているだなんて、嫌に決まっているからね。」
支部長「あの兵器が実現すれば、例え何千のカースが相手でも全て駆逐することができます!」
支部長「必ず人類に勝利を掴んで見せましょう!」
サクライP「期待しているよ、我々人類の未来のためにね。」
サクライP「では、先ほど伝えた捜索の件も合わせてよろしく頼むよ。」
支部長「お任せください!サクライ殿!」
サクライPが用件を伝え終えると、彼の傍に控えていた黒衣の能力者が何かを呟き、
そして次の瞬間にはサクライPともども姿を消していた。
支部長「テレポート能力者か・・・・・・」
支部長「人類の未来のために、私は私にできる事をしなければ」
――
テレポートで彼らが移動した場所は、とある屋敷の庭園の中であった。
サクライP「ご苦労だった、僕は桃華に会って来る。しばらく自由にしているといい。」
彼が言えば、黒衣の能力者は無言で頷き、また能力を使い何処かへ消えていった。
サクライPは広い庭園を横断するように、屋敷に向かって歩き始める。
この場所は、彼がかつて一人娘に買い与えた彼女のためだけの屋敷であった。
庭では彼女専属の庭師達が忙しなく働いている。
サクライPはそれらに特に気にかける事もなく無言で通り過ぎた。
人ならざる物相手に挨拶など不要であろう。
歩き続けると、屋敷にたどり着く。
その入り口では、愛娘が彼の事を待っていた。
桃華「お待ちしておりましたわ、お父様♪」
彼女はウィンクで父を出迎える。
サクライP「ああ、待たせたね。桃華。」
桃華「お父様、頼んでおいたアレは手に入りましたの?」
娘の言葉に、
サクライPは持っていた紙袋を手渡す。
桃華「ウフ、流石はお父様ですわ!」
『京都名物 八つ橋』
それは彼が支部長との対談の間に、従者に買いに行かせたものであった。
桃華「ウフ、これが食べたかったのですわ。早速お茶にしましょうか♪」
彼女は上機嫌に屋敷の中へと入ろうとする。
彼はそれを呼び止めた。
サクライP「・・・・・・マンモン様っ!」
片ヒザを付き、頭を垂れた服従の姿勢で。
それはおよそ父親が娘を呼び止めるための態度ではなく、
そもそも呼び止めるための名前すら違ったはずだ。
しかし娘にとっては、それは不自然な姿ではなかったらしい。
桃華「・・・・・・何かありましたの?Pちゃま?」
マンモンと呼ばれた少女は、呼び止めた理由を彼に尋ねる。
彼女もまた、彼に対する呼び方が変わっていた。
サクライP「至急、お耳に入れておきたい事がございます。」
サクライP「どうやらレヴィアタンが動いたようです。」
桃華「あら、レヴィちゃまがですの?」
サクライP「『嫉妬』のカースを束ねた『蛇龍』。」
サクライP「現在、ヒーロー達に討伐命令が出されているあの大カースは、」
サクライP「つい先日、ある組織によって浄化されたカースドヒューマンによって」
サクライP「『嫉妬』を集め、作られた呪いであるそうです。」
サクライP「しかし、我々はその発生地点にて僅かに呪詛の痕跡を確認しております。」
サクライP「その痕跡は大悪魔によるものであると。」
桃華「『嫉妬』のカースを司る大悪魔。間違いなくレヴィちゃまですわね。」
桃華「ウフ、それにしても楽しそうなことをしてますのね。」
サクライP「また同時期に2体の大罪の動きも確認しております。」
サクライP「恐らくは、ルシファー、そしてアスモデウス」
サクライP「どちらも確定に至るほどの証拠はまだありませんが、」
サクライP「『傲慢』、『色欲』のカースの不自然な増加から言えば・・・・・・」
サクライP「何らかの形で関係しているのは間違いないかと。」
