レイナ、ルシファーとの相見えから一夜明け、聖は望月家の自室で人間の少女の本分をこなす為に学校へ行く準備をしていた。
が、その様子を見ていた佐城雪美は険しい表情をしている。
聖「雪美、そんな顔しないで…?」
聖「人間の姿でいる以上…学校には行かないといけないの…」
雪美「……私も……行く…」
聖「ダメ…」
聖「良い子だから、お留守番してて…?」
優しく宥める聖。
しかし、雪美の表情は変わらない。
雪美「……いつも一緒……言った……」
聖「……」
そろそろ家を出なければ遅刻をしてしまう。
かと言って、外が明るい内に翼で飛んで移動するにはあまりにも目立ち過ぎる。
雪美「……」
雪美は、とても納得してくれる様子では無い。
聖「…今日だけだからね?」
雪美「……!」
雪美「……うん」
その言葉を聞いた雪美の表情に笑みがこぼれる。
本当に今日だけだとわかってくれているのだろうか。
しかし昨夜、あんなことがあった以上、自分自身も雪美の側にいなくてはならないと思っているのは事実。
聖「礼子さんに今日は体調が優れないから、お休みします…って言ってこなくちゃ…」
望月聖、人間界での初めてのずる休みである。
舞台は変わり、光と麗奈が通う中学校。
麗奈「…あー、あー…」
麗奈「(…ちゃんと声は出てるわね)」
麗奈「(学校に着くまで声が戻らないのは流石に焦ったわ…)」
昨夜、聖によって声を奪われた麗奈は発声練習をしていた。
麗奈「(昨日の奴…まぁ、どう見ても望月だったわよね…)」
麗奈「(このレイナサマに意見し、そして可憐な声を奪った愚行…!)」
麗奈「(決して許される行為では無いわッ!!)」
麗奈「(…とは、言っても私がアイツに純粋な戦闘で勝てるかと言えば、それはちょっと…)」
麗奈「(となると、まずは情報収集ねッ!!)」
麗奈「(このレイナサマに立てつくということは、恐らくアイツはブライト・ヒカル…南条との繋がりがあるはずッ!)」
麗奈「(まずは南条からアイツのことを、根堀り葉堀りと聞いてやるわッ!!)」
麗奈「(そこからアイツの弱点も…!!)」
麗奈「……」
麗奈「…って、あれ?」
麗奈「(南条は…?まだ来てないの?)」
麗奈があたりを見回していると教室の扉が開かれ、一人の中肉中性のごく普通の男性が姿を現す。
担任の教師だ。
教師「よーし、みんな席に着けー」
麗奈「(って、先生来ちゃったし!)」
麗奈「(南条は…いないわね…)」
麗奈「(遅刻だなんて、だらしがないわね!)」
麗奈「(…って、望月の奴もいないじゃない)」
麗奈「(昨日の今日で寝坊?)」
麗奈「(レイナサマは寝不足でも、キッチリ朝起きたっていうのに全く…)」
教師「えーと、まず南条と望月なんだが…」
教師「南条は風邪、望月も体調不良で今日は二人とも休むとの連絡があった」
教師「みんなも体調には気をつけるんだぞー」
麗奈「……」
麗奈「(休みかいッ!?)」
麗奈「(望月はともかく南条が風邪で休みとは想定外だったわ…)」
麗奈「(バカはなんちゃらっていうのは当てにならないわね…)」
先生「あとは……三好のこと誰か知らないか?」
担任は一番前の中央の席を指をさし、生徒達に問う。
三好…クラスメイトの「三好紗南」のことだ。
麗奈「(フン。三好がいないのはいつものことじゃない)」
麗奈「(大方、屋上でサボってゲームでもしてるんでしょ)」
麗奈「(一番前の席じゃ隠れてゲームも出来ないだろうしね)」
「三好紗南」は周りからクレイジーゲーマーと呼ばれているほどの重度のゲームオタクであり、よく授業を放棄してはどこか別の場所でゲームをプレイしている。
稀に授業に出席をしていることもあるが、大抵は徹夜明けのゲームによる寝不足で、睡眠をとるために机と教科書を枕代わりにする為である。
先生「…誰も知らないか」
先生「三好の奴…最近はHRにも姿を現さなくなっちゃったな…」
先生「親御さんにも連絡はしてるんだが取り合ってくれないし…どうしたものか…」
麗奈「(…まぁ、確かに)」
麗奈「(ちょっと前までは爆睡してるにしてもHRの時間には顔は出してたけど…)」
麗奈「(最近はめっきりと顔出さなくなっちゃったわね)」
麗奈「(まぁ、アタシには関係ないことだけど)」
―――屋上
