side M
「にゃあ~……おなかすいたにゃあ……もうキャットフードでもいいにゃ………」
休日の昼間、買い物客で溢れかえる大型ショッピングモールの日陰に思いっきり横になって寝ている少女がいた。
「けど暑いにゃ……動きたくないにゃあ……」
世界が異変………例えば、異星人が現れたり、正体不明の怪物が出たり、悪を名乗る集団やはたまたそれらと戦うヒーローヒロインが表舞台に立つようになっても、人々の生活は割と変わることが無く続いていた。
「けどやっぱりおなかすいたにゃ………まいったにゃあ………」
それは、人類が延々と続けてきた歴史の偉業か。
「………はぁ、ひもじいってこういう事なのかにゃあ……」
もしくは、弊害か。
「お財布すっからかんにゃあ………あ、あんなところに100円が落ちてるにゃ!」
―――つまるところ、ネコミミ&ネコシッポを生やしてどこかの学校の制服を着た少女『前川みく』にはお金が無かったのだった。
「1…10………15……19円しかないにゃあ……」
何度目かもわからない財布チェックをするが、結果はわかりきっていることだった。
「せめてあと100円あれば……唐揚げ串が買えるのににゃあ……ぐぬぬ」
ごーろごーろ、右に左に寝返りをうって空腹を紛らわせようとするみくであったが、ふと視界の端にきらりと光るものをみつけた。
「あ、あれは……間違いないにゃ!!」
光があたり鈍く輝く小さなもの……それを見た瞬間、みくは飛び起きていた。
そして、思いっきり体に力を込めた後。
「100円にゃ!100円あれば唐揚げ串が買える「キャアアアアアアア!!?」に"ゃ!?」
みくが100円に向けて飛び出そうとしたのと、悲鳴が聞こえたのと、視界の端に黒い異形が揺らめいたのはほぼ同時であった。
「………って、うっそにゃあああああッ!?」
さらに言えば、日陰であった柱の上から自分のバックに足を引っ掛けた上にそのまま落ちたのが次の瞬間であったりする。
「ッにゃああ!!………うっわ、やめてほしいにゃ、こういうの……」
「ユルサネエエエ!ユルサネゾオオオオオ!!」
既に買い物客達は黒い異形『カース』から逃げようと散りだしており、空中で身を翻して着地したみくと憤怒に分類される人型状のカース、そしてカースの足元にある100円だけが開けた空間にあった。
「……まぁ仕方ないにゃあ。他に誰も居なさそうだし、憤怒ならまだやりやすいにゃ」
しかし、特に焦るわけでもなくカースに向き合うと、
「……5分にゃ!5分でぶっ飛ばしてお肉を食べにいくにゃ!!」
そう宣言して、両の手に白い大きな鉤爪が3本付いた純白の手甲をいつの間にか装着したみくは軽快な動きでカースに突撃した。
「オオオオオオオオオオ!!!」
「おっそいにゃ!」
怒りのままにカースが振り下ろした腕部の一撃をひらりとかわし、すれ違いざまに鉤爪で脚部をバターの様に切り裂く。
そのままバランスを取れなくなり倒れかけるカースの後ろに周り背後を斬りつけながらも素早くバックステップ、力任せに振るわれた振り向きながらの攻撃から逃れる。
そしてバランスを完全に崩し倒れたカースに再度突撃、今度は片方の腕を根元から切り落とし、そのまま一気に胴体を切り裂く。
「……にゃ!?」
その寸前で、大きくバックステップ。
一拍遅れてみくが居た空間にカースの体から飛び出した無数の触手が殺到する。
それだけならまだいいのだが、触手の一部が切り落とされた部位に巻き付き結合しようとしているのも見えた。
「……メッチャめんどくさいタイプだにゃコイツ!!」
いくら核を破壊しないと再生するカースだからといって、これは早すぎであった。
内心ついてないにゃあと独りごちしながらも、完全にくっつく前に決着をつけようと身を低くして、再び突撃。
今度は直接核ごと切り裂こうと胴部分を狙うが触手を放ちながら激しく暴れるカースに接近できなかった。
「どうしろって言うにゃもう!」
そうこうしている内に脚部が完全に結合したカースが身を起こそうとする。
しかし、それはその分だけ攻撃の手が緩まる事になり、みくはそれを見逃さず肉薄、続けざまに再び片足と胴体の中程まで切り裂くことに成功したが……