桃華「なるほど。皆様、己の欲望のために好き勝手楽しんでいると。」
桃華「欲望に忠実なのは結構な事ではありませんの。」
サクライP「・・・・・・お耳に入れたいのは、それだけではございません。」
サクライP「これは私には確認しかねる事なのではありますが、」
サクライP「聞いたところによれば、魔界の法が変わったとか。」
桃華「ああ、それに関してはきちんと把握してますわ。」
桃華「悪魔達の勝手な人間界での活動を禁止する法。」
桃華「何のためにそんなルールを作ったかは知りませんが、誰が守るって言うんですの?」
桃華「いえ、むしろ破ってくれと言ってる様なものではありませんの。」
桃華「禁じられれば禁じられるほど欲望は深まるものですわ♪」
桃華「ウフ、ゾクゾクしますわね。」
サクライP「・・・・・・破れば粛正されるのでは?」
桃華「当然そうですわね。むしろそっちが目的でしょう。」
桃華「まあ、あのしみったれ魔王には出来ないでしょうけど。」
桃華「でもわたくし達に対して刺客を送り込まれることもあるかもしれませんわね。」
桃華「Pちゃま、その時は命をかけてわたくしを守るんですのよ♪」
サクライP「当然でございます。この命は貴女様のために。」
サクライP「では、どうなされますか?」
桃華「?」
桃華「何がですの?」
サクライP「レヴィアタン、ルシファー、アスモデウス、3体の大罪が同時に動いたのです。」
サクライP「つきましてはマンモン様も何か手を打たれた方がよろしいのでは?」
桃華「・・・・・・」
桃華「Pちゃまのおバカ!早漏!!」
サクライP「そうろっ!?」
桃華「今わたくしが動いてどうするんですのっ!」
桃華「慌てて動けば、損するのは目に見えてますわ!」
桃華「そんな事だから以前も、交易で失敗したのではなくて?」
サクライP「いや、しかし・・・・・・アレは価値が下がってきたのでっ」
サクライP「早く売った方が良いと思い・・・・・・」
桃華「それで損を出したんじゃないですの。」
サクライP「面目ありません。」
桃華「言い訳は聞けませんわ。」
サクライP「・・・・・・」
サクライP「私は」
サクライP「私はいずれ・・・・・・今度こそ世界の全てを支配するつもりです。」
かつて世界の支配者に最も近かった男のその野心の炎は、未だに消えてはいなかった。
サクライP「そして、最後は貴女様に私の手にした世界を明け渡すためにここに居ります。」
サクライP「貴女様のためにある世界を他の悪魔どもに好き勝手にされたくはないのです。」
サクライP「それとも、マンモン様はこの世界が欲しくはないのですか?」
桃華「何をおっしゃるのかと思えば・・・・・・」
桃華「Pちゃま、」
桃華「そんなもの、欲しいに決まってますわ!」
桃華「でも、だからと言って焦ることもありませんのよ。」
桃華「御覧なさい、Pちゃま。今の世界を。」
桃華「『強欲』に塗れたこの世界を!」
人々は隣人を友人を守る力を求める。
それ故に、人々は他人から奪う力を求める。
宇宙からの来訪者は個性を肯定する自由を知った。
同時に、彼らは欲望のまま生きる愉悦を知った。
地底の民はその技術の研鑽に努めてきた。
それは、長い復讐ための歴史であった。
異界の眷属は、その暴威たる力を司り人間を御してきた。
しかし、御すべきはずの力に溺れる者は少なくなかった。
暗い闇の絶望に堕ちた者は救いを求める。
そのために、誰かを傷つけ犠牲にする事を厭わない。
守るために奪いとり、
自由であるがためにその欲は絶えず、
野望を叶えるための力を欲っし、
力があればそれに溺れ、
救われたいから傷つける。
欲しい。
欲しい!
欲しい!!
欲しい物は奪いとれ!!