スカートの中が見えてしまうのも厭わず、フェンスに寄りかかって体育座りをしながら携帯型ゲーム機の画面をただひたすらに眺めている少女がいる。
その様子を見ていた「井村雪菜」―――ルシファーは少女に尋ねる。
雪菜「面白いのぉ、それ?」
紗南「一度読んだテキストをスキップしてるだけだから、面白くはないかな~」
三つ編みの少女、「三好紗南」がその問いかけに気怠そうに答える。
雪菜「ふーん…」
ルシファーも、その返答に特に興味は示さない様子だ。
紗南「ていうか、どうしたの「井村雪菜」さん。あたしになんか用?」
雪菜「特に用事は無いわよぉ」
紗南「なにそれ?」
雪菜「ただ学校という場所での、貴女と天使様がどんな生活を送っているのか興味があっただけ♪」
ルシファーは今はまだ望月聖と交戦する気は無い。
本当に純粋な興味からで、この学校へ訪れたのだが…
雪菜「でも、残念ながら天使様は今日はこの場所には来てないみたいねぇ」
紗南「天使様?なんのこと?」
雪菜「へ?」
「三好紗南」の返答にルシファーは思わず、まぬけな声をあげてしまう。
雪菜「いや、天使様…貴女も知ってるでしょ?」
紗南「天使様は知ってるけど……」
紗南「……」
紗南「632146+P……このコマンドで合ってるかな?」
「三好紗南」は少し考えたあと、まるでゲームのコマンドのような呪文を唱え、ゲーム機のボタンを押した。
すると先ほどまで「三好紗南」が眺めていたゲームの画面が切り替わり一人の少女が映し出された。
―――それは望月聖の姿だった。
さらに次の瞬間には画面内にはびっしりと文字が敷き詰められていた。
「三好紗南」はそれらに軽く目を通す。
紗南「えーと、なになに…」
紗南「…へ~、今この学校の生徒になってるんだ~」
紗南「ってことは、あたしとフラグ立っちゃってるってやつ?」
紗南「ゲームの邪魔はされたくないなぁ~」
「三好紗南」は面倒くさそうに、ぼやく。
雪菜「…貴女、周りのことに興味無さすぎじゃない?」
そして、その姿を見ていたルシファーは思わず飽きれてしまう。
紗南「別に良いじゃんっ」
紗南「あたし、大抵のことは画面見ればわかるし!」
雪菜「けど、私が言うまで調べようともしなかったじゃない?」
紗南「だって別に興味無いしなー」
雪菜「全く…」
雪菜「人間界に降りてきても、変わらないわね」
雪菜「―――ベルフェゴール」
紗南「―――ルシファーさんも変わってないと思うよ」
「三好紗南」―――「怠惰」を司る「悪魔ベルフェゴール」が「井村雪菜」の真名を口にする。
雪菜「「怠惰」のカースも全く発生してないし、世界にもまるで興味無しってところ?」
紗南「戦略シミュレーションは好きじゃないからねー」
紗南「それに世界に興味無いのはアスモデウスさんもじゃない?」
雪菜「あの子はカースを生み出してるだけまだマシよぉ」
紗南「あたしだってカースは生み出してるよっ」
雪菜「時々、ごくわずかだけどねぇ」
紗南「お説教なら勘弁だよ?」
雪菜「うふ…まさか」
雪菜「今のはただの嫌味♪」
紗南「それなら良いけど」
雪菜「それに貴女やアスモデウスが動かなかろうが…」
雪菜「この世界の運命は変わらないわ♪」
紗南「大した自信だね。流石は強ボスキャラクター」
雪菜「強ボス?」
雪菜「うふっ」
雪菜「どうせなら、ラスボスとでも言ってよ♪」
紗南「「傲慢」って、そう自分で言えちゃうのが凄いよね」
雪菜「あぁ、そうそう。最後に一つ聞きたいんだけど良い?」
紗南「長くならないなら良いよ」
雪菜「貴女、なんで興味も無いのにわざわざ学校ってところへ来てるの?」
雪菜「その人間の子の身体を乗っ取った悪魔の貴女が学校へ行く義務は無いでしょ?」
紗南「もちろん。だから勉学とやらに励むつもりも無いし」
雪菜「じゃあ、どうして?」
紗南「別に。好きなだけだよ、この場所でプレイするゲームが」
雪菜「ふーん…」
雪菜「…まぁ、良いわ。それじゃあ、またそのうち会いましょう♪」
「井村雪菜」ことルシファーはそう言い残し、その場から瞬時に姿を消す。
残された「三好紗南」ことベルフェゴールはその姿を横目で見送ったあと、一言呟く。
紗南「ゲームの続き、やろっと」
とある中学校の屋上で、「怠惰」を司る「悪魔ベルフェゴール」は今日も一日中ゲームの画面を眺めるという怠惰な生活を送っている。