「……ハズレたにゃあ…みくのテンションがクライシスにゃあ…」
大きなチャンスを逃し、勢いが多少そがれるみくであったがそれでも諦めずに何度目かの接近を試みようとして。
「――――アアアッ!?!?」
「………落ちなさい」
背後、否、空から、ボロボロのカースと共に怜悧な声が割れたガラスと降ってきた。
side N
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「………ここは…?」
彼女が目覚めたのは、陽に照らされた場所であった。
まず自身をみれば、一件レディーススーツにも似た服装と、自らの銀色の長髪が見えた。
次に周りを見れば、人間で溢れており、柵で囲われて、顔を上げれば青空が見えた。
屋外、それも屋上なのだろうと考える。
「………………私は……?」
そして一つ一つ、整理する。
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「……………………………………………私は……」
「……………のあ……私は、のあ…?」
これが彼女―――のあの目覚めであり、最初の記憶でもあった。
「…………?」
しばらくの間、空を見上げたまま物思いに耽っていた彼女だが、にわかに周りが騒がしい事に気づいた。
「カースだ!カースが出たぞ!」
「………カース…」
その単語に、自分の何かを惹かれたのあは人だかりのできている方へと歩く。
――――ノ――ダ――――。
「……何?」
しかし、そうしようとした瞬間、低く嫌悪感を抱くような雑音が聞こえた。
――オレノ―――アアア―。
「………カース…」
その雑音が聞こえる方に顔をむけた瞬間、のあはそれが何であるか理解した。
黒い水たまり。
それが、今にも溢れ出さんとばかりにブクブクと泡を吐き出していた。
―――オレノモノダアアアッ!!
そして、弾けるように『強欲』のカースが生まれた。
「う、うわああああああああ!?」
「出たあああああああ!?!?」
「逃げろおおおおおお!!」
そのカースが生まれてすぐ、悲鳴と怒声が周囲を埋め尽くし人々が出口に向かい殺到する。
―――カースの背後……ちょうど死角となっている場所に、子供が一人泣いているのを見つけたのはすぐであった。
「ヨコセエ……ヨコセエエエエエ!!」
普通の人間ならば、逃げるというのが最善の選択肢である。
しかし、のあはただじーっとカースを見つめ、ほんの少しその背後を見た後に。
自身の持っている『知識』を基に彼女なりの最善の選択肢を選び、行動することにした
「………ターゲット、強欲―――オープンコンバット」
すなわち、カースの排除を。
《Weapon:カートリッジ式インパクトマグナム》
自らの知識に従い、アクションを起こす。
次の瞬間、文字通り空間にノイズが走る。
そして、まるで当たり前のように手を伸ばし、当然のように近未来的なフォルムの白銀色の銃を引き抜く。
「……まずは一撃よ」
「ガッ!?」
そしてそのまま構えて発砲、寸分も違わず命中して泥のようなカースの体に銃弾と凄まじい衝撃を与える。
「……オマエエエエエエエエエ!!」
完全にのあだけに注目したカースは、体中から触手を出してのあに差し向けるが、それを最小限の動きでかわしつつ一発、また一発と撃ち込んでいく。
そして、5~6発目の直撃を受けて動きが止まった瞬間をのあは逃さずに、次の手を打つ。
《Leg:クイック・ホイールローラー》
太ももから下全てが、こちらも近代的なフォルムのアーマーで覆われ、高速機動を可能にするローラー装備になると同時にカースに躊躇いなく急接近し。
「……そこよ」
鋭く一回転した後の、ホイールの最大出力によるミドルキックを放ちカースを蹴り飛ばす。
鈍い音を立てながら柵に激突するも、屋上から叩き落とすには至らなかったカースが再び大量の触手による攻撃を開始する。
が、それよりもまた一瞬早く散らばる椅子やテーブルをかわし、あわてて迎撃しようとする触手を振り切り。
「ガアアアアッ!?!?」
「………落ちなさい」
