窯から出されたばかりで、まだ熱を持ったクロワッサンを一口齧る。サクサクとした食感と口腔に広がるバターの香りに頬が緩む。 かな子は幸せそうな顔でクリームパンを頬張り、法子もニコニコ笑顔でベーグルに齧り付いて……首を傾げた。 残念、それはドーナツじゃないんだよね。
自分の過ちに気付くとたちまち不機嫌な顔になり、さっさとベーグルを口に押し込んでしまうとすぐにあんドーナツに手を伸ばし、今度こそと顔を綻ばせる。――ほら、パン屋で良かったじゃん。 クロワッサンが無くなってしまったので、手近な場所にあった食パンを千切って口に放り込む。
あたしたちの中に『わたし』が生まれて一晩が経ち、あたしたちはそれぞれの家を朝一番に出て開店直後のパン屋前で集合した。 入店前に物陰でカースド態に変身して、後は言わずもがな。開店直後を狙っていた客は逃げ出したし、店員は隅で縮こまっている。 あたしたちはロクに抵抗されることなく、焼きたてのおいしいパンにありつけた。
商品の4割ほどを平らげた辺りだろうか、そろそろ退こうとかな子が言った。 かな子はしばらくヒーローとの戦いを避けるべき、とも主張していた。 3人居るとはいえあたしたちは弱い、3対1でも怪しいのにチームを組んで活動しているヒーローが多数いる以上、その主張に逆らう理由はなかった。まだ物足りないけど、切り上げることにしよう。
法子がリングを作って足に付ける。 あたしとかな子が左右から手を掴むと、法子は合図も無しに急加速。 ガラスを勢いよく突き破ったかと思ったら、次々と車を追い越してあっという間に現場から離脱した。 しつこく追いかけてくるごついバイクが居たけど気のせい気のせい。
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それから更に数日後、あたしたちは人間態でショッピングを楽しんでいた。九割九分食べ物だけど。 あまり頻繁に騒ぎを起こすのは危険だからね、こうやって人並みに振舞うのも大事だよ。お財布と相談しないといけないから思いっきりは食べられないのが不満だけどね。 いきつけのお店でお気に入りを紹介しあい、それを褒めたり冗談交じりに貶したり。傍からは仲のいい友達にしか見えないと思う。実際にはもっと深いところで繋がっているんだけど、他人からは分かりっこないし。
いつの間にか日が傾き始め、そろそろ解散しようかという頃合、立て続けに銃声が響く。 こちらに逃げている人の様子を見るに、カースが現れたらしい。 ……今日は暴れるつもりはなかったけど、デザートくらい食べて帰ろうかな?
カースが現れたのは宝石店だった。 ヒーローの姿は無く、代わりにGDF隊員が何人かで銃弾を浴びせていたけど、大して効いてない。 貧弱だなぁ、装備。
GDF1「対カース用装備は!?」
GDF2「まだ到着しません!」
GDF1「ならば引き続き気を引いて時間稼ぎ!」
GDF3「完全に無視されてるけどなッ!」
「ゼンブ、ゼンブオレノダ!」
カースは銃弾を無視してせっせと宝石をかき集めては体にくっつける。どうみても強欲だね。 GDFはめげずに攻撃を続けてるけど、商品壊したら弁償とか大丈夫なのかな……あ、ルビーっぽいのが砕けた。
「ア、アアア……アアアアア!」
カースは破片を前にワナワナと震え、一転してGDFに激しい攻撃をしかける。一撃で二人吹っ飛んですぐに戦列がガタガタだよ。 何もせずに核だけ手に入れば良かったんだけど、うまくいかないね。 あたしたちは何も言わずカースド態になる。
「ヨクモ、オレノモノヲ!」
激昂したカースがGDF隊員に向けて振り下ろした腕を、割って入ったかな子が受け止める。 かな子が生みだしたスポンジ状の盾は、カースの腕を優しく包み込んでその動きを一瞬止める。 その一瞬で法子が腕に乗り、駆け上がる。足のリングは法子の移動を助けると共にカースを切り裂き、勢い余ってカースの肩をジャンプ台にした頃には、腕は縦に割けていた。
驚いたカースは無事な腕で宙に浮いた法子を掴もうとして、胴ががら空きになる。
みちる「ボディが甘いよ!」
懐に飛び込んで武器を生みだす。思い浮かべるのはコロネのイメージ。 右肘から先を覆うように生じたそれはギュルギュルと回転してカースを抉り、大きな体に風穴を開けた。 飛び込んだ勢いで穴の中に入ったあたしは、左腕をカースに突っ込むと核を掴んで引きずり出した。
核を失ったカースはドロドロと崩れ始め、当然ながら浄化されていない核は新たな体を作ろうとする。 あたしはギラギラと下品に光るそれをベキッと割ると、自分の分を残して二人に放る。
GDF1「協力ありがとう、君たちは新しいヒーローかな?」
さっき吹っ飛ばされたはずの人が、笑顔で無防備に近寄ってくる。
みちる「はずれ」
GDF1「え? ――っ!」
隊員の目の前で核をかじる。びっくりしたのか一瞬固まってたけど、すぐに銃を構えて撃ってきた。 多分聞かないけど念のためかわして、口の中に溜まったものを吐きかける。銃は煙を上げて溶け、スクラップになった。
GDF1「うわ!? さ、酸だー!」
隊員は情けない声をあげて後ずさる。 ヒーローもまだ来ないっぽいし、ちょっとこの人たちで戦う練習しようかな? 振り返ると、二人はニヤリと笑った。
『――続いてのニュースです。本日午後三時ごろ、カースと交戦していたGDF隊員が怪人三人組の襲撃を受け、五人が病院に運び込まれる重傷を負いました。事件に居合わせた他の隊員に話を伺うと、当初はカースとの戦闘に加担してきたため味方と誤認したとのことです。また、同じ三人組と思われる怪人が料亭を襲撃する事件も起きており、GDFは情報を募集しています――』
ニュースであたしたちのことが報じられる。 GDFに喧嘩売るのは早かったかな? そのあと強欲の影響で料亭まで襲っちゃったし、またしばらくはおとなしくしていた方が良さそうだ。 本音を言うとまだ物足りないどころかお腹が鳴りそうだけど、我慢々々。空腹は最高の調味料だからね、明日のご飯をおいしく食べる為、あたしは眠りについた。
――少しずつ、少しずつ、あたしを押しのけて『わたし』が大きくなる。
――『わたし』は何でも食べたがる。 牛豚鶏羊に兎、犬猫猿に、それから、それから――
つづく
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