桃華「この混沌とした世界、まさに欲望の温床ですわ。」
桃華「世界は『強欲』の支配からは逃れられませんのよ!」
桃華「その証拠に『強欲』を司るわたくしがわざわざ動かなくても、」
桃華「『キングオブグリード』は生まれましたわ。」
桃華「アレはきっと世界を面白くしてくれますわよ。」
サクライP「・・・・・・つまり、貴女様が動かずとも『強欲』が途切れることはない。」
サクライP「ならば、」
サクライP「他の大罪に対抗することで、貴女様の敵に注目されるようなリスクを冒すよりは、」
サクライP「今は静観を決め込む方が良い、と?」
桃華「そうですわ。下手に首を突っ込めば、それこそ痛い目を見ますわよ。」
桃華「だからPちゃま、今は焦る必要はありませんの。」
桃華「ウフ、けれどPちゃま。わたくしの事を考えてくださる、その気持ちは嬉しいですわよ♪」
サクライP「・・・・・・勿体無きお言葉です。」
サクライP「それでは、当面は櫻井財閥としてもこれまでと方針を変える必要はありませんね。」
桃華「ええ、これまでと同様に。」
桃華「人類の守護者として君臨しながら、来訪者との密貿易を続けるといいですわ。」
桃華「そうやって「心」の畑に撒かれた「欲」の種は、」
桃華「いずれは『強欲』の花を咲かせるはずですわ♪」
サクライP「宇宙人も、地下帝国も、異界の存在も、そしてカースも、」
サクライP「狙っているのは我々人類の持つ資源。」
サクライP「娯楽、土地、技術、人の感情・・・・・・」
サクライP「さて、今は密貿易によって得ているそれらを、もっと欲しいと望んだ時どうなるか。」
桃華「もとより彼らの中でも侵略者と呼ばれる者達は、資源を奪う事しか頭にありませんわ。」
桃華「ウフ、それらはすぐに『強欲』の僕となりますわ。」
サクライP「ヒーロー達は必ず彼らと戦うでしょう。」
桃華「例え人を守るためだったとしても、戦う事を選んだ時点で『力』が必要になりますわ。」
桃華「そして・・・・・・争いが激化すればするほど、お互いに『より強い力』を欲するようになりますの!」
桃華「その時は、その子達もまた『強欲』の僕になるのですわ♪」
サクライP「争いが続けば、争っていた者達は互いに疲弊し・・・・・・ただ『強欲』だけが潤う。」
桃華「何時まで争いを続けさせられるかは、Pちゃまの手腕次第ですわ。期待していますわよ。」
サクライP「わかっております。その期待、必ずお答え致しましょう。」
桃華「わたくしが狙うのは漁夫の利、争いに疲弊した陣営を『強欲』が食らうのですわ♪」
桃華「そして最後にわたくしが全てを手に入れますの♪」
桃華「世界も、地の底も、宇宙も、異界も、天も、魔も、泥も、
そして神さえも、全てがわたくしのものに・・・・・・。」
それが『強欲』である彼女の全にしてただ一つの目的であった。
桃華「ところでPちゃま、例の能力者はまだ見つかりませんの?」
サクライP「サーチ能力者を使い、住んでいる街までは特定できているのですが、」
サクライP「それ以上の情報はまだでございます。」
サクライP「恐らくは何者かの能力によって情報のプロテクトを掛けられているものと思われますが。」
桃華「そうですか・・・・・・見つかれば大幅な計画の短縮ができますのに。」
サクライP「組織の手を使い、しらみ潰しに探索を行っておりますが、」
サクライP「能力の性質上、見つかるのはいつになる事かわかりません。」
サクライP「とにかく時間はかかるでしょう。」
桃華「いつになる事か・・・・・・わかればよろしいのに・・・・・・ですわね。」
サクライP「心中お察しいたします。」
桃華「情報・・・・・・そう、情報ですわ。」
桃華「わたくしが今一番欲しているのは未来の情報。」
桃華「いえ、運命の情報と言った方がよろしいのかしら。」
桃華「『アカシックレコードの読み手』の能力者、もし手に入れたならば。」
サクライP「この世界だけではございません。」
サクライP「全宇宙の運命が貴女様の物でございます。」
桃華「ウフ、ウフフフフ!考えただけでゾクゾクしますわねっ♪」
サクライP「はい、全ては貴女様の為に。」
桃華「話が長くなりましたわね。」
サクライP「お時間を取らせて、申し訳ございません。」
桃華「あら、Pちゃまのせいではありませんのよ。」
桃華「それよりも・・・・・・今はするべき事をしましょうか。」
サクライP「と、言いますと?」
桃華「それはもちろん、」
桃華「八つ橋ですわ!」
桃華「すぐにお茶の用意をしますから、」
桃華「是非ご一緒いただけますか、お父様♪」
サクライP「・・・・・・ふっ。」
サクライP「ああ、もちろんだよ。桃華。」
かつて支配者になり損ねた父と、『強欲』に囚われた娘。
いずれ親子は動き始める。「全て」を手にするために。