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「雨……」
街の各地から結界のある病院に逃げてきた人たちで溢れかえる病院から私たちは空を見上げていました。
見覚えのある蒼のオーラを覆うようにぽつり、ぽつりと雨が降ってきます。
「乃々ちゃんたち、やってくれたみたいですねぇ~♪」
「そっか、これがナチュルスターの……」
癒しの力は、雨雲に乗って『憤怒の街』を覆い尽くし瘴気がみるみるうちに薄れていきます。
「三人を帰した私の決断は正しかったですよねぇ~♪」
少しだけ得意げなイヴさん。
「これでネネさんを休ませてあげられるね」
結界が不要なら『アイシクルケージ』だけで病院を守りきれる。
長い長い時間この病院を守るために結界を張り続けた女の人。
『お疲れさん!お嬢ちゃん!』
『結局俺たちはお嬢ちゃんに守られてばっかだったな…』
『俺なんか一回カースに呑まれかけたからな……』
「わ、私が頑張れたのはみなさんのお陰ですからっ!」
…お疲れ様、ネネさん。
「…あ、あれ?もしかしてカースの数も減ってますか?」
氷の檻越しに外を見て呟くネネさん。
「弱い個体は雨と一緒に溶けていっちゃいましたぁ~♪」
「癒しの力でカースって消えるんだね」
…最近はただでさえ氷に潰されたり、地割れに飲み込まれたり
雷撃に打ちのめされたりでロクな消え方してないカースばっかり見てるからなんだか少し安心したような…?
「そろそろかな…?」
「そろそろ、ですねぇ~♪」
「そろそろって何がそろそろなんでしょう?」
ネネさんは不思議そうに首を傾げます。
「うん、氷の檻の『張り直し』」
「ちょっと妙なんですよねぇ~、この街のカースの『偏り』♪」
「極端にカースの攻撃を受けて消耗の激しい檻とそうでない檻があるんだ」
「えっと、つまりカースが大量に集まってる危険な場所があるってことでしょうか…?」
「今のところなんとか守れてるけどたまに張り直さなきゃ危ないから…」
「それに助けが来たなら檻を無理やり壊して貰うか私たちで魔術を解かなくちゃだしね」
「…早く助けが来るといいですね」
「……うん…」
この街の人々を一人一人避難誘導するにはあまりに危ない。
それにもし私たちが街を出た瞬間に檻が壊されて中の人たちが襲われるなんて考えたら…。
「心配性の裕美ちゃんにはこれをあげましょうか♪」
そう言ってイヴさんは何枚かの羊皮紙と羽ペンを私に手渡します。
「これは?」
「使い魔契約のスクロールと専用の羽ペンですっ♪炎、風、水の三枚だけだから大事に使ってくださいねぇ~♪」
「…何で使い魔なのかな?」
「知り合いがくれました、まぁ私にはブリッツェンが居ますからきっとこうしろってことなんでしょうねぇ~♪」
「…使い捨てで使い魔くれる知り合いって何…?」
「いつか会えるかもしれませんねぇ~♪」
何年付き合ってても師匠のことはよく分からない。
『アイシクルケージ』を貼ったショッピングモールへと向かってみる。
「癒しの雨のお陰で初めて乃々ちゃんと初めて檻張りに行った時より行くのは楽になったね」
「三人のお陰ですねぇ~♪」
初めて会った時のこと、三人目のナチュルスターである巴さんが初めてやってきた時のことをふと思い出してなぜか笑顔が溢れる。
「さぁさ、行きますよぉ~!」
「う、うんっ!」
気持ちを入れ替えてカースの攻撃を受けて傷ついた檻に向き合う。
『合唱魔術の発動を宣言する!』
『氷よ!大いなる我が力に従い、全てを覆い隠せ!アイシクルケージ!』
元々あった檻が砕け、新たに地面から昇ってくるように氷の檻が現れる。
『…貴女たちだったんですね、この忌々しい檻は…!』
それと同時に私たちの背後に何かが振り下ろされる。
「いきなりご挨拶ですねぇ~♪」
イヴさんが振り返って箒で振り下ろされた何か、カースの腕を払う。
…カースと…カースドヒューマン…あの人が…?