―――今度こそ、叩き落とした。
そうして叩き落として、勢い余って自分も飛び出したのあは、自分の眼下にネコミミ&ネコシッポの少女と、倒れながらも再生するカースとショッピングモールに侵入する別のカース。
そして侵入するカースの後から歩いてくる、一人の少女を確認した。
side H
「……むふふ♪」
青空の下、いつも通りに過ごしている彼女がそこには居た。
「王子様なら、どうするんでしょうねえ……やっぱり、颯爽と現れるんでしょうねえ……むふふ」
片手を頬にあて、更なる妄想に入り込む。
「きっとお姫様のピンチに駆けつけて、悪者を一太刀で追い払ってくれるはずですぅ……むふ♪」
思い浮かべるのは絢爛に白く輝く剣が振るわれる姿と、それを見上げる一人の姫君。
「あぁでも、信頼する仲間を引き連れて戦いに出る王子様を見送る・・なんてのも捨てがたいですねぇ♪」
場面は切り替わり、見事な連携で敵を討つ理想の人物を描く。
一糸乱れぬ、途切れることのないような剣撃の絵、その中でも一際輝く、まだ見ぬ王子の姿を。
「むふふふ………けど、王子様が心配なお姫様はきっと後を追ってしまうんですよぉ♪」
優雅に、まるで舞台上で演じるかのように歩く。
「そこでお姫様は不運にも悪漢達におそわれちゃうんですけど……」
ぴたりと、歩みを止めて反転。
「お姫様を慕う騎士たちが、守ってくれるんですよぉ……むふふふふ♪」
時には盾、時には槍、時には剣。
それら全てに守られる、姫君の姿を写した。
「そして最後には、白馬に乗った王子様が来て、お姫様を救い出すんです♪」
悪漢の頭領を切り伏せ、姫君を救い出した、クライマックス。
―――最後に残ったのは、思い描いた物語の悪役のように、核を含め幾重にも切り刻まれたカースと、その場を離れようとする別のぼろぼろのカース。
―――そして空中に整然と浮かぶ無数の剣に、薄ら嗤いを浮かべる蒼白色の仮面を持った少女だけであった。
「むふふ………けど、足りないかなぁ…」
今しがた、仮面を片手にまるで演劇でも行うかのようにカース相手に立ち回った少女、喜多日菜子の一言であった。
「もっともっと、ですよねぇ」
整列した剣達の合間を慣れたように歩きぬけ、先ほどまで悲鳴と怒号を立てながら人々が出てきたショッピングモール入口に入り込もうとするカースを見る。
「……むふ…むふふふふふ♪」
それをゆっくりと歩きながら追いかける日菜子。
その後ろには、煌びやかな白い剣を先頭に、合計12の剣が付き従う。
「……わかりますかぁ?何となくですけど、日菜子はこの先に行けば何かが変わる気がしますよ?」
「………むふふ、そうですねぇ♪」
「日菜子の予感は当たりますよぉ?………………王子様♪」
ネコミミネコシッポの少女と上階から降ってくる銀髪の女性を目に映しながら紡がれた言葉。
日菜子の近くに答える人物はいない。
ただ、もし間近に人がいればこう言うだろう。
―――仮面が嗤った、と。
―――かくして、主役は揃う。
「ぎにゃああああもう次から次になんなんだにゃああ!?!?」
「新たなターゲットを補足………貴女たちは………敵?」
「むふふ……これは久しぶりにはかどりそうですよぉ♪」
一瞬、3人はそれぞれの顔を見ることができた。
「って、あぶにゃッ!?」
思わず振り返っていたみくは、ぞわりとした感覚に襲われた瞬間に思いっきり横ダイブして憤怒のカースによる触手の一撃を避ける。
「……支援開始」
そこに着地に成功したのあが攻撃、続けざまに狙っていた触手をピンポイントで撃ち抜く。
「だめですよ、確実にしないと……むふふ」
さらに、のあが叩き落としたカースが動こうとした瞬間、三本の剣で地面に縫い付けるように突き刺し核を砕く。
「だから!みくは!お肉が食べたいんだにゃあああ!!!」
そして、色々とストレスが溜まったみくがとうとう爆発して半ば無理やり憤怒のカースに肉薄する。
―――残り2体のカースが撃破されるまで、あまり時間はかからなかった。
―――また、この日から数日後、かなりちぐはぐな組み合わせの三人組がたまに目撃されるようになるが、それは別のお話である。
続く?