「…檻張ったばっかりで殆ど魔力残ってないのにっ…!」
慌てて羊皮紙に羽ペンで使い魔契約のサインを記す。
――魔術管理人ユズは契約を行い、使い魔を託す。確実な信頼者 関裕美へ
『みー!』
「……か、可愛い…」
突然現れた黄緑色の服を着た小さな女の子に思わず本音が漏れる。
…それどころじゃなかった。
「カースっ!」
一体や二体どころじゃない…!
取り囲むように大量のカースが私たちを包囲する。
『なんですか、この檻…腹立たしい…!』
『…邪魔…!さっさと退場してください…!』
彼女のイライラとした声と共に大量のカースが一斉に私たちに襲い掛かってくる。
『みぃー!!』
ぷちちゃんが高らかに声を出すと私とイヴさんの周りに小さな竜巻が発生する。
竜巻は浄化の雨を巻き込み浄化の暴風となりある程度力のあるはずのカースまで核の状態にまで押し戻す。
「ぷちちゃん凄い……!」
…この使い魔の持ち主の魔術管理人ユズって人が余計気になるなぁ…。
『…なんですかそのちっちゃいの…!私のカースは雨で消されるし、この氷の檻は邪魔でしょうがないし…!』
『腹立たしい!腹立たしい!!腹立たしい!!!』
…この人はなんでこんなに辛そうな目をしているんだろう。
『…貴女たちに覚悟なんて無いくせにでしゃばって…!』
『…私を殺す覚悟すらないくせに…!』
「こ、殺すっ、な、何の話っ!?」
何を言っているんだこの人は。
『何の話…?私たちカースドヒューマンの核を砕けば死ぬ、当然の話でしょ…?』
「…し、師匠…?」
「……」
イヴさんは口を噤んだまま立ち尽くす。
「ねっ、ねぇっ!」
師匠じゃなくてイヴですって小突いてよ…!
「…確かに今のところ侵食が進みすぎたカースドヒューマンを確実に救う方法は…無いですねぇ…」
「…そんな……」
彼女は嘲るように嗤う。
『やっぱり殺す覚悟なんてないじゃないですか、正義の味方が笑わせますね』
『ねぇ、私を殺してみてくださいよ?』
「…ネネさん、ごめん」
私は結局何も出来ないまま病院に戻ってきてしまった。
ネネさんに頭を下げる。深く、深く。
「私、この街のカースの親玉みたいなのに会った…、だけど……倒せなかった…」
「倒さなくちゃ、この街の人、救えないのに…、解放できないのに…」
「ネネさんはずっと病院守っててくれたのに…私なんにも出来てないね…?」
悔しくて、でもなにより情けなくて涙が出る、癒しの雨と一緒にこの気持ちも流れていっちゃえばいいのに。
「…『お疲れ様』、裕美ちゃん」
「みんな私にそう言ってくれましたから、『お疲れ様』」
ネネさんは私の頭をそっと包み込むようにきゅっと抱きしめてくれました。
…あったかい…。
『みーっ!みーっ!』
私を励ますように私の周りを黄緑のぷちちゃんが飛び回る。
「…もうちょっと…頑張ってみる」
まだ私の手でも守れる人たちがいるから。
『嬢ちゃんたち、見てるだけでいいのかい、お弟子さんなんだろ?』
「ふふっ、若いっていいですよねぇ~♪」
『俺たちからすりゃアンタも充分若いぞ』
「褒めたって何にも出ませんよぉ~♪」
『…嬢ちゃんも妹さんのことで色々悩んでたみたいだからな』
「…遅かれ速かれ向き合わなくちゃいけないことってありますからぁ~♪」
『やれやれ、食えないお師匠さんを持ってるな、あの娘も…』
『一番弟子ですからっ、ちょっと特別扱いしても仕方ないですよねぇ~♪